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魔源郷 第14話「魔女狩り」

 一人の女が木の柱に縛り付けられていた。
 両腕を一文字に広げられ、足枷を付けられた状態で全身を縛られていた。
 その木の柱の下には、大量の木屑や落ち葉が積まれていた。
 そこに、火がつけられた。
 たちまちのうちに、火は燃え上がり、女の足元まで火の手が及んだ。
 女は既に気を失っていた。
 女の全身は、傷だらけだった。
 服は、ぼろぼろで、ほぼ全裸の状態だった。
 それを、取り囲んで見ている群衆。
 大声で、女に罵声を浴びせていた。
「魔女め!」
 人々の目は、その女に集中していた。
 狂ったような罵声と、炎。
 黒い帽子を被り、くすんだ緑色のマントを着て、腰に銀色の剣を装備した青年が、群衆の中に現れた。
「これは一体…。」
 赤い炎に照らされたその顔は、女の顔。
 マリーだった。
「どうしてこんなことをしてるの!?」
 群衆の一人に向かって、マリーは声を掛けた。
「魔女だから、処刑するのさ!」
「魔女?あの人は人間じゃないの?」
「魔女さ!」
 マリーは、燃え盛る炎の中で、黒く焼けて崩れていく女の姿を見た。
「魔女…?人間じゃないの…。あの人は、人間よ…。」
 狂った群衆の歓声が響き渡った。
 魔女と言われた女は、今、死んだ。

 マリーは、宿のベッドに横たわり、昼間の出来事を思い出していた。
 あれはどう見ても、人間の女性だった。
 それなのに、人々は、あの女性を罵倒し、魔女と呼んでいた。
 マリーには、あの女性は人間だという直感があった。
 勿論、魔物の中には、人の姿をしたものもいるということは、知っている。
 しかし、あの人は、紛れもなく、ただの普通の人間だった。
 それを、魔女といって処刑するなんて。
 マリーの心が痛んだ。
 人間が、人間を殺すなんて。
 マリーは、その夜、眠れなかった。

「お若い猟師さん。もうここには、魔物は出ませんよ。昨日、処刑しましたからね。」
 町の人が、にこやかにマリーに声を掛けてきた。
「私らは、自らの手で町を守ってるんです。心配は無用ですよ。」
「あの人が、どうして魔女だと?」
「見たんですよ。姿を変える所を。そう証言した人がいるのです。それに、あの女には、家族も知り合いもいなかった。おかしいじゃないですか。そういった人は、全て排除しているのです。そういった人は、他にもいるかもしれません。そういった人は、魔物なのです。人間と偽って何気なく暮らしている。そういった人を調べて探し出して、処刑しているのです。」
「そういった人って…。その証言をした人は、誰?」
「さあ…。とにかく、あなたはこの町には必要ないですよ。私たちが自ら守っているのですから。」
 マリーには、納得出来なかった。
 その後も、町の人々に聞いて回ったが、皆同じようなことを言った。
 町の人々の言葉を聞いているうちに、マリーはある事に気が付いた。
 皆、人を処刑することで、町が魔物から守られていると、安心しきっている。
 処刑される人は、よそ者なのか、知り合いのほとんどいない者と決まっている。
 そういう人が選ばれて、生け贄にされているのではないか。

 「魔女」の噂を聞きつけて、マリーはその「魔女」と言われている人の家を訪れた。
「な、何ですか…?」
 その女は、マリーを見て、驚いたような顔をした。
「私は猟師ですが、あなたに危害を加えに来たのではありません。話をしたいのです。」
 マリーは帽子をとって、にこやかに笑った。
「…どうぞ。」
 女はマリーを家の中に入れた。
「率直に言いますが、あなたは町の人に魔女と呼ばれていますね。」
「そのようですね…。」
「でも、あなたは普通の人だと私には分かります。何か、そう呼ばれる理由に心当たりはありますか?」
「いいえ…。ただ、私は訳があって、一年前にここへ来たのです。未だに、この町には慣れなくて…。何だかこの町の人たちは、処刑をお祭りのように楽しんでいるみたいで…。今までに処刑
された人は、私のようなよそ者や、病人ばかり…。魔物じゃありませんよ。皆、分かっていると思いますよ。証言も、嘘です。」
「やっぱり…。」
「あなたは猟師だから、標的にはされないでしょうが、ここに長居しない方がいいですよ。私も、もっと早くここを出ていれば良かった…。」
「分かっているのに、逃げないの?」
「この町を出てどこで生きていけばいいというのです?それに、逃げればまるで本当に自分が魔物だということを証明するみたいで…。出来る限り頑張ってみるつもりです。他にも、私のような人がいるのですから…。自分だけ逃げるなんて、出来ない…。」
「それなら、その人たちと団結して、闘えばいいのよ。」
「それは無理です。」
「どうして?」
「例え正しいことをしようとしても、それが少数では、多数の団結力には、敵わない。この町の人々…処刑をする人々の団結力は異常です。私たちを同じ人と思っていないのですから。」
「どうして、正しい方が負けるの?間違っているなら、正すべきよ!おかしいわ!この町は、一体どうなってるの?どうして同じ人間が、人間を殺さなければならないの?絶対におかしいわ!」
「…昔、魔物によって町が被害を受けたことがあるらしいのです。それからなのでしょうか…疑わしいと思う人間を殺すことによって、安心感を得る。それが麻痺して、それが当たり前のことになったのでしょう。」
「どうかしているわ!」
 マリーは頭を抱えた。それを、女は冷静な顔で見つめていた。

 女の家を出て、マリーはふらふらと歩いていた。
 心が、ぐらぐらと揺れる思いだった。
 信じられない。
 人が人を殺して満足するなんて。
 無性に腹が立ったが、それを何にぶつければいいのか。
 ここには、魔物はいない。
 しかし、人間の心には、魔物ともいうべきものが住みついている。
 それをどうやって退治すればよいのか。
 まだ若いマリーには、その術が思いつかなかった。
 ただ、悔しかった。
 こんな魔物がいたなんて。

 一人の女が木の柱に縛り付けられていた。
 両腕を一文字に広げられ、足枷を付けられた状態で全身を縛られていた。
 その木の下には、大量の木屑や落ち葉が積まれていた。
 女の全身は、傷だらけだった。
 服は、ぼろぼろで、ほぼ全裸の状態だった。
 それを、取り囲んで見ている群衆。
 大声で、女に罵声を浴びせていた。
「魔女め!」
「やめなさい!」
 そこへマリーが現れて、火をつけようとした者を殴り飛ばした。
「何をするんだ!」
「この人は魔物でも魔女でもない!人間だ!」
 マリーは、群衆に向かって大声で怒鳴った。
「何言ってんだ!そいつを黙らせろ!」
 何人かの者がマリーに襲い掛かったが、マリーは剣を振りかざして、怯ませた。
「今すぐに、こんなことはやめなさい!」
「さては、てめーも仲間だな!」
 マリーは、鞘に収めた剣で、寄ってきた者たちをなぎ払った。
「あなたたちは、集団で殺人を犯しているんだ!」
 マリーの澄んだ声が響き渡り、辺りはしーんと静まり返った。
「魔物が現れてからでは遅い。現れる前に、何とかしなくては。そうして疑わしい者を全て排除して安心している。そうだろう!」
「そうだ!それの何が悪い!」
 人々から声が上がった。
「そんなことで町を守っているつもりか!団結しているつもりか!あなたたちは、信頼し合うことを忘れているんだ!よそ者だろうと何だろうと、同じ人間を、何故認めない!守るべきなのは、町でも国でもない!人間という大きな仲間だろう!」
 マリーは、人々に強く訴えた。
 しかし、マリーの声に耳を傾ける者は、ほとんどいなかった。
 例えいたとしても、それを表には出さない。
 皆、マリーに罵声を浴びせた。
「何故、分からない…。」
 マリーは唇を噛んだが、すばやく女のいましめを解いた。女はぐったりとして、動けない状態だった。
「…ありがとう。でも、あなたは逃げて…。」
 女はそれだけをマリーに言った。
 狂った群衆が襲い掛かってきた。
 マリーは、その群れから逃げるしかなかった。
 説得も何も、通じない。
 群衆が恐ろしい魔物に見えた。

 マリーは、その町から逃れた。
「何も出来なかった…。」
 夜の闇が、マリーの全てを包み込んでいた。

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