【ヒグチアイ×竹原ピストル『吾唯足知~われただたるをしる ~vol.2』】ライブ備忘録~有料の言葉の“正義”を証明したツーマン~
――それは、ひとつの誤植通知から始まった――
≪LIVE情報!新宿LOFT歌舞伎町移転25周年記念『吾唯足知~われただたるをしる~vol.2』9/5(土)竹原ピストル/ヒグチアイ≫
この情報を受け取ったスマホ画面から視覚を通じて、脳内にキーワードが言語化されるまでのコンマ1秒
【新宿LOFT】【竹原ピストル】【土曜日】
“新宿LOFTで竹原ピストルとのツーマン!・・・ど、土曜日!?”
これらの3つのワードだけで十分だった。
使い古された“光の速さで”という慣用句は、このためにあったのかというほどに、即決でプレオーダーに申込みを完了させる。早く申し込むほど良番号ではないか?という心理も働いての光速申込みであったが、もう少し、予定を確認してからにしよう、とか心の余裕があれば、違っていたのかもしれない。
それから、30分後・・・
≪先に配信させていただきました9月のライブ情報に誤りがありましたので、訂正しお詫びいたします≫
“えっ!?”
≪誤:9/5(土)新宿LOFT 正:9/5(木)新宿LOFT≫
“はいっ!???”
土曜の夜・・・ではなく・・・平日の夜・・・この差は地方民からすれば、大谷翔平と大谷亮平くらい似て非なるものであり、気付いた時には、【受付完了】のメールが、「取り消すの??もったいないよ?当然、行くんでしょ?」と訴えかけてくる。
もしも、あの誤植通知が無かったら・・・
もしも、申込む前に訂正通知が届いていたら・・・
果たして、自分はこの苛酷な日程を受け入れていたのだろうか??
この果てしないifは、やがて、9/5に狙いを定めたかのように次々と入っていくスケジュールとともに、苦悩の日々に変わっていくのだった。
“この時間に終わるなら、ここまで何時に来られれば、開演時間に間に合うなぁ・・・”
開場時間での会場入りは早々にあきらめ・・・(席番号は80番台だった。前列オールスタンディングの過酷さを考えれば良かったとも・・・若くはないし・・・)、開演時間の19:30に間に合うかどうかで、ルートの様々なチェックポイントに門限時間を設定して、シミュレーションを時間の空いたときには常に妄想していた。
そんなに無理してまで、自分を突き動かしていたものは、〔ヒグチアイを新宿LOFTで観る〕というひとつの憧れにもあった。
【新宿LOFT】は、サザンオールスターズ信者の自分にとっては、サザンもデビュー前にライブを行っていた(当時の場所から移転はしているが)こともあって、サザンに限らず“音楽ファンにとっての聖地”でもあり、サザン以外の音楽には疎かった自分にとっても、長年、“いつか行ってみたいライブハウス”でもあった。
それは、アイさんでも例外なく、“ヒグチアイを育んだホーム”のひとつという特別な響きがさらに増していた。
【竹原ピストル】さんには、個人的には特別な思い入れはなく、一般レベルくらいだと思う。ただ、音楽番組やYouTubeで名前を見れば、“自然と聞きに行ってしまう”存在であり、その魂に訴えかける説得力に圧倒されたことも、しばしばあった。
自分にとっても間違いなく今まで経験したことがないくらいの化学反応が起こるであろう、その“特別な空間”のチケットが今ここにある――
実は当日の朝まで、ギリギリまで悩んではいたのだが、正式に朝、早退できる準備を済ませ、出発をする。
遠征の道中はいくつもの渋滞に巻き込まれ、カーナビの到着予定時刻は乱高下・・・一時、【到着予定時刻20:00】と、開演の30分後までに伸びたが、近づく頃には、【到着予定時刻19:40】が固い時間となる。
19:30
開演時間を迎えた頃、新宿駅の前を過ぎたくらいだったろうか・・・
“アイさんはきっと前半だろうな”
ツーマンのどちらが前半か後半か・・・なんとなく察しはついていたので、多少の覚悟はあった。
駐車場から、慌てず、落ち着いて、会場に迎えたのも、不思議と心に余裕があったからに思う。
【LOFT】のエレベーターの下位ボタンを押す。【B2】の表示を押すと、自然と心拍数も上がっていく。そして、エレベーターが開く
≪こちらからは降りられません≫
“・・・えっ!??どうすりゃいいの!!??”
目の前の立ち入り禁止看板に、抑え込んでいた焦りがやっと表面化する
深呼吸をして平静を取り戻す
仕切り直して、【B1】で降りて、階段へ
階段の道中にはライブの告知看板
降り切ったフロアのすぐ左手に受付があり、そして、微かに聴こえる、アイさんの歌声
紙チケットをもぎっていただくと、正面にドリンク代のカウンターがあり、左に進むとライブハウスの入り口の分厚い扉がある。
「今日はどちらのお目当てですか?」ドリンク窓口のお兄さんに尋ねられ
「ヒグチアイです」と即答する。(このリサーチは、どこかで集計されるのだろうか???)
そして、次の瞬間には
「トイレはどこですか?」
無意識のうちに発した一言。
生理現象を気にする間もなく、夢中で会場入りしていた自分に気付く
「会場に入って、左側です」
重厚な、いかにも防音バッチリな観音扉の太い回転レバーを90度回すと、現実から非現実の世界への入り口に代わる。
≪あなたがいたから♪わたしがいるのよ~♪≫
アイさんの歌声に招かれるように、ライブハウスのフロアとカウンターを横目にトイレへ
ライブ中にトイレに行った経験はたぶん無い。アイさんの生歌を聴きながら、用をたしていると、少し罪悪感を覚える・・・あまり、このあたりは文章化を差し控えたい
トイレから戻ると、『縁』の演奏がちょうど終わり、会場から大声援と拍手が鳴り響く。
『縁』が何曲目なのかは、この時点で知る由も無かったが、時間帯から序盤であることは間違いなく、いきなり最高潮となっていて、嬉しくなってくる。
すでに前列は、埋め尽くされた人が壁のようになっていて、仕方なく最後列にあるカウンター前にひだまりのように空いたスペースに立つ。
ステージは当然ながら見えず、中央には大きなコンクリの柱があって、その柱の影になるエリアには人の波がモーゼの十戒のように潮の引いた道になっているのが分かりやすい。
柱の上には、ステージを映すモニターが小さな街頭ビジョンのように正面と左右に向けて3台、向けられているが、画質が粗く、暗っぽくて、アイさんの姿が認識できない。モニター越しだと、アイさんがショートカットかポニーテールのようで(当然ポニーテールだった)、青っぽいTシャツを着ているのかな?くらいにしか見えず
“ご尊顔を拝みたし”
という愚かな欲求を駆り立てるには十分だった。カウンター前の一段高いオーディエンスエリアに足を遠慮なく踏み入れると、少しだけ、世界の見え方が変わる。
あの、無慈悲なコンクリ柱と観衆の隙間からチラチラとのぞくアイさん
“あぁ・・・逢えた・・・あぁ・・・消えた・・・”
この繰り返しだったように思う
いたるところに配管や配線が剥き出しになっている天井
薄明るい白熱電球のような温かな照明
熱気と人の鼓動まで聴こえるような密集空間
吸い込めば吐き出すのもためらうような歴史が詰まった空気
ここが、【新宿LOFT】・・・
Tシャツ、短パンの若者から、いかにも仕事帰りでクールビズのサラリーマン(自分も含めて)
老若男女の幅広い世代も集っていた
ここが【音楽の聖地】・・・
数々の名のあるミュージシャンが巣立ち、今なお最前線とも、心の拠り所ともしている、故郷のようにも思えた
「今日は後ろの席までみられるようにスタッフが台を作ってくれたんです」
そんなようなアイさんのMCを第一声で聴いた気がする。
スタッフの配慮を知り、後列で不満を感じていた自分も反省する・・・
「新宿の街にも思い出があります。上京してきた頃には、路上ライブをやっていたら警察に怒られたり・・・路上で、おじさんから「イチゴ(15,000円)でどう?」とか、アンケートで「あなたは幸せですか?」なんて声を掛けられたり・・・新宿の思い出っていい思い出があるのかなぁ・・・?」
と、会場からさっそく、ウケをとっているアイさん。
「でも夢を追っていた時間もあったり、【新宿LOFT】に出演する事も憧れでした」
移転25周年という節目に呼んでもらえたことへの感謝も口にしていたアイさん
そして、新曲の『誰』を披露する。
〔未成線上ツアー〕のトリッキーで異世界観な弾き語りの印象よりも、少しバラードのようにも自分には聴こえた気もして、引き込まれた。
会場の熱も一気に体感温度をクールにさせると同時に、オーディエンスも研ぎ澄まされていくようなすごい緊張感が包み込む。
満杯のライブハウスが静まり返る、あの感覚は、クールでありながら、とてつもなく高揚をあおるような不思議な感覚
その最たる瞬間が、次に演奏された『悪魔の子』だった。
十中八九のオーディエンスがきっと知っているであろう、ヒグチアイの代表曲が満を持して放たれると、ほぼ、金縛りのように、みんなが我を忘れて、ただ空間を見つめている。
ドリンクを飲んでいた手を止めて、五感をすべて、その歌声に委ねるような
圧倒的な歌唱だった
〈パチパチパチ・・・〉
拍手の音に我に返った聴衆も多かったのではないかと思うほどに、盛大な拍手というよりは静粛な拍手だった気もする。
そんな感動の余韻のあとに、印象的なピアノのインストのメロディ・・・
“あれ?これってひょっとして・・・”
自分が気付くよりも真っ先に、耳の肥えた、竹原ピストルさんのファンと思しき方々が反応し歓声をあげる
竹原ピストルさんの『カモメ』のフレーズだった
アイさんも影響を受けた存在として、先日のラジオ番組『CITY CILL CLUB』の“終電がなくなっても気にせずタクシーで帰るようになっちゃったね”をテーマに、アイさんから選ばれた1曲でもあった。
心まで沁みる澄んだ青空のようなバラードのあの世界観(竹原さんの生歌でも聴きたかったぁ)から、
≪♪お姫様みたいとほめられてから着続けている・・・♪≫
『悲しい歌がある理由』のフレーズに繋がっていく
しっかりと、一音一音を丁寧に、届けたい思いをさらけ出して吐き出すように
感動がライブハウスに充満していく。
双方のファンが大満足のこの流れには、大きな拍手と歓声も寄せられた。
≪♪彼氏いたって~お金あったって~ツラくなることないですか~♪≫
拍手の切れ間に唐突に送られるあのフレーズには、正直、驚いた。
『わたしはわたしのためのわたしでありたい』
“やった!!”同時に心の中でガッツポーズをしていた。
弾き語りバージョンで聴くのは初めてで、しっとりと始まる導入から、どんどんと情熱を込めてテンポを加速させていくアレンジに
これまでのアイさんの道のりを辿るかのように、これからの未成線のその先を駆け抜けていく決意を新たに表明するかのうような自信を持った歌声に
胸が本当に熱くなる。
≪誰も知らないメロディー 歌い続けると誓うよ≫
力強い宣誓に涙腺が緩む。
最後の一音を迎え入れ、拍手と歓声を自分も贈った。
“ありがとう、アイさん・・・”
ここまでの道中の苦労も報われて、なお、余りある頂きものをまたもらうことができた。
「ピストルさんとは2017年以来なので7年ぶりにお逢いしました、すごく安心する存在で、自分の中では、おばあちゃんと同じ存在です」
意外なMCに会場も心温まる(これはジョークでもなんでもなくアイさんなりの真の思いだったと思うので笑うところではないと思ったけど・・・会場で笑いがあったのは、ここだけの話、やや心外・・・)
「5日前からXを見るのをやめていて・・・なんで、こんな言葉に振り回されていたんだろう、と思う事があって」
言葉を選びながら、ポツリとつぶやくアイさん。
「無料の言葉に振り回されるよりも、有料の言葉である歌に助けられていたいな、と、最近、考えていました・・・」
重みがあって、自然とうなづいてしまうMCだった。
でも、Xがあったからこそ、救われた言葉もあったり、Xでアイさんが見つけてくれて、実際に励まされたファンもいたこともあったり・・・少し複雑でもあった。
アイさんの音楽活動は、XやSNSの普及とともにあって、そういったものを通じて、成長してきた面もあったのではないかと思う。よくよく考えれば、ここまで大きな大衆カルチャーに影響を与える存在になっても未だに、ファンとSNSを通じたやりとりが出来るミュージシャンはなかなかいないと思う。そろそろ、そういったスタンスも見直していく時期を、アイさん自身が迎え始めているのかな・・・とも思えてくる。
それは、とても寂しいことではあるのだけれど・・・。
「また、5日後には分かりませんが・・・」
“・・・え?”
結論を急ぐには少し早いかもしれないが・・・
「この【新宿LOFT】で初めて演奏した曲をやります」
『mmm』のイントロが流れる
≪昼過ぎに鳴るLINE・・・“関係者”は二百人・・・♪≫
“関係者・・・?まぁ、よくある歌詞間違いね・・・”
≪・・・“感染者”は二百人・・・♪≫
照れながら歌い直す律儀なシンガーソングライター・・・(そんなところも好きだ)
ライブでは、外せない一曲ともなった、この歌が産み落とされた、この4年間・・・
2020年にここで初披露され(自分は“BEST”ツアーが初披露だと思っていた)、様々な思いが巡ってくる。
「よかったら、一緒に歌ってください」
アイさんとこの歌の悲願でもあった【『mmm』でラララを合唱する】という命題は、本当の意味でこの場所にて完結したような感覚があった。
もっと、ライブハウス中に合唱が響いたらよかったなと思えたのだが、観衆もきっと、あの歌声に1秒でも耳を預けたい一心で夢中だったのかとも思う
『わたしの代わり』
やっぱり、感動した
歌詞の一言、一言が突き刺さる
ここ最近の自分の心情に一番寄り添ってくれる歌であり、慰めてくれる優しさに涙がこぼれそうになる
非日常のライブ空間で、日常を思い出すことは、時に辛いこともあるのだけれど、やっぱり、日常があってこその人生なんだな、とも思い起こさせてくれる。
夢に見た場所に、現実に立って、それでもまた理想を追い求めながら、“幸せの中にある苦しさ”“苦しさの中にある幸せ”を歌にしてきたシンガーソングライター
「どうもありがとうございました!ヒグチアイでしたっ!」
ゆるい明るい表情で優しく退場するアイさん
名残惜しかったけれど、充実した1時間だった。
自分が聞き逃した1曲目は実は『劇場』だったことを、あとから知って、悔やむ思いもあったが、それでも
“来れて良かった”
心の底からそう思えた。
アイさんのプログラムが終わり、ちらほらと帰る観客もいて・・・
“もう、こんな時間か・・・”
時計を見ると、20:30近く
“竹原ピストル・・・3曲くらい聴いたら帰るかな”
帰りの移動時間と翌日の勤務を考えると苦渋の選択だった。
だが、この選択はこっぱみじんに砕かれる。
素晴らしかった。
何とも言えない感無量な満足感
生・竹原ピストルは本当に凄かった。
なぜか、アイさんよりもよく見える好位置がキープできていて、竹原さんは、最初から最後まで全身をしっかりと拝めることができた。
頭にタオルを巻いて、ギター一本で絶唱する、その佇まいにしびれた。
アイさんの繊細な心の機微に触れながら包み込む歌に相対して、ド正面から心の障壁を突破してくる迫力は、同じ弾き語りでも、異種格闘技のようなはっきりとした違いがあった。でも、どちらも温かくて・・・MCの竹原さんの誠実な人柄が滲み出るような人間性も心地よかった。
“もっともっとこの場にいたい”
アイさんとまったく同じ感触だった。リクツではなく、居心地がよい・・・その言葉以外に表現する言葉が見当たらない。
3曲目に耳馴染みの『よー、そこの若いの』を聴くと、“3曲目で帰ろう”という当初の目論見は崩れた。
1曲ごとに観衆の反応もよくて
合いの手もバッチリ(みんな~♪『やってるか!!』の合いの手の歌)
「いい曲だねー!!」なんて観衆の歓声に対して「かんばります。これもいい歌です」なんて反応したり
『アメージンググレース』のカバーは、以前から感動していた歌だったので、生で聴けて感動したし、『浅草キッド』は、沁みて、涙が出そうになった。
勢いだけじゃなくて、しみじみと情緒を感じさせる歌でも心を熱くさせる事が出来るなんて、無敵だと思えた。
「ここ数年で一番くらいペース配分間違えました・・・」
息切れしながら、全身全霊でステージに立つピストルさんに観衆も大歓声
“このひとは代弁者でもあって、真のエンターテイナーでもあるんだ”
そう確信した。
【LOFT】の思い出で、先輩ミュージシャンとのマル秘エピソードトークでは
「これ内緒にしておいてくださいね・・・」
この日、一番の【LOFT】の笑いもあったり・・・この特別な地で、息づく様々な思いが解放されていく時間もあった。
アンコールでの“長い長いポエム”
その中の一節に「俺はX JAPAN以外のXは認めねぇ」みたいな言葉があって、アイさんのMCともリンクしていた。(新宿にはいい思い出がない的なMCも被ったような・・・)
充実した2時間のライブは本当に、有料の言葉の“正義”を証明する2時間だった。
無料のコンテンツが溢れる時代において、誰もが“代弁者”になれる。
それでも、歌い手が、自分たちのプライドをかけて、作り上げてきた“有料”のプライドたちには、“真に迫る本物の正義”が間違いなく存在している。
それを、21世紀の日本の“代弁者”の代表格である、2人のシンガーソングライターが、その音楽人生の中で交差して、また相見えた2024年9月5日は、特別な1日だったかもしれない。
この空間に立ち会えた、観衆は幸運だったと思う。語り継がれる1日としてもよいと思う。
帰りの車中
暗闇をヘッドライトが案内するハイウェイ
しびれるほど、疲労が蓄積したはずのアクセルを踏む足が、数時間前とは見違えるほどに、力みなく、迷いなく、推しているような気さえした
≪歌い続けると誓うよ≫
あのフレーズがこだまする。
また、再び逢える日まで
その時には、お互いに成長できているように
歌の物語の主人公を笑い飛ばせるくらいに
これからも“わたし”の物語は続いていく
つづく