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遺書No.536 祖母。

※この記事は2004年7月6日から2009年7月5までの5年間毎日記録していた「遺書」の1ページを抜粋して転載したものです。

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2005.12.22
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祖母が亡くなりました。

本家でもなく、
実家きらも離れたところに住んでたボクは、
お婆ちゃんっ子とかでも無かったし、
正直お婆ちゃんと過ごした時間は殆どありませんでした。

小さい頃から、お婆ちゃんに会うのは、
お正月に実家に顔を出した時だけ、
多くてもお盆を含め年に2回。

それもボクが高校を卒業し、
東京に出てからは更に機会が減り、
お正月ですら会いに行く事がなくなっていたね。

現在ボクは27歳。

高校を卒業してからと考えたってもう10年。
その間にお婆ちゃんに会ったのは、
おそらく5回とないだろう。

親不孝とは言わないだろうが、
本当に薄情な孫だったと言わざるを得ない。


お婆ちゃん。


今さらこんな事をいえた立場じゃないけれど、
お婆ちゃんの事本当に好きだったよ。

いつも元気で明るくて。
とにかくよくしゃべって。
思い出すだけで笑っちゃうくらい、
いつも声が大きくて、
本当によくしゃべるお婆ちゃんだった。

ボクが中学に入った頃からは、
お婆ちゃんが段々小さくなって。

いつからか、本当に愛しい人を見るような目で
お婆ちゃんを見ていたよ。

お婆ちゃん。

会いに行けなくてごめんね。
薄情な孫でごめんね。

・・・しかも、こんな事を言ってる側から、
仕事がなんたらとかそんな事を、
言い訳に持ち出してしまう薄情なボクを
許してください。

明後日の告別式に出席できないボクを
許してください。

こんな時にまで何を・・・
と自分でも思うけれど、
感情論だけで動けない状況を許して下さい。

まだ、胸を張れる程の成果も成功も治めていないから報告も出来てなかったけれど、
実は今、ボクは信頼できるパートナーと一緒に、
会社を興し、経営しています。

まだ本当に小さな会社で、
満足に紹介できるレベルでもないんだけれど、
それでも今、胸を張れる自分になりたくて、
一生懸命頑張っています。

ただ、そんな状況が災いして、
お婆ちゃんのお見送りだというのに、
行けそうにありません。

土日がメインになる今の仕事で、
年内最後の週末で、
今月の売上だけじゃなく、
来年以降の売上げにも関わる、
言葉を変えれば生活に社運に関わる、
どうしてもはずせない大事な日なんです。

勿論、決してお金儲けの機会を失うからだなんて理由じゃありません。
既に予定が組み込まれている取引先との件や、
連日限界まで業務が詰まっていて、
年内は一日も空きがない状態なんです。

まだ、「一人抜けたぐらい何とかなる」なんて言える程の規模でもなく
それでいて自分一人だけの生活で済む問題でもないのです。

勿論悩んだし、悔しいし、
道徳的にも間違っていると思うけれど、
どうしても今は、
仕事を休む訳にはいかないんです。

大げさに聞こえるかもだけど、
今が自分の人生にとっても、
とても大切な時期なんです。
ごめんなさい。


本当にごめんなさい。
情けない。
恥かしいです。

本当にお世話になった、
それもかけがえのないお婆ちゃんとの別れにも、
出席出来ないなんて
自分が情けなくなります。

でも、出来ればそんなボクを、
許してやって下さい。

出来れば、頑張っているボクを見守ってて下さい。

そして、いつになるか分からないけれど、
必ず胸を張れるようになった自分を、
お婆ちゃんにも見せに行くから。
それまで、見守ってて下さい。

明後日の告別式には出れないけれど、
それでも明日の納棺までには、
絶対に駆けつけるから。
会いに行くから。


お婆ちゃん、
告別式に出れなくてごめんね。
でも明日は絶対に会いに行くから。

そしてもう一度直接謝るから。
そしてもう一度直接約束するから。
ごめんね。

今までありがとう。


ごめんね、お婆ちゃん。


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2021.12.17
毎日遺書を書き始めた当時536日目の投稿内容。
こんな事を書いておきながら、当時の会社はたたんで、今は田舎で安月給で、特に好きとも言えない仕事をしてたりする事実…。
もちろん逃げたとかじゃないけど、結果論だけど、なんて情けないんだ…。
でも嘘にはしたくないから、ここからでも頑張るね。あきれずに見守っててくれたら嬉しいな。
お婆ちゃん。


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ナツキのパパ@令和の父親アップデート作戦中!
過去のボクは昭和の固定観念や慣習に縛られ、自分や家族を苦しめていた事に気付きました。今は、同じ想いや苦しみを感じる人が少しでも減るように、拙い言葉ではありますが微力ながら、経験を通じた想いを社会に伝えていけたらと思っていますので、応援して頂けましたら嬉しいです。