【サディ×しーげる マンガ編集者談議】新連載を多くの人に届けるコンテキストとは?
「マンガは、中身が面白ければヒットするものでしょ!」
イチ読者の私は当然のようにそう考えていましたが、編集者お二人の話を聞いているとどうやら作品を沢山の人に読んでもらうには「コンテキスト」というものがかなり重要らしい……。
「コンテキストって何?」そんな基本的な質問から出発した今回の対談。プロの編集者さんや作家さんだけではなく、これから目指す方や私のような読み手側の方にとってもとても興味深い内容となりました。
この記事は、編集者 佐渡島庸平さんのyoutube番組『水曜日の佐渡島』で行われた鈴木重毅さんとの対談を、MCを務めさせて頂いた私、なっちゃんがまとめたものです。
前回の対談記事『連載1話目をどう作る?』もぜひあわせてお読みください!
対談者プロフィール
佐渡島庸平さん(サディ)
1979年生まれ。東京大学文学部を卒業後、2002年に講談社に入社。
週刊モーニング編集部にて、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当。2012年に講談社を退社し、クリエイターのエージェント会社、コルクを創業。
著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。
鈴木重毅さん(しーげる)
1996年に講談社に入社し、週刊少年マガジン編集部に配属。1998年に少女漫画誌「デザート」に異動し、『好きっていいなよ。』(葉月かなえ)『となりの怪物くん』(ろびこ)『たいようのいえ』(タアモ)『ライアー×ライアー』(金田一蓮十郎)などを担当。2013年から「デザート」編集長。以後も『僕と君の大切な話』(ろびこ)『春待つ僕ら』(あなしん)を担当。2019年5月に講談社を退社し、女性クリエイターのマネジメント会社・株式会社スピカワークスを設立。すぐに新作『ゆびさきと恋々』(森下suu)を立ち上げ担当。やまもり三香の新作『うるわしの宵の月』も担当中。
(この対談はアーカイブ動画でもご覧いただけます。)
コンテンツ=「プレゼント」,コンテキスト=「渡し方」
サディ:
まずコンテキストとは何かという話なんですが、よく「文脈」や「流れ」と言い換えられることが多いですよね。
しーげる:
そうですね。読者に作品を受け取ってもらうための文脈、という感じかな。
サディ:
例えば僕が急に「次は『縄文くん』というマンガを作りたい」と言い出したら、「そんな流れなかったじゃん?!」とみんな驚くだろうと思います(笑)。でも、今もし世間で縄文時代ブームが来ているならそれはコンテキストになる。「唐突じゃない状態」だと「コンテキストがある」と言えますね。
しーげる:
唐突じゃない状態という表現はわかりやすいね。
サディ:
僕はしーげるに教えてもらったコンテンツとコンテキストの定義がわかりやすいなと思って、色んなところで使わせてもらってますよ。
しーげる:
コンテンツは「プレゼントの内容そのもの」で、コンテキストは「プレゼントをどう渡すか」という話ですね。
サディ:
そうです。例えば誰かに誕生日プレゼントを渡すとして、誕生日当日に相手の家まで行って渡すのか、誕生月のたまたま会える日に渡すのかで意味が変わってきますよね。
しーげる:
渡し方で相手が受ける印象は変わる。さらには、渡し方を考える中でプレゼントの内容自体が変わってくることもあるね。
作家とコンテキストの関係
サディ:
届け方にも意味がある。でも作家はプレゼント、つまり作品の中身ばかり考えていることがよくあります。それをいきなり渡そうとするのは下手なサプライズと同じですよね。第1話を作る段階で編集者と作家が作品の中身ばかり相談しているとコンテキストの作り方が下手になることがよくある。
しーげるは作家もコンテキストを考えるべきだと思いますか?
しーげる:
いい作家はみんな考えてるなと感じますよ。
僕は新人マンガ家にコンテキストを意識してもらうために、「1作目の発表は転校生の自己紹介だと思うといいよ」とアドバイスします。転校初日に渾身のネタをいきなり熱演しても多分スベるでしょ(笑)。どんなクラスで、どんな人がいるかを分かった上で自分をどう知ってもらうかを考えることが大事。
サディ:
「作家の描きたいものと世間が求めているものにズレがある場合はどうしますか?」と聞かれることがよくあります。
例えばさっきの『縄文くん』をマンガ家が描きたいと言ってきたとすると、僕はまず縄文時代の何が好きなのかを10個挙げてもらう。その中で社会とつながりそうなものを見つければ、コンテキストは作れますよね。
しーげる:
より多くの人に受け取ってもらうためには、なぜ好きなのかを深掘りして縄文時代に興味のない人にも伝わる何かを見つけたいよね。
コンテキストは「浮かび上がらせる」もの
サディ:
そう考えると「コンテキスト作る」というのは、今まで意識できていなかったが既に存在する様々なコンテキストを「浮かび上がらせる」とか「見つける」ことだと言えますね。
しーげる:
僕は最近、編集の仕事って「最適化」と「最大化」なのかなと考えています。
「最適化」は、今既に見えているコンテキストにコンテンツを合わせていく作業。「最大化」は、見えていないが存在するコンテキストを浮かび上がらせたり、より強くする作業。
サディ:
しーげるはコンテキストをどう見つけます?
しーげる:
僕は基本的にコンテキストの「入り口」と「出口」を考えています。まず入り口として、社会の雰囲気や今の少女マンガの状況を見る。その上でどんな作品にするのかを練る。作品ができたら、出口としてその作品をどう伝えたら受け取ってもらえるかを考える。
サディ:
社会の雰囲気って例えばどういうものですか?
しーげる:
僕は最近の若い人達がお互いを理解しようとする意欲が薄くなっているな、と感じていて。そういうのは嫌だなと思うから、人と理解し合えることは嬉しいんだと思える作品を作りたいと思っています。
サディ:
僕、しーげるがその考え方で作品を作った結果、いつもちゃんと女性の心に刺さっているのが凄いなと思うんです。人間の感情って見えないから、それを中心にコンテキストを作るのが僕はちょっと怖い。なので僕は「産業ハック」っていう考え方をしています。
例えば『ドラゴン桜』は入試改革があって教育が変わっていくことが見えていたから生まれたし、『宇宙兄弟』も、ロケットを頑張っていたホリエモンの話を聞いていて、今後宇宙産業に従事する人が増えていくだろうと感じたからリアリティのある宇宙モノは当たると思って作った。
今は医療マンガをやりたいと思ってるんですが、それも今流行っているwell-beingという考え方をテーマにした新しい医療マンガならいけるんじゃないかと思ってる。「悪いところを治す」ではなく「健康な人の健康な状態を維持する」ための医療マンガはまだないですからね。
人が増える産業が分かっていたらそれは社会のコンテキストになります。
しーげる:
それを予測できるのが凄いよね。
サディ:
宇宙兄弟はヒットするまで時間かかりましたけどね(笑)。
しーげる:
昔、あるマンガ家さんと「最強の物語とは何か?」と話したことがあって、「生存戦略」じゃないかという結論に至ったんです。要はこの社会でどう生きていけばいいのかということが描かれている物語が一番求められているのではないかと。僕は少女マンガをやっているから、女性がどうやって生きていくと楽だったり楽しかったりするのかというのが考え方の一つのベースとしてあるかな。
サディ:
なるほど。僕は「産業ハック」のような社会側のコンテキストをメインに考えてきたけど、実はしーげるが言うような人間(読者)の感情側のコンテキストの見つけ方も最近定悦を発見したと思っていて、それは「お経」です。お経って、人の悲しみや苦しみとその対処法を8万4000通りも教えてくれてるんですよ。
しーげる:
僕も、聖書とか仏教の本をすごい調べたことがあるな。
サディ:
「お経に出てくる人間の悩みベスト100」×「産業ハック」で物語はいくらでも作れるんじゃないかと最近思ってます(笑)。
コンテキストをどう見つける?
サディ:
ここ数年マインドフルネスが流行っていますが、だからこそサウナも流行ってサウナ本が売れましたよね。マインドフルネスの流行からサウナブームを先読みして本を作ったという予測力はすごかったなと思います。
コンテキストを見つける上で、「人が集まる産業」にはお金の流れを見ると気づけたりするけど、「人々の感情」についてはどうだろう?
しーげる:
まず仮説を持って世の中を見るというのは大切だと思います。あとは反射神経かな。ちょっと変わったものや気になるものが出てきた時にそのままにしないようにはしてる。
サディ:
しーげるが言ってた「若い人達がお互いを理解しようとしていない」というのは、どう気づいたんですか?
しーげる:
色々な調査を見ていると、「もう恋愛はいらない」「わざわざ恋愛して傷つきたくない」という結果が顕著で。自分のスタンスとしてそういうのは嫌だな、人と人が向き合うことはいいことだよと思って。
サディ:
個人の価値観も、一つのコンテキストと言えますもんね。
この作品のコンテキストがすごかった!
サディ:
僕は最近の作品だと『進撃の巨人』のコンテキストは良かったなと思って。あれが流行って、ああ、この閉塞感をみんな感じていたのか、見事にそこにハマったんだなと思いました。
少女マンガではどうですか?
しーげる:
近年では『君に届け』が圧倒的にすごかった。それまでは刺激的な少女マンガが増えていたんです。主人公の不幸度がインフレしていっちゃってた。その中で突然、「ひとりの人に思いを届けるって大切だよね」というクラシカルなテーマを持って現れたのが『君に届け』だった。あの1作をきっかけに少女マンガの流れが一変したんです。みんな本当はこれを求めていたんだなと感じました。
サディ:
『鬼滅の刃』も、ヒットして初めて「身近な人のために命をかける」みたいなテーマにこんなにも皆が共感するんだと気づきました。心理的に社会と接合していたんだと思います。
しーげる:
ただ、マンガの場合は連載期間が長いからコンテキストが変遷を辿ることもあるよね。先日『鬼滅の刃』の新聞広告で「夜は明ける。想いは不滅。」というリード文を見てすごくいいなと思って、1巻の時はどんなコピーで売ってたのかなと調べてみたんです。そしたら「純和風剣戟奇譚」と今と全然違った(笑)。
サディ:
「夜は明ける〜」っていうコピーは完全にコロナ向けマンガという感じがしますもんね。
しーげる:
連載を続ける中で作品が届く範囲が広がったり世の中が変わったりして、コンテキストが変わっていったんだと思います。
サディ:
『進撃の巨人』も、最初からコンテキストを考えた上であの設定が生まれたわけじゃないかもしれない。でも、作者自身がこの時代のこの国に生きている人なんだから、自然と感じていた閉塞感が作品に表れたという事かもしれませんね。
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いかがだったでしょうか?
コンテキストは届け方。いくら中身がよくたって、届け方が悪ければ伝わるものも伝わらない……。なんだか私生活にも生かせそうな話だと思ったのは私だけでしょうか?(涙)
『水曜日の佐渡島』では毎月第1週目の水曜22時〜、しーげるをお迎えしてマンガ編集談議を生配信しています。
次回は1/6(水)、「SNS時代の編集者の育て方」についてお話ししていただきます。皆さんぜひ遊びにきてくださいね!