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魔源郷 第12話「旧世界」

「銀の民」
 彼らは、地球に降り立ち、その大いなる知識を人々に与えた。
 知識は、人間に潜在している力を呼び覚ました。
 その力は、人間を更なる段階へと進化させるものだった。
 彼らはそう願って、力を授けた。

 ある古き時代。
 一つの大国が世界を統一し、支配していた。
 その国の名は、アトランティス。
 天を突き破るほど高い建造物が立ち並び、人間の作り出した物質が大量に氾濫した国。
 アトランティスを支えているのは、高度な科学文明だった。
 その一方で、世界の片隅にひっそりと暮らしている民がいた。
 その小さな国の名は、ムー。
 周りを海に囲まれた、小さな島国だった。
 自然の神々を信仰し、何よりも善き生き方を実践することが、彼らの掟だった。
 ムーの民には、特別な力「霊力」が備わっていた。
 中でも、神々に仕える神官は、霊力の素質が強いと認められた者であり、一般の民から選ばれて、神官となり、修行によって己の力を高めていた。
 霊力を高めることが、魂の浄化を促し、善き生き方に繋がると信じられていたのだ。
 アトランティスに対して、精神文明の栄える国と言えた。

 周辺諸国を戦によって破り、一つの帝国として統一したアトランティスは、世界を空飛ぶ船で飛び回っていたため、ムーを発見することはさほど難しいことではなかった。
 ムーは、たちまちのうちにアトランティスに征服された。
 武装したアトランティスの兵士たちに対して、戦を知らないムーの民は、何の抵抗も出来なかった。
 あっけないほど簡単に、ムーの民は捕まった。
 アトランティスの皇帝は、攻め入る前から、ムーの不可思議な力を知って、利用しようと目論んでいた。
 無抵抗のムーの民は、アトランティスに作られた一つの施設に収容された。
 ただ、ムーでも一か所だけ入り込めない場所があった。
 それは、ムーの中央に建てられた大神殿だった。
 神を信じていないアトランティス人にとって、神殿だろうと何だろうと、他の建物と変わらないがらくたも同然だったが、そこへは、何故か突入しようとしても、不可思議な力で跳ね飛ばされ、絶対に入ることが出来なかった。まるで、神殿全体に結界が張られているかのように。
 神殿の中には、二十名ほどの神官たちがいた。
 彼らは、祈り続けていた。
 肉体から精神が抜け出た忘我状態で、瞑想していた。
 神殿の中でじっとしていれば、滅びない。
 全ては、流れのままに。
 神官たちは皆そう信じている。
 例え外の民が連れ去られても、そのことに囚われてはいけない。
 アトランティスが何をしようとも、それを止める権利はない。
 全ては、運命のままに。
 神の定めたことに、従おう。
 大神官長は冷静沈着に言う。
 しかしその中で、唯一人、心を乱している者がいた。
 妹がアトランティスに連れ去られたのだ。
 それに心を乱さないわけにはいかなかった。

 現代。
 大洪水によって、旧世界は滅び、現在の世界となって復興したということになっている。
 旧世界から、何百年もの時が流れた。
 そして、今、広い夜空の下を走る一台の馬車。
 その中に乗っているのは、五人。
「今更だけど、本当に悪かったよ。」
 金髪のバンパイア、ラムはそう言って、頭を下げた。
「君たちを殺そうとするなんて。僕は残酷なことをした。とても反省しているよ。」
「ウウウ…。」
 向かい側に座っている、赤い髪のバンパイア、テキーラは、ラムを激しい目つきで睨み付けている。
「急にそう言われても、信用できないな。」
 ラムの隣に座っている、黒髪のバンパイア、ジンジャーは、鋭い目つきでラムを睨んだ。
「すぐに信じてくれるとは思っていないよ。一度失った信頼を取り戻すのは、簡単なことじゃないからね。」
「失うも何も、初めから、信用などしていないんだ。」
「でも、君が最初に僕に声を掛けてきたんだよ。それがなければ、こうなることもなかった。」
「…あのときは、ブランデーだと思ったんだ。あまりにも似すぎてたから。だが実際、こうして近くにいても、全くブランデーだという気がしない。お前は別人だ。」
「そう。僕はラム。君たちと同じバンパイアさ。」
「…どうだか。何か、お前は怪しい。」
「君たちにも、分けてあげるよ。」
と、ラムは先程人間から採取した血液入りの酒瓶を取り出した。
「そんなものはいらない。」
 ジンジャーは、顔をしかめた。
「そうかい?アリス、テキーラ。君たちはどう?」
「俺の前で、そんなものを配るな。」
 ラムの正面に座っている、銀髪の青年、フィンが嫌そうな顔をして言った。
「俺はバンパイアじゃないんだ。それを忘れるな。」
「はは、ごめんよ。こういうものがニガテとは思わなくて。」
「言っておくが、アリスはバンパイアだが、血は飲まないんだ。人間の村で、人間として暮らしていたからな。」
 フィンが言った。その隣にぴたりとくっついて、小さな幼い黒髪のバンパイア、アリスが座っていた。
「へえ。フィンと会って、バンパイアだってことを思い出したのかい?」
「それはジンジャーと会ってからのことだ。ジンジャーのおかげで…、俺はバンパイア探しに巻き込まれたんだ。」
 フィンは、恨めし気にジンジャーを見た。
「すまん…。だが、フィンには感謝している。アリスとテキーラに会えたことを。いつか本当のブランデーにも、会えると思う。」
 ジンジャーは穏やかに微笑んだ。普段は何者も寄せ付けないほど冷たい表情なのに、そのように笑うととても優しい顔になる。
「本当の…ね。ジンジャー、君は何故そんなに仲間探しにこだわるんだ?」
 ラムが尋ねた。
「…一人で生きていくのは辛い。一人で、この世界が滅んだり復活したりするのを見ているのは辛い。こんなこと、人間だったときには何も思わなかったが…。」
「ふうん。僕は、逆に考えてたな。獲物を独り占めしたいってね。だから他のバンパイアも魔物も皆殺そうと思っていた。」
「それで、今まで何人のバンパイアを殺したんだ。」
 ジンジャーの顔が険しくなった。
「覚えている限り、バンパイアは一人だけだよ。それも頭の悪そうな醜い奴さ。」
「そんな言い方はやめろ。仲間なんだ。」
「あれが仲間と言えるのかな…。子供の血ばかりを狙う腐った脳みその持ち主だったけど。あれはもう人間の心を失くしてたな。生き血を吸うだけのただの魔物と化していた。むかついたよ。子供は成長すれば美味い血になる。だから人間の子供は殺さないんだ。それなのに、子供を殺すなんて。」
「俺はそういう考えに、むかつきを感じるんだが。」
 ジンジャーはラムから顔を背けた。
「僕はまた失言しちゃったみたいだね。」
 ラムは笑顔を作った。
「…で、これからルビーという所に行くんだろう?何故そこへ?そこに何があるんだい?」
 ラムはフィンを見て言った。
 それを聞くと、テキーラは不審そうにフィンを見た。
「フィン、どういうことだ?」
 ジンジャーも不審な目でフィンを見た。
「俺たちには何も話してなかったのに、何故こいつがそんなことを…。」
「さあな…。」
 フィンは気のない声で言った。
「さあって…、目的があるんだよね?だからそこへ行くんでしょ。」
「俺の心でも読んでみたらどうだ?」
 一瞬、フィンの目が鋭くラムに向けられた。
「何?心を読む…?」
 ジンジャーが戸惑ったように言った。
「フィン。僕はちゃんと謝っただろ。いじめるのはもうやめてくれないかな。何をそんなに疑っているんだい?それしか分からないよ。フィンの心は。」
「フィン、説明してくれ。どういうわけなんだ?」
 視線がフィンに集中した。
「…俺には、俺の目的があると、前にもジンジャーには言ったはずだ…。」
 フィンはため息まじりに言った。
「ああ、そうだったな…。しかしその目的は…一体何なんだ?別に詮索するつもりはないが…。」
「猟師として、魔物をなくすことだ。」
「そういえば、フィンには魔物を浄化する力があったね。他の猟師と違って、殺すのではなく、魔物の心を読んで、改心させる。そうすることで、魔物は消える。」
「…そういうことだ。魔物を全て消すこと。それが目的。」
「フィン。前々から、お前にはいろいろな疑問があった。お前が何者なのか、未だによく分からない。お前の目的は分かったが、それ以外については…。」
「言う筋合いはないし、言うつもりもない。」
 フィンはジンジャーの言葉をさえぎり、そっけなく言った。
「とにかく、俺は早くお前らから解放されたいんだ。だからお前らの目的をさっさと片付けるつもりだ。ルビーには、その手掛かりがありそうなんだ。」
「フィン。もしそこへ行って、何かが分かったら、僕らと別れるつもりなのか?」
「先のことは分からないが、そうなれば俺にとっては都合がいい。」
「いやよ!」
 アリスが叫んだ。
「あたしはフィンについていくって決めたんだから!あたしには何も目的なんてないし。ただフィンと一緒にいたいだけ。」
「はあ…。」
 フィンは強く抱きついてきたアリスを、途方に暮れた目で見た。
「でもアリス。君はバンパイアだから、君より先に、フィンは死ぬんだよ。それでもいいの?」
「死なないわ!」
 アリスはラムを睨み付けた。
「やめろ。」
 フィンが静かに言った。
「いいか…俺は、お前らと関わってしまったから、出来る限りの協力はする。でもそれは、同情でも仲間意識からでもないんだ。通りかかった道に誰かが倒れているのを見過ごせないことと同じだ。助けたくて助けるわけじゃない。」
「でもその子は、すっかりフィンに懐いているけど。君にその気がなくてもね。はっきりと、迷惑だってことを伝えないと、どこまでもついて来ると思うよ?」
 ラムの言葉に、アリスは不安な表情になって、フィンを見上げた。アリスがどんなに見つめても、フィンはアリスの方を見ようとしなかった。
「フィン。つまり君は、人と深く関わることを避けているんだね。君の行為は親切だけど、優しいとは言えない。だから、何も分からないその子を混乱させる。この際、はっきりさせた方がいいんじゃないかな。その子のためにも。」
「余計な口出しはするな。」
「僕は君の代わりに言ってやってるんだよ。本当のことを。」
 ラムは青い目で、フィンの碧の目の奥を覗き込むようにして言った。
「僕の目的は、フィン。君の正体を見極めること。それにも協力してくれるのかな?」
「お前に協力する気はない。」
 フィンはラムを睨み付けた。
「そう。そういうふうに僕を見てくれた方が嬉しいね。無視されるよりよほどいいよ。」
「気持ち悪い奴だな。」
 呆れたような顔でフィンは言った。
 その顔を、じっと探るようにラムは見ていた。
「…それと、ちょっとした疑問なんだけど、フィンは魔物を消すことが目的、と言ったね。それと、魔物を殺すこととは別の意味を持つってことなのかな。その点については、どう思うんだ?バンパイアチームは。」
「それについては理解している。フィンは実際、魔物化したアリスやテキーラを解放し、自由にした。他の魔物も同様だろう。殺すのとは訳が違う。魔物たちだって、好きで暴れているのではないんだからな。暴走しているだけなんだ。それを、他の猟師たちは人間の安全のために殺している。人間共は俺たちを憎み、俺たち魔物は人間を憎んでいる。」
 ジンジャーが答えた。
「よく分かったよ。ってことは、フィンは中立的な位置にいる、と言えるね。魔物を解放して消せば、人間にとっても助かるし、暴れてた魔物も成仏出来るってわけだからね。中立だからこそ、僕らバンパイアの食事を邪魔したりしない。人間が動物の肉を食べるのと同じことだからね。そういえば、フィンは草を食べていたね。まるで牛みたいだな。」
「花も食べてたな…。」
 ぼそりとジンジャーが言った。
「花を?本当に面白いな。」
 ラムがフィンを見て笑った。
「もういいだろう。俺の分析は。寝かせてくれ。お前らと違って、夜行性じゃないんだ。眠い。」
「大丈夫かな。君の寝ている間に、僕は何をしでかすか…。」
 悪戯っぽい目を光らせて、ラムはフィンを見た。
「危険はすぐに分かる。」
 そう言ったかと思うと、フィンは座ったままぐうぐうとすぐに眠り始めた。

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