カンボジアの伝統行事 カテン
先月29日と30日の2日間、私がよく行く、カオンの住む村プレイポーであったカテンを見てきました。
カテンというのは、人が結婚をして子どもをもうけ、その子どもたちが無事結婚をして後に、それまでの感謝とこれからの幸運を祈って、仏様に感謝をささげる儀式です。一般的には、60歳を過ぎた老人のたちのために開かれ、男女は問いません。しかし、これをやるにはかなりの費用がかかり、カオンの村でも、フルバージョンでできる人は10人にひとりくらいのようです。今回カテンを行ったのは、カオンのオクサンのマタァーのおばあちゃんのためです。
以前にも書いたことがありますが、カンボジアでは、結婚すると一般的に男性が女性の家に入り、結婚式も女性の家で行われます。そして、農村部ではよく見られますが、敷地の中心部に両親の住居があり、その周りに結婚した娘たちが、外からやって来たその夫たちと住む住居をそれぞれ建てて生活するということが多いのです。結婚の時には、男性側から女性側にかなりの額の結納金も納められます。ということはつまり、カンボジアでは、“子どもは女の子の方がいい”ということになるようです。
そして年老いた両親の面倒は、末娘とその夫たちが看るというというのがフツーで、つまり家や土地などの財産の多くは、末娘が相続することになります。このカンボジアの伝統はとても合理的だと、私は思います。実の娘に面倒を看てもらった方が老親も気が楽だろうし、末の子であれば、まだ体力もあるということですから。
マタァーは、幼い頃に両親を亡くしていて、おばあちゃんに育てられ、年の近いおばさん達と一緒に暮らしていたのですが、カオンと結婚してからは、同じ村に住んでいたカオンがこの家の敷地内に引っ越して来たわけです。
カテンの儀式自体は思っていたよりシンプルなもので、庭のテント内に設えられた仏壇の前でひたすらお経を読み、ダックバットと呼ばれる、僧侶たちにご飯を捧げる儀式を行い、最後は捧げられたすべてのお供えとお布施を持って寺に行き奉納するというものです。
1日目の昼食と、2日目の朝食、昼食の3回の食事が用意されますが、参加者は1000人と聞いてびっくりしました。村の人口は500人くらいです。ただ、参加するのはひとり1回で、だいたい10000~20000リエル(10000リエル≒2.5$)のご祝儀をもってきます。
こちらでは、葬儀も結婚式でもそうですが、日本のように、決まった時間にみないっせいに食事をとるということはせず、それぞれが都合のいい時間に来て、都合のいい時間に帰るという形式です。この方が、調理場も戦争状態にならず、お客さんも自由がきいていいような気が私はします。
私がこれまで見た限りでは、冠婚葬祭の食事というのは、割合に質素というか、3、4品のおかずにごはん、飲み物は基本ペットボトルの水かコーラ等で、お酒は特別に欲しい人が注文するという形式のようです。
これはダックバットという儀式で、ご飯を持って列を作り、順番に托鉢用の鉢にご飯を入れてゆき、少額のお布施も入れて行きます。これらのご飯もお寺に奉納され、寺に住む僧侶たちが食べます。
この日は村内の何カ所かでカテンのお祝いがされていたようで、お寺はごったがえす人たちでとても賑やかでした。前のグループの段落がつくまで、指示に従いしばらく待機です。
カオンが、私がはぐれるのではないかと心配して何度もスマホに連絡を入れてくるのですが、私はそういうのは要領がいいです。私は主役であるおばあちゃんの傍にぴったり貼り付きました。当然そこが特等席で、大事なものを見落とさないからです。
待つこと15分ほど。いよいよ私たちのグループの出発で、女性たちが頭の上にお供えものを捧げ持ちます。
パレードの先触れをする楽隊や踊り子を先頭に、本堂の周りを3周してから堂の中に入ります。
堂内は僧侶と村人とお供え物とお賽銭でいっぱい。延々と読経が続きます。
傍らで、タトゥーを入れた若い僧侶が、ノートパソコンで何やらパチパチやっています。私は何か占いでもやっているのかな?と思ったのですが、カオンが言うには、お布施の計算をしてるんだろう、ということでした。
後でカオンにいろいろ聞いてみると、今回かかった費用は、総額で1万ドルほどにもなるそうです。食事とお供えの用意、テントの設営、備品のレンタル、楽隊などの人件費(村人のお手伝いは無償)等々、たいへんな額になります。これでは10人にひとりしかやれない、というのも頷けます。
村人からのご祝儀は入るので、ひとり平均15,000リエルと考えて、×1,000人で、15,000,000リエル(≒3,750$)、一部大口もあるのでおよそ5,000ドルと考えて………と、私が勝手に計算していると、なんとっ!これらのお金もすべて寺に奉納するのだそうです。じゃ、まるまるかかる1万ドルというのは誰が負担するのかというと、おばあちゃんの兄弟姉妹や子どもたちなんだそうです。
ここからは、私のまったくの想像なのですが、マタァーのおばあちゃんの家は、元々は資産家だったのではないかと思います。なぜそう考えるかというと、40代初めくらいに見えるおばあちゃんの息子のオクサンとちょっと話したのですが、彼女は25年間ロスアンジェルスで暮らして、こちらに戻って結婚し、今もロスアンジェルスに家があるというのです。
おそらくは、彼女は80年代にアメリカで生まれており、つまり両親は当時アメリカで暮らしていたわけで、ポル・ポト政権下で亡命していたのではないかと想像したのです。いうまでもなく、あの当時に海外に出ることができた人たちはごく限られており、資産があったということでしょう。そういう女性と結婚できたおばあちゃんの息子の家も、決してごくフツーの農家ではなかったはずです。
それはともかく、そんなに何もかも奉納するんじゃ、寺は儲かって仕方がないね、と私がいうと、カオンがいうには、確かに僧侶は裕福だけれど、村落共同体の中で、寺には寺の役目があって、そこにお金を使うのだそうです。
一番大きな仕事は、道普請だそうで、確かにオレンジの僧衣をまとった若い僧たちが道路脇の普請をしている姿を、シェムリアップの町中でも見たことがあります。村内のインフラの整備、維持は今も寺がやることが多いのだそうです。
貧困のために食事もとれない人たちの面倒も寺でみるようです。また、家によっては幼い男の子を、何年か寺で“修行”させるために預け、中にはそのまま僧侶になる人もいるようです。かつては寺が学校であり、子どもたちは読み書きを習いました。今でも寺の敷地内に学校があるケースは都市部でもとても多いのです。いや、むしろ土地が限られる都市部の方が多いかもしれません。
私が知る限りでも、寺域というのはとても広く、きれいに整備され、木陰には机やベンチが並べられ、いつ行っても人が利用しています。子どもたちが学校帰りに勉強するとか、若い人がパソコンを広げているとか、おじいちゃんおばあちゃんのおしゃべりの場であるとか、とにかく地域にしっかりと根付いて、有効活用されていることは間違いありません。
もうひとつ納得したことがあって、それは犬の“孤児院・養老院”となっているということです。少なくともカオンの村では、事情があって飼えなくなった犬は、寺の境内に捨てて、イヤ預けて来るんだそうです。確かに寺に行くとどこも犬があっちに3匹、こっちに2匹と寝そべっていて、なんでこんなに多いんだろうと感じてはいましたが、そういうことだったんですね。
もちろん、本来のご主人に捨てられた犬は哀れで、許されていいことではありませんが、それでも広い寺域で自由にのびのび、ご飯ももらえるし、仲間たちもたくさんいて、犬たちにとってはむしろ幸せなのかも知れないと思ったりします。
国民の90%以上が仏教徒(上座部仏教)のカンボジアでは、寺と住民、宗教と人間との関わり方が、日本とは大きく違うようです。
ということで、カテンの行事は無事終了です。雨が降ると酷くぬかるむので何をするにも難儀ですが、この2日間はほんとうによく晴れて暑い日でした。そろそろ雨季も上がるようです。