魔源郷 第33話「哀しき力」

第33話「哀しき力」

文字数 4,483文字

 フィーネは、地下室で祈り続けていた。
 そこへ、ビールがやって来た。
「うむ。銀の民…か。その末裔かもしれんな。」
 ビールはフィーネを見て言った。
「あなたは…。」
「私はビール。アトランティスが未来永劫栄えるための研究をしている。つまり、君たちムーの民は、我々のための犠牲になってもらうのだよ。永遠の命。それこそが、人類の究極の夢。私には、それを叶える術がある。」
「永遠の命ですって?そんなこと、本気で考えているの!?そんなことのために、あたしたちを連れて来たの!?」
「まあ、分からんだろうな。分からせる気もない。」
 ビールは、おもむろに麻酔注射を取り出し、フィーネの腕を掴んで素早く打ち込んだ。
「何を…。」
 フィーネは、すぐに気を失った。
 ビールは、麻酔で眠っているフィーネを抱きかかえた。
「これを、最後の実験としよう。銀の民、か…。最後を飾るに相応しい。」

 フィンは自らアトランティス人に捕まって、アトランティスへとやって来た。
 もう、覚悟は決まっていた。
 母と妹を探し出し、救い出す。
 やがて、工場のような巨大な建物が見えた。
 フィンはその施設に入った瞬間、フィーネの気配を感じた。
 その気配に向かって、フィンは突き進んでいた。
 「力」を解放して。
 アトランティス人は、フィンを取り押さえようとしたが、フィンを捕らえるどころか、強い「力」に跳ね飛ばされ、フィンに近付くことは出来なかった。フィンには、力を封じる手錠は、何の意味も成さなかった。既にフィンは手錠を破壊していた。
 広い部屋に入ると、フィンは突然、立ち止まった。
 部屋には、人間と獣の混ざったような、不気味な生物が蠢いていたのだ。
「これは…ムーの…。」
 フィンは思わず息を呑んだ。
 それがムーの人々だとすぐに感じた。
 ムーの人々は、グロテスクな化け物に変えられていた。
 化け物たちは、その姿とは裏腹に、恐ろしさを感じさせなかった。
 むしろ、哀れで、悲しげに見えた。
 化け物に変えられた苦しみ。その心が伝わってきた。
 フィンの心に、怒りが燃え上がった。
「うおおおおーーーーっ!!」
 フィンは走った。フィーネの気配がどんどん近付いてくる。
 その気配だけを目指した。襲い掛かって来るアトランティスの兵士たちは、フィンが走っているだけで次々と跳ね飛ばされていった。まるでフィンの体全体を守りのオーラが包んでいるかのように、誰もフィンに近付くことすら出来ない。
(フィン!)
 フィンの心に、フィーネの声が響いた。
「フィーネ!助けに来たぞ!」
(来ないで!)
「何故だ!?…フィーネ!どこにいるんだ!」
(フィン、お願い。来ないで…。)
 気配はすぐ近くにあった。
 部屋の扉の向こう。
 フィンは躊躇なくその扉を開けた。
 そして目に飛び込んできたのは、大きな銀色の生物だった。
 全身が銀色の毛に覆われていて、長い尾があり、四つの太い足で立っていた。
 しかし、顔は人間の顔をしていた。
「…フィー…ネ…?」
 フィンは、その生物の顔を見て、思わず立ち止まった。懐かしい面影。
 忘れるはずのない、妹の顔だった。
(そうよ…。フィン…。あたし…。)
 悲しげな声が響いた。
(ムーの人たちは皆、化け物に変えられたわ…。アトランティス人が永遠に生きるための実験だって。人と獣から、永遠の命を持った生物を作り出す実験…。そのために、あたしたちはここへ連れて来られたんだって。)
「そんなことのために!!」
 フィンは怒りで頭が一杯になっていった。
「グオオオ!!」
 フィーネは、突然暴れ出した。
 その体から発する声は、獣の鳴き声だった。
(お願いよ。フィン!あたしを殺して!あたしはもう…生きていたくない!苦しいの!意識も薄れてきたわ…。どうなるか、分からないもの…。人じゃなくなってくみたい…。)
 フィーネは苦しみ悶えながら、最後の力を振り絞るようにして、言った。その声は獣の鳴き声でしかなかったが、フィンには、フィーネの声として聞こえた。
(フィン…あたし、フィンをずっと想っていたわ…。夢の中で、何度もフィンと会っていたのよ。…フィン。あたし、もしかしたら…。)
 フィンは、フィーネが何を言おうとしているのかを聞こうとして集中していた。
 突然、フィーネが襲い掛かってきた。顔も化け物と化していた。もうその面影はない。
「何故!」
 フィンは素早くかわしながら、叫んだ。
 銀色の化け物は、大きな碧色の目から、涙を流していた。泣きながら、暴れている。
(殺して…!苦しい…助けて…フィン!)
 悲しい叫びが、フィンの心に響いてきた。化け物の心の声。
 もう元の姿には戻れない。フィンはそう直感した。
(殺して!お願い!!)
 フィンは「力」を使った。
 目の前で暴れていた化け物は、一瞬にして、粉々に砕け散った。
「…ありがとう…。」
 フィーネの声が聞こえた気がした。
「うああああああーーーーーー!!」
 フィンは絶叫した。心が砕け散ったような感覚。
 妹を殺した。
 妹を殺してしまった。
 最愛の、たった一人の妹を、殺したのだ。
 フィンは呆然としていた。
 そこへ、アトランティス兵たちが入って来た。
「お前!何をしている!」
 フィンは簡単にアトランティス兵に捕らえられた。
 動けなかった。
 妹を失った悲しみだけ。それだけがフィンを支配していた。
 だが、次第に、不思議と冷静さを取り戻してきた。
 フィンはある覚悟を決めた。
 復讐。
 ムーの民を化け物に変えたことへの復讐。
 ムーの民の平和を壊したことへの復讐。
 そして、愛する妹を殺させたことへの復讐。
「アトランティス…。」
 フィンは低く呟いた。
「何だと?」
 フィンを捕らえていたアトランティス兵が聞き返した。
「お前、今…。」
 そう言い終わらぬうちに、そのアトランティス人の胸に穴が空き、そこから炎が噴き出して焼かれていった。
 フィンの手が、赤い血に染まっていた。アトランティス人の胸をその手で貫いたのだ。
 その光景を見て、アトランティス兵たちは皆、恐怖に駆られた。逃げ出したくても、体が動かない。
「妹を…ムーの人々をこんなふうにしたのは…何のためだ?一体、誰がこんなことを?」
 フィンはアトランティス兵から、ビールの名を聞き出した。
 その後、フィンは霊力を解放した。
 フィンの溢れ出す「力」は、巨大に膨れ上がり、爆発した。
 巨大な施設が、その力によって、破壊された。
 施設にいた人間たちは皆、一瞬にして死体と化した。
 膨大な数の死体。
 「力」を爆発させた後は、不思議と頭が冴え渡っていた。
「俺は人を殺した…。」
 冷静に、フィンは辺りを見回した。
 死体と瓦礫の山の上で、フィンはしばらく立ち尽くしていた。
「フィーネ…。」
 フィンは拳を握り締めた。
 ルビー研究所。そこに奴がいる。
 ビールを殺して、復讐を終えようと思った。
 フィンは空中に飛び立った。

 すぐに、ルビー研究所へとやって来た。
 早く終わらせたかった。
 研究所の入り口を破壊し、フィンはどんどん奥へと突き進んでいった。
 邪魔者は殺しながら。
「ほう…まだ銀の民がいたのか…。しかも、あの娘とよく似ている。」
「俺はフィーネの兄だ。」
 フィンは低く言い、凍てついた目でビールを睨み付けた。
「わざわざここへ来たということは、君の妹を化け物に変えたことを怒って、復讐しに来たというわけかな。愚かなことだ。私を殺した所で、何も解決しないというのに。」
 ビールは笑った。
「そんなことは分かってる。だが、お前を殺さないと気が済まないんだ!お前のせいで、フィーネも、ムーの人たちも…!…何故こんなことをするんだ。」
 フィンの目から涙が流れた。
「私は完璧な生物を作りたい。歳も取らず、老いもせず、死にもしない。病にもかからない。そんな完璧な人間をね。それこそが私の目指す超人。不老不死は、全人類の夢なのだ。アトランティスがこのままずっと栄え続けるために、必要なことは、それだけなのだ。それさえ叶えば、永遠の幸福に満たされ、アトランティスは平和であり続けるだろう。」
「そのために、何故あんな化け物を作る必要がある!?」
「ムーの民には、霊力が備わっている。人によって違いはあるが、素質は全員にある。それを、修行によって高めているのだろう?その霊力に注目した。人は、それだけでは人から進化出来ない。人よりも下等な獣には、人にはない優れた能力がある。それは、霊力にも似ているものだ。人は、持っている能力の全てを使いこなせていない。だから、人と獣を融合させ、その能力を引き出させようと思った。ところで、アトランティス人には霊力はないとされているが、実はそうではない。アトランティスにおいては、霊力は特別な術として、一部の優れた知識人たちの秘術となった。その秘術のおかげで、こうしてアトランティスは栄えているのだ。科学と霊力の融合した秘術、それが、私の用いる秘術。それによって、バンパイアを作り出すことが私の目標なのだ。」
「バンパイア?」
「そう。人と獣の融合によって、人間を超越した者、それをバンパイアと私は名付けた。」
「お前は狂っているんだ!」
「私を復讐のために殺そうというのかね?君も、妹と共に生きたいのなら、私が君をバンパイアに変えてあげようではないか。永遠に、君は妹と生きられるのだよ。」
「妹は、俺が殺した!!」
 フィンの悲しい叫びと共に、その手から光線が放たれた。
 しかしビールはその巨体に似つかず、それを素早くかわした。
「殺した…だと?」
 ビールは驚いていた。
「なんということをしてくれた…!あの娘は身ごもっていたのだぞ。」
「!?」
 フィンは、先程から気になっていた、フィーネの最後の言葉を思い出した。
「馬鹿な…。そんなはずがない。俺は修行でずっとフィーネと離れていたんだ…。」
 フィンは独り言のように呟いた。
「何か心当たりでも?」
 ビールは、フィンの心を見透かしたように、にやりと笑った。
「考えたくはないが、まさか、お前がフィーネを…?」
「まさか。データをみても、父親はムーの民であると分かっている。しかも、特殊な血を引いている。お前の血をみれば分かるんだが…。」
「それはない。」
「…ま、それはこれから調べるとして。」
 フィンが動揺している隙をついて、ビールは「力」を使い、フィンの体を強い力のリングで押さえつけた。リングがフィンの上半身にぴったりとはまって、フィンは身動きが出来なくなった。
「妹がだめなら、兄を使うまでだ。」
「ふざけるな!!」
 フィンはあっけなくリングを破壊した。
「殺してやる!!」
 フィンは吼えた。
 ビールはフィンの恐ろしい形相に、怯えていた。
「うおああああああーーーーーーーーー!!」
 フィンは、ビールの腹を殴った。するとそこから炎が生じて、たちまち、ビールは火達磨になった。
「た、た、助けてくれ…!」
 火達磨になったビールは、フィンの足元に縋り付こうとした。
 フィンは、ビールの手を強く踏みにじり、血だらけにした。
「わ、私は…ただ皆の幸福のために…。」
 ビールは死んだ。

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