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音の中、音もなく
楽しみにしていた。
心待ちにしていた。
でもたったひとつの過去に、大事な何かをもぎ取られてしまった。
スポーツだとわかっていても、格闘技が見られない。
何年も何年も繰り返してきたこと。コンテンツに原因があるわけじゃない、原因はトラウマだ。そして、そのトラウマの元になった出来事だ。
フラッシュバックこそもう起こらないものの、心がとてもつらくなる。
無抵抗でさらされるしかなかった、たった一回、でもその一度。そのために、時折トライしては挫折し、避け続けてきたもの。
楽しみにしてきたものの中に、格闘技のシーンがあることは予想していた。
多分そのシーンには、戦うべき他者もいない。心積もりがあれば大丈夫かもしれないと、高をくくっていた。
勿論、そのモチーフがもつ意味についても想像していた。自分なりに理解していた。頭はついていっていた。素晴らしいと思った。実際、作品は言葉で表すのでは足りないような素晴らしいものだったと思う。
でも、脳がブレーキをかけた。心臓がばくばくと早鐘を打った。
また、だめだったのだ。そのことが、単純にショックだった。あるシーンから、瞬間的に目をそらしてしまった自分が、そこにいた。
それから二時間弱。
わたしはライブの配信を、重い気持ちで待っていた。
一曲目。
素敵なのに、高揚感は、まだあまり戻らない。
そして二曲目。
「本当のこと 誰も話さなくても 続けること」
ぽっかりあいた穴に、何かがカチッとはまった。
気付けば涙がこぼれていた。無言のままで。
本格的に声をあげて泣けなくなったのは、あの頃からかもしれないな。
そこからはぼろぼろ泣きながら見ていた。聴いていた。
おかしいでしょう、ハンカチなんて用意してない。仕方なく袖が犠牲になった。
少しずつ心にあかりがぼんやり灯っていく。
MCに少しだけ笑った。笑えた。
そして。コノユビトマレ。
また泣くじゃん。
他人の頬にペッてするような歌が多いなんて本人は言っていたけど、そうかな。
だって、優しさが滲み出しちゃっているから。
日頃泣かない人間を泣かせるだけの威力が、深さがある。
結局無言で馬鹿みたいにぼろぼろ泣いて、めちゃくちゃな拍手をして、気付いた時には心のつかえが取れていた。
たくさんの音の中で音もなく秘密裏に奪われたものを、たくさんの音が取り返してくれた。
多分、またわたしはトライするだろう。
勿論、無理のない範囲で。少しずつ慣れることがかなうなら、そっと馴染んでいけばいい。
無理ならば、焦らず時間に頼る。
ずっと静かに闘ってきたのだから、静かに前を向いていよう。
ムリヤリに変わる必要なんて、どこにもないのだから。
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