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魔源郷 第8話「邂逅」

 フィンたちが、トパーズに滞在してから、三日が過ぎた。
 その間、魔物は町に現れなかった。
 フィンは魔物の気配を感じるという山に一人で登って行った。
 それから三日が過ぎたのだ。
 ジンジャーは、アリス、テキーラと共に宿でフィンを待っていた。
「ジンジャー。フィンは、大丈夫なのかな…。もう三日も経つけど…。」
「魔物が町に出ないってことは、もしかしたらフィンのおかげかもしれないな。フィンは魔物を鎮める力を持ってるみたいだしな。」
「そうね。あたしも、フィンのおかげで、こうしていられる。ジンジャーや、テキーラとも会えたし。」
 テキーラは、猫の姿で、丸くなって寝ていた。
「でも、心配なの。フィンが魔物に襲われないとも限らないでしょ?いくら魔物を鎮める力があるからって…。」
「アリスは、フィンのことが心配でたまらないんだね。俺は、あいつは大丈夫だと思うが…。俺が見てくるよ。アリスは、テキーラを見ていてくれ。面倒を起こさせないようにね。」
 ジンジャーは、マントのフードを深く被って、外へと出て行った。
 夕方で、日は大分沈みかけていた。
 人々はいそいそと歩いていく。
 夜に備えて、人々は家へと帰っていく。
 その中を、ジンジャーは一人逆流して歩いていった。
 下を向いて早足で歩いていたため、前方への注意を払い忘れていた。
 突然、人にぶつかった。
「おっと、ごめん。」
 ぶつかった相手は、謝ってきた。
「あ、いや…こっちこそ…。」
 ジンジャーは顔を上げたが、その顔が驚きの表情に変わった。
「ブランデー…?」
 ジンジャーは、目の前の人物を凝視して言った。
「え?」
 その人は、戸惑ったような顔をした。
「ブランデーじゃないか!どうしてここに…!?」
 急に大声を上げて、ジンジャーはその人の肩を掴んだ。
「はあ?ブランデー?人違いですよ…?」
「ブランデー…待ってたんだ。このときを。お前と再会するときを。」
 しかし、ジンジャーは、喜びに満ちた顔になって、その人物をがしっと抱き締めた。
「おい!やめろ。」
 白い帽子を被ったその男は、ジンジャーを突き飛ばした。
「…ブランデー?」
「だから、人違いだって、言ってるだろ。」
 不愉快そうな顔で、男はジンジャーを睨んだ。
 青いマントを着て、長い黒光りする銃を背負った男。
 ラムだった。
「そんなはずはない…その顔…ブランデーに間違いない…。」
「そっくりってだけじゃないの?…ふーん。でも、ちょっと気になるね。僕に似ている、そのブランデーって、君の友達かい?」
 ラムは、にっこりと笑った。
「その顔…。ブランデーじゃないなら、お前は誰なんだ!?俺はジンジャーだ!覚えてないのか!?」
 ジンジャーは、がばっとマントのフードを取ると、ラムに掴みかかった。
「そう興奮しないで。僕の名はラム。君のことは、知らないね。ブランデーって奴も、全く知らない。残念ながら。」
「…そんなばかな…。」
 ラムから手を離し、がっかりしたように、ジンジャーは肩を落とした。
「僕も、人を探しているんだ。ここに、魔物だけでなく、化け物男がいるって聞いてね。興味が湧いたんだ。君、知らないかい?髪の白い男って話だったけど。…君は黒髪だから、違うみたいだね…。」
「…いや…知らない。」
 下を向いたまま、ジンジャーは首を振った。
「そうかい。」
 ラムはそのまま、立ち去ろうとした。
「待て!」
 ジンジャーは、ラムを呼び止めた。
「…何故、そいつを探してるんだ?」
「ただ、どんな奴なのか見てみたくてね。それだけさ。」
 ラムは笑顔を残して、遠くへと去って行った。
 その姿を、じっとジンジャーは見つめていた。

 銀のオカリナ。
 これを吹いてみれば、確かめられる。
 あいつが、ブランデーかどうか。
 あまりにも、ブランデーに似すぎていた。
 あの笑顔。金髪。背格好。歩き方。
 しかし、これを吹けば、アリスに影響が及ぶかもしれない。
 フィンのいない今、これを使うことは、危険すぎる。
 しかし、確かめずにはいられない。
 何百年も探し続けてきた親友。
 それが、今、本当に現れたのなら。
 このまま、「人違い」で別れてしまうのか。
 あの男は、何故ここに来たのか。
 フィンを探しているようだった。
 ますます、俺たちを結び付けている糸のようなものを、感じる。
 フィンと出会ってから、アリスとテキーラに出会った。
 それならば、あの男も、関係があるはずだ。

 ジンジャーはオカリナを吹いた。

「アアアア…アアーーーッ!!」
 突然、アリスは金切り声を上げて、のたうち回った。
 その声に驚いたテキーラは、起き上がって人の姿に戻った。
「アイス…!」
 テキーラは、おろおろとアリスの傍に近寄っていったが、どうしたらいいか分からずに戸惑っていた。アリスは、苦しげに呻いて、転げ回っている。
「ウウウウ…!」
 アリスの体が、変化し始めた。
 大きな魔物に変わっていった。
 黒い大きな魔物に。

 真夜中。
 ジンジャーは町の片隅で、待っていた。
 奴は来るか。
 もう、つい今しがた、オカリナを吹いてしまった。
 アリスは、大丈夫だろうか。
 不安がよぎったが、今は、確かめたくてたまらなかった。
 数十分後、町の方が騒がしくなった。
「ジンジャー!」
 そこへ、フィンが現れた。
「やってくれたな!」
 フィンは、珍しく怒っていた。
「あれ程言ったのに!アリスの傍では使うなって!」
「まさか…。」
「気配を感じて戻って来たんだ!アリスが魔物に変身した!」
 それを聞いて、ジンジャーの顔は青ざめた。
「お前はここにいろ!俺が何とかする!」
 走り去っていくフィンの後ろ姿を、ジンジャーは呆然と見つめていた。

 魔物の出現に、人々は怯えていた。
 大きな魔獣に変身したアリスは、我を忘れて暴れ回り、町を壊していた。
「僕に任せなよ。」
 群衆の中から、ラムが現れた。
「猟師!」
 ラムは、銃を構えて、アリスの心臓部に狙いを定めた。
「待て!!」
 フィンが急いでラムの方へ走っていった。
「やめろ!」
 ドォーーン!!
 銃声が響き渡り、銃弾は魔獣となったアリスの心臓を直撃した。
「トドメ。」
 ラムは、もう一発放とうとした。
 が、突如体当たりされ、ラムはその場に倒れ込んだ。
「やめろって言ってるんだ!」
 フィンが、ラムの銃を奪った。
 白銀の髪が、月の光に照らし出された。
「へええ…あんたが化け物男か…。」
 ラムは倒れたまま、フィンを見上げて言った。
「しかも、猟師か。」
 地響きがして、魔獣のアリスが倒れ込んだ。
「アリス…!」
 フィンは、ラムの銃を持ったまま、アリスの方へ走っていった。
「おいおい…人のものを盗むなよ。」
 その後を追って、ラムも走っていった。
 駆けつけたときには、魔獣と化していたアリスは、人の姿に戻った状態で倒れていた。
 胸から血が溢れ出し、血まみれだった。
「これは…どういうことだ…?」
 ラムは、アリスを見て、戸惑った顔をした。
 周囲の人々も、アリスを見て当惑していた。
「魔物が…子供になった…。」
 人々はざわめいていた。
 その中で、フィンはアリスを抱きかかえた。そして思い出したように、片手に持っていた銃を、ラムに投げつけた。
「返すよ。」
「…どういうことなんだ?その子供は…。」
「お前が撃って傷付いたんだ。」
 それだけを言って、フィンは無表情で立ち去った。

 目を開けると、皆がアリスを見ていた。
 フィン、ジンジャー、テキーラ。
「フィン!」
 アリスは、起き上がって、フィンに抱きついた。
「怖かった!本当に!」
 アリスは泣き出した。
「お前がバンパイアで良かったよ。普通なら、死んでいた。」
「…あたし…また…変身して…。誰かに傷つけられた…。それだけ覚えてるの。」
「猟師がいたんだ。まあ、あの状況では、仕方なかったな。幸い、死んだ人はいなかったよ。お前に壊された建物はたくさんあるが、建物なら直せるしな。」
「うう…。テキーラも、無事だったのね…良かった…。」
 アリスは涙目で、テキーラを見た。人型のテキーラは、にっこりと笑って見せた。
「アリス…すまない…。」
 ジンジャーが謝った。しかし、アリスは何も答えなかった。ジンジャーを見ようともしない。フィンに抱きついたまま、泣き続けていた。
「アリス。ジンジャーが自分の血をお前に分けたんだ。ひどく出血していたからな。ジンジャーも、責任を感じていた。礼ぐらい、言ってやれよ。」
「お礼なんて!」
 アリスが声を上げた。
「ひどいわ!あんなにいやだって、言ったのに!許せない!絶対に、許さないんだから!ジンジャーなんて、大嫌い!!」
 アリスは大声を上げて、ますます泣きじゃくった。
 それを見て、ジンジャーは悲しそうな顔をしていた。
「…言い訳にしかならないと思うが…。どうしても…確かめたいことがあったんだ…。どうしても、抑えられなかった。俺は…本当にひどいことをしてしまった…。仲間を裏切ったも同然だ…。」
 ジンジャーは、立ち上がって、部屋から出て行こうとした。
「おい。どこへ行くんだ。」
 フィンがジンジャーの肩を掴んで止めた。
「俺は一人で、仲間を探すよ。これ以上、アリスを危険な目には遭わせたくない。」
「何言ってんだ。仲間はここにいるだろ?」
「俺は、ブランデーを探しているんだ。」
「じゃあ、アリスとテキーラはどうなるんだ?仲間に会えて、嬉しがっていたじゃないか。また一人になるのか?」
「俺がいると、危険だ。」
「そんなふうに自分を責めるな。これから気を付ければいいだけのことだ。何を確かめたかったのか、話してくれ。」
「…フィン。アリスとテキーラを、頼む。」
 ジンジャーは部屋から出て行った。
「頼むって、おい!」
 フィンは、後を追いかけたが、宿の外のどこにも、ジンジャーの姿は見当たらなかった。
「…あーあ。」
 部屋に戻ったフィンは、頭を抱えた。
「…あたしがあんなこと言ったから…?」
 アリスが、顔を両手で覆ったまま、言った。
「大嫌いなんて…。」
「…関係ないよ。ああいう奴なんだろう。ジンジャーは、お前があんなことになって、ひどく苦しんでいた。自分のせいでアリスを危険にさらしたってな。何があったのかくらい、話してくれたって…。あいつが一人でいなくなる方が、俺にとっては迷惑だってのに…。」
「あたしが、いけないのね…。あたしが、自分の力を抑えられないから…。ジンジャーは、仲間を探すためにあのオカリナを使いたいのに、あたしのせいで、それも自由に出来なくて、困ってて…。あたしは、いろんな人に迷惑かけてる…フィンにも…。あたしは…どうすればいいの…?」
「どうもこうもない。仕方ないだろ。お前もジンジャーも、自分を責めすぎだ。もっと気楽に考えろよ。」
「ウイ!」
 テキーラが頷いて、アリスの頭を撫でた。
「テキーラ…。」
 また、大粒の涙を流して、アリスはテキーラに抱きついた。
「俺は、ジンジャーを探しに行って来る。待ってな。」
 フィンはトパーズの町を駆け回った。

 宿の部屋の扉を叩く音がした。
「…フィン?」
 扉の方を見て、不審そうにアリスは呟いたが、ぱっと笑顔になった。
「ジンジャー?」
 しかし、扉を開けて入ってきたのは、そのどちらでもなかった。
「勝手にお邪魔させてもらったよ。誰も開けてくれないから。」
 爽やかな笑顔を見せて、そこにラムが現れた。
「…誰?」
 アリスは、怯えるような顔をした。
 テキーラも、不審な目でラムを睨んだ。
「僕の名はラム。…ここに、フィンという男がいるって聞いて来たんだけど…。」
 ラムは、部屋の中をじろじろと見回した。
「どうやら、留守みたいだね。どこに行ったか、分かる?」
「…な、何の用…。」
「君は…心臓を撃たれたのに、平気なんだね。」
 ラムの目が、突然、冷たい光を帯びた。
 がたがたと、アリスは震え始めた。
「人間じゃないな。」
「ウウウウ…。」
 テキーラが牙を剥いて唸り出した。
「お前は…。」
 ラムは、テキーラの首に銃口を押し付けた。
「なるほど…フィンという男は、お前らと一緒にいる…つまり、仲間なんだな。同じ、化け物仲間。バンパイアなんだろう。お前らは!」
 恐ろしく冷たい表情で、ラムは言った。
「お前らは殺す。バンパイアは皆殺しだ。」
 テキーラに向けた銃の引き金を引こうとした。
「やめて!!」
 アリスの叫び声に、ラムはびくりとして、動きを止めた。
 その一瞬を、テキーラは見逃さなかった。
 ラムを殴り飛ばし、銃を奪い取った。
「このガキが…何故…。」
 ラムは、額を押さえて何か苦しそうにしていた。
 テキーラは、苦しんでいるラムの首に噛み付いた。
「ウ…?」
 しかし、テキーラは妙な顔をして、ラムから離れた。
「ウアア…。」
 テキーラは、戸惑ったようにラムを見ていた。
 ラムは、低く笑い出した。
「同じ仲間を襲ってどうする…。人間の血と違って、吐き気のする味だよ…。」
「アア…。」
「テキーラ?」
 アリスは、訳が分からず、ただ震えていた。
 ラムは立ち上がって、床に転がっていた銃を拾うと、よろよろと扉に向かって歩き出した。
「いつか…殺す…。」
 鋭い目でアリスとテキーラを睨み付けると、ラムは外へ出て行った。
 二人は呆然として、開いたままの扉を見ていた。

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