武士道入門13 竹中半兵衛の正義

武士道の「義」というのはようするに、「己が正しいと信じることを、正しい行為として貫く」ということ。

『武士道』にはこうあります。「欺瞞も策として当然のごとく行なわれた時代に、この率直で正直な男らしい美徳は、最も光り輝く宝石であり、最も高く称賛されるものでした」

たとえば会社の中に、気に食わない上司がいたとする。陰で社員は、不満や
愚痴をタラタラ言っている......。
あるとき上司は言うんです。
「オレに不満があるなら、陰でこそこそ言わず、堂々と名乗り出て言え!」
部下たち「......」
上司「誰も不満を言っていないのか?」
部下「そんな人はいませんよ」

まあ、どこぞの議員ではありませんが、こうした欺瞞、ウソ、言い逃れ、卑 怯というのを、武士たちは嫌いました。
つまりそれは、堂々と立場を明確にしないことで、「自分が正しい行動をし ている」ということに確信を持っていないことを意味する。
正しいと思ってする行動なら、命を賭けてでも責任を持つのが「武士道」になるわけですね。

そんなふうに命をかけて上司に不満を言ったことで、戦国時代のヒーローに
なった武士がいました。
それが竹中半兵衛(重治)という人。豊臣秀吉の軍師として、ドラマに、漫画に、ゲームにと、よく出てくる武将です。

じつはこの人、謎の人物で詳細はわかっていません。 36歳で病死しているからでしょうかね。
だからすべては「伝承」になるのですが、もともと半兵衛は、織田信長の義 理の父である斎藤道三の息子、斉藤義龍に仕えていました。美濃=岐阜県の大 名です。 

ところがその息子の龍興の代になると、酒に溺れるは、民衆を顧みないわ、お気に入りの人の意見しか聞かないわで、「このままじゃ隣国に滅ぼされるぞ」 という状況になります。
家臣は不満タラタラですが、半兵衛は陰口を言うどころではありません。
16人の部下をつれて、たった1日で城を占領してしまったわけです。
「ほら、見たことか。お前がしっかりしないと、こうなるんぞ!」......と、龍興にわからせようとしたんですね。

隣国の織田信長は、「占領したままこっちにつけ」と要請しますが、それも 義に反する。
彼は元の城主に城を返しました。
普通なら死罪......ですが、龍興にはそんな勇気もなかったんでしょう。
処分は結局「クビ」でした。

で、半兵衛は若くして隠遁生活を始めますが、信長が龍興を滅ぼして美濃を 占領したあと、秀吉が「ぜひ、ウチに来てくれ」と、彼を軍師に迎えます。
義に忠実なら、信頼を生み、本人の成功につながっていく......。
そうでなければ、ただ信頼を失ってしまう。現代も武士の時代も変わらない「原則」なのでしょう。

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