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国創りフェス 2024

一年間、もう行かないって言っていた国創りフェス。
気が付いたら2年目、行ってました。
去年みたいに全てのコンテンツについて全てを書くつもりはないけれど、時系列を追って振り返っていこうかな。

って思ってたんだけど、書き終わってみたら全部書いてるし、大変な長さになってしまいました。
お時間ある人だけぜひ。。。


参加した経緯

まずそもそも、行かないって言ってたじゃん、と。
そう、全然行く気はなかった。
はずなのに、インスタに大量に流れてくる公式ストーリーに、皆の行ってくるストーリー。
見るたび、去年のやらかしとトラウマが思い出され、苦しい日々。
そんな中見たゆうきのストーリー。もうなんだったか覚えてもいないけれど、自分から動くしかないって残り5枠に気が付いたら申し込んでいた。
これから先、毎年国創りの時期がやってくるたびにトラウマが思い出されるのすごい嫌だなって、塗り替えたいリベンジしたいって勢いで滑り込んだ。

0日目

去年の遅刻トラウマから、行くなら絶対に0日目からって思ってた。
なんなら、0日目にも遅刻したくないが故、‐1日目から私の国創り2024は始まった。
一人でローカル線間違えるのが怖すぎて早めに広島駅着いて合流しようと思って。最初に合流したのははじめましてのゆうか。
はじめましてだったのに、なんかはじめまして感あんまりなくて人見知りもたぶんそんなにしてなかった気がする。
で、その後ゆりっぺとも無事合流し、集合場所の可部駅へ。
可部駅でさくらとちっひーとも合流して、いろんな安心感に包まれていた。
のぶカーが迎えに来てくれて、山道だから酔いそうだなぁって思ってたけど、普段機材乗せて走るからか、のぶの運転上手くてほぼ酔わずに会場まで辿り着けた。

国創りの会場になる前の土地。本当に何もなくて。
去年ここに国を創って滅したことも、今年ここに国を創ることも、夢なんじゃないかって思うくらい。
今年はこの倉庫がステージになるんだって、去年は開かずの扉だった倉庫の中に入り、照明系の仕込み。
ランタンの電池入れは皆でやっていたはずなのに、気が付けば絡まりに絡まった電飾をゆりっぺと2人でひたすらほどく作業。
本当にありえんくらい絡まっていて、しかも切れて使えない電飾すら含まれていて、正直いらつきながらほどいてた。笑
結局電飾をほどくこと3時間、外は暗くなりはじめ撤収。もし、次の機会があるとするならば、電飾をほどくだけの0日目にはしたくないかもしれない。
撤収前、だいちさんが「0日目メンバーは大策さんのお家に行ってちょっとWSやって夜ご飯」って言ってたから、WS何するんだろう、とか夜ご飯何食べる?とか話しながら再びのぶカー。
大策さんのお家で猫可愛いなぁとか思いながらだいちさんたちの到着を待ち、先にWSかと思っていたら私たちの空腹が限界を迎え(この日私はホテルの朝食後何も食べてなかった)、先にスタッフmtgやるからご飯行ってきていいよ、と。
近くの居酒屋で美味しいご飯を食べ、地元のお店で料理提供に時間がかかってちょっと遅くなっちゃった、でもスタッフmtg終わってなさそう、てかあれ終わりなんてものあるのかな、私たちが帰れば終わるんじゃない?とか言いながら大策さんのお家に帰り。
お家の前で、スタッフmtgやってる中に入っていけずお酒を飲んでいたさとしと合流し、案の定mtgは終わってなかった。
私たちが帰ってもなかなかmtgは終わらず、そろそろ銭湯の時間やばない?ってなって先行ってきた方がいい?って聞きに行ったら、スタッフ陣も銭湯行くからってことでmtgが終わり、0日目メンバーとスタッフの時間に。
時間ないから一人一言30秒ずつ言っていこうってなって、何言ったかは覚えてない。

ちょっとしたのっぴきならない事情でちっひーと大策さんのお家に残らせてもらい、2人と猫たちでゆっくり静かな時間を過ごしてた。めちゃくちゃよかったな、あの時間。
せっかく猫ちゃんが私の膝の上に乗ってきてくれて可愛がろうと思った瞬間、別の猫ちゃんが床に置きっぱなしになってたパンを爪で開けて食べようとしてたから取り上げ、銭湯組が置いて行った食べ物に目を光らせながら皆の帰りを待ってた。
この時間にles worldライブの練習したりお金のいらない国の準備をすればよかったものの、すっかり忘れてて皆帰ってきて夜中になってからやり始めた。寝る場所も布団も足りないねってなって、みくと2人で1つの布団使ってた。

待って、0日目だけでこんなに書いてるの何事、、、
超絶長くなるかもしれん、、、

1日目

朝、早起き組のおかげで私も早起きした。立ちくらんだり転けたりぶつかったりお騒がせしながらゆっくり朝の準備や荷物の片づけ。
なんで一夜しか過ごしていないのに、荷物って散らかるんだろうねぇ。。。
スタッフ陣は先に出たから、0日目メンバーで部屋の片づけをして(ペットボトルいっぱい置いてかれてたけどいったい誰のだったんだい?)、時間に余裕をもった出発に成功。
電車乗ってる間にお腹痛くなってきて。広島駅着いてびっくりするくらいふわっふわにふらふらしてて。体調の悪さえぐくて「え、もう1日目の朝からアウトなん?」って感じだった。
まぁ何はともあれ、とりあえず遅刻は阻止。それだけで去年からの成長では?笑

ミッションチームの中で私が一番先に広島駅に到着したから、私が座れる場所をチームの集合場所に。
久しぶりに会うりりこも一緒だったし、意外と人見知らずにしゃべれてた気がする。たぶん。
集合ミッションの画像を確認してて、ふと目に入ってきた「雨具」の一言を見て気が付いた、今年最初のやらかし。
雨具として唯一持ってきていたビニール傘を大策さんのお家に置いてきた。え、あんなに荷物確認したやん、、、。ばかなん、、、?

元々体調悪いし酔いそうだからって、前の席に座ったはず。
結局しっかり酔った。気持ち悪くて頭痛かった。最後の方さすがにちょいしんどくて軽ーく「酔ったー」って言ったら隣のひまりも、まおくんもみくも「大丈夫?」って。でも、初っ端からへばってるわけにはいかなくて耐えた。
そんなバス酔いの中、重たい重たい荷物を引っ張って坂を上って行けなくて。進まない、上れない、ってなってたらばばちゃんがスーツケースを上まで持ってってくれた。まじありがとう。感謝しかない。

150人との出会いに、戦争シミュレーション。
あっついし、150人って人多い…ってなってた。けど頑張った。頑張ったと思う。全然150人とは出会えてなかったけど。
そして第一関門、バッドアップル。
心苦しくてどうしたらいいのかわからず、まったくうまくできなかった。その結果、グループの子たちの感想は「そういう人なんだと思って気にしてなかった」と。
私の心が痛んだだけで、何も伝わらなかったようで。非常に申し訳ない。だいちさんごめん。
後から他のバッドアップルやった人々に話を聞いて、あーなるほど、そうすればよかったのか、と学んだ。事前に知りたかった。。。

それからテントを立てて、家族を結成したんだっけ。
大黒柱のせいまに、ゆうにだいき。せいまとせいかだから、せいまパパとせいかママだね、なんて言ってた。
テント班も、ともみとひまりが一緒で、他の皆も話しやすくて嬉しかった。

そして、夜の大切なWS「アルケミスト」。私の第1号泣ポイント。
家族の話を聞いて泣きそうになり、自分の話をしながら泣きかけ、あなごんの話と歌を聞いて泣き、かずさんの話を聞いて泣き、大策さんの『人生最後の日』を聞いて大号泣。
『龍と紅茶』も『人生最後の日』も刺さって仕方ないのよね、本当に。
何の話を自分がしたのか、正直全然覚えてないけれど、最後の「勇気をもって挑戦したいこと」の答えは「自分のことを話す、自己開示すること」だった。
去年のnote読み返したら、同じようなことを言ってたので全然成長してない。。。
本当に、自分のことを自分の言葉で話せるようになりたいっていつも思ってる。

夜の時間は例の如く、LES WORLD LIVEへ向けた練習の時間。今回は振付作ってないし、振付を覚えてくる余裕が全然なくて、その場で一から教えてもらってた。でも、そのかの教え方めちゃ上手くて、覚えられるかは別として一回で分かる。ダンス班がステージ使える時間には、オープニングの3分の2くらいしかできてなかったけど、場当たりやグループ分け、オープニングの復習で時間いっぱい使い切った。
その後も倉庫の外で、グループに分かれて振り入れ。こみほが教えてくれて、こちらもとても分かりやすかった。ただ、私の振り覚えが悪い。。。
結局ダンス班としては23:30まで練習してたかな。
それから個別出演グループでの練習。まずはコモビ。その場で立ち位置やらなんやらを決めてステージで場当たり。まぁ、皆経験者だしビッグナンバーのかけがえだったから、すんなり準備できた気がする。やること決まってから私の中で、LES WORLD LIVEでコモビやっていいんだろうかっていう葛藤が実はあったんだけどね…やるからにはやるしかないって気合い入れた。
オンステージは夜遅くなってしまったし集まれなかったから、とりあえず歌練習しなきゃって喫煙ベンチでひたすら歌ってた。
日中大人数の中で最大限頑張った結果疲れすぎちゃったこともあり、1人になりたかったんよね。

途中でさとしが煙草しに来て、2人でゆっくりお話。
「何か悩んでることあるの?」ってふと聞かれて。こんなド直球で突然聞かれることって初めてだからとてもびくっとした。
悩みって案外ないかも、なんて言うことは簡単で、いつもみたいに表面上取り繕ったことを言いそうになっていたけれど、きっとそうじゃないって初めて本音を話したかもしれない。
本音、と言えどそれは結論だけで、私の話の中には上辺だけの部分もあったと思うけれど。
「なくならない愛って何なんだろう、そんなものあるのかな」って。
小中高と友達が一人もいなかったわけではないはずなのに、卒業後は誰とも繋がっていないし。”いつメン”的な感じもあったと私は思っていたけれど、卒業後他の子たちだけで遊びに行ってる様子を見るのもざらだった。
それは、私からアクションを取らない私のせいでもあることは理解しているけれど、それでも私にとって「友情という名の愛は期間限定でなくなってしまうもの、続かないものなんだ」と心に刻まれているのも事実で。
そもそも、問題児の兄に付随して毎日のように怒鳴られ拳骨されていた私にとって「愛」自体が何なのかわかっていない部分もある。私を産んでくれたのは確かに親の愛だと思うけれど、その愛もいつの間にかなくなるんだな、と。
だから、その期間限定が続くように、皆の記憶から私という存在が忘れられないように、LES WORLDに参加し続けているという側面もある。
ここまで詳しく話したかはわからないけれど、こんなようなことをさとしにぶつけていた。
それに対して「浅く広い関係もそれはそれでありなんじゃない?」って。「それがなければ俺たちは出会ってないし」って。さとしの答えは何とも単純。でも、単純だからこそ、あ、そんなことでいいのか、とも思える。
それから、難しく考えそうになった時こそ大切にしてる考え方があるんだよねって教えてくれた。
さとしと2人で話せてよかったな。

そんなこんなでさとしと話したり歌を練習したりしていたら、気が付けば1時間半喫煙ベンチに座ってて。そりゃ寒いよねって凍えながら倉庫に。
えいみとようかがずっと練習してるのを見ながらストーブであったまり、そろそろ寝なきゃなぁなんて言いながら、テントしんどいなぁ寝たくないなぁってうだうだ。
去年も1日目トーキングテントで寝たように、相変わらずテントという狭い空間の中で人とくっついて寝ることは、人に疲れてしまう私にとって息苦しくとてつもなくしんどいことで。そんな重要なことを忘れていて。
どうしよう、寝たくないってうだうだしてたけど、急患が倉庫に運び込まれてきたことで倉庫からでなきゃね、もう寝るしかないねってなって。テント覗いたら端っこが空いていたからそこに寝袋を広げ、ダウン着てるからいっかって寝袋の上で寝た。

2日目

朝、足が冷たくて起きた。7:40。
国創り2年目、初めてテントで朝を迎えた。頭が痛く疲れていた。
水浴びの時間に化粧とかできるの忘れて、やばい時間ないって急いで着替えて朝ごはん食べながら太陽光で化粧をした。
初めて、朝ごはんのおにぎりを完食できた気がする。

この日から、旅のしおりのスケジュールと違うスケジュールでWSが進んでいって若干翻弄されてる感。流れに身を任せるだけだからいいのだけど。
朝一、大策さんの空手WSだったね。去年は重力の話が印象に残っていた私。今年は世界と、相手と調和するということがなんとなく、ふんわりと、ちょっとだけわかったような気がする。
水浴びの時間、テントで蒸されていたことに加え、炎天下のWSでしっかり熱にやられました。今回最初のWS途中アウティング。
テントの木陰で休めば何とかなるかな、とか思ってたけど、どんどん体は重く力が入らなくなり。結局だいちくんとすがたに倉庫まで運ばれ。
倉庫で横になっていたらのぶカーに移動することになり、でも起き上がることもできなくて。あなごんに背負われて移動。
涼しい車で休んでいるのに、呼吸の仕方よくわからなくなってくるし。誰かわからないけれど、昼ご飯食べられない私にウィダー買ってきてくれるし。
気が付いたら歌WSが始まっていたようで、だいちくんのグループが車の近くで練習し始めて。
トイレ行きたくてちょっと動けそうだからって外に出てみたら、皆が真剣に練習してる姿が目に入って。
頑張れていない自分への嫌気と。だいちくん、すがた、あなごん、くれは、のぶ、と既にたくさんの人に迷惑をかけた申し訳なさから、車に戻ってからしばらくずっと泣いてた。
これ以上ここで休んでたら私のメンタルが絶対にもたないって思って。休むこと、迷惑をかけることへの恐怖から、まだふらふらするけどちょっと無理してWS戻ることにした。
ほんとに大丈夫?まだ休んでていいよ?ってくれはが言ってくれたけど、「大丈夫」って笑った。
でも倉庫まで連れてってくれたまおくんも、まだ心配だからって根々のそばにいなって。大丈夫そうに振舞ってたつもりだけど、心配かけてる私だめだなぁって思ってた。

私が戻ったのは、ちょうどすみれのダンスWSが始まる頃。
どんな子どもだったか。いつも怒られていたり、兄と比べられて「妹はいい子だね」って言われたりでとにかくいい子でいなきゃいけないって思って生きていた話をした。「いい子でいなきゃ」「しっかりしなきゃ」って思ってた部分は皆結構共通していて、相手は褒め言葉として言っていたとしても言われれば言われるほど、そうでいなければって思いが強化されてくよねって。確かにそうだったなぁ。
幼少期1番心に残っている出来事。九九暗唱事件の話をした。人に話したのは初めてかもしれない。私の完璧主義が形成された象徴。自信満々に先生の前に並んで7の段を暗唱し始めた。失敗した。そして、クラスの中で先生にきつく言われた。結果、悔しさと恥ずかしさと怖さで泣いた。自分でも言葉に出して初めて、結構なトラウマ体験だったんだな、という気付きを得た。皆も不登校になっていた時代の話をしてくれていて、私も教室登校できなくなっていた時期があったから、言葉にはできなかったけど心の中で共感に溢れてた。
WS終わってから、根々が話してくれてありがとう、話せてよかったって言ってくれて。多少無理してでも戻ってよかったって思った。

それから外に出て、振り入れの時間。
外はやっぱりあつくってやばかったけど、踊るのが好きすぎてそんなこと気にならないくらいだった。後から、本気で踊ってたねって人に言われるくらい。笑
何を手に入れたいかな、とか人生の中で大切にしているものは何だろう、とか考えて、意味を込めながら踊るのとっても気持ちよかったな。。。
熱にやられない自分を手に入れたい、とかちょっとふざけたこと言ってたけど、その本心は自分に向き合える自分が欲しい、ということで。
大切にしているのは縁。あの時は2つ目思いつかなかったけど、今も思いつかないかもしれない。出会ってくれた皆を大切にしたいって思って踊ってたけど、それって結局縁だもんね。

ダンスWSの後は、みんなお待ちかねお金のいらない国。
待ち時間でちょっとだけずんちゃんと話せて。本音もちょっとだけ話せた。聞いてくれてありがとう。
今年のお店は「自分だけの名札を作ろう」ということで、マステでカードを飾り付けてオリジナルの名札?名刺?を作れるよっていうお店。
去年は作ってきたものを渡すだけだったのに対して、今年は皆にその場で作ってもらう形だったからお店に来てくれる皆と少しだけ長い時間を過ごせるお店。
ちなみに、去年と同じ私が詩を書いたカードも24枚用意していったので、お店に来てくれた人に私もその場で裏をコラージュしてプレゼントしてた。
あつくて外は絶対無理って思ったから、倉庫のテーブルを陣取ったんだけど、端っこすぎてまた去年同様目立たなすぎるお店が出来上がった。
また端っこでやってるから来てあげたよ、なんてだいちさんに言われてしまった。
結局、来てくれた人数は去年よりも少ないかもしれない。でも、今年もとっても楽しかった。来てくれた皆が、可愛い楽しいってわくわくしながら、どうしようって悩みながら作ってくれてるその表情が、感情が、嬉しすぎた。
それから、私の言葉を読んですごいって言ってくれるのも嬉しかった。自分の中から出てくる言葉を書いただけなのに、皆に受け取ってもらえるって幸せなことすぎるな。
去年からの成長はもう1つ。待つだけじゃ誰も来ないって思って、皆のお店を回るついでに「何のお店してるの?」って聞いてくれた人に説明して「気になる」って言ってくれた人を連れていく方式でお店をやった。
外の様子も見れるし、お客さんも来るし、一石二鳥。それに、来てくれた人が持ってるの見て、私も欲しいと思って!って来てくれる人もいて嬉しかった。ただ、私も一緒に作ってプレゼント渡す形式だから、一度に多くて2人(2人でも待たせちゃってた)しか受け入れられなくて、お待たせしちゃうこともあった。その分盛況だったって言えるかな。
皆の作ってるものを見ると、皆の個性が溢れていてとてもよかった。
ちなみに、皆のお店をまわるほうは150人が多かったからか、私が純粋に下手なのか、全然行きたい人のお店を見つけられなかった。悔しい。皆のお店一つ一つ全部まわりたかった。

お金のいらない国が終わって、夜ご飯かと思ったら、なんと30分後にLES WORLD LIVEが始まる、と。この30分でご飯食べて用意して、と。
お腹も空いていなかったし、準備やらなんやらで夜ご飯半分も食べてない。誰かにあげている暇もなくて捨てちゃった。本当にごめんなさい。
ダンス班、結局練習してる時間なくてエンディングは振り付けじゃなくて挨拶だけに変更。
最後の最後、もう始まるよって言われてる中、5分だけ待って、ダンス班最初から最後まで通すのこれが初めてなのって言いながらなんとか初通し。振り付けは誰も全然完璧じゃないけど、皆が楽しんでるんじゃないかなって感情は伝わってきたし、私も楽しかった。

そして、ついに始まったLES WORLD LIVE。
事前にまおくんから「入口側の後ろに座ったら、何かあった時くれはが助けてくれるよ、それか逆に1番奥か」って言われてて、言われる前から酸欠と人混みでだめになるのが目に見えてたから、迷わず入口側の後ろに座った。
私の出演順がコモンビーターズ→On Stage→ダンス班なのはわかってたけれど、直前に言われてた順番から更に変更があって、思いがけず次の待機者にコモンビーターズが呼ばれ。
袖待機中、緊張でまじでお腹痛いし、吐きそうだった。やっぱり舞台は怖い。
でも舞台に上がった瞬間、まぁやるしかないし、なんとかなりそう、なんて思って。
そしたら、音源が渡したはずのものと違うものが流れ。
最初の切ったはずの鼓動が流れ始めたから、みほとあれ、おかしいな、でもそんなこともあるか、なんて舞台上で必死に喋りながら始まりを待った。これは怖すぎた。見てる方は「は?」ってなったよね、ごめん。
かけがえは1回やるだけで体力の消耗がすごいナンバーなので、終わったらもう息は上がって膝はがくがく。

席まで頑張って戻ったはずが、次の演目は外の書道パフォーマンス。
ちゃんと見たかったんだけど、しんどくて皆の後ろで座り込んでた。なんて、言い訳だね。
この後もあるからって自分に言い聞かせてとりあえず後半は立ち上がったんだけど、1番後ろから私の身長じゃほぼ何も見えなくて。
勇気をだしてパフォーマンス作ってくれた皆に申し訳ないな。

On Stageの出演順の前にうみとつき。ずんちゃんのパフォーマンスがあって。
相方が体調不良でどうなるかわからないって聞いてたけれど、本番は1人で舞台に立っていて。とってもとってもかっこよかった。
ずんちゃんの過去、感情というものに少し触れられた気がして、もうだいぶ初めから涙が溢れてた。
ずんちゃんと私は出会って2年。お互いの深い話って実はしたことなくて、したことがないのにこんなにお互いを近くに感じられる存在で。
でも、だからこそ、もっと話せるようになりたいなって思った。
ずんちゃんがステージから降りてくるタイミングでOn Stageの待機だったから、途中でいっぱいハグした。泣いた。
大好きだよ。生きててくれてありがとう。私も生きててよかった。

On Stageの待機はまたしても緊張で腹痛。死ぬかと思った。。。
私が書いた紹介文に加えて、だいちさんがOn Stageの詳しい説明もしてくれて。
音響転換してくれてたあなごんが急遽カホン入ってくれることになって。
皆とまた舞台に立てて、歌えて、皆で作った歌を150人に届けられてとても幸せだった。
すみれがよかったよーって言ってくれて、後からちょっとだけあなごんにも観客してもらったらよかったかなとか思ったり。

オープンマイク、あやかが一人で舞台に上がっていたのが心に残っている。耳の聞こえないあやかはどうやって踊るのだろう、と思っていた。あなごんのギターに合わせてまりなが歌詞を手話で伝えていて、それを見ながらあやかは踊っていた。あやかの純粋な、素直な、綺麗な、表現に心が震えた。大きな尊敬とほんの少しの嫉妬。一人で舞台に上がったその勇気への純粋な尊敬。本当にかっこよかった。そしてその勇気も自信も一向にもてる気配のない私は分不相応にも羨ましいと思ってしまった。

頑張ってたのも束の間、体力と気力がついに切れ始めてしまって。
頭痛すぎて歌班聞けてなかった。。。悔しいし、歌班の皆本当にごめん。。。
ミュージカル班の間はくれはが入口境に椅子持ってきてくれて、座って見てた。オリジナルのミュージカル、とてもよかったな。。。
ダンス班はどうしても出たくて、皆と一緒に踊るという最高の幸せを感じたくて、「大丈夫、頑張れ」ってくれはに声かけてもらって、もう本当に気合だけで踊りにいった。
オープニングはミセスのStaRt。曲がいいからテンション上がるし、そのかの振りも楽しかった。皆でクラウチングで走り出す感じ、よきやったなぁ。Bチーム1曲目はMela!。2曲目はFrom now on。ちゃんと曲を聞いたのは初めてだったけど、どっちもいい曲。踊ってて楽しかった。皆と一緒に踊れてるっていうその事実が、幸せで仕方なかった。振り覚えられてなかったせいで、最後のペアのところ、こみほと一瞬向き合い損ねたのはとってもごめん。
エンディングの挨拶まで終わって、横一に並んでなぜかゆうきとハイタッチタイム。笑
はけるところまで気合で保ってたんだけど、流石にはけたところで限界を迎えてしまった。動けなくなってしまったけれど、感覚として呼吸もある程度保ててて手足の痺れもほぼなかったから去年より大丈夫だった。成長?

椅子座らせてもらってストーブであったまってたんだけど、スタッフ陣がそのストーブの周りに集まってきてご飯食べたり明日の話してたり。あんまり私がきっと聞かない方がいい話なんだよなぁって思って。
ずっと隣にいてくれたくれはもあんまり体調良くなさそうで、私が戻ったら寝るって言ってたからくれはに休んでもらいたくて早く戻らなきゃって思って。
ちょーっとまだ足元おぼつかなかったけど、「もう動ける、大丈夫」って立ち上がって。流石に荷物を全部持っていくのはしんどいから置いておかせてもらって倉庫をでた。
途中コードが道を横断していて、ふらふらなのと相まってしっかり転んだ。そしたらそれ見られた2人に助けてもらった。本当にありがとう。声と話し方で1人はさくらだなってわかったんだけど、もう1人は誰だったんだろう。助けてくれたのに暗くて見えなくて誰かもわからなくてごめん。。。
2人から支えてもらってテントまで歩いてたんだけど、途中でも転けてしまって。倒れ込まなかったのは2人のおかげ。大感謝。
テント戻ったらちょうどともみが寝る準備してて、まだ時間早いから他は誰もいなかったけど、ともみと2人でもう今日は早く寝よって即寝た。

3日目

朝、起きた瞬間から体が重い。7:45。
体も心も重すぎておばあちゃんみたいな足取り。
すれ違う人皆に「顔色悪いよ、大丈夫?」って声かけられた。
しんどいけど、しんどいなんて言いたくなくて。「寝起きだから」って。
朝ごはんは一口食べたけどそれ以上食べられなくて、そのまま椅子のポケットに入れて忘れてしまった。。。片づけてくれた人ありがとう。ごめんなさい。

朝一はちょっと長めの一人時間。
端っこにいようと思ったけど、アブがぶんぶん言ってて怖すぎたのと、皆の存在を感じていたかったから、真ん中の芝生に寝転がった。
これまでを振り返って気持ちを整理する時間。ぼーっとしててあんまり頭動いてなかったけど、リベンジって言って参加して本当にリベンジできてんのかなって考えてた。
でも正直、リベンジって言いつつ自分でもどうしたらリベンジできてるってことになるのかを考えてなかったからよくわかんなかった。
去年よりは体調生きてる時間が長いからそこは完璧じゃないけどクリアできてる。満天の星空も見れた。なんなら空に昇っていく龍も見た。
これから先、国創りのことを考えた時。もちろんネガティブなことも思い出すだろうけど、すぐに思い出せるであろうポジティブな記憶もできた。
そんなことを考えつつ、日に照らされて半分寝てたような気がする。

エンパシーウォークはさやと。
海外興味あるけど一歩踏み出せてなくて、でも国創り来ていろんな人と話して海外行くこと決意したんだ!って言ってて。その時のさやの笑顔がきらきらで眩しかった。
最初は一人20分って長い…って思ってたし、去年は時間が余っちゃってどうしようってなったような気がしてたから不安だったけど、今回は話し尽きなかった。私もきっと成長してたし、さやが聞き上手だったんだね。
さやと話せてよかった。人生変えに来て本当に人生変えちゃうのかっこいい。

その後はリハーサルだったかな。ここら辺だいぶ記憶ない。
踊るの楽しかったなって記憶と、なんか最後泣いて終わったなって記憶。
お昼ご飯は半分も食べられず、おかず系はちっひーとさえのちゃんに分けて、ご飯だけ残っちゃったからご飯配りお姉さんやってた。懐かしかった。
男の子たちにはおかずないからなって断られたけど、女の子が丸ごともらってくれた。

ご飯の後は、旅のしおりを見ながらいつやるんだろう、スケジュールに入ってないよなぁって思っていた、絵の具を使うWS。
ひなたが、導入でボディペインティングの話をしてくれて。始めたきっかけを聞いて、あ、すごいなって思った。私はまだ逃れられてないから。
2日目の夜、スタッフ陣が「国旗のWSが」って話してたから国旗創るんだなぁとは思ってたんだけど、絵の具で何か描くのではなく、ただ白い布に感情の色をのせていく。手に絵の具をつけて皆とハグする。私には相手の色が残り、相手には私の色が残る。私の存在が、その場にいると実在すると証明してくれているような気がした。
さとしに「顔つけていい?」って聞かれて、何描かれるんだろうって思ってたら。両手で頬を挟まれてぐりぐりぐり~ってされた。絵の具がいっぱいついた。ここにいていいんだよって言ってもらった気分だった。
ふと、まだ絵の具のついていない綺麗な左腕が目に入って。リスカの痕が目に入った。
なんとなく、塗り替えたくなって、苦しさを色にしたくって。既にいろんな色が混ざって暗くなっている赤を手に取って、左腕に塗ってみた。
赤と茶色が混ざったような色がついた。満足。これが私が生きてる証拠。
皆の中に入っているのが流石にしんどくなってきて、でも逃げたくなくて。ちょっと輪の外に出て皆を眺めていた。時々誰かが寄ってきてくれて、すみれやえいみが横にいてくれて。とてもあたたかかった。疲れちゃったことに泣きそうになっていたけれど、泣かなかった。

顔の絵の具落とすのに時間かかって。腕の絵の具はまだ落としたくなくて。
顔だけ落として、本番に向けた会場設営に手伝いに入った。
電飾通したり、床に転がしたり。今年はどんな光に、映像になるんだろうなぁって思いながら。
この後本番まで時間ないよなぁ。でもここから本番までのWSってどれもゆっくり時間とる感じじゃなかったかなぁ。と、スケジュールがわからなくてちょっとだけそわそわもしてた。

倉庫での集合は相変わらず入り口側の後ろ。感謝状のWS。
去年何を書いたかは全く覚えていないけれど、noteを見返す限り宛てた自分はたぶん同じ頃の自分。学校にも家にも居場所がなかった。
何がつらかったのか、自分なりに言葉にできた気がする。生きててくれてありがとう、ってまた書けた。
今まで絶対に読みたくなかった。でも今回、少しだけ、読みたいって思えた。実際に手を挙げるまでの勇気はなかったけれど。
149人の前で読みたい、というよりも、私を知っている人たちに知ってほしい伝えたいって思った。
いつか伝えられる時が来るかもしれないね。

本番前、最後のWSは誕生学短縮版(?)とTap you。
ここもあんまり記憶がない。。。
大策さんの命の奇跡の話は、何度聞いても泣く。私が生まれてきたことがそんな奇跡的な確率であることが信じられるような信じられないような。
Tap you。初めが座っている方だった。
自分はここに来てよかったと思ってるけど、でも皆は私がここにいることどうでもいいかもしれない。皆の中に私の存在なんて既に残ってないかもしれない。なんなら入ってすらないかもしれない。
なんて心の奥では思っていた。
でも、一つ目の問いの時点で去年よりも多くの人が私の所に来てくれた。触れてくれた。あたたかくて幸せで、涙が溢れて止まらなくなった。
どうして毎回って思うくらい、再びこのWSで泣いて動けなくなった。
交代、立ち上がってって言われても立てなくて。一つ目の問いが読まれてる間も立ち上がろうとしては床に崩れ落ちて。
でも、なんとか皆にハグしに行きたくて。ひたすら頑張って、なんとか膝立ちになれるようになって。
そこからはずっと膝立ちで動いては触れに行ってた。時々通りたい道が狭くて立ち上がるんだけどすぐにやっぱり崩れてしまって。もう本当にだめだなぁって。
そんなことをしてたから。WS終了後、本番の準備だーって言われても起き上がれなくて。入り口が近かったから、通りたい人たちから邪魔そうな雰囲気を感じ取って。苦しかったのに、また苦しくなった。あんなところに倒れ込んで動けなくてごめんなさい。
ここがいちばんしんどかったかな。手足痺れて全然力入らないの。
あなごんが気付いてくれたんだっけ。ごめんね、ありがとう。

でももう本番始まるし。着替えて準備しなきゃだし。
倒れてる暇ないよなって、頑張って立ち上がったら。流石に今までのちょっと無理して、とは違って普通にふらついた。
まおくんが助けてくれて。手引っ張って軒下まで連れてってくれて。着替えてからぎりぎりまで雨に濡れないでここにいた方がいいねって隣にいてくれて。「せいかならいける、大丈夫」って声かけてくれて。
その言葉に手に、救われた。本当にありがとう。
そろそろかなって時にとりあえず焚火の前まで移動して。今度はくれはが寄り添ってくれて。直前まであったまってようって。
それで、始まるって瞬間に「いってらっしゃい」って送り出してくれた。
2人の、皆の、支えがあって。なんとか本番を迎えられた。

これまでBIRTHは母の顔を思い浮かべながら踊ったり歌ったりしていたけれど、本番で思い浮かんでいたのは大好きな皆の顔。
皆と表現ができて本当に嬉しくて幸せで。その幸せを噛みしめながら、最後の力を魂を込めて踊り歌っていた。去年の私はまだ歌うことに抵抗しかなくて、本番もたぶん自分の声では歌えていなかったと思うけれど、今年は自分の声が自分の耳に入るくらい歌えた。
動きながら皆が目を合わせてくれるのが幸せで幸せで。何よりも、さくらとふうことしっかり向き合ってお互いに向けて踊れたのがとても幸せだった。
表現、というものが大好きで大切でしかたないんだなぁ、と再確認したような感じがしていた。

本番が終わって感動を共有し合う時間。
皆の輪の中には入れなくて外に立ってたんだけどふらふらで。くれはが横に来て「座る?」って声かけてくれて。
座っただけなのに、ふと現れた大策さんに抱えあげられて倉庫に運搬され。もうどこにも力は入らないし、話すこともしんどくてされるがままになってた。
倉庫で横にならせてもらって、動けなくて。でも耳は聞こえてて。だから、外で皆がわーってしてる声が聞こえていて。だいちさんの言葉も聞こえていて。
なんで、なんで私はこんなところにいるんだろう。ってすごく思って。皆と一緒にいたかっただけなのに。って。
くれはがだいちさんの言葉に合わせて「生まれてきてくれてありがとう」って言ってくれた言葉も、素直な気持ちで受け取れてないような自分がいて。そんな自分が嫌で嫌いで泣いていた。

そのうち倉庫ではFirst Liveの準備が始まって。皆をご飯どこで食べさせるか、なんて話もしていて。「リハ聞かれたくないしライブ感大事にしたいから、開始まで倉庫内に皆を入れたくない」みたいな話してるのが聞こえて。
あ、これ私ここにいちゃいけないやつだ、こんなとこで倒れてたらだめだって思って。
上着と飲み物取りに行くついでに外出ようって。スタッフ陣皆準備で走り回ってていなかったから、1人でなんとか立ち上がって外に出た。寝袋とか片付けなくてごめんなさい。
たまたま軒下でles world過去参加者の会してたからそこで少し時間潰させてもらって。なんか外に人いなくない?って気付いて倉庫戻ったらもう椅子並んでて皆中でご飯食べてて。なんだよかったぁって後ろの席に座った。

国創りのコンテンツの中で唯一、ただ純粋に音楽を、表現を享受できるだけの時間がFirst Liveだと思っていて。私にとって大事な時間で。
ちゃんと聞きたかった。向き合いたかった。
それなのに、だいちくんの音も、皆の音も、私には大きすぎて耳が心が辛くて。消えたくて消したくて逃げたくて。でもあなごんの音は聞きたくて。必死に耳を抑えながら聞いていた。純粋な心で聞けないことが苦しかった。
それでもあなごんの3曲が私には限界で。TOKIさんの音が始まって耳抑えても耐えられなくなって外に出た。そこからはずっと、最後まで外にいた。
外に出て、独りだなって思ってたのに。外にはゆうきがいて。きっといろいろあって外にいるんだろうなとは思ったけど、それでもゆうきは隣でTOKIさんの音を聞いてくれたり、君の居場所で座り込んで泣いてる私の隣で背中をさすってくれたり。もうなんでこの人はこんなにあったかいんだろう、って思ってた。ごめんね、ありがとう。
それでも前へも人生最幸の日も、皆の音が苦しくて、皆と同じようにいられない自分が嫌で消したくて、一歩ずつ後ずさってた。それでも最後まで遠くに逃げ出さずにいられたのはゆうきの存在のおかげだった。
ライブ終わってから「中入る?」って倉庫の中一緒に入ってくれて、食べられなかった夜ご飯を少しだけ食べた。
テント戻って寝なって何人にも声かけられたけど、寒くて動くのしんどいしテントもきついなぁって思ってたから、うんうんって頷きながらそのまま入り口近くの椅子で寝てた。
でも、3:30くらいに根々が起こしてくれて、一緒にテントまで歩いてくれて。その後はちゃんとテントで寝た。

4日目

朝起きて、水浴びの時間ないから朝ごはんまでに着替えて化粧しなきゃって思って。テントと軒下の往復があまりにも面倒だからって軒下で着替えた。
化粧ポーチは見つからなくて、きっとテントにあるんだな、先にご飯食べよって思って。別に朝ごはんはほとんど食べられなくてちっひーにあげたんだけど。

だいちくんから解体の指示があって。それ聞いてからテント戻って、テントにもポーチなくて。
まぁ片付けてたらいつか出てくるか、なんて考えながら自分の寝袋を片付けた。寝袋が片付けられる状態になってる皆のしまうのも手伝って、寝袋2つ抱えて倉庫に戻しに行った。
化粧ポーチはどこ見てもなくて、泣きそうになってたんだけど、一度はなかったスーツケースの中をもう一回見たらあった。本当にお騒がせしてごめん。
皆の分の寝袋やら銀マットが片付いたら次はテントの解体。去年は解体作業に何一つ参加できなかったから、皆と一緒に作業できることが嬉しくて楽しくて。歩くのはふわふわしてしんどいけどその場で作業する分には動けるからって調子に乗ってテント3つたたむの手伝った。
1つはキャスト4人のグループでたたんで倉庫持ってたんだけど、その後外出たら根々とひなたが2人でたたもうとしてて、それはきつくない?って手伝いに入って。結果そのテントは根々、ひなた、まりな、私でたたんで皆が「せいかのおかげでたためた~」「たすかった~」って言ってくれて嬉しかった。たたんだものは持ってってくれたから、私とまりなはさらに隣のテントをたたむのを手伝って。
で、全部たためたはいいものの、私の体力と腰が限界を迎えて。しんど…ってなりながら歩いてたら、横にまりなが来てくれて支えながら倉庫まで歩いてくれた。途中まおくんも「大丈夫?」て声かけてくれて。「配慮足りんかったわ」って言ってたけど、全然そんなことない。私がただ、皆とやれることが嬉しくて勝手に動きすぎてただけだから。ごめんね、ありがとう。

国が片付いた後は、家族の時間。
いいところコーナーで、皆が私のことを強いって言ってくれて。そんなことないよって思ってた。
自分のことを話すのが苦手、ってアルケミストで言ってたんだけど、それ覚えてただいきが「口で話すのは苦手だけど、表現の仕方を知ってるよね」みたいなことを言ってくれて。確かに話すってなると何も話せないけれど、こうやって文字に起こすのも舞台の上で体使うのもすごく好き。私なりの表現方法を意識してないけどしてきたんだ、って気付きを得た。ありがとう。
それから、「心の保健室」だったって話もゆうがしてくれて。引っ張ることも背中を押すこともできないけれど、しんどくなったときに寄り添ってくれる拠り所みたいって。こんな私でも、居場所になれる瞬間があったのかもって思えた。
家族が皆でよかった。

家族時間が終わったら、1人の時間。
倉庫内で集合だったんだけど、倉庫内にいることがしんどくなっちゃって。入口の外に椅子を出してずんちゃんとひかりの近くで座ってた。
国創り最後のWSが始まった。はがきと封筒を渡すから、好きなところに移動して、はがきの表に今自分がいる情景と感情、裏に人生の宿題を書いてきてって。
皆が倉庫から出てからはがきと封筒を取りにいこうって思ってたら、家族の大黒柱せいまパパが私の分まで持ってきてくれて。
それをもって喫煙スペースに移動して、はがきを書いた。書きながら涙が溢れてきて。はがきが濡れているのは雨なのか涙なのかわからなくなっていた。
4日間を思い出しながら人生の宿題を書き入れて、絶対に果たすことのできなそうな宿題だなって思った。

皆で最後に一回BIRTHを歌って、最後のハグタイム。
中に入っていけなくて入口の近くから動けなかったんだけど、皆が私を見つけてハグしに来てくれて。幸せだった。嬉しかった。来てよかったな、逃げなくてよかったなって涙が止まらなかった。
去年の私から見てくれてる人、それよりもっと前の私を知ってる人、今回ずっと近くにいてくれた人たちからの、「成長したよ」「変わったね」「よく頑張った」「耐えたな」「ありがとう」ってその言葉のひとつひとつが心に響いて震えた。
私、皆のことが本当に大好きで。いっぱいいっぱい支えてくれてありがとう。

そして、解散前の最後の時間。
全員で円になって、空を見上げる。
実はこの空を見上げるという行為、この国創り中で3回やった。1回目は初日、2回目はBIRTH本番直前、そして最後がこの時。
元々空を見上げることが好きではなかった。空を見上げると、広くて澄んでて何があってもその存在に代わりのない空が、醜い私を襲ってくるようで。私の存在をかき消してしまおうとするような空が好きではなかった。
でも、今回の国創りのおかげで、空を見上げるという行為は少し、私の中で特別なものになった。
空を見上げるたびに、私たちのいた国が思い出される。「生まれてきてくれてありがとう」って言葉を届けてくれただいちくんの音が思い出される。出会ってくれた皆のきらきらした笑顔が思い出される。ここに居られて幸せだったと思うことができる。

全部の荷物を持って坂を下り。スタッフの皆が見送ってくれる最後にだいちさんがいて。今回ハグしてないってハグしにいったらさらっと「愛してるよ」なんて言われてしまって。迷惑かけすぎて正直好かれてないんじゃないかって思ってたのに。
それからバスに乗り込んで、大きすぎる忘れものに気が付いた。
筆箱と、私たちの国へのパスポート。WSをやってから数時間しか経っていないのに、既に置いてきた。本当にばかだと思う。
ひなたに、「取りに行ってきてもいい?」って聞いたら「いいよ、私がとってくる」って全力ダッシュで上まで取りに行ってくれた。
本当に本当にありがとう。走らせてしまってごめんね。

そうして、最初から最後までそそっかしかった私の国創りは終わりを告げた。

感想

ここまでに既に全部書いてしまっているから、感想という感想はあまりないのだけど。

国創り2回目参加して、できるようになったことがいくつかあった。
行きも帰りも皆と一緒にバスに乗れた。(去年:どっちもえりの車)
3泊とも皆とテントで寝れた。(去年:1日目は人のいないトーキングテント、2,3日目は大策さんの車)
ご飯を去年よりも食べれた。
WSに参加していられる時間が長かった。(たぶん…)
去年よりもいろんな人と初めましてができた。
国の解体を手伝えた。

ネガティブな瞬間も、たくさんありすぎるくらいにあって。それでも、できたことが増えて、行ったこと後悔していないし行くことができて幸せでした。生きててよかったなって思えました。

だいちくんがレワールドは人が自慢って言ってたけれど、本当に私はレワールドに関わっている人皆を尊敬してるし大好きです。
皆、私なんかより何倍もすごくて、嫉妬してしまいそうなほど何倍もかっこいいのです。
こんなにも人にあったかくなれる人がいるんだなって、レワールドの場に来るたびに思えます。
今はまだ、自分のことに精一杯になってしまう私のことが大嫌いだけど、いつか、いつか、私も皆のようにあったかい人間になりたいのです。

出会ってくれてありがとう。生まれてきてくれてありがとう。


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