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国創りFES 2023 後編

やってきました、3日目のお話からです。
もう流石にわかっているかと思いますが、何度でも言います。
せいかです。
勢いで書き始めて、勢いで前・中にしたおかげで必然的に3本目が後編なんですが、これもしかして後編で完結する感じ?
ものすんごい文量になります。読むのは是非お時間のある時に。

車で目覚めた朝

3日目の朝。だいさくさんの車で寝ていたので、もちろんそこで目が覚めた。ふと目が覚めて、朝かと瞬きをしていたらちょうどくれはさんが起こしに来てくれて。それからちょっとして車を出て雨の中、借りた赤いブランケットだけは濡らすまいとマザーテントに向かった。
暖かく寝れたおかげで朝は結構元気でした。身体が元気だからでかおにぎりを完食できるかと言われたらできないんだけど、身体も心も割とすっきりしてた。
あったかいブランケット貸してくれたねねありがとう。暗くて誰かわからなかったからシークレットバディ的な感じで返す形になってごめん。

エンパシートーク~誕生学

かのんののんのんとのエンパシートーク。
何話せばいいのか正直頭の中真っ白で、普段どんな仕事してる~みたいな、それこそ当たり障りのないというか、深いところに触れないような話をした。のんのんに深いところを話したくないとか、そういうことではなくて。ただ私が人に対して、話すことに対して、分厚い壁を作っていて自分自身それを壊せなかっただけ。
そんな私の話を真剣に聞いてくれたのんのん、そしてたくさん自分のことを話してくれてありがとう。
ちなみに朝ごはんの残りはここで食べられました。朝ごはん完食しました。えらい。

だいさくさんの誕生学。ワークショップの中で言ったらたぶん1,2を争うくらい泣いたのがこの時間。
だいさくさんの1言目から涙が溢れて止まらなかった。「ここにいる115人全員の命が大切」というその言葉が心に刺さって仕方なかった。
私なんかの命も大切なのか、私にとって大切じゃないこの命が誰かの大切なものなのか、と。とにかくこの言葉には涙が溢れた。
1兆4000億分の1の選ばれた命が7000世代に渡って続いた結果の私たち。ある意味天文学的な数字ではあるけれど、私が私である確率の奇跡には驚いた。それと同時に何で1兆4000億の中で私が選ばれちゃったの、なんて思ったりもした。でも、私が私であるからには死んじゃいけないのかなぁとも思った。
皆で同時に声を出しても自分の声が、自分の声の震えがわかるよね、ってやった時。歌った時と同じ感覚で怖くて震えてほとんど声は出なかった。代わりに、自分という存在を認識せざるを得ないその恐怖に涙が流れた。自分という存在を明確なものとして認識するのが私は苦しいほど嫌だった。怖かった。
そんなこんなで泣きすぎた。少しずつ一人一人が音を立てることから始まり、全員でのセッションになった時。私は中心にいたというのに動けなかった。シンプルに泣きすぎて動けない、というのもあったし、私なんかはこの輪の中に入っていけないって思ったのもあった。入れなくて、入れない自分を隠してしまいたくて、逃げたいと思った。でも、動けなくて。結局最後までそこに留まっていた。輝いてる皆を見て自分惨めだなって思ったりもしたけど、くれはがそばにいてくれて一人じゃない、ここにいるのも間違いじゃないって思えた。寄り添っていてくれたくれは、ありがとう。

ただ、そんなことの後だったから、お手洗いに行って帰ってきたら皆がそれぞれ固まってご飯を食べ始めていて。私には入るところはないなってなって。元々座ってた椅子で一人で食べた。寂しかったような気もするけど、でも私だからしょうがないよな、いつものことか、なんて思ってた。食べたっていっても誕生学で気持ちがいっぱいいっぱいになった後、半分も食べられるわけはなくて、ほとんどを配って歩いた。

リハーサル~空手~BIRTH本番直前

ご飯の後は家族で集まってリハーサル。家族の皆と顔を合わせて、ハグした瞬間。大きな安心感に包まれた。さっきまで一人で孤独だったのに、家族の元に帰ってきた暖かさ。暖かく迎え入れてくれたみゆ、みみ、いっさ、ありがとう。愛を受け取りました。

疲れとかもあって体調崩れ始めていた時に始まったのがだいさくさんの空手ワークショップ。後ろで座っていたから実践はほとんどやっていないけど。
気分が落ち込むのは重力のせいだって。人も植物と同じように重力に逆らって上に伸びてるんだって。その話がとても印象に残った。重力のせいだから誰も悪くない。気分が落ち込んだり不安になったりする自分を消すんじゃなくて、そのまま不安ごと受け入れてあげる。なるほどって腑に落ちた。腑に落ちたけど、私が私を受け入れてあげられるかっていったらたぶん難しい。いつか、そうなれたらいいよねって感じ。

身体が重いまま、感謝状のワークショップへ。
自分が、覚えていないくらい小さな頃から誰に何をしてもらってきたかを挙げる。ちゃんと母に何をしてもらった、父に何をしてもらった、が挙がっていく。こんなにいろいろしてもらって育ってきたのか、と。そこにあった親からの愛に気が付いた。愛されていたのかと暖かくなる一方で、「子育てに失敗した」って言われ続けたことも思い出していた。こんなに愛してもらったのに思い通りに育たなかったんだって。思い通りじゃなくてごめんね、とは思わないけど、なんというか同情的なものを感じた。
そして、苦しかった頃の自分へのありがとうの手紙。SHOWTIMEの時は初めてリスカした時の自分に宛てた。今回は、学校にも家にも居場所のなかった自分への手紙。これは、明確に何歳っていうのが難しくて、手紙の中でも言及しなかったけど、確実に居場所のなさに苦しんだ自分はいた。そんな自分に生き抜いてくれてありがとう、と書いた。そこで死に逃げてしまっていたら、LES WORLDに、そこの皆に出会えることはなかったわけだから、ありがとうで正解。
ちなみに感謝状は雨でびしょびしょになりました。悲しい。ごめんなさい。

そして、BIRTH本番直前はすみれのあのワークショップ。誕生学と同じくらい泣いた。
マザーテントの、それもブラックシートの上しか場所がなかったから狭くて暗くて誰がどこにいるのか探すのはちょっと難しかったけど、全部の問いに対して想いを伝えたい人全員に伝えられたかなって思う。
反対に体育座りをして顔を伏せている時。正直誰も私の所には来ないだろうなって思ってた。でも、それぞれの問いで何人か、私に想いを伝えてくれた。予想してなかったから本当に嬉しくて涙が止まらなくて、ここにいてよかったって思えた。

BIRTH本番

ついに本番。(この日の夜ご飯の記憶実は1ミリもないです、食べた?)
雨止むかも、なんて言っていたのがまるで嘘かのような豪雨。それでも私たちが創った国全体を使って表現したいよね、って皆の気持ちでフォーメーションもあり。
体調はよくはなかったけど、皆と作品を創りたいし、このためにここに来たし、妥協するつもりは全くなくて。皆と同じところで踊りたかった。

あやのさんのBIRTHの詩を聴いて、豪雨の中駆けだしていく。
寒いとか、冷たいとか、そんなのは感じなかった。ただとにかく、誰かに届け、届けたい。それだけだった。
最初のポーズ。リハーサルで、自分の労わりたいところに手を当ててって言われていて。私は迷わず左の前腕。もちろん自傷の痕。傷があっても大丈夫だよ、それが私の生きている証だよね、ってそんな気持ちだったと思う。
それから、曲中はただ精一杯表現を楽しんだ。いや、楽しんだかどうかはわからないけれど、私のすべてを込めた。母の顔を浮かべながら、母に届けと思いながら。

全てを出し切って。自分の何かが擦り減るくらいには出し切って。
動けなくなった。皆が抱き合っているのを見ながら座り込んだ。
座っている私にも何人かハグしに来てくれて。あなごんもハグして愛してるって伝えてくれて。嬉しくて涙が溢れた。(ちょっとだけ、そんな愛してるなんて言ってもらえる価値も資格もないのにっていう涙も混ざってた)
ただでさえ呼吸できてないのにさらに呼吸できない人になった。くれはにも、あやのさんにもたくさん迷惑かけてごめんなさい。いっぱい気にかけていろいろ動いてくれて助けてくれて本当にありがとうございます。本当にごめんなさい。

The First Live

動けないうちに始まった後夜祭。
あなごんの音楽が大好きな私。この時間が何よりも楽しかったかもしれない。
ときさんの音楽をちゃんと聴くのはRISEに続いて2回目。皆と一緒にはのれなかったけれど、私は私なりに後ろでちょっとぼーっとしながらだけど楽しんでた。できれば体調万全で聴きたかったな。

そして、この4日間で一番心に残っている時間。LES WORLDのライブ。
SHOWTIMEで出会った特別な曲。「君の居場所」。
初めて、やっと、ライブという形で聴けました。
全員に届けたいからって皆座って聴く形にして、ちゃんと体調不良席にいた私たちの方も見て歌ってくれた。
歌う前、「後ろまで届けたいから座ろう」っていうだいちさんのその言葉に既に涙が溢れてきて。音源でも毎回泣いているんだからライブで泣かないわけはなく。曲が始まった瞬間大崩壊。
でも、大事な時間だから目に焼き付けたい、いつまでもこの瞬間を心に残しておきたいって思って、必死に涙を拭って聴いていた。
LES WORLDの2曲目。「それでも前へ」。
たぶんこれは泣く曲じゃないと思うんだけど、私の涙腺は往々にしておかしいので、この曲でも泣く。例によって、音源で泣くのだからライブでももちろん泣く。仲間となら前に進んでいけるかもって思わせてくれる。
あなごん、かずさん、だいちさん、歌ってくれてありがとう。一番後ろで座ってた私にも届けてくれてありがとう。届きました。

ライブが終わって皆それぞれ寝る準備に入ったんだけども。まぁ豪雨でだいぶ皆のテントが浸水して。私もその一人で。
ステージの端っこで寝ることに。結局この3日間、一度も自分のテントで寝ることはありませんでした。個々のテントのような狭い閉所に、複数人でいる環境が苦手なんだと思う。息がつまってしまう。
だいちさんノートを書き終わる頃にはしっかり眠くなって、この日はあんまり何も考えずに寝た。

最終日

4日目。朝目が覚めてびっくりした。身体が動かない。
目は覚めているのに起き上がれなくて。ふうかと2人でどうしようってなってた。もちろん朝ごはんも全く食べられなくて。集合時間になってとりあえず無理やり動いて外に出てみた。
そしたら寒いし、足は冷たいし、震えが止まらなくて。結局マザーテントに逆戻りしてストーブに当たってた。

シークレットバディ発表。
毎朝お菓子をくれて、2つあったり3つあったりする日もあって。その中にはメッセージが書いてあるのもあって。「生きてるってすごいこと」「大丈夫、いつでも味方だよ」とか、朝受け取ってそのメッセージを見る度うっすら泣いてた。私のこと知ってる人かなって思っていたら、初めましてのもっぱでした。もっぱ、いつも暖かい言葉をありがとう。笑顔が素敵で大好きだよ。
私のバディはあやな。ダンス班の練習の時積極的に動いてくれて、笑顔でその場を明るくする力のあるあやな。夜しんどくてシークレットバディボックスに何も入れられない時もあったし、毎回じゃがりこだったけど、見守ってました。大好きだよ。ありがとう。

そして、最後の家族の時間。いいところを言い合う時間。
私は皆のいいところ、月並みな言葉しか出てこなかったというのに、皆びっくりするくらい私のいいところを見つけてくれた。
「避けてしまいがちな自分の過去に真剣に向き合えてる」とか「踊るモードに入るとエンターテイナー」とか、本当に嬉しくて。
私は私のことを「過去を乗り越えられない弱い人間」だと思っていたけど、「向き合えているところが強い」って言ってもらえて。新しい発見だった。
私の知らない、私のいいところたくさん褒めてくれたみゆ、みみ、いっさ、ありがとう。皆みたいにあんまりいいところたくさん話せなくてごめんね。でも愛してます。

お昼ご飯、初めて完食しました。でも食べるのに疲れてしまって、動けなくなって。皆が歌って盛り上がってる間、ステージでカホン叩いてるブレスの後ろに隠れて横になってました。でも、皆の歌聞いてるの楽しかった。
国の滅亡一切手伝えなくてごめんなさい。動けるようになった頃には終わってた。国の滅亡は手伝えないし、自分の荷物も見つけられなくて片付けられないし、ポンコツでごめんなさい。

本当に最後のハグの時間。ステージの上からだったから、来てくれた人としかハグはできなかったけど。私の所に来てくれた人ありがとう。ハグした人も、してない人も、皆大好きです。
だいちさんと、かずさんと、あなごんとハグしてしっかり泣きました。かずさんに「泣いてばっかりやねぇ」って言われて、いや、本当にその通りだな!?ってなった。本当にいろんな人に泣き顔しか見られてないような気がする。
帰る前にかずさんとのぶと写真撮らなきゃって思ってて。私の携帯電源なかったからふうかから借りて写真撮って。家族と写真撮れたーって満足してたら帰る時間で。間に合わないやばいって焦って。

結局バスには間に合わなくて、行きと同じくえりの車に乗せてもらった。
皆のインスタフォローしようって携帯出そうと思ったら、なかった。
これはやった。国に置いて帰ってきた。って思ってえりに運営陣に連絡とってもらって。
何とかかんとか、スマホのありかは帰る前にわかって。でもいつ手元に戻ってくるかはまだわかってなくて。
私の国創りはまだ終わっていないのかもしれない。

最初から最後まで、本当にすべてがポンコツでごめんなさい。運営陣に迷惑しかかけてなくてごめんなさい。
たくさんのありがとうだけど、それ以上のごめんなさいな4日間でした。

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