昼下がり、青年と黒電話。
チリリリリ♪
15時の日差しが降り注ぐ、午後。小さな喫茶店の鐘が、その小ささに反してけたたましく鳴り響く。
戸を跨いだのは、1人の青年。銀色に赤いメッシュが目を引く髪の毛。ヒゲの生えたアゴをなでながら、気だるそうに戸を跨いだ。
「やあいらっしゃい、ベルくん。おや、水曜日に来るなんて珍しいね。」
「あー、今日はちと代休でね。マスター、いつものアレ頼んますわ」
「アレだね。ふふ、そういうと思って。」
黒い電話の頭部を持った、異形のマスター。人々から『クロデンワさん』と呼ばれる彼は、小さく笑いながら用意していたものを出した。
古き良き喫茶店を感じさせるプリンに、アイスクリームのたっぷり乗ったクリームソーダ。
ふたつのメニューのてっぺんに乗ったさくらんぼが、ルビーのようにキラリと光る。
「カーッ!っぱマスターはわかってんなァ。んじゃ、いただきまーすっと」
ベルは子供っぽくクリームソーダに飛びつく。ソーダの泡がシュワリと動く。
彼以外は人のいない、小さな喫茶。外から小さく聞こえる、小鳥のさえずり。……ベルの、ガチャガチャとしたスプーンの音。
クロデンワさんはベルのそばで、カップを磨く。
「キミは相変わらずだね。その組み合わせ、そこまで気に入ったかい?」
「おうよ。このプリンのパンチの効いた苦さ!アイスが濃厚でうまいクリームソーダ!この歳になってから、こんな甘そうな組み合わせにハマるたぁ思ってもいなかったね。」
「ふふ、嬉しそうで何よりだ。」
ベルは勢いよく、プリンとクリームソーダを平らげた。勢いの割に、テーブルや食べ跡はきれいに整えられている。
「なあマスター。ここんとこ新しい客とか来てないかい?」
「ははは、全然来てないさ。ワタシの身には、このくらいがちょうど良いよ。」
「ンなこと言うなよなぁ。いやさ、俺の配信でこの店宣伝したんだけど。まあちょっとバズった……話題になったわけ。それで誰か来てねえかなと思ったんだが」
「そっかぁ。ありがとうね。ベルくんの気持ち、ワタシはとっても嬉しいよ。」
クロデンワさんの頭に乗った受話器が、小さく音を鳴らす。心から嬉しいときのクセだ。それに気づいたのか気づいてないのか、ベルはニヤリと笑った。
ボーン、ボーン、ボーン……。
振り子時計の音が響く。
「っと、やべ。今日は配信、早めにやるんだった。マスター!ごっそさんよ!それと、今手持ちねぇから、ツケといてくれよ!」
「もう、またかい?先週返してくれたから良いものの……また新しくお金を積むことになっちゃうよ?ワタシももう、そうそう長くないというのになぁ……」
「あー、縁起でもないこというなよな!そうだ。俺がツケといてる間は元気にやっといてくれよ!そうすりゃ俺は倍にでもして返すっからさ!」
クロデンワさんは、受話器から伸びるコードをぐるぐるといじる。
「キミはまた自由なことを……まあ、わかったよ。キミには真面目でしっかりしたパートナーでもできない限り、テコでも変わらなそうだからね。」
「ははは!そういうこと!んじゃあまたな!今度は金持ってくるぜ!!」
ベルは手を振ると、風のように身を翻した。
軽快に開け放たれた戸がバタンと閉まって、鐘が一層大きな、大きな音で鳴り響いた。
外へ出ていった鐘の音は町に溶け、けたたましさが喧騒に包み込まれて優しく消えた。
なんてことない、ただ普通の日常。
都会の街は、人々を包み込む。
日常はソーダの上で踊るアイスクリームのように、ただ優しく溶けていく。