グラナージ~機械仕掛けのメモリー~
第1話「魔物化」
文字数 2,583文字
一人の銀髪の青年が苦しんでいた。
「ああああッ!!」
彼は両手で頭を押さえて、床を転げ回った。
「ううッ…!!」
彼の耳が伸びて先がとがり、獣の耳に変わっていった。
「はあ…はあ…。」
彼は発作が治まると、部屋の鏡を見て驚いた。
「もう…ここにはいられない…!」
彼は涼しげな顔立ちをしており、その体は細く華奢で、骨ばった手をしていた。
「アル…ごめん…。」
それだけを言って、彼は部屋の窓から外へ飛び出して行った。
外は真夜中だった。
ここは、メル・マナという世界。
我々が暮らす現世の本当の名前は、アル・マナという。
アル・マナには人間や動物が暮らしているが、メル・マナには様々な種族が暮らしている。
「マナ」というのは、宇宙に満ちているエネルギーのこと。
それがアル・マナとメル・マナを循環している。
そうして世界は成り立っている。
この二つの世界を創ったのは、元は一人の神。
それが二つに分かれて、アル・マナとメル・マナを創った。
そして世界を見守るために、二つの命は機械生命体となり、アルとメルになった。
これが、機械生命体「グラナージ」の起源である。
アルは、宇宙の記録「アカシア」を守る者。
メルは、「アカシア」を記憶し、記録する者。
二人は夫婦となり、アカシアを守る巨大な図書館を創った。
そして次に二人は、他のグラナージを創った。
グラナージは、卵から生まれる。
メルがアルに自らのマナを注ぎ、アルが卵を生成し、生む。
グラナージは成長が早く、1年も経てば大人になる。
アルとメルは次々とグラナージを創り、メル・マナの街作りを行った。
街はグラナージたちにより、立派に創られた。
そして、グラナージは人型と虫型に分かれていた。
人型は、街の中で普通に暮らしていた。
虫型は、おもに霊界への道案内役として、外回りをしていた。
メル・マナは霊界や天国など、他の世界とも通じていて、そこから移り住む者などもいて、だんだんと栄えていった。
先程の青年はどうなっただろう。
その青年こそ、メルだった。
メルは、真夜中の街をこっそりと抜けて、街の門の外に出て、森を目指していた。
「魔物化…これが行方不明の原因だったんだ…。」
メル・マナでは、グラナージたちが行方不明になるという事件が起こっていた。
そして、街に魔物が侵入したり、本来はおとなしいはずの魔物が、凶暴化していた。
「街にはいられない…どこかに隠れるしか…。」
メルは、暗い森の中を歩いていたので、足元がおぼつかなく、石につまづいて転んだ。
「う…。」
どうやら、膝に怪我をしたらしかった。
メルは川を探して、耳をそばだてた。獣の耳を。
しかし、メルは急に身構えた。
メルの方に向かって、小さな足音が近付いて来た。
足音の持ち主は、手に松明を持っていた。
「怪我をされたのですか。」
小さな、綺麗な声がした。
「君は誰だ?」
「私は…この森に住むミラという者です。」
松明の灯りが、彼女を照らし出した。
ミラは、美しい猫耳族の少女だった。
メル・マナには、グラナージの他、猫耳族などの獣の特徴と人の姿の混ざった種族が暮らしていた。
「あなたは…私と同じ…?」
「いや、違う。これは…。」
「とにかく、怪我を治しますね。…それに、マナも回復したほうがいいみたいです。」
ミラは、ゆっくりとメルに顔を近付けて、優しく口づけした。
それが終わると、メルの体の疲労が消えて、怪我も治っていた。
「…今のは…?」
「私は、マナを体の中で生成できるんです。マナを与えれば、たいていの怪我は治ってしまいます。ただ…。」
ミラは、顔を赤らめた。
「ごめんなさい。急にこんなことをして…。でも、こうするしかないんです。」
「…いや、ありがとう。おかげで治ったよ。…それじゃあ、僕は行くよ。」
メルは立ち去ろうとした。
「どこへ行くのです?こんな真夜中に。また怪我をしてしまいます。ここで火を焚いて、朝を待ちましょう。」
ミラは、焚き火を焚いて、その近くに座った。
「…それもそうだな。」
メルも、焚き火のそばに座った。そして、ちらりとミラを見た。
ミラは、黄色の目をしていた。長い髪はオレンジ色で、頭の上に猫耳が生えていた。
獣族によく着られている、獣の毛で出来た茶色い服を着ていた。
胸元が大きく開いていて、大きく形のよい白い胸の谷間が覗いている。
横座りに座っているミラの太腿が、火に照らされて光っていた。
メルはミラに背を向けて、横になった。
急に、アルの顔が浮かんだ。
アルは、メルの妻だ。
何か居心地が悪い気がしたが、不思議な安心感もあった。
やがてメルは、眠りに落ちていった…。
「起きて下さい。朝ですよ。」
ミラの声で目覚めたメルは、川のせせらぎの音を心地よく聴いた。
「そういえば、名前を聞いていませんでしたね。」
ミラは微笑んで言った。夜の中で見るミラとは違い、朝の爽やかな光の中で見るミラは、まだあどけなさの残る可憐な少女だった。
「…僕はメル。」
「メル…さん。」
ミラは首を傾げた。
「聞いたことがあるような…。」
「よくある名だからだろう。」
メルは誤魔化した。アルとメルは実質、このメル・マナの王なのだ。だが、確かにメルの言うように、アルとメルにあやかって、同じ名前を名乗るグラナージも多かった。
「ところで…メルさんは私たちとは違う種族だと仰ってましたが…。」
「グラナージだ。だが今は…魔物になってきている。」
「魔物に…?」
「ああ。ミラも知っているだろう。グラナージの行方不明。魔物の増加、凶暴化。きっと、魔物化が原因なんだ。」
メルは、急に頭を押さえた。魔物化の発作が始まったのだ。
「うあああッ!!」
「メルさん!」
ミラは、苦しがって床に仰向けになっているメルの顔を押さえて、口づけした。
メルの発作が途端に治まった。
「…なんで…。」
「私の力では原因までは治せません。ただ、発作を抑えることしか…。」
「なんでアルじゃないんだ…。」
「え?」
「何でもないよ…。だが…こんなことばかりしていられない。元に戻る方法を探さないと。」
「私もお手伝いします。」
「君には関係ないことだ。」
「でも…また発作が出たら?魔物化が進行するんでしょう?私の力が必要ではないのですか?」
「う…。しかし…。」
メルは、ミラと共に魔物化を防ぐ方法を探ることにした。