私が新るろうに剣心アニメを好きになれない理由
はじめまして。私はその辺の一般的な社会人をしている23の男です。今回、新るろうに剣心の京都編にまつわるキャスト発表と予告映像が公開されていたのを見たので、いい機会だし何故私が新るろ剣を好きになれないのかをつらつらと書いていこうと思います。なお旧作(CV.涼風真世さん)の方は視聴済みで、原作コミック読破済み、北海道編も随時追いかけていってるので、にわかでは無い分より懐古厨じみた文となる見込みです。
まず軽いさわりとして、どのアニメにもついて回る声優さん問題。アレは時代の流れなどどうしようもない部分が大きすぎるので個人的には特段思う事はありません。まぁ諸々の調整が上手くいけば出来る限り続投してほしいものですが、今作から見始めた人にとってはその声がキャラの声となるので、その辺の都合的にも、やはり騒ぎ立てても仕方ないとは思ってます。
さて本題ですが、私個人として今回の新るろうに剣心アニメを受け付けない理由は大きく2つあります。まず1つ目が、音。2つ目にも繋がるのですが、BGMもSEも引っくるめて今作は『音の重み』が感じにくいと思います。例えば剣が交わる時、旧作では高く張り詰めたような、例えるならば、鍛え上げられた有名無銘の業物をこれまた熟練の剣客が振るっている、そんな音がしていました。他にも鍔迫りなど拮抗してる場面では、ガチガチと組み合うような、それでいて折れる事は想像させない強さを感じさせる音など、音を通して訴えてくる情報が非常に豊富だったと感じます。
対する新作は、ただ鉄を拵えて刀の形に整えただけの、いわゆる“なまくら”な刀を振るっているような音に聞こえてしまいます。映像を見れば何となく腕の立つ剣客同士が競り合ってることは分かるけど、どこか煮えきらない。そんな感覚を私は抱きました。これは執筆現在では、前半屈指の見所である神谷道場で剣心と斎藤一が我を忘れて鎬を削るシーンにおいて特に顕著に感じる事が出来ると思います。BGMに関しても、剣心が大技を繰り出す壮大なモノもあれば、人斬りの過去について話す時や戦闘に入る前の張り詰めた会話で流れる繊細なモノまで、非常に場面に沿ったBGMが旧作には多々ありました。
続いて、受け付けない理由の2つ目について。それは『メリハリが少ない』ということです。同じ箇所を再び持ち出して申し訳ないとは思うのですが、個人的にこれも分かりやすいのは神谷道場での剣心vs斎藤の一戦。牙突に返し技を入れて抜刀斎に立ち戻った剣心と、それに対して任務を越えた生死の決着をつける気になった斎藤。そんな2人がまさに神速で斬り合う場面において、旧作はそんな中でも要所にスローやネガなどを用いる事で、戦いや心理面においてどこが決定的な瞬間であるかを上手に、自然に視聴者へ伝えています(斎藤の刀が折れるシーンなど)。対する新作は速さを意識しすぎたのか、高速の斬り合いが続いた後、突如として刀が折れます。私自身アニメ制作にはそこまで明るくない事も影響しているのかも知れませんが、それでも旧作に比べて映像の抑揚が薄いという印象を抱きます。
以上述べたように『音の情報』と『映像の情報』の2つともが薄いと感じるが故、私は今作のアニメを見る気になれないのだと思っています。勿論平成初期と令和の現代では作業環境や待遇、締切など素人目でも分かるような事から専門的な事まで様々な違いがある事は重々理解していますし、私のこの投稿をもってして「新作なんて見るに値しない!」と切り捨てようとも全く思っていません。旧作も新作も両方好きな人だって当然居ます。新作をこのまま追う人は是非とも追い続けて欲しいです。ですが、もし気が向いたらで構わないので、旧作アニメの方も見てほしいと思います。私が述べた点以外にも、旧作には旧作の良さが溢れていますから。