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惣菜が美味しいスーパーに通い詰めている話

惣菜コーナーで立ち止まっている事が多い理由は、「お腹空いたけど食べたいものがないから何を買うか決まらないなぁ…」ではなく、「あれも食べたい!これも食べたい!!うわあああああ!」と頭の中がパニックになっているからだ。

それほどに惣菜が美味しいスーパーがある。
このスーパーの隣に引っ越したい。
将来はそのスーパーの大株主になりたい。
そのくらいに惣菜が美味しいスーパーがあるのだ。

【ご飯を作る】という行為は、【冷蔵庫と財布の中身、そして栄養を考慮しながらメニューを考え、買い出しに行き、消費期限やしばらくの献立を配慮しながら小分けして保存し、調理器具を洗いつつ出てきた食材のゴミを処分しながら料理を作り進める】この一連の行為を意味する。しかも結婚していようがいまいが、一人暮らしだろうが無かろうが、そんな事は一切関係なく、死ぬまで「食べる」という行為を続けなければいけない私達は「ご飯を作る」という行為からは切っても切り離せない。
体力も精神力も頭も使う家事、それが【ご飯を作る】である。

非常に面倒臭い。非常にしんどい。
独身の私が面倒臭いのだから、支える家族や育てなければならない子供がいる人たちの苦労は想像に容易い。だってほぼ義務になっちゃうんだもん。

私は中学の頃「ワンピースなら絶対ゾロと結婚したい!サンジなんて眉ぐるぐるじゃん!女好きだしさっ」と言い張る女子達を「朝から晩までご飯におやつに夜食まで作ってくれる上に戦闘力も高いサンジ君に決まっている。君たちはどれだけズタボロになっても煙草に火をつけ食事を作ってくれるサンジの有り難みがわからんのか。しかも手に職があるから海賊やめても生きていける」と斬り捨ててきた。
勿論ゾロは格好いいし強いけれど、眉がぐるぐるだろうが女好きだろうが、【ご飯を作る】サンジ君の存在の大きさには敵わないとずっとずっと思っているし、年齢を重ねるたびごとにその気持ちは強くなる。

【ご飯を作る】という命を預かる責任重大な任務。

そしてこの一連の作業を殴り飛ばして「今日は体を休めなよ」と抱きしめてくれるもの、それがお惣菜だ。

お惣菜はヒーローだ。
【ご飯を作る】という行為の殆どを代わりに担い、場合によっては翌日のお弁当の片隅を埋めてくれる事もある。
その上、美味しいともなればスーパーヒーローである。

私が通い詰めているスーパーは、スーパーヒーローに値する惣菜を売っている。
メニューも「お決まりの主菜」から「旬の素材を使った期間限定品」、「季節を感じるおかず」に「ヘルシー嗜好」や「充実した副菜」と品揃えも豊富、勿論お弁当も満足いくラインナップだ!
値段もお手頃、底上げなんてものもない。
「何食べるか全く浮かばない」「食べたいものがない」そんな時でもこのスーパーに行くと「全部食べたいよおおおお!」と胃袋と脳が震える。

スーパーに入ったら即惣菜コーナー。
このスーパーにやってくるお客はほぼそうだろう。
L字型に作られた惣菜コーナーは戦場だ。
すれ違う女性が「ここの惣菜、美味しいのよね」と知人と思しき人とコソコソ話しながら買い物カゴに惣菜を入れているのを見ると、思わず「わかります、その手に持った煮サバも味染みで最高ですよね!」と会話に飛び入り参加したくなる。

ただでさえ魅力的な惣菜をお手頃価格で提供してくれるこのスーパーだが、それだけではなく「お客の気持ちに応えよう」という姿勢に心を掴まれてしまった出来事があった。

それは去年の梅雨のこと。
惣菜コーナーに新入り「ドーナツ」が並んでいたのである。チョコとメープルの2種類がプラスチックのパックに入っている。ホッチキスでしっかり止められたパックの口から甘い香りがたって私に手招きをしていた。見た目は素朴で華もないけれど、どこか家庭的で親しみの持てるその姿も魅力的!
私は即座に購入した。

食べてみるとしっとりとした生地に、しっかりとした甘さがあって…美味しい!!
それからドーナツを度々買っていたのだが、梅雨が明ける頃、ドーナツが姿を消したのだ。
私はドーナツが現れるまでずっとスーパーに通った。あれだけ美味しいドーナツが、人気低迷で惣菜コーナーを引退したとは思えない。
ずっと通った。本当に通った。
猛暑が過ぎ、秋になってもドーナツを探しながらヒレカツを買い、メンチカツを買い、サツマイモの天ぷらを買い続けた。時にはドーナツを探しながらだご汁を買ったし、レバニラも買った。それでもドーナツは姿を現さなかった。

私が見た惣菜コーナーのドーナツは幻だったのか?
チュパカブラやビッグフットみたいな未確認食物だったのか?いやいや、確かに私はドーナツを食べた。確かに私の血となり骨となり脂肪となっている。

ある日、惣菜コーナーで品出しをしている中年男性がいた。赤いエプロンを身にまとい、丁寧かつ迅速に惣菜を並べている背中にはプロフェッショナルを感じる。

「すみません、あの、昔ここにあったドーナツってもう出ないんですか?」

そう聞いたのは母だった。
母もまた、このスーパーに心を掴まれた客の一人である。

「ありがとうございます!ドーナツですね」
「凄く美味しかったからまた食べたいけど、並ばないから…」
「ありがとうございます!美味しいですよねぇ。実はドーナツが難しくて…」

店員は話を続けた。

「ドーナツは油で揚げて作るんで、油に甘い匂いがつくんですよねぇ…だから全部油を変えないと作れないからですね…」

あぁ、なるほどと私と母は頷いた。
惣菜を作る度に油を入れ替える事は効率的ではない。
けれど店員は話を続けた。

「でも、何とかします!美味しいって言ってくださって嬉しいなぁ」

私と母はどれだけ惣菜に、ドーナツに助けられたかを伝えてこの日は帰宅した。

それから半月ほど経っただろうか。
惣菜コーナーにドーナツの姿があったのだ!
走り寄って手に取ると、ドーナツは「焼きドーナツ」となって再降臨していたのである。

ドーナツの入ったパックを手に取った私の頭の中に、残留思念が流れ込む。

「ドーナツについて一組のお客様から問い合わせがあった。」

赤いエプロンの男性が椅子に腰掛け、硬く冷たいテーブルに両肘を乗せると「再販売を考えている」と呟いたき、指を組んだ両手で口元を隠した。
テーブルを挟んだ他の店員は、急な夜風に晒された木々の様に一斉にざわつき始める。

「ドーナツ!?アレは無理でしょう!」
「そうですよ!油の問題がクリア出来ていないじゃないですか!」
「だがしかし、お客様はドーナツの為に足繁く店に通っているらしい」
「たった一組のお客様のために、また新たな油を使うとでも!?」
「たった一組…?」

エプロンの男は立ち上がると「たった一組、か」と唸るように呟き、全員の顔をゆっくりと見回ながら「たった一組のお客様が望んでいる事すら叶えられないスーパーに、何の意義があるのだ」と投げた。
全てのお客様の思いを狩る猛禽類のような瞳。
彼の赤いエプロンは色あせ、いつかの油染みが消えずに残っている。勲章だ。男にはエプロンと共に惣菜コーナーで戦ってきた誇りがある。

「ですが実際問題、ドーナツ生地を揚げた油は別の料理に使えませんよ」
「そうですよ!」
「だからって例えば先に唐揚げを揚げても、次のドーナツに匂いが移るしなぁ」
「度々新しい油にするのもSDGsの観点からいかがなものかと…」

「…油を使わないようにドーナツを作る、っていうのはどうでしょうか」

そう口火を切ったのは、同じ惣菜コーナーで働く新人。揃いの赤いエプロンはまだハリがあり、油染みも何も無い。

「油を使わない?」
「何言ってんこの新人!油で揚げるんが、ドーナツちゃうんかい」
「焼くんですよ…焼きドーナツ!これなら揚げ油は使わないじゃないですか!」 
「焼きドーナツ…」 

エプロンの男は雷に打たれたような衝撃を受けた。かつての思い出が蘇る。
ホットケーキミックスでドーナツを揚げてくれた母の後ろ姿。
出張先の沖縄からサーターアンダギーを買ってきた父の草臥れたスーツ姿。
ドーナツは油で揚げるものだと思い込んで生きてきた。
ふと、浮かぶあの一組の客の顔。
新人の赤いエプロンと、自分の色がさめてきた赤いエプロン。けれどどちらも同じ、惣菜コーナーを司る赤。ドーナツだって、揚げても焼いてもドーナツではないか。
頭の中に流れるProgress。
ぼくが歩いてきた日々の道のりを、ホントはジブンっていうらしいー・・・

みたいな残留思念は妄想だし、新人も勝手に作り上げたし、エプロンの男性店員がどういった立場かは全くわからないが。
私はそのくらい強い思いを勝手に受け取ったのだ。

私と母は感動して3パック買って帰宅した。
揚げドーナツよりもサッパリしていてヘルシーなドーナツ。味の違いはあれど美味しいし、何よりスーパー側の気持ちが私には嬉しかった。

あれからも、この店員さんには何度か顔を合わせている。
つい先週も「ここのチキン南蛮、美味しいよねぇ」とチキン南蛮を手に取った所にスッと現れて「ありがとうございます!塩麹に漬け込んでいるから、胸肉でもしっとりしてるんですよ」と美味しさのポイントを教えてくれた。
私と母の声がでかい説もあるが、惣菜コーナーでこんな話が聞こえるのは毎度の事なので気にしないでおく。

「うちの惣菜の7割はここで作ってるんです。あんまり外注は無いんです。ほぼ手作りなんです。だからね、美味しいって言ってくださって嬉しいなぁ!」 

店員はウキウキしながら20%引きのシールを貼る。
私と母はウキウキしながらチキン南蛮を買う。
本当に惣菜が美味しい。それだけでなく、店員さんは愛想が良く仕事への誇りも感じる。なんて気持ちのいい店なんだろうか。


この店に心を掴まれる事は致し方がない。
だってこんなにも惣菜に、仕事に愛があるんだもん。財布の中身は些か寂しくなるが、心と体が満たされる惣菜。それはこうして働くこの店の人たちがいるから成り立っているのである。


ちょっと前に「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」なんて台詞を吐き捨てられた女性の話がツイッターで話題になっていたが、母親だろうが父親だろうが、大切なことは美味しいご飯を大切な人と一緒に「美味しいね!」と語り合いながら食べることじゃないだろうか。
私のような独身であるならば、「美味しかった!明日も頑張ろう」と自分の力に変えていく事が重要だ。

手作りの良さは確かにある。
けれど、だからといって惣菜の立場が見下される事は絶対にない。

そして同様に大切なことは、手作りだろうが惣菜だろうが、料理を作る人、料理を提供してくれるお店にいつも感謝することだ!

そういう気持ちで買い物カゴに惣菜を突っ込んでいる私。
時には「感謝感激雨あられ、帰宅したら早速幸せな気持ちでお惣菜を食べるんだっ!」とほくほくしながら惣菜コーナーを離れ、添え物の千切りキャベツでも買おうと野菜コーナーに移動してみたらジムの店長を見つけて「はっ!食べるものがバレる!」と隠れたりしながらも、このスーパーに通い詰めている。

ちなみに店長は、このスーパーが安いから通うらしく、私のパーソナルトレーナーのマッチョにもオススメしていたようだ。別に食事管理を頼んでいるわけではないし、何か咎められることもないのに見つかりたくない気持ちは何故だろう。

店長もマッチョトレーナーも惣菜の美味しさに負けてくれますようにー。

そう願ってやまない私は、またこのスーパーにウキウキしながら足を運ぶのである。

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