1分短編 #29 「小さな秘密」

#29 「小さな秘密」

いつもの帰り道。ふと目に入った雑貨店に、こんなところにお店なんてあったっけ、と興味が湧いた。夕陽が差し込む店内に足を踏み入れると、大小様々なきらきらとした時計が飾られている。「ハルノ雑貨店」と銘打った時計店のようだ。
年季の入ったテーブル上に陳列された、1つの懐中時計に目が釘付けになった。少し色の褪せた黄金色で、文字盤にはⅠとⅥのみが描かれたシンプルなもの。
「お目が高いですねぇ」
手に取ってじっくりと見ていたら後ろから声を掛けられ、体が浮いた。振り向くと、樺色のエプロンを身に付け、丸眼鏡を鼻先にかけた60代くらいの男性がいた。店主が店の奥から出てきたようだ。
「その時計はねぇ、不思議な時計なんだよ。なんだけど、もう何年も売れなくってねぇ」
と店主は言ったが、何が不思議なのかは教えてくれなかった。それは秘密だよ、買ってからのお楽しみ、だそうだ。店内のどの時計にも値札がついておらず、値段を聞くのは野暮だと思いながらもつい聞いてしまった。
「そうだねぇ。それはもうずぅっとここに置いてあって色も褪せちゃってるからなぁ。うん、お金はいらないよ。気に入った人に持っていてもらえたらその時計も本望だろうからねぇ」
あまりに緩い口調で緩いことを言う店主を見て、思わずそんな曖昧な経営でこの店はやっていけているのだろうかという気持ちになった。それでも、店主の好意には逆らうまいとその懐中時計を受け取って、店を出た。

「その時計はねぇ。持ち主の余計な時間を集めて僕のストレージを増やしてくれる時計だよ」


100本ノック29本目。
今日は書きたいお話が先に思いついて、それをお題に当てはめました。いわゆる時間泥棒ってやつです。だいぶ小さくない秘密ですね笑

時間泥棒と言えば、モモ。不朽の名作。小学生の頃から好きなお話でした。引っ越して時間が出来たらまた読もうかな。(その前に読むべき積読ありすぎですが、、笑)
今回は時間を泥棒できる時計が人の手に渡るお話だったから、時間が泥棒されるお話も今度書けたらいいなって思ってます。

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