医療のイノベーションを考える② ~医療AI実現に向けて~
イノベーションの社会実装を研究している講師と、若手コンサルタントの受講生A、及び事業会社の新規事業開発本部長の受講生Bと、医療のイノベーションについて考えます。
第1回目では、医療のイノベーションの必要性とこれからの医療が目指す世界観について考えました。第2回目では、医療のイノベーションを社会に実装するため、法律といったハードローのみならず、政府と民間企業の連携の在り方等を含む、イノベーションのためのガバナンスの在り方について取り上げます。
AIスクリーニング実現に向けての課題
受講生B:今日は、前回の議論を踏まえて、どのようにして、医療AIの社会実装を実現させていくのか、要するに、「どのような仕組みのなか、AIをみんなにもっと使って頂いて、より健康な社会にするか」ということを考えていきたいと思います。
講師:そうですね。ちなみに、社会実装といったときに何がイメージとして思い浮かびますか?
受講生A:法律とかルールで、決めちゃうことですかね?どうでしょうか。最近、ガイドラインとか、ソフトローとかもっと柔らかいやり方でルール化するやり方もあるとは聞いていますけど、このあたりですか?
講師:そうですね。もちろん手段としては、法律、ガイドラインなどのルールを使うのはありますよね。でもその前に、医療AIが、国民のすぐそばにあって、どの医療機関でもみんなが医療AIのメリットを得る世界観を達成するために、だれがどういう影響を受けるか、気になりませんか?
受講生A:それはどういう意味ですか?影響があるというのはわかりますが、具体的にはどういうことですか?
講師:例えば、昔、車が開発されたときに、馬が同じように道を走っていて、車があまりにスピードを出すと馬が驚いてしまって、馬に乗っている人が怪我をするという事態がありました。それで、車は馬よりも早く走ってはならないというルールを導入した場所もあったそうです。これだと、車によって迅速な移動ができる、といった本来の役割が果たせず、本末転倒ですよね。
受講生B:それで法律などで、免許制度を整えたり、自動車保険制度をつくったり、車道路を切り分けたり、運転する人には免許試験や一定期間の免許更新制度をいれたりと、社会制度やインフラを作ったということですね。確かに、いろんな関係者の状況があるので、テクノロジーが進んでも、それを使いこなす状況を作らないといけませんね。
AIスクリーニング推進のためのガバナンスの在り方
受講生B:そういうことですね、社会の仕組みや状自体を変えないと、結局テクノロジーやイノベーションは実装されないということですね。それを解決するための手段が「ガバナンス」なのではないでしょうか。
受講生A:でも、ガバナンスだけいいのですか?何か足りない気がします。
例えば、医療AIであれば、関係者、つまりステークホルダーたちにとって、これを受け入れるための動機づけ、インセンティブ付けは必要ではないですか?そのためにも、メインの関係者(ステークホルダー)が誰かを特定していって、その関係者にとって、受け入れ可能な仕組みをつくることが必要ではないかと思いました。
講師:その点は、非常に鋭い指摘ですね。仕組みがあっても、各関係者が目指すゴールに説得力がないと、結局、関係者を巻き込むことができません。医療AIであれば、国民、医師、病院、厚生労働省や独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)等の政府関係機関、医療AIの製造メーカーなどが関係者にあたりますが、こうした多様な関係者のなかでも、特にキーとなる関係者を見定め、インセンティブ付けを考えることは重要です。つまり、ガバナンスといった場合には、ゴールセッティングやインセンティブ付けをどうするかも含むと考えるのが整理としては良いと思います。
受講生A:インセンティブ付けということですが、例えば、共通のゴールをセットできるかどうかということでしょうか。ガバナンスに加えてインセンティブ制度も重要ということですね。
講師:例えば、医療AIに関する承認体制であれば、PMDAの承認が必要ということですよね。これは皆さんが一般的にイメージするガバナンスの仕組みだと思います。
これに加えて、国民、医師、病院にとって利用しやすい(利用が進む)AI活用の仕方をどのように設計するかもポイントになりますよね。これがインセンティブ制度のほうですね。特に、ステークホルダーが複数いる場合には、それぞれの利益に配慮しながら、特定のステークホルダーだけに偏らない制度設計も必要です。
受講生B:今までの話を整理しますと、医療AIの社会実装を拡大するためには、イノベーションのためのガバナンスとして、①ステークホルダーの特定(特に重要なステークホルダー)、②共通のゴールセッティング、③ゴールを達成するためのインセンティブ付けが重要になってくるということですね。
講師:もちろん、他にも、例えば、利害の異なる当事者の調整を行うときの組織をどう構築し運営するか、負のインパクトやリスクの発生状況をどのようにモニタリングし、直させるか等の論点はありますが、主なところは取り上げて頂いた通りですね。
具体的に、例えば、③のインセンティブについて考えると、例えば、保険点数のつけ方でAI活用を促進するような加算要素を取り入れた診療報酬制度にしたり、クリニックに対してAI医療機器を導入しやすくするための医療機器のリース取引を設計して投資負担を軽減することが考えられますね。
あとは、クリニックと大学病院で役割分担として、定期健診におけるAI医療の活用はクリニックで実施し、クリニックの全国網で広く面で国民をカバーしつつ、懸念のある患者についてはさらに大学病院で対応するといった、医療のエコシステムデザインについても社会実装の際に考えるべきかもしれません。話題がつきませんが、ここまでで、テクノロジーの社会実装が単純なものではなく、連立方程式で複数の答えを求めるようなものと理解いただけたかなと思います。難しさはありますが、良い世界に向かっていくためには、重要なことですね。
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