小説「定食屋がVtuberをやってみた」3
3 はじめまして
眠気が襲う夕暮れ時、外を走る郵便屋さんの原付のエンジン音に起こされた。
お店の開店の準備は夕方から始まる。準備前にキッチンにある折り畳み椅子に座るとつい眠ってしまう。
昨日の初めての配信を振り返りながらお米を炊く準備をする。寒くなってきた近頃は、お米を水に浸す時間が長くなってきた。使うのは愛用の土鍋だ。始めは強火、時間が経つごとに火を弱くしていく。水分を飛ばして蒸らせば、ふっくらごはんが炊けるのだ。
お米の後は惣菜の準備にとりかかる。いつもメニューは魚料理と肉料理の2つを用意している。今日はアジの開きと豚の生姜焼きだ。準備が終わる頃にお店を開ける時間がやってきた。
今日は週末ということもあり5席のカウンターと2つのテーブルは常に埋まっていた。営業時間はずっと動いていた。
ラストオーダー11時の10分前にひとりの男性がやってきた。
「今日はこの人で最後かな」
さっそく空いている奥のテーブル席に案内する。水を持っていきテーブルに置いてあるメニューを彼の目の前に置く。
「素敵なお店ですね。今日のおすすめは何ですか?」
「ありがとうございます。今日のおすすめは生姜焼き定食です」
キッチンに戻ろうとしたが、一瞬立ち止まった。
聞いたことのある声だ。しかも何度も聞いたことのある声。
そういえば入ってきた時も見たことがある顔や髪の色、体形だと思った。
見たことがあると言っても実物ではなく絵やイラストに雰囲気が似ていた。
「もしかしてルカさん?」と私は聞いた。
「はじめましてユイさん」彼は答えた。
私は驚いた。「よくわかりましたね。この場所」
彼はニコっと笑って、「自分の枠に来てくれた人の情報はメモしてあるんです。ユイさんは自分の枠に何度も来てくれていたから気になっていたんです」
ライブ配信アプリでは親密になるとつい自分のことを詳しく話してしまうことがある。以前私のお店がルカさんの職場に近いことがわかり、自分のお店の場所を細かく話していた。
「一度お店に来てみたかったんです。迷惑だったかな」と彼が言うので、
「とんでもない。来て頂いて嬉しいです」私は感謝した。
すると彼はスマホを取り出し操作し始めた。「急に来たお詫びです。どうぞ受けとってください」
私のスマホが鳴った。さっそく開いてみる。
届いたメールには忙しそうに調理をする女性のイラストが添付されていた。
イラストの背景にはお店の食器棚とキッチンがそのまま描かれていた。私が初めて受け取ったイラストと同じタッチだった。
「実は一度このお店に来たことがあるんです。たぶんこのお店じゃないかなって。その時はあまり声を出さないようにしていました。」
私はまた驚いた。私が依頼した絵師さんはルカさんだった。趣味で絵を描いていることは配信のやり取りで聞いていたが、まさかルカさんに描いてもらったとは思いもしなかった。
「ユイさんには投げ銭もたくさん頂きましたね」彼は申し訳なさそうな表情をして言った。
「ルカさんはいつも楽しい配信をしているからつい投げてしまいます。応援の意味も込めて」私は答えた。
彼がニコっと笑った後、私は思い切って言った。「じゃあ投げた分お店に来ていただこうかな」
ルカさんは少し驚いた様子で答えた。
「わかりました。しばらく通うことになりますよ。」
「はい!いつでも来てくださいね」私は喜んで答えた。
ルカさんはメニューを手に取りザッと見通した。
「生姜焼き定食ひとつお願いします」
「はい。すぐ作りますね」
私はキッチンに走って調理を始めた。
おわり