武士道入門38 外国人たちが見た武士たち

『武士道』12章の『「切腹」と「仇討ち」の制度』で、新渡戸稲造さんは4ページにわたる長い引用を載せています。
それはまさに「切腹」を生で見て、文章に残した記録。アルジャーノン・ミッ トフォードという英国人外交官が書いた『Tales Of Old Japan』という本から の掲載です。

「彼は短刀をおもむろに取り上げて、嬉しげに、まるで愛情をこめるような眼 差しで見つめた。そして一瞬の間、最後の集中をしているようだったが、やが て左の腹を深く刺して静かに右に引き回し、また元に戻して少し上に切り上げ た......」

外国人が切腹を見ているというのも不思議ですが、こちらは1868年、明治政府が発足してすぐ起こった「神戸事件」の顛末です。
備前藩の武士が隊列を横切った外国人を斬りつけた......という事件なのです が、まだ廃刀令も出されず、武士という身分が解体されていないころのこと。

新渡戸さんが自身の本で引用できたのは、開国以後、日本にはたくさんの外国人が、 外交、貿易、文化振興、研究、芸術......などの目的でやってくるようになりました。
そして江戸文化が近代化されるギリギリのところで、たくさんの記録を残してくれた。「まだ武士がいた時代」の日本の記録は結構、世には残っているわけです。

「これ以上幸せそうな人びとはどこを探しても見つからない。喋り笑いながら 彼らは行く。人夫は担いだ荷のバランスをとりながら、鼻歌をうたいつつ進む。遠くでも近くでも、『おはよう』『おはようございます』とか、『さよなら、さ よなら』というきれいな挨拶が空気をみたす」

こちらは有名な『逝きし世の面影 』という本からの引用ですが、幕末から 明治にかけて日本を訪れた外国人の日本に対する記述を集めた本。

江戸の平和な時代を経験してきた日本人の庶民たちは、同時代の欧米に比べ、 ずっと文化的で、豊かな生活をしていた......と言われています。
それもあって 実際に日本を訪ねた外国人は、非常に私たちの国を高く評価してくれていたんですね。

決して、野蛮とされた習慣だけではない……。これは現代の日本人が、知っておくべきことじゃないかという気がします。

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