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藤井 風、深化するモチーフとサーガ

初の武道館ライブの中で発表された、藤井 風さんの新曲『へでもねーよ』『青春病』は、曲調こそ対称的でありながら根底で繋がっている。今回は、その歌詞世界をわたしの視点で紐解いていきたい。

そもそも、1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』に収められた楽曲の歌詞は、そのいずれをとっても「藤井 風」という一個人の思想や心象風景を色濃く反映するものだった。
「誰々さんがどのように恋をして切ない」といった軽妙な歌詞は見られない。
一見もっともそれに近い『さよならべいべ』は上京のメタファーで、迷いを断つように「別れはみんないつか通る道じゃんか」と言い切る。
直球ストレートに見える『死ぬのがいいわ』では、「失って初めて気がつくなんて/そんなダサいこともうしたないのよ」と冷静に自らを振り返る。ドロドロとした重い愛の歌の中ですら、裏切りの罪を説くのだ。
言葉はストレートながら、決して一筋縄ではない。強い信念が必ず存在している。

彼の書く歌詞は、「よく終わるために、よく生きるには」という克己の懊悩に満ちている。メメント・モリが見え隠れし、死の存在を示唆しながらより善き生への欲求に満ちている。
それはさながら、もがきつつ最上を目指す修行者の険しさとひたむきさ。音を楽しむことが、その道程を明るくしているかのようだ。
ただ、1stアルバムの楽曲群では、葛藤はあれど生死の中では切っても切り離せないはずの「怒り」や「戦い」についてはっきりと触れられることはなかった。かわりにあったのは、徹底した俯瞰と諦念だ。

今回同時にデジタルリリースされた2曲では、「戦い/ 闘い」がクローズアップされている。
どちらの楽曲も極めて内省的ながら、これまでは表出することのなかった怒りや焦りをハッキリと言葉にしてぶつけてきたのだ。
 

『へでもねーよ』では「おどれ(怒)」「バカじゃねーよ」という非常に直接的な怒りがあらわされている。岡山弁の「おどれ」は標準語における「きさま」に相当する、大変強い語調だ。
怒りを昇華して平穏を取り戻すといえば『もうええわ』の「巻き込まんとって泥沼」「阿呆なゲームいちぬけた」から「もうええわ/自由になるわ」と向かう解放が想起されるが、『へでもねーよ』は敢えて見せてこなかったそこに至る過程に斬り込んだともとれる。
つまり、常に助け決して傷つけないための、裏側での闘いがここで開示されているのだ。この2曲もまた、対称的であるとも言える。『へでもねーよ』と『もうええわ』を繰り返すのが人生のもがきだとでも言うように。
強い言葉で彩られる中、転調でドラマティカルに訪れる理想。そしてまた闘いの中へと身を投じる。目指すものを見据えては、神に救いを求めながら。
 

『青春病』の「いつかは消えゆく身であれば/こだわらせるな罰当たりが」からの一連の歌詞もそうだ。苛立ちを隠そうともしない。
青春という一瞬のきらめきの中に永遠を求めず、若さゆえの未熟な自己愛にとどまることを自らに許さない。人間として熟成することを希求して、ここから走りつづけていくのだ。
本作におけるキーワードのひとつだろう「どどめ色」には、実は定義がない。主に二系統あり、一般的には桑の実から想起される紫系の色とされる。
言葉選びの前提にあったかどうかはわからないが、熟れた桑の実は「わたしはあなたを助けない」という花言葉を持つ。つまり、HELP EVER HURT NEVERの対極にあたる。これは、「常に助け、決して傷つけない」ために成長すべく足掻くひとりの人間の、泥臭い闘いの記録なのではないか。

こうして考えたとき、今回の2作品は俯瞰から地上へドラスティックに視点を変えているという風には捉えられないだろうか。
そうした意味合いにおいて、達観した『帰ろう』からのこの振り幅は、音楽的な側面のみならず非常に意欲的かつ野心的にうつる。
さらには、克己のモチーフにその具体性が加わったことで、同時代性を獲得したように思うのだ。
牽引する存在から、ともに歩む存在へ。

ひたすらに内観が歌われる彼の作品だが、切り口やそこから見える景色は鮮やかだ。リズムを形作り韻を踏みながら、ドガの踊り子やモネの睡蓮のように、彼は内側が求めてやまないモチーフを繰り返す。それは、作品を生み出す「いま、この時」の人生観そのものだ。
そうして彼は思考の変遷を創作にぶつけつつ、内面を突き詰めては深化し、アップデートしていくのだろう。
わたしというひとりのリスナーは、さながら「藤井 風」と名付けられた壮大なサーガの目撃者なのかも知れない。

熟れた桑の実は地上に落ち、大地に芽吹き、やがて新たな実をつける。
白い桑の実の花言葉は、「知恵」だ。
 

 ◇ ◇ ◇
 

へでもねーよ

ディスやヘイトが溢れる現代を、もがく。

青春病

ざわめきが、青く苦い記憶を呼び戻す。

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なつめ
なつめ がんサバイバー。2018年に手術。 複数の病を持つ患者の家族でもあり いわば「兼業患者」