全日本フィギュアスケート選手権 2020 を振り返る ② ~山本草太~
私は怪我をする前の山本草太を知らない。
ノービスチャンピオンになり、次世代のエース、羽生結弦二世、と絶賛されていた頃の彼を知らない
フィギュアスケートは好きだったけど、浅田真央ちゃんしか知らなかった。
怪我が治り、一歩ずつ進み始めてからの彼こそが、私にとっての山本草太の姿だった。
彼が一歩ずつ元の階段を昇る度に周りから贈られる暖かい拍手で、ああ、草太くんは怪我をする前はすごい選手だったんだね、と知り、
頑張ったんだね…と、遅まきながらじーーんとすることの繰り返しで、山本草太を見守ってきた。
怪我も治って再び山の高みを目指して歩み始め、あの美しい背筋の伸びたスケーティングが戻りつつあることが純粋に嬉しく、これからも頑張って山本草太を応援しよう!と、心に炎(はむら)を灯して誓ったものだった。
しかし。
時間というのは彼の怪我を治してくれるのと同時に、後輩スケーターの目覚ましい躍進を生み出した。
もしも怪我さえしていなければ。
自分は、今頃はどれだけのものが身に付いていて、どんな場所にいたのか。
わかる。
わかる。
簡単に言っちゃいけないことだが。
わかるよ。
私は、ひょっとして、パトリック・チャンのような優雅でゆるぎないスケートをするような選手になってたんじゃないかなと思っている。
でもね、
私は素人だし、滑れないし、草太くんのことを後から知った人間だけどね。
そんなおばさんが人間として普通に考える事でしかないけど、
いきなり怪我をした時間を取り戻そうとするのは無理だよ。
全日本のフリーのまえに発表された演技構成表をみたとき、
『ほんとにこんなに難しい構成で大丈夫なのか?』
と思ってしまったのよ。
周りはそれくらいのものを組んできてるから、最終グループで台のりを狙うならそれくらいしなくてはいけなかったのは凄く凄くわかる。
どうかこの不安が的中しませんように。
この夜、最大のミラクルが起こってどうかノーミスで全てのジャンプに最高の加点が貰えますように。
私が一番好きだったきれいなスケーティングも崩れはじめている。
ジャンプが決まらないからか、一番大切なものが犠牲になっている。
私はジャンプも見分けられない、回転数もわからない、それでもフィギュアスケートがただひたすら好きなだけのおばさんスケヲタでしかない。
ただ、感覚で思うことしか出来ない。
専門家が見れば彼のスケーティングはトップクラスだろう。
だけど、何だろう。
これは私の目が曇ってしまっただけなのか。
三年前のあの日、小さな地方大会で一瞬で私の心を掴んだナチュラルボーンスケーターの滑りはそこには無かった。
私は普通の人間だから普通にしか考えられない。
だから、もう少し時間をかけて戻ってきていいんじゃないかと思う。
町田樹さんは元々素晴らしいスケーターだったけど、ある年にもう一度初心に戻ってコンパルソリーを徹底的にやり直したら、全てのエレメンツが飛躍的に向上したと仰っていたけど、素人ながら、目から鱗だった。
たぶん、私が言わなくてもきっと皆さん同じことを仰ると思う。
草太くん、焦らないで戻っておいで。
確かに何年かは失われたけど、まだ20歳だよ。
まだベテランじゃないよ。
まだ成長途中だよ。
誰だってぶち当たる壁にぶつかっただけだよ。
青天井の直線を描いて伸びる選手はいない。みんなどこかでスランプにぶつかる。
そういう時はみんな初心に戻るでしょう。
野球選手がスランプに陥ったときも、ひたすら素振りを繰り返す。
それが結局一番の近道じゃないかなと思うよ。
自分で自分の可能性を閉ざしてしまうのは一番やってはいけないことだよ。
当たり前の事しか言えない自分がもどかしくもあるけど、私はただ単純に、もう一度あなたのスケートで魂を揺さぶられたいだけなんだ。
あの感動は、今の私のスケート熱の原点だった。
みんなこれを求めてスケートを見てるのか……って、電気に打たれたようだった。
そのきっかけをくれた山本草太は、本当に凄いスケーターなのだ。
その山本草太が自分自身に潰される姿は一番見たくない。
誰かに追い付こうとしないでほしい。
山本草太自身になってほしい。
そうなるための時間はまだまだ十分残されている。