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魔源郷 第17話「不死」

「何だ!?」
 馬車から、ジンジャーが飛び出してきた。
 その後から、アリスとテキーラも出てきた。
「フィン!?」
 アリスが叫んで、倒れているフィンに駆け寄った。
 フィンの胸から血が溢れ出しており、既に死んでいた。
「うそ…。」
 アリスはその場に凍り付いた。
 ジンジャーは、そこにいたラムを睨み付けた。
「まさかお前が…。」
「死んだね。」
 ラムは無表情で言った。
「お前が、その銃でフィンを撃ち殺したのか!?」
「そうだよ。」
 ジンジャーは、ラムを殴り飛ばした。
「てめー…。」
「ウアアア!!」
 テキーラが倒れているラムに向かっていった。
 しかしラムはすばやく立ち上がって、襲い掛かろうとしたテキーラをかわしたかと思うと、ふわりと空中に浮かび上がった。
「もう同士討ちはしないと言っただろ。反省したからね。」
 宙に浮いているラムを驚いたようにしてテキーラは見ていたが、すぐに悔しそうにラムを睨み付けた。
「てめー、そんな力を隠していたのか…。」
 ジンジャーが恐ろしい形相でラムを睨み付けていた。
「隠してたんじゃない。何故か急に使えるようになったんだ。僕も不思議でさ。ま、そんなことはどうでもいいとして…、君たちが怒るのも無理ないよね。」
 アリスは呆然として、フィンを見つめたまま固まっていた。
「でもどうしても確かめたくてさ。フィンの正体をね。」
 ラムはにっこりと笑った。
「フィンも仲間なんじゃないかって。でも違ったみたいだ。残念なことに。」
「アアアアアアアアーーーーー!!」
 突然、アリスは叫び声を上げた。
「いやーーーーー!!」
 アリスはフィンにすがりついて大声で泣き喚いた。
「やだよ…死ぬなんて…。どうしてこんな…。」
「アリス…。」
 ジンジャーの顔から恐ろしい表情が消え、アリスの方へと駆け寄って行った。テキーラもアリスの傍に行き、ラムは一人取り残された。
 フィンの死体にすがりつくアリスを、ジンジャーとテキーラが見守っていた。
 何も言葉が出ない。
 どうしようもない。
 ジンジャーとテキーラは、涙も流せなかった。
 アリスが一人で泣いていた。
 それを遠くから眺めているラム。

「魔物の心を…読む?」
 マリーが驚いたように言った。
「そう。そして魔物に話しかけて、混乱している心を鎮めるんだ。そうすると、魔物は浄化されて消えるんだ。」
 フィンが言った。
 二人は街道を歩いていた。
「どうしてそんなことが出来るの?」
「さあ。」
「…でも、そんな力があったら、魔物のことを理解出来そうね。魔物は私たちのようには話さないから。ということは、魔物にもやっぱり、心があるのね。その心が暴走して、暴れているなんて。」
 マリーはふと、フィンの背中の大剣を見た。
「じゃあ、その剣は何なの?魔物に話しかけて、浄化出来るのなら、剣は使わなくてもいいはずでしょ。それに殺さないって言ったのに。」
「これは使えないんだ。錆び付いてて何も斬れない。」
「え?それじゃ何のためにそれを持ち歩いてるの?…あ、そうか。猟師に見せかけるためね。とりあえずそれを持っておけば猟師に見えるものね。その方が都合がいいってわけね。」
「まあ、そんな所だ。…それに…。」
 フィンは少し考えてから、言った。
「例えこの剣を手放そうとしても、手放せない。これはずっとついてくるものなんだ。」
「まるで妖刀みたいね。」
「猟師にとって武器は命。これもそうなんだ。命なんだ。」
「命…。」
「これが壊れない限り、俺も死なない。」
「信念、みたいなものが?」
「…そうだな。」
 フィンは急に立ち止まった。
「どうしたの?」
 マリーがフィンの方を向くと、フィンは何かを凝視していた。その視線の先を見ると、一羽の青い鳥がいた。
「あら。かわいい鳥。それに、とても綺麗な羽。」
 フィンはその鳥を、静かな微笑みを浮かべて見ていた。

「命は生まれて死ぬ定め。
 一瞬の生の中で、成長し、枯れてゆく。
 だが、生は死へと向かっていくのではない。
 次の生へと向かっているのである。
 命はひとつの生の中で、次の生のために、成長していく。
 そして命は、次の生のために古い体を脱ぎ捨てて、新しい体に宿る。
 それを繰り返すのが、生命。
 その生命の繰り返しに、何の意味があるのだろう。
 意味も何もないのかもしれない。
 本当のことは、誰も分からない。
 しかし、人間は考える。
『何故生きるのか』、『自分は何のために生きているのか』
 それらの疑問を問い続けていくうちに、人間は、自分の命がとても小さく、取るに足りないものにすぎないということを自覚する。
 自分の命を、他の命や時間の無限、宇宙の大きさなどと比べて、くだらないものだと思わざるを得ないのだ。
 実際には、虫であろうと人間であろうと宇宙であろうと、何ら変わりはなく、比較することは出来ない。虫には虫の尺度があり、それぞれに異なる尺度があるのだから。
 全ての命は、はかなく消えていく。」

「死ぬな。」

 熱が戻ってきた。
 背中の方から。
 はりついた命が無理矢理に体に入ってくる。
 死なせまいとして。
 逃れられない。

 フィンが目を開けた。
「重い…。」
 フィンにすがりついていたアリスが、がばっと身を起こした。
「フィン…?」
「離れろ。」
 フィンの目はくうをぼんやり見ていた。
「どうして…。」
 アリスは驚きとともに、嬉しそうな表情になった。
 ジンジャーとテキーラは、驚いていた。
「フィン、生き返ったのね!」
 アリスが喜びの声を上げた。
「一体これは…?」
 ジンジャーは複雑な顔をした。
 フィンはゆっくりと起き上がり、血まみれの胸に手を当てた。
 そして手を離すと、血まみれだった所はすっかり治っていた。
「どういうことだ…。」
 フィンはいつもと変わらぬ表情で、背中に装備している剣に手を当てた。
「フィン…。お前は確かに死んでいた。…生き返ったのか?」
 ジンジャーが言った。
「俺は死ねないんだ。」
 無表情でフィンは答えた。
「死ねない?」
「だからって、お前らの仲間じゃないからな。」
 その様子を遠くから眺めていたラムが、空中に浮かんだままこちらに飛んできた。
「やっぱりだ。おかしいと思ってたんだ。これでフィンが不死身だってことが証明されただろ。つまり、バンパイアの仲間さ。」
「違う。」
 フィンはラムを睨んだ。
「死んだとき、どうだった?痛かった?苦しかった?悪かったね。」
「お前は痛くもかゆくもないだろうが。俺はお前とは違う。」
「そんなことないよ。血を吸わない、人間を襲わないってだけでバンパイアじゃないってんなら、アリスと同じじゃないか。」
「俺は人間だ。」
「人間なわけないよ。それだったら、とっくに僕らに殺されているはずだからね。」
「何と言おうと、人間なんだ。」
「とにかく、これでフィンの秘密が分かった。死なない。アリスの言った通りだね。」
「そんなことより、てめーはフィンを殺したことに変わりはないんだ!」
 ジンジャーは空中のラムに向かって言った。
「僕は、君たちに出来ないことをやってあげたんだよ。フィンは生き返ったんだし、良かったじゃないか。」
「俺はてめーを許さない!」
「やめろ。」
 フィンが静かに言った。
「争うな。俺のことはもういい。それよりも、ルビーへ行く馬車が駄目になっちまった。」
「フィン。もう隠さないで言ってくれ。何故生き返ったんだ!?そんなことは有り得ないだろう。」
 ジンジャーがフィンに詰め寄った。
「何故そう言い切れる。」
「そんな人間はいない。」
「だから何だって言うんだ。」
「お前は…何なんだ?」
「人間だ。」
「お前は何かを隠しているだろう。何故何も言わないんだ!それが、お前との壁を感じさせるんだ!何故そうやって誤魔化すんだ!」
「興奮するな。ジンジャー。お前らは気付いてないのか?日がどんどん昇っていって危険だ。とりあえず、馬車の中に避難しろ。そこで話でも何でもすればいい。」
「…ああ。」
 冷静にフィンに言われて、ジンジャーは頷き、アリスとテキーラを伴って馬車の中に戻った。
 後に残ったラムを、フィンはじっと見た。
「飛べるのか。」
「ああ。何か急にこんなことが出来るようになってね。力…っていうのかな。思っただけで出来るんだ。自分でも不思議なんだ。何故こんな力が眠ってたんだろう?フィンに会ってから、不思議なことが色々だ。大丈夫。もうフィンを殺すなんてことはしないから。ただ確かめたかっただけなんだから。死なないかどうかを。荒療治だったけど、なんとなく大丈夫な気がしてたんだ。」
「気にしてない。むしろ、お前をどうしてもルビーに連れて行きたくなった。お前が嫌がろうと、絶対に連れて行く。今度は俺がお前の正体を暴く。」
 フィンはにやりと笑った。
 それを見て、ラムの顔がこわばった。
「やめてくれよ。そんな顔は。」
 ラムは空中からどさりと地面に落ち、尻餅をついた。
 フィンはラムの腕を引っ張って体を引き上げた。
「お前も馬車に戻るんだ。」
 ラムは不自然な笑顔を作り、言われた通りにした。
 そのすぐ後からフィンも馬車に乗り込んだ。
「文句は言うなよ。こいつもルビーまで連れて行くからな。」
「正気か!?こいつはお前を殺そうと…いや、殺したんだぞ!?」
 ジンジャーがラムを指差して言った。
「そんな過ぎたことはもういい。被害者の俺がいいと言ってるんだ。それで終了。問題は、これからどうやってルビーまで行くかってことだ。新たな馬車が絶対に必要だな。」
 フィンは、地図を取り出した。
「問題だって?フィン、確かにそれは分かるが…。俺の質問をそうやってまた誤魔化す気か?話してくれ。お前が何故生き返ったのか。何者なのか。そろそろ話してくれたっていいだろう。」
 ジンジャーが、フィンから地図を取り上げた。
「落ち着け。」
 フィンはため息をついた。
「俺は呪われているんだ。呪われた人間。だから死ねない。生き返ったのは、呪われているからだ。死ぬことが許されない。歳も取らないし、死ぬことも出来ない。そこはバンパイアと同じだ。俺はこの姿のときに呪われた。お前ら魔物は、元は人間だった。しかし魔物に変えられた。それは呪われたと同じことだろう。それと似たようなもので、俺も普通の人間だったのを呪われたんだ。ただしお前らと違うのは、人間のまま、呪われたということだ。魔物に変えられたわけでもない。」
「呪われた人間?」
「そういう表現が一番近いと思う。厳密に言えば、人間でも魔物でもないとも言える。死なない人間はいないし、魔物にされたわけでもない。だから俺は何の仲間でもない。ただやるべきことのために存在している。」
「やるべきこと?」
「魔物を全て消すことだと前にも言った。そのために俺はいる。」
「何故、呪われたんだ。何故お前だけがそんな…。誰かによって、なのか?それは。」
「質問攻めにされるのはごめんだ。これ以上は聞くな。俺だってこれ以上こんな話をしたくないんだ。まだ人間の心があるからな。思い出したくないことがある。お前もそうだろう。」
「確かにそうだな。すまん…。ただ、俺はお前のことを分かりたくて。傷をえぐるつもりはなかった。」
 ジンジャーは地図をフィンに返した。
「…で、ここから少し行った所に宿場がある。そこで馬車を借りる。ただ、少しと言っても結構歩く。一晩では無理だ。お前らが堂々と行動出来る時間帯の中でどうやってそこまで行くかだ。日を避けて行くにしても、それだと遠回りになる。街道を歩いてった方が早いんだが。」
「日光に一番弱いのは俺だ。テキーラは猫に変身すれば大丈夫だし、アリスも平気なようだったな。しかし一日くらいなら耐えられる。一週間も日光を浴びていれば干からびてしまうが、それくらいなら何とか大丈夫だ。」
「ラム、お前はどうなんだ。」
 フィンが聞いた。
「僕なら大丈夫さ。昼でも結構動けるんだよ。」
「よし。決まりだな。」
「フィン…、今ふと思ったんだが、ルビーって所は、もしかして、昔ドリンクシティだった所じゃないか?何だかこの辺の風景を見て思い出したんだ。あんまり行きたくない所だな…。」
 ジンジャーが眉をひそめて言った。
「ルビーという町の名前は知らなかったのか?そうか、お前はムー出身だから知らないのか。その通りだ。ドリンクシティの町の一つだった。」
「…お前も、旧世界のことを知っているんだな。」
「そこなら分かりそうだろう。何しろ、研究所があった所だからな。」
「正直、行きたくないんだがな…。」
 ジンジャーは顔をしかめた。
 ラムは、黙り込んで俯いていた。

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