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『さらば、わが愛/覇王別姫』を見た

『覇王別姫』の4Kリマスターが公開されるというのを知ったのは、公開の直前だったと思う。
元々ウォン・カーウァイ映画が大好きだし、レスリー・チャンのこともかなり好きだったので、彼が主演の映画でしかも相当評判がいいこの作品は、ぜひ見に行かなくては!と思って公開3日目の7月30日に見に行った。

凄まじかった、とにかく凄まじかった。
人の一生を描こうとすればそれなりに重みが出るものとは思うが、この激動の時代に京劇と生きた一生というのは、想像を超える重みを持って突き刺さった。

清朝末期~日中戦争~第二次大戦~共産党政権樹立~文化大革命という激動の中国近代史と、小樓、蝶衣、菊仙の愛憎劇が重なり、さらに小樓と蝶衣、覇王・項羽と虞姫、蝶衣と京劇、京劇と社会、色々なものがオーバーラップしながら進んでいく。

およそ40年近くの長いスパンを撮った、大河ドラマ仕立ての映画だが、その中で、小豆と石頭の少年期からプロットに通底しているものが、小豆が屋敷で見つけた剣だ。この剣が登場した時点で、『覇王別姫』のストーリーを考えれば蝶衣の最期は容易に想像がつく。さらに言えば、それがこの作品のクライマックスになるであろうことも想像がつく。そこに向かって走っていく話でもあった。それがたまらなく辛かった。

悲劇に対して「美しい」という形容詞は基本的に使いたくないのだけれど、この作品はどうしても美しく、また美しく撮ることを意識して作られていた。
舞台衣装、音楽、ひとつひとつのカットがそれぞれ美しく洗練されていたが、やはり主演レスリー・チャンの美しさは常軌を逸しているレベルだった。金魚鉢や室内の幕越しに映るアヘン漬けの蝶衣の幻想的なショット、袁世卿の前で虞姫の化粧のまま涙を流す蝶衣、小四に虞姫役を取られて、絶望し傷ついた蝶衣の表情が記憶に残っている。京劇の中で生きること、そして小樓の隣にいること、そうでしか生きられなかった様は、その最期も含めて、切なく美しかった。

蝶衣にとって、自分が小樓に向ける感情は性愛も含めたほぼ執着に近い愛情で、対して小樓が自分に抱いているのは兄弟愛という名の慈しみである。そして妻である菊仙は女であるために堂々と小樓の隣にいられて、自分が欲しい愛情も向けてもらえる。しかもあろうことか菊仙は自分を捨てた母と同じ娼婦だった。
この非対称性と呪いのような偶然に気が狂いそうになり、虞姫として小樓の隣にいられる演目に自分を同化してしまう蝶衣は、あまりにも切なかった。最後、「男に生まれた、女ではない」と、少年期から何度も間違えた台詞を呟くところも、性別による障壁で小樓と公的に結ばれることができない事実と、男だったからこそ京劇の中で小樓と生きられた蝶衣の心中の複雑さを思ってしまう。菊仙に対する感情が嫉妬と憎しみになってしまうのも無理ない。
文化大革命で広場での騒動が終わったあと、菊仙に向ける表情は、化粧が崩れているのも相まって、とてつもない凄みだった。

ただ菊仙は単なる嫌な女かというと全くそんなことはなくて。最初こそ「したたかな女」として小樓との結婚を手に入れ遊郭を抜け出したものの、時代と、度々トラブルに巻き込まれる小樓に振り回され、蝶衣に壮絶な憎しみの感情を向けられながら、だんだんとすり減っていく。それでも小樓に寄り添い、蝶衣とも向き合おうとする姿は強く優しく描かれていた。。楽屋で傷ついた蝶衣に虞姫の舞台衣装をかけてやるところや、アヘンの禁断症状の苦しみで意識が朦朧とする蝶衣を抱きしめてやるところ、文革で燃やされそうになった剣を拾って蝶衣に渡すところは、菊仙の情の深さを感じて胸がギュッとなった。
結局1番自分のわがままを通せず、深く傷ついて死んでしまったのは菊仙だったかもしれない。文革の広場での騒動終わり、蝶衣との視線のやり取りは見事だった。
登場時の、気が強くてしたたかで、自分のやりたいように物事を運んでやると自信満々な菊仙が大好きだったので、菊仙の最期の絶望と死はかなり辛かった。

蝶衣と菊仙のことばかり語ったが、どの登場人物も、一人欠けたら成立しないほど複雑で重層的なキャラクター性と立場を背負っており、役者も全員信じられないくらい上手かった。サンザシを口いっぱい頬張って首を吊ってしまった彼、養成所の師匠、袁世卿、那、小四、、、

また、この物語の下敷きになっている『史記』の項羽と虞美人の話は、中学だか高校時代に漢文の授業で習ったことがある。中学高校時代に習った漢文の内容なんてそんなに覚えているものでもないと思うが、不思議とこの話は心に残っていた。
当時は「四面楚歌」という言葉はここから生まれたのか、とか、項羽も虞美人も可哀想だな、とか考えていた気がする。10代の自分の記憶と、20代の今見た中国映画への感動が接続することは、勉強が持つ豊かさのひとつだなと思う経験だった。

自分を重ねられるような映画ではなかったけど、そんなものは悠に飛び越えて魂に響く作品だった。これはフィクションだけれど、実際には戦争も文革もあったこと、監督自身が少年期に文革を経験した上で作っている作品だということ、忘れずにいたい。
見終わった後はしばらく椅子から立てなかった。映画館で見られてよかったと思うし、やっている間にもう一度見られたらと思う。

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