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魔源郷 第2話「バンパイア」

 暗闇が、一層濃くなってきた。
「…とにかく、ここでこうしていても仕方ない。行くぞ。」
 フィンは、一人で歩き出した。
 フィンが歩き出すと、アリスは急いで立ち上がって、フィンの後を追った。
 追いつくと、腕にしがみついてきた。
 フィンには、不思議でたまらなかった。
 何故、こんなに自分に懐いてきたのか。
 背中の大剣が、この子供にとっては怖くはないのか。
 助けたということに恩を感じていたとしても、あまりにもこの子供は、懐きすぎている。
 会ったばかりの見知らぬ者だというのに。
「あれ…?」
 林の中をしばらく歩いて、迷ったことに気が付いた。
「おかしいな…。」
 フィンはランプの灯りをつけて、辺りを探った。
 この辺りには、人間の歩く道はない。獣道だけが続いている。
 迷いながら歩いていくと、小川が流れている場所に辿り着いた。
「とりあえず、渇きを癒そう。」
 フィンは小川の水を両手ですくって飲んだ。
 それを見てアリスも、川のそばまで行くと、四つん這いになって水面に口をつけて水を飲んだ。
「参ったなあ。こりゃあ、朝までここで野宿かな。アリス、ちょっとここで待ってな。」
 フィンは、林の中に消えていった。
 アリスは振り返ってその後ろ姿を不安そうに見ていたが、おとなしく川辺で待っていた。
 ふと川の向こう側に、何かの気配を感じた。
 こちらを見ている。
 それに気付いて、アリスは恐ろしくなった。
 じっと身構えたまま、向こう側を睨んでいた。
 叫ぼうにも、声が出なかった。
 すると、向こう側の林の中から、何者かが現れた。
 暗くてよく見えないが、どうやら人のようだった。
「駄目だ。こんなに暗くちゃ、余計に迷ってしまう。」
 そこへ、フィンが戻って来た。
「フィン!」
 やっとのことで声が出て、アリスはフィンにしがみついた。
 震えているアリスに、フィンも目の前の人影に気付いた。
 ランプをかざして、その人物を照らし出した。
 黒い髪を肩まで垂らした、鋭い目つきの青年だった。
 やけに顔が白く、唇が赤い。
 一瞬男とも女ともつかない、美しい顔をしていた。
 異様なのは、先端の尖った両耳だった。
 明らかに普通の人間でないことが分かる。
 その男の鋭い目が、一瞬、赤く光った。
「お前、この辺の者か?」
 フィンは黒髪の青年に、平然と話しかけた。
「見ての通り、迷ってしまってな。」
 アリスはフィンにしがみついて、震えていた。
「…何の用だ。」
 黒髪の青年は、警戒しているような口調だった。
「こいつを、あの村に送り届けるんだ。」
 フィンは、アリスの頭を撫でた。
 フィンとアリスを交互に眺めると、黒髪の青年は表情を緩めた。
「そうか。見た所、エサではなさそうだ。村まで案内しよう。」
 先程までの怖い顔は消え、優しい顔になった。
「助かったよ。ありがとう。」
 ほっとしたように、フィンは礼を言った。
「俺はジンジャー。お前らは…?」
「俺はフィン。こいつはアリス。」
 アリスはちらりとジンジャーの方を見たが、すぐに目を背けて、フィンの後ろに隠れた。
「さっきは怖がらせてすまなかった。獲物が来たかと思ったんでね。」
 ジンジャーは微笑んだ。
「バンパイアだな?」
 フィンの問いに、ジンジャーは頷いた。
「アリス。これから行く村には、魔物が大勢いる。ジンジャーのような魔物がな。」
「バンパイア…?」
 アリスは不安そうに聞いた。
「魔物って言っても、人型の魔物だ。姿は人間とたいして変わらない。」
「人間と一緒にしないでもらいたい。奴らはエサなんだから。」
 ジンジャーは、漆黒の瞳でアリスを見つめた。視線が合うと、アリスは目をそらした。
「それにしても…この子はともかく、お前は一体…。人間に見えるが、その血の匂いは…。」
「良かったよ。俺がエサじゃなくて。」
 フィンは笑って言ったが、ジンジャーの問いには答えなかった。
「そうだ。実は、こいつの親になってくれる人を探してるんだ。頼まれてくれないか。」
「親?」
「ああ。俺は見ての通り、猟師なんだ。先を急いでる。お前がこいつの親探しを手伝ってくれるとありがたいんだが…。」
「分かった。」
 ジンジャーは切れ長の目で、アリスを見た。
「俺は明日発つことにする。村はここから近いんだろう?一晩休ませてくれ。」
「お前は信用出来そうだ。あの村が人間共に見つかると厄介だからな。」
「もしかして、ここで見張っていたのか?」
「ああ。もしお前らが人間だったら、今頃殺してたな。」
 にやりとジンジャーは笑った。
「お前が村を守ってるってわけかい。」
「今までに、何人の猟師を殺したかな。この村に住んでいるのは善良な人々だけだ。魔物とは言っても、俺たちは元は人間だった。旧世界で生まれた…。」
 そこまで話しているうちに、谷が見えてきた。
 深い穴のようになった谷の下に、小さな村があった。
 点々と淡い灯りが燈っており、暗闇でも村の姿がぼんやりと見えた。
「気をつけろ。ここからは坂道だ。」
 急な斜面を、ジンジャーは滑らかに滑るように降りて行った。彼には、暗闇でも目がよく見えているようだった。
 フィンはアリスを抱きかかえて、足元に注意しながら慎重に降りて行った。
 長い坂道を降りていくと、谷の底に到着した。
 硬い土の地面の上に、石造りの村が建っていた。
 自然の石を削って造ったような建物が立ち並び、装飾の一切されていない、簡素なものだった。やがて、一軒の家に着いた。やはり石で出来た家で、石をくりぬいた所にはめられている木の窓のすき間から、明かりがもれていた。
 ジンジャーは、その家の扉を軽く叩いた。
 すると、中から白髪の老人が顔を出した。見た所、人間の老人にしか見えなかった。
「おお、ジンジャー。…どうした?」
 老人は、フィンとアリスを見て言った。
「客だ。怪しい者ではない。」
「そうか…。まあ、入りなさい。」
 フィンとアリスは家の中に入った。
「今夜はここで休むといい。俺は外を見てくる。」
 そう言って、ジンジャーは再び外へ出て行った。
「…君は猟師だね。」
 老人は皺の中に埋もれた細い目で、フィンを見つめた。
「はい…すみません、いきなり来て、休ませてくれなんて。ちょっとこの村に、用があったもので。」
「わしらを滅ぼしに来た、なんてな。」
 かかか、と老人は悪戯っぽく笑った。
「まさか。ジンジャーの好意でここまで案内してもらったんです。実は前にも一度ここに来たことがあったんですが…記憶が曖昧で、すっかり迷ってしまって。」
「ここへお前さんが…?わしの記憶にはないが…。」
 老人は、まじまじとフィンの顔を見つめた。
「…もう三十年も前になる。わしは死に場所を探してここに辿り着いた…。」
 そう言うと老人は、長い着物の袖をめくりあげた。それを見て、アリスはびっくりしたように目を大きく見開いた。老人の腕は、まるで獣のように黒く硬い毛でびっしりと覆われていたのだ。そればかりでなく、よく見ると、老人の手の指は、四本しかなかった。
 フィンは、老人の話にじっと耳を傾けていた。
「…わしらのような、異端の者は、人間の社会では生きられない。この村は、人間どもに追われて逃げてきた奴らが、自然と集まって出来た村なんだ。そういう者たちが、肩を寄せ合って静かに暮らしているのさ。」
「ジンジャーは、ずっとここを守っているんですか?」
「あいつは十年ほど前、ここにふらっと現れてな。それからずっとこの村を一人で守ってくれとる。何しろ、あいつはただ一人のバンパイアだからな。めっぽう強い。この村に近付く人間を片っ端から始末してくれる。この村の秘密も守られているというわけだよ。」
 アリスは、フィンにしがみついて、じっと老人を見つめていた。
「じゃが、あいつをいつまでもここに引き留めておくことは出来んだろう。あいつには、何か目的があるようじゃった…。」
 老人は、しばらくの間じっと、フィンを見つめた。
「お前さんは、わしらとは違うし、ただの人間とも違うようだの。そこの娘はわしらと同じ匂いがするが。不思議な男だな…。」
「あの、実はお願いがあるんです。こいつの…アリスの親になってくれる人を探してまして。」
「そうか、それでここへ来たのか。なんとなく察しはつく。わしの娘に預けよう。わしが面倒を見るよりもいいじゃろ。」
 その夜は、老人の家で休んだ。
 夜が更けても、ジンジャーが帰ってくる様子はなかった。

 アリスは目を覚ました。
 何かが呼んでいるような感覚。
 胸騒ぎがした。
 今は真夜中。隣でフィンはすっかり眠りこけていた。
 老人も眠っているだろう。
 寝間着のまま、暗闇の家の中を、アリスは何かに導かれるようにして進んで行った。
 家の扉を音を立てないように静かに開けて、外へ出た。
 ふらふらと、夢遊病者のように歩いていく。
 辿り着いた場所は、月明かりが明るく照らしている広い荒地だった。
 その奥の方に、大きな岩があって、その上に人影が一つ。
 ジンジャーだった。
「お前は…!」
 驚いたように、ジンジャーはアリスを見つめていた。
 アリスは夢から覚めたように、はっと目を見開いて、ジンジャーの方を見上げた。
 ジンジャーは、軽い身のこなしで、ひらりと岩の上から飛び降りて、アリスに近付いてきた。
「そうか。お前も…。」
 ジンジャーはにっこりと微笑んだ。その手には、銀のオカリナが握られていた。
「やっと見つかった。仲間が。」
 アリスはきょとんとして、ジンジャーを見つめていた。
「お前も俺と同じ、バンパイアなんだな。」
 ジンジャーはしゃがみこんで、アリスの頭を撫でた。アリスはびくりと怯えて、後じさりした。
「怯えることはないよ。嬉しいんだ。ずっと探していたから。」
 ジンジャーは、オカリナをアリスの目の前に差し出した。
「これは、俺たちを操る音を出す物なんだ。昔、手に入れた。旧世界でな。使い方は知らないが、バンパイアだけに聞こえる音が出るんだ。それからずっと、仲間を探し続けてきた。バンパイアにされた者は少ないらしいんだ。魔物の中でも特異な能力を持っているからな。」
 月光の下で、ジンジャーの黒い髪が冷たく青く光っていた。
「しかし、お前のような子供まで実験体にされたとはな…。」
 優しさを湛えた目で、ジンジャーはアリスを見ていた。
 アリスは、困ったようにして、小さく震えていた。
「…フィン…。」
 アリスはその場から離れようとしたが、ジンジャーに腕をそっと掴まれた。
「どこへ行くんだ。もう、お前も親などを探す必要はない。俺たちは、仲間だ。親はお前を置いていつかは死んでしまう。だが俺たちは、死なない。死ねないんだ。
「フィン!」
「あいつも、いつかは死ぬだろう。」
 アリスはジンジャーの手を振り解くと、走り出した。
 それを、ジンジャーは無言で見ていたが、おもむろに、銀のオカリナを吹き始めた。
「アアアア…!!」
 突然、アリスは叫び声を上げて、倒れ込んだ。
 がくがくと全身が痙攣していた。
「…何だ?どうしたんだ…。」
 アリスの異変に驚いて、ジンジャーはオカリナを吹くのを止めた。
 しかし遅かった。
 目の前の子供はみるみるうちに、異形の姿に変わっていった。
 化け物に。
 黒い大きな狼のような魔物に。
「これは一体…!?」
 ジンジャーは驚いてその化け物を見上げていた。
 怪物と化したアリスは、ジンジャーを押し潰そうと、大きな足を振り上げてきた。

 大きな叫びが、フィンの夢の世界を引き裂いた。
 がばっと飛び起きて、フィンは叫び声の聞こえた方へと急いだ。
 嫌な予感がした。
 あの叫びは、心の中だけに響いた。
 アリスだとすぐに分かった。
 ――また変身したのか。
 突然、地響きと共に、建物が崩れるような轟音が辺りに響き渡った。
 夜空の下で、蠢く巨大な影があった。フィンはそれに向かって走った。
 暗闇を抜けて、月光の明るく照らし出す場所に出た。
 そこには、石の建物が崩れて、瓦礫の山となった無残な光景が広がっていた。石の下敷きになって倒れている者もいた。
 フィンは、それらを見渡した後、遠くの方に目を向けた。
 大きな黒い魔物が、赤い眼でこちらを睨んでいる。
 その足元に、ジンジャーが倒れていた。
「ジンジャー!」
 しかし、フィンはすぐに冷静さを取り戻して、魔物に向き直った。
「アリス…。」
 フィンが目を閉じてしばらくすると、魔物は眠るように体を地面に横たえた。そして、少しずつ体が縮んでいき、後には、裸のアリスが気を失って倒れているばかりだった。
「俺の…せいだろう…。」
 倒れたまま、ジンジャーが口を開いた。
「この…オカリナを吹いたら…急に…変身した…。」
 ジンジャーの体は血まみれだった。
「おい、大丈夫なのか!?いくらバンパイアでも…。」
「ああ…これくらいで死にはしないさ。…ただ…血が足りない…。今すぐに…血が必要だ…。」
「俺の血でも?」
「何でもいい…。このままでは動けない…。」
 差し出されたフィンの腕を、ジンジャーは片手で掴んだ。
「うっ…!」
 フィンは、苦しそうに顔をしかめた。
 掴まれた腕から、血が吸い取られていく感覚がした。
 すると、ジンジャーの青ざめていた顔にわずかに赤みがさし、白くなっていた唇が赤くなった。
「これでもう…大丈夫だ。」
 ジンジャーはフィンから手を離し、ゆっくりと身を起こした。
「…酷く怪我をしていたように見えたが…。」
 フィンは顔をしかめて手首を押さえていた。
「血さえあれば例え大怪我をしても治る。体が八つ裂きにされない限りはな。…噛み付かれるのは嫌だろう?俺は、手からでも血を吸い取ることが出来るんだ。」
 ジンジャーは、倒れているアリスを見た。
「てっきり、仲間だと思ったんだが…。」
「その笛を吹いたらアリスが変身したのか?」
「ああ…。」
「だったらもうそれは吹かないでくれ。こいつは、これからここで暮らすんだ。面倒を起こしたら、ここにもいられなくなる。それだけでなく、この村にも大変なことが起こる。」
「すまない…。俺はただ、仲間を探していただけなんだ。苦しめるつもりはなかった。」
 ジンジャーは不安げな面持ちで、遠くの瓦礫を見つめていたが、ふいに立ち上がって、足を引き摺りながら瓦礫の方へと向かって行った。フィンの血を分けてもらったとはいえ、まだ、怪我が完全に治ったわけではなさそうだった。フィンは、アリスを抱きかかえて、ジンジャーの後についていった。
「何でこんなことに…。」
 あの老人が血相を変えて駆けつけて来た。
「一体、あんたは…。」
「すみません。」
 フィンはそれだけ言って、頭を下げた。
 老人は、何か言おうとしたが、思い直したようにして、口を閉じた。
 既に村中の者が、瓦礫の所に集まっていた。
 月明かりの中に見える村人たちの姿は、一目で、普通の人間とは異なるものと分かる。
 獣のように尾の生えた者や、角の生えた者、顔の半分が犬の口のように大きく裂けて、牙の出ている者。しかし、どこかしら人間の特徴を持っていて、完全に人間でないとは言えなかった。
 ジンジャーたちが手を貸すまでもなく、彼らは、瓦礫の下敷きになった村人たちを救助していた。
「ジンジャーさん。大丈夫でしたか?」
 ジンジャーの姿を見ると、村人たちは口々に声を掛けてきた。
「ああ。皆は…。」
「大丈夫ですよ。いきなり大きな音がしたんで、驚きましたけど。」
 村人たちも、暴れる黒い影を見たはずだったが、そのことについて触れる者は誰一人いなかった。ただ、何人かの村人は、フィンやアリスの方をちらちらと見ていた。
「さあ、うちに戻ろう。」
 老人はそう言って、半ば強引に、フィンたちをその場から遠ざけるようにして家へ戻った。ジンジャーは、村人たちの無事を確認して安心したのか、黙って老人の言う通りにしていた。
 家へ戻るとすぐ、老人は新しい着物をアリスに着せてくれた。アリスはまだ、気を失っていた。ジンジャーは、眠っているアリスのそばに座って、心配そうに様子を見ていた。
「誰も、あんたらを責められはせんよ。」
 老人は言った。
「それよりも、あんたは…本当は猟師ではないんじゃろう?」
 フィンを見て、老人は言った。
「猟師は魔物を殺す。だがあんたは、魔物を元に戻した。本来の姿にな。」
「元に戻したわけではありません。鎮めただけです。」
 フィンはきっぱりと言った。
「フィン…?」
 アリスの声に、皆振り返った。
「あたし…どうして…。」
「また、覚えてないんだな。魔物に変身しちまったんだ。」
 フィンが言った。
「…そう…。でも…何か…。」
 アリスは、大きな目を見開いた。
「すがすがしいの。」
「アリス…?」
「やっと話せる。思い出したの。大切な言葉…。」
 アリスは、フィンに近付くと、頭を深く下げた。
「ありがとう。」
 顔を上げたアリスは、満面の笑顔だった。
「アリス…お前…。」
 突然のことに、あっけにとられたようにフィンはアリスを見つめた。
「魔物に変身したことは覚えてないわ。でも、ジンジャーから聞いた話は覚えてる。」
 アリスは、ジンジャーの方を振り返って見た。
「あたしはバンパイアなのね?今まで、自分が何者なのか分からなかった。でも、仲間がいるって聞いて、安心したわ。あたしはずっと、人間だと思ってきたから。だけど人間の世界には馴染めなかった。おかしいと思ってた。でももう、心配はいらないのね。」
「アリス!お前急にどうしたんだ?べらべらとしゃべるなんて…。」
 フィンは、戸惑っていた。
「分からないの。多分、そのオカリナのせいじゃないかな。」
 アリスは微笑んだ。
「アリス。すまなかった。俺のせいで…。」
 ジンジャーは謝った。
「あたしこそ、ごめんなさい。」
 アリスはジンジャーに謝った後、急いで老人の前に立って頭を深々と下げた。
「おじいさん、本当にごめんなさい。あたし…。」
「いいんだよ。皆分かってる。暴れたくて暴れたわけじゃないってことをね。」
 老人は、にっこりと優しく微笑んだ。
「…その傷は治るの…?」
 アリスは、ジンジャーに向き直って尋ねた。
「ああ。一日もたてば治るさ。心配いらない。」
「良かった…。」
 ほっとしたように、アリスはジンジャーを見て笑った。
「もう…俺が怖くはないのか?あんなに怖がっていたのに…。」
「うん。だって、同じ仲間でしょ?あたしも、嬉しい。」
 アリスは瞳を輝かせた。
「良かったな、アリス。これでお前は、ジンジャーと一緒に暮らせる。」
「ううん。」
 フィンの言葉に、アリスは首を振った。
「あたしはフィンについていく。」
「まだそんなことを言ってるのか?言っただろ。俺は猟師。お前の面倒を見る暇はないんだ。」
「だって、決めたんだもの。」
「俺も、それがいいと思う。」
 横から、ジンジャーが言った。
「アリスは不安定だ。いつ、魔物になるか分からない。だが、さっきのお前の様子を見た限り、お前には、他の猟師とは違って、魔物を殺すのではなく、魔物をおとなしくさせる能力があるようだな。それは、アリスにとって必要な力だ。アリスを守れるのは、お前だけだ。」
「む…。」
「そういうこと。」
 アリスは、無邪気に笑った。
 しばらくして、ジンジャーはまた、外へ出て行った。
「わしらも、もうあいつに頼るのを止めなければならんな。」
 老人が、独り言のように言った。
「あいつに頼らずとも、わしらはわしらで生きていける…。」
 アリスは疲れたのか、ぐっすりと眠っていた。

「お世話になりました。」
 翌朝。フィンとアリスは、泊めてくれた老人に礼を言った。
 村の復旧のため、数日滞在することも考えたが、かえって迷惑になると思い、老人と相談して、早々と出発することにしたのだった。
「達者でな。」
 老人は、二人の姿をいつまでも見送っていた。
 結局、ジンジャーはどこかへ行ったきり、戻って来なかった。
「ジンジャー…。」
 アリスは、何度も後ろを振り返り、ジンジャーの姿を探していた。
 急な坂道をなんとか登りきり、石の町を後にした。
 林の中に入り、見覚えのある小川に着いた。
 川の水を飲んで、ふと向こう側を見上げたアリスの目に、黒いフードを目深に被り、長いコートを着た、背の高い男の姿が映った。
「ジンジャー?」
 アリスは、その男に向かって声を掛けた。
「アリス…フィン…。」
 細く白い手でフードを上げ、その男――ジンジャーは微笑んだ。表情のないときには冷たく、何者も寄せ付けない怖さをまとっているのに、そのように微笑むと、信じられないほど優しい顔になる。
「俺も仲間に入れてくれ。」
「え?」
「いいわ。」
 答えたのはアリスだった。
「お前はこの村を守ってるんじゃなかったのか?」
「俺はこの村に留まる気はない。俺には、仲間を探すという目的がある。それが、お前らと行けば、見つかる気がするんだ。現に、アリスが見つかった。もう、仲間とは別れたくない。永遠に一人で生きるのは苦痛でしかない。アリスにも、それが分かるときがくる。」
「うん。」
 アリスは頷いた。
「やれやれ…。」
 フィンは見つめ合う二人を見て、少しだけ微笑んだ。
 昇ったばかりの太陽が明るく、青い空を照らしていた。

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