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星座になるにはまだ早い
アリーナでゴスペラーズのライブを観るのは初めてだった。2013年にゴスペラーズと出会って、G10やG15の映像を観てずっと憧れていた場所。30周年の節目で共にすることができたのはとても幸運だった。
ここ数年で涙腺がよわよわになってしまって、1曲目の「ひとり」から爆泣きしていた。今まで何度もライブで聴いてきた曲だけど、今までで一番感動した。
ゴスのライブをきっかけにいろんな街に行くようになり、愛するたくさんの街と人が思い浮かぶ「街角-On the corner-」
合唱部だった高校時代の、ゴスと出会った頃を思い出す「言葉にすれば」
MVを観て聴こえ方が変わった「東京スヰート」
特にコロナ禍以降、歌詩とハーモニーに何度も救われてきた「星屑の街」
10年前に"20年後も歌おう"と歌い、半分まで到達した今も歌い続けてくれていることに感謝しかない「SING!!!!!」
頭が痛くなるほど泣いた。
イントロの銀テープと5人の「君が、好きだー!!!!!」の声でテンションが最高潮に達した「靴は履いたまま」
"ゴスペラーズのライブ"のワクワク感やキラキラした空間がそのまま詰まっている大好きな曲で、一生物の思い出を貰った「24/7」
ゴスを聴き始めた当初から大好きで、ずっとライブで聴きたかった「砂時計」「t.4.2」
風を浴びて炎の熱さを感じて、"その先"を願わずにはいられない「LOVE MACHINE」
嬉しさのあまり声が枯れるまで叫んだ。
これまでいろんな選択肢があった中で、偶然と奇跡が重なってゴスペラーズと出会い、こんなにも夢中になれた。もう何度も思っているけど、ゴスペラーズと出会えた人生でよかったと、改めて自分を讃えたくなった。
約3時間の大ボリュームの公演には、これまでのライブの名シーンがたくさん散りばめられていた。
シアトリカルパートはその最たるもので、特にアカペラ港の「Tiger Rag」とアカペラ人の「星空の5人〜WE HAVE TO BE A STAR〜」には痺れた。
当時生でそのステージを観ていた人には懐かしく、映像でしか観たことがなかった人には念願で、最近ゴスと出会った人には新鮮に感じられただろう。
シアトリカルパート以外も、まだゴスペラーズと出会う前だったり、コロナ禍になって途中でツアーが止まってしまったりライブを諦めなければいけない状況だったり、ここ数年の私たちファンの「行きたくても行けなかった」という気持ちが少しでも救われるような演出やセットリストのように思えた。
「一筋の軌跡」「BOO〜おなかが空くほど笑ってみたい〜」はG25
後半冒頭の幼少期〜学生時代のメンバーと、デビューから10年ずつ、今の5人の写真へと変わっていく映像からの「Promise -a capella-」、最後の歌唱を客席に託す「約束の季節」はG20
「Deja Vu」はSoul Renaissance
「愛のシューティング・スター」から「1,2,3,for 5」の流れはまだまだいくよ
「愛の歌」のなりきりと「Mi Amorcito」はHERE&NOW
ライブを観ながら思い浮かんだのはこのあたり。
でも決してそれは「リプレイ」ではなくて、今のゴスペラーズが今の表現で歌う。だから過去よりも磨かれて輝いていて、今が一番良いなと思える。
私の「行きたくても行けなかった」ライブは「あなたの街にハーモニーを」だった。
コロナ感染=罪と思われてしまうような2021年前半、自分は罹患していないのにすぐ近くまで脅威が迫っている状況に心が折れた。ずっと楽しみにしていたはずなのに、ああもういいやとあっさり諦めてしまった自分が嫌だった。
ツアー後にWOWOWで放送を観たとき、後悔に耐えられなかった。内容があまりにも良かったから。聴きたかった大好きな曲ばかりだったから。
行くはずだった公演後に周りの感染は落ち着いて、行こうと思えば行けたのにそうしなかった自分を憎んだ。Blu-rayは買ったまま一度も観ていなかった。
シアトリカルパートの終盤、モニターに台詞が映し出された瞬間にそれが何なのかすぐに分かった。
「I Want You」「離れていても〜Wherever you are〜」私の2021年が染み付いている2曲に、ずっと絡まっていた後悔は少しずつ解けていった。
武道館公演後にようやく、街ハモのBlu-rayを観ることができた。
映像を観るまですっかり忘れていたけど、ドラマの中で主人公(=黙読する自分)が俳優と出会ったというショーはアカペラ港だった。
武道館でその俳優役を演じたのは、まさにアカペラ港に出演していた中村まことさん本人だった、ということにここで気がついた。
ひとつひとつの作品をダイジェストで届けているのではなくて、全部が繋がっていた。大阪城ホールではそれを意識して観よう、と思ったら、ゲストアクターが変わっていた。田中聡元さんだった。
聡元さんといえば、ハモれメロスや20周年でのKING OF GOS、安岡さんのソロでゴスと共演している。
私がゴスを好きになってから最初のツアーがハモメロで、讃歌は叶わなかった。
当時私は高3の大学受験前で、模試を終えた後に会場へグッズだけ買いに行った。そこまで行ったならライブも観ればよかったのにと思うけど、家と会場との距離や当時の状況を考えたら難しかった。
先行販売には間に合わず、開演後に入場口より先には入らないようにしてグッズを買わせてもらえた。その時音漏れで聴こえてきた、初めて生で聴いてしまった5人の歌声と客席の歓声がただただ申し訳なくて悔しかった。
あのとき会えなかった、ホールの重い扉の向こうにいた5人、いや6人と、10年後に大阪で会えるだなんて。
30周年記念祭のシアトリカルパートではハモメロの内容はなかったけれど、聡元さんが5人と一緒に同じ舞台にいて物語を作っている、その事実が本当に嬉しかった。
私にとって今回の30周年記念祭は、思い出の歌や過去に観た大好きなシーンだけじゃなくて、これまでの後悔や悔しい気持ちまでひとつひとつ掬いあげてくれた。
自分の辿ってきた、辿ってこれなかった坂道を、他人と比べて羨ましく思うこともあった。逆に別の誰かに羨ましがられることもあったのかもしれない。
それでもそのすべてが私のゴスペラーズとの歴史だと、歌で、言葉で、ライブという空間で、そう思わせてくれた。
ゴスペラーズと出会ってから10年を超えたけど、直近の5年あたりは本当に思い出深い。社会人になって遠征を始めて、全国各地にたくさんの友人ができた。すぐ近くにも、何かあれば集まって話ができる心強い仲間がいる。
そしてコロナ禍を経て、1公演1公演をより大切にするようになった。ゴスペラーズの5人とバンドメンバー、スタッフが揃い、ライブに行きたい人がちゃんと行けて、もちろんそこに自分もいる、そうして完成する空間は奇跡なんだと身をもって実感した。
武道館も大阪城ホールも、行きたくても行けなかったという人が多かった。公演直前に体調が悪くなってしまった人や、大切な人を守るために、自分のこれからのためにこの日を見送った人が私の知る限りでもたくさんいた。
私も行けなかった悔しさが分かるし本当に心苦しい。
けど、きっと救いになるのはこのライブがゴスペラーズの30周年のスタートだということ。
G30ツアーでは30周年記念祭を超えるライブをしてくれる。そう確信しているのは、これまでずっと「最新が最高」を更新し続けてきた彼らだから。
「『あの曲聴けなかった!』っていうのをどんどん欲張って言ってください、それが僕らの力になるから」と村上さんが言っていたのがそれを裏付けている。
私はよく「〇〇を生で聴くまで死ねない」と半分冗談半分本気で言っている。しかも結構な曲数。
ただのわがままだと自分でも分かっているけれど、ゴスペラーズはその気持ちを認めてくれて「いつか必ずその歌を届けに行く」と言ってくれた。
歌手とファンという関係で、これを超える愛の言葉なんてないんじゃないのかな。
ゴスペラーズが届けたい曲とファンが聴きたい曲、その両方がある限り、ゴスペラーズのライブは進化し続けるのだと思う。
「パール」のラスト、モニターに映し出された5人の背中と背中越しの客席は、まさに重なり合う真珠の貝殻だった。
ゴスペラーズと出会ってからこうして何度も向かい合って、貰ったたくさんのときめきと煌めきは磨かれて大きくなっていった。愛して愛されて、心の中で温かく灯り続けている。
そして、これからも続いていく。どこかで立ち止まったとしてもその真珠は消えてしまうことはなくて、貝殻の中でずっと守られている。苦しくなったときのお守りであり、また会うための約束。
一層輝きを増した真珠を身につけて、私はまた日常へと向かっていく。次に会うときはどんな煌めく瞬間が待っているだろう、そう期待しながら。
ゴスペラーズの歴史はまた、ここから始まる。
遠い空の星座になるなんて、まだまだ早いでしょう。