グラナージ~機械仕掛けのメモリー~#29
第29話「対話」
文字数 1,712文字
「まさか!」
はっとして、キルが言った。
「…その前に、僕にはやるべきことがある。」
メルたちはまだ、虚空城の中にいた。
ここは、アーリマンの領域だ。
「話がしたい。」
メルは、どこへともなく言った。
「僕は、君を否定しない。善も悪も、同じものの表と裏。どちらかが良くて、どちらかが悪いということもない。そして、どちらも、ありのままに存在しているのが自然だ。どちらかを封じ込めたり、なくしたり、なかったことにすることは、全部の存在を否定することだ。」
メルは、祈るように手を合わせた。
「僕たちは、魔物にもなれるし、神にもなれる。天使にもなれる。なんにでもなれる。決まった形なんてないんだ。だから、僕たちは同じものなんだ。僕たちの心の中には、いろいろなものが住んでいる。それらが何かに執着したり、損得で物事を決めようとしたり、何かを崇拝し熱狂したりもする。僕たちは心を上手くコントロールしないといけない。僕たちは自分を傷つけたり、何かを壊したりもする。そしてその傷は、僕たち自身がなおすことも出来るんだ。傷つけ合っても、それを許し合うことが出来るんだ。」
「人間は所詮欲望の肉塊だ。」
アーリマンの声が響いた。
「我はマイナスマナを糧としている。人間が争い合うのは最も良いことだ。ルツィフェルの熱狂も手伝って、マイナスマナが劇的に増えるからな。」
「考えてみてほしい。君がそうやって人間を煽れば、結局世界は破滅してしまう。そして、君の糧はなくなる。そうだろう?」
「…それに関しては、我も計算外だった。まさか数十年単位で、ここまでマイナスマナが増えるとは。今は我にとっては食料過多な状態で結構だが、確かに、お前の言う通り、アル・マナの人間が死んでメル・マナに来たところで、プラスマナがなければ転生も出来ず、二つの世界の循環は切れて、我の糧となる人間も製造されなくなる。しかし…お前はアカシアの記録者だろう。一旦今のアル・マナを破壊して、作り直すことも出来よう。」
「つまり、それを狙っていたわけか…。」
「そうだ。お前の魔物化は都合が良かったのだが。魔物になれば我の命令に従わざるを得ない。」
「僕がそれを拒否したら?」
「ここが我の領域だと知っているだろう。お前には選択の余地はないはずだが。」
「確かに、僕が虚無になったら、世界は消えてしまうからね。」
「そりゃあ、どういうことだ?」
キルがメルに向かって聞いた。
「僕はこれでもメル・マナの王であり、アル・マナの神だ。僕がアーリマンの力で虚無になったら、世界も虚無になってしまうんだ。つまり、本当に滅びてしまう。」
「我の言う事に従うしかないだろう。というか、それが最良の方法だと思うが。」
「いや…。君には聞こえないのか?」
「何を?」
「アル・マナの声さ。」
アル・マナでは、静かな祈りが捧げられていた。
人間「グラナージ」たちが、メル・マナを思い、プラスマナを生じさせる行動をしていた。
普段通りに生きること。
普通の生活を大切にすること。
そして、ハルカたちの話に共感した者たちも、小さなことからプラスマナを増やしていた。
大きな活動ではない。ささやかだが、それは大きな力となって、着実に、プラスマナを増やしていた。
最早世界はどうしようもないくらいに病んでいるのかもしれなかった。しかし、希望の光が消えない限りは、出来ることをしよう。祈る者たちは皆、そう考えていた。
未来を生きる人々のために。未来に生きる全ての生き物たちのために。
そして今を生きる命のために。
祈る者たちの心の声は、天まで、メル・マナにまでも、響き渡っていた。
「……。」
アーリマンは何かを考えているようだった。
「君の考えは変わった?」
「…結局、我もお前のアカシアに従うしかないようだな。もうお前には分かっているのだからな。」
「どうなんだろうね…。」
メルは笑った。
「僕は万能じゃないんだ。君だって、そうなんだろう?」
アーリマンの冷たい空気が、なんだか笑っているように、メルには感じられた。
「なんかよく分かんねえが…。」
キルは、倒れているテントウの方を見た。
テントウも首を振って応えた。
「…助かったなら、何でもいいさ。」