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カンボジアサッカー ど素人観戦記
シェムリアップに新しいサッカースタジアムができたという話は聞いていました。ただ、それがトッケイファームのすぐ近くだということを知ったのはつい最近で、その名も Akihiro Kato Stadium、日本人の経営です。で、ここをホームとする Angkor Tiger FC のマネージャーが、(鶏小屋を作ってくれた)いつき君たちと一緒にファームに来てくれたのがきっかけで、行ってみることにしました。
以来、4週連続で通いました。なにしろウチから10分、ちょうど畑仕事が終わる夕方6時にプレーオフ、入場チケットも2.5$でマネージャー氏にメールすると買っておいてくれるという好条件が揃っているので、ついつい行ってしまいます。
私はそれまでサッカーとは無縁で、11人でやるスポーツらしいということ以外、ルールもま~ったく知りません。それがカンボジアに来て以来、なぜかサッカー関係者とご縁があるのですが、実はコロナ前にシェムリアップで初めてスタジアムに行った時にかなりの衝撃を受け、それがずっと今に繋がっているのです。
当日の観客は2、300人程度で、サポーターといわれる人たちも10人にも満たない数でした。雨季の8月で、途中ものすごいスコールになり、観客たちは慣れたもので一斉に屋根のある場所に駆け込んだのですが、私の眼を釘付けにしたのは、雨の中微動だにせず自分の身体よりも大きなフラッグを捧げ持つひとりの少年の姿でした。
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スポーツは自らやるもの、と決め込んでいた私には衝撃!といってよく、この少年はいったいどんな使命感に捉われて、いったい何を応援しているのか?翻って、少年にそんな決意を要求するサッカーって、これはタダ者ではない、いったい何なんだ?という思いがふつふつと湧き上がって来たのです。
その後も多かれ少なかれ、義理とか縁みたいなものがあったのですが、4回目にスタジアム行った先月26日、初めて最初から最後まで、コートから一時も目をそらすことなく真剣に観戦しました。以来、私は選手や審判の動きから、私なりに少しづつルールを読み解いてゆくことにしたのです。ネットでルールブックを検索するよりもはるかにリアリティ満載です。
観ていると、正面突破というのはあまりなくて、コートの外側で待ち受けている選手にボールを廻して、受けた選手が一気にゴールまでダッシュして、近くに来てからゴールの反対側の選手にボールを廻して、そこから蹴り入れたりヘッディングでシュートするというパターンが多いように観ました。もちろんそれらのほとんどが途中で相手選手にカットされてしまうわけですが、その相手チームもやはり同じパターンで外側から攻め込んで来る。そしてそのスピードたるや、短距離走のスプリントと変わらず、しかもそれを45分間(?)ぶっ通し。当然ながら入り乱れて転倒はあるわ激突はあるわ時にはイエローカードが出るわで、その体力は驚異としかいいようがなく、やはりプロのサッカー選手というのは、常人ではないなと、ど素人の私は肝を潰しそうになりました。
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Akihiro Kato Stadium は観客席1,750 の小ぶりのスタジアムです。私はセンター寄りの前から2列目に座ることが多いのですが、この辺りだとコートまでの距離はわずか5mほどです。段差というのも階段1段分しかないので、実に近いのです。監督や選手の声もよく聞こえるし、選手たちが使っているスプレーのメンソールの匂いも漂ってきます。もちろん、たびたびボールが飛び込んできます。
先々週のゲームの時には″珍事″が発生しました。私のすぐ目の前でバナナを食べていたTiger の選手が、いきなり持っていた皮を投げ捨ててコートに走り込んでプレーを始めたのです。あれっ?と思う間もなく審判がすっ飛んで来てコートの外に追い出していましたが、あれはいったい何だったのでしょう?まさか冗談かましたんじゃなく、自らも興奮して立場を忘れてしまったのでしょうか?遠くで観ていた人にはわからなかったでしょうが、私はしっかりこの眼で見ました。
そして、先週9日にも行ってきました。何しろウチから10分です。対戦相手はプノンペン・クラウンFCで、現在リーグトップの強豪です(Tigerは11チーム中4位)。注目カードで混みそうだと聞いていたので、いつもより早めに行って、私の″指定席″に座りました。
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ど素人なんで、これも最近知ったことですが、選手たちにはそれぞれ″持ち場″というものがあるんですね。どうりで、私の眼の前にいつも同じ選手が来るわけです。今回前半にいつも私の視界の範囲にいたクラウンの選手は、170㎝を切るであろう随分と小柄な黒人選手でした。どこの国から来たのか、プレーオフ前に跪いてお祈りをしていたからイスラム教徒なんでしょう。ユニホームの背中には「IBCH」とありましたが、この彼がもうめちゃくちゃに速いのです。あんなに人が速く走るのを直接間近で見たのは生まれて初めてで、彼の褐色の太腿の筋肉がグイッ!と山となり刹那に崩れてゆく様子までよ~く見えました。いったい100mを何秒くらいで走るんでしょうね?
Angkor Tiger FCには、ユニホームのネームで見る限り、「TAIGA」(190㎝くらいある長身で、とにかく目立つ)「ASANO」「KODAI」という3人の日本人がいるようです。他に非アジア系の長身の選手がふたり、カンボジア人以外のアジア系の選手がいるのかいないのか、今のところ私には見分けがつきません。
これまでに見たどのチームにも必ず外国人選手がいました。よく思い起こしてみれば、ヨーロッパのサッカーチームで活躍している日本人選手というのも、今や特別に珍しいわけではないですよね。ベラボーに高額な契約金というのもなぜ?と思わせるものがありましたが、こうやって身近に選手たちの卓絶のプレーを見ていると、なるほどな、と頷けるものがあります。
国家によって、国家を背負って開催されるオリンピックとは違って、そもそも国境を越えた者たちが、自らの腕一本、イヤ脚一本で、世界を股にかけて勝負の世界に挑み続けるというのは、やはりスポーツの原点であり、近年は、(国によっては)オリンピックよりもワールドカップの方が人気が高いというのも頷ける気がします。
で、9日のゲームでは、前半戦にクラウンが1点取りました。クラウン側のフィールドにボールが廻っていることが多く、シロウト目にもクラウンの方が強そうだなという感じはありました。長身の選手が多く、ヘッディングでどんどんボールが取られてしまうのです。
ところが、後半戦に入ると対等の戦いになり、突然中盤に同点のチャンスが廻って来たのです。これは恐らくは、シュート体勢に入ってからの″妨害″ということなのでしょうか?? Tiger側にフリーキックが与えられました。
この距離でノーガードでシュートされたら、ゴールキーパーは止められないですね。時速何キロくらいあるんでしょう?見事な一撃でした。
若干の″敵失″感は否めませんが、実はこの後終了するまで Tiger側は何度もシュートを試み、あとほんのちょっとのところで、勝利を収めていたはずだったのです。残念!
なにしろこれまで18戦して1敗しかしていないプノンペン・クラウンと引き分けたのですから、Tigerとしては大健闘だったと思います。試合後のサポーター席はほぼ″勝利″の歓声に満ち満ちていました。
今から5年も前に最初に見た、あの、思いつめたような″孤高″の少年の姿を思い浮かべながら、この″辺境の地″(なにしろトッケイファームからさらに10分)にサポーターの歓声が響き渡るという、カンボジアの若者たちのとても健全な″豊かさ″を目の当たりにして、私はノロノロ運転の大渋滞の中を自分の部屋に戻りました。
蛇足:スタジアムには主催者側のカメラマンが何人かウロウロしていて、気のせいではなく、私はレンズを向けられることが少なくないのです。これはおそらく私が″最高齢者″で、被写体になるからでしょう。大の写真嫌いの私としては迷惑です。で、そのことをマネージャー氏に伝えたら、「全然最高齢者じゃないですよ!」と明るく返ってきたので、ならば、″敬老割引″制度を導入するようにと提言しておきました。まだ当分は通うつもりですから。