見出し画像

コロナ禍に生まれたとあるダンス&ボーカルグループの話(1)

(※埋め込まれた動画の自動再生が始まる場合があります。音量などに充分ご注意ください)



2020年4月11日。日付が変わってすぐのころ、あるグループの結成が発表された。


画像1


この報告の文書に署名されている本田康祐、中川勝就、浦野秀太、佐野文哉の4人は2019年に行われたオーディション番組Produce 101 Japanの元練習生。

101人の練習生の中から投票で選ばれた上位11名がデビューできるというシステムで(この番組でデビューした11名は現在のJO1)、彼らは番組でのデビューは叶わなかったが、オーディションで応援していたファンはたくさんおり(私もそのひとり)彼らがどのような道に進むのかをずっと見守っていた。

オーディションが終わってからちょうど4ヶ月後、本田康祐の誕生日でもあるこの日本田・中川・浦野・佐野の4人が吉本興業に所属しグループを結成することが本人たちのSNSにて発表された。



2019年12月11日に最終回を迎えたオーディションから彼らの結成発表があった2020年4月11日の4ヶ月の間に、世の中は大きく変わってしまった。

2019年のうちはまだほぼ日本のニュースで話題にのぼることがなかったコロナウイルスが年が明けるとジリジリと話題にのぼるようになり、やがて日本に上陸した。

日本でもじわじわと感染が拡がりはじめると2020年の2月末ごろにはあちこちでライブなどのイベントが中止されるようになった。

3月末には東京都で外出自粛要請が出て、不要不急の外出は控えて欲しい旨の文言を何度も耳にするようになった。

この年に行われる予定だった東京オリンピックの延期が決まったのもちょうどこの時期だ。

4月7日には東京など7都道府県に緊急事態宣言が発令され、4月10日には東京都はカラオケやナイトクラブなどに休業要請を出している。

そんな中4月11日に発表された、とあるグループの結成発表。

まさに彼らはコロナ禍真っ只中に生まれたグループだった。



事務所への所属と結成が発表されたにも関わらず、彼らは外出自粛を余儀なくされた。

練習をしたり準備をしたりと1番活動したいであろうその時期に彼らはずっと家にいたそうだ。

翌5月に「OWV(オウブ)」というグループ名が発表され、そこからさらに少し経過して6月後半あたりから結成の特番が配信されたり、YouTubeの動画があがるようになったり、ロケに出たりと徐々にではあるが彼らは活動範囲を広げられるようになっていく。

しかしまだまだ世の中はコロナに翻弄されており、9月のデビュー直前にさいたまスーパーアリーナで開催された東京ガールズコレクション(TGC)にOWVとして初めてのステージに立つが、残念ながら無観客開催だった。彼らの初ステージの会場にファンの姿はなかった。

年末に行われたファンミーティングも元々は観客を入れる前提だったようだがやはり無観客の配信のみとなった。



リモートで会話ができるお話し会や、YouTubeやInstagramなどでの生配信でファンとの交流はできていたが、まだOWVとファンが直接会うこともできないまま年は明け、2021年になった。

ファンに直接会うことも有観客でライブをすることも叶わないまま結成から丸1年が経過していた。

結成1周年の日である2021年4月11日にOWVはようやくはじめての有観客のライブを東京で行った。

春休みの時期に一旦落ち着きはじめたようにみえたコロナの感染者数はしかし、4月の訪れとともに再度増加をはじめていた。

ファンである私たちもだが、当然本人や周囲の運営スタッフたちが1番開催ができるか心配だったと思う。

実際この時期は東京より大阪が爆発的に感染者が増えており、大阪でも行われるはずだったライブなどのイベントは告知もされぬまま潰えてしまったようだった。



東京で行われたはじめての有観客ライブは無事開催され成功に終わった。

しかし私たち観客は発声も出来ないし着席のまま。

そこから約4ヶ月後の8月には夏の単独ライブが行われた。

東京と前回は開催できなかった大阪の2カ所で開催されたが、実はこのときもチケットを販売しているころにコロナの感染者が増え始め途中でチケットが売り止めになっている。

また、行けない(行かない)人への救済策としてチケットの払い戻しも受け付けてくれていた。

前年に延期になった東京オリンピックはこの時期に開催されていたがコロナウイルスにはそんな人の事情も理屈も通るはずもなく、私も家庭の事情で絶対に感染するわけにはいかなかったので当たった東京公演と大阪公演のチケットを泣く泣く払い戻した。



2021年の秋になり、11月からOWVのライブツアーがはじまった。

結論から言うとすべての公演が予定通り開催され無事に終わっている。

9月の半ばごろに予定されていたはじめての(になる予定だった)フェスが中止になったりとまだまだ予断を許さない状況に変わりはなかったが、ワクチン接種も進み、またツアーが始まった11月を過ぎたころは日本の感染者数は減りはじめており、世の中の空気的にも「そろそろ自由に遊びに出掛けても大丈夫ではないか」という雰囲気は少しあったと思う。

実際OWVのツアー最終公演の日である12月5日、私は友人との待ち合わせのため博多駅にしばらくいたがコロナ禍とは思えないほどの混雑ぶりだった。けれどそんな空気感もそう長くは続かなかった。



さらに年が明けて2022年、やはり感染者は減らず、そしてついにOWVにもコロナウイルスの感染者が3名出た。残りの1名も濃厚接触者として自宅で隔離期間を過ごすことになった。

彼らが感染した数週間後の2月にはライブ「and I」が控えていた。


療養(隔離)期間が終わり仕事復帰した約10日後、彼らは無事ライブを終えた。

彼らのパフォーマンスは歌いながら大抵は激しく踊っており、病み上がりの彼らにはリハーサルの時間も体力も万全ではなかったかもしれない。

それでもそんなことを一切感じさせない圧巻のパフォーマンスだった。



※ 


2022年2月以降も4月のファンミーティング、その他外部でのフェスやイベントなどいくつも彼らはステージをこなしている。

相変わらず観客は声を出すことはできていない。

そしてこの文章を書いている8月以降も、たくさんのフェスやイベント、そして秋からのツアーが控えている。

また感染者が増えてる今、どうか無事に開催されることを願うばかりだ。



しかし、コロナ禍に生まれたOWVというグループはその不遇さを嘆くばかりではなくむしろあるときは工夫しながらなんとか共存し、あるときは立ち向かって頑張っている。


例えば結成直後。

本来なら歌やダンスの練習をしたり事務所で打ち合わせをしたり、あるいは取材や撮影といろいろと活動をしたい時期だと思うが、外出自粛期間中で家からほとんど出られない彼らはずっとリモートで話し合いをしていたそうだ。


仕事の話だったり、時には雑談もしていたのかもしれない、1日に6時間とか話していたりすることもあったらしい。
(しかもおそらくだが、かなりの頻度で長時間話していたのではないかと思われる)

そしてそのリモート会議が面白いかもしれないということになり、事務所の人に許可をもらって一部を「ほなうさラジオ」としてInstagramでファンに公開していた。(『ほなうさ』はOWVというグループ名が発表される前に彼らの名字、本田・中川・浦野・佐野の頭文字から取った4人の総称)


メンバーである本田自身が会議の音声や画像を編集し、期間限定のほなうさラジオをファンに届けてくれていたのだ。
(そのときの音源は今は公開されていないがその後FCコンテンツとして「ほなうさラジオ」は今も続いている。)

そしてその後のインタビューなどでもその外出自粛期間中にじっくりたくさん話し合えたことでよりチームワークが強くなり、OWVとしての方向性を見定めることができたということを話している。

本当に大変な時期だったとは思うが、メンバー同士の仲の良さやOWVの方向性が明確に打ち出せていることなど、話し合う4人の時間がじっくり持てたのはこのコロナ禍に生まれたグループとしてひとつ良かった点をあげるならそこではないだろうか。


直接会うことが叶わないならお話し会やSNSでファンとの交流をはかり、ライブができないならYouTubeやファンクラブコンテンツなどで音楽やパフォーマンス以外でもたくさんの楽しみを作ってくれ、ファンがライブで歓声をあげられないのならその分OWVが盛り上げてくれた。

そしてファンの中にもこのコロナ禍で大変な思いをし、家庭や仕事や体調など様々な事情でなかなかライブにも行けない人たちがいることも、同じコロナ禍で不自由を強いられてきた彼らはよく知ってくれている。



 「早くファンに直接会いたい」 

結成から有観客でライブができるようになるまでの1年間、彼らはインタビューなどで幾度かそう言っていた。


有観客でライブができるようになった今も、

「いつかファンの歓声を浴びたい」

彼らは時々その言葉を口にする。


アーティストならごく当たり前のようなことすら当たり前でない時代に生まれたOWVというグループ。

いつかライブで思い切り声が出せる日が戻ってきたら、喉が潰れるほど推したちの名前をめいっぱい叫びたい。

-----

重複した内容もありますがもしご興味を持っていただけたなら良ければこちらもお読みください。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?