日本ファクトチェックセンターの「LGBT差別禁止法」記事の問題点とミスリード
日本ファクトチェックセンターのファクトチェックをチェックしました。
日本ファクトチェックセンターの「LGBT差別禁止法」記事の問題点
・日本ファクトチェックセンター(JFC)は、検証対象の文言として「LGBT差別禁止法があるのはG7でカナダだけ」「日本だけないというのは嘘」を取り上げた
・しかし、前者は高鳥議員のツイート、後者は片山議員のツイートという別々の文言から持ち出してきたものだった
・後者の「日本だけないというのは嘘」の対象は「性自認に特化して差別禁止を定める別途の法律がG7で日本だけない」であり、「LGBT差別禁止を謳ってそれに特化した法律がカナダだけ」ではなく、まったく事実に反しない上に何らミスリーディングでもない
・にもかかわらず、JFCは片山議員のツイートと高鳥議員のツイートをひっくるめて「ミスリード」と判定した
上掲記事では前半部分ではこの事を指摘しました。
後半部分ではより本質的な内容に立ち入っていますが、その前に、まずはJFCはどうすれば良かったのか?を書きます。
なお、高鳥議員は後日、以下のように明確化しています。
①高鳥議員のツイートだけを対象にすればよかった
高鳥議員のツイートにある「LGBT差別禁止法があるのはG7でカナダだけ」という文言。これのみをチェック対象にすれば、「ミスリード」という判定は何ら問題がなかったと言えます。
「LGBT関係に特化して差別禁止を謳った法律」の意味だとすればそれはカナダにも存在しないし、「他の一般的な法律の中でLGBT関係、つまりは性的指向或いは"Gender Identity" 等に対する差別を全国的に通用力を有する法律のレベルで明文で禁止している」という意味であれば、カナダのみならず他の国において規定されているので、いずれにしてもミスリーディングであると言うことに瑕疵はない。
ただし、「性自認」に対するものか?については「性同一性」との関係で留保が必要。いずれもgender identityの訳語だが、巷間言われているところでは意味がまったく異なるので。この部分は後半に触れます。
片山議員のツイートも対象にするのであれば、それぞれに対して別々の判定を下せば問題は生じないでしょう。
②チェック対象文言ではなく「流布されている言説」を対象にすればよかった?
FIJの基準では「チェック対象文言」を特定した上でそこに含まれる内容の事実の正誤を判定する、という手法です。
が、これだと取り上げた文言を発した人物に対する糾弾のような形に形式的にはなってしまうし、実際にも人物評価に繋がっている側面は否めません。
対して、「誰が言ってる?」から離れて抽象化された「流布されている言説」を対象にすれば、そのような問題は無くなります。
ただ、これも「そんなこといったい誰が言ってるんだ?」という問題が発生します。
誰も言っていない「論破しやすい言説」=ストローマンを創り出してそれを相手に勝ち確ゲーをやることで脳汁を出す人や、ほとんど拡散もされていないために現実に悪影響を与えてないモノをわざわざサルベージして取り上げ叩くことで快感を得る者がメディア含めた言論空間には溢れていますが、そうした風潮を助長しかねません。
そこで、次のような目的に昇華することが考えられます。
③争点となっている事実の確定を目指す
争点となっている事実の確定
本件で言えば、「G7各国においてLGBT関係に特化して差別禁止を謳った法律」はあるのか?或いは「G7各国において、性自認について差別禁止を定めた法律」はあるのか?という、事実調査に徹すること。
その中で「他の一般的な法律の中でLGBT関係、つまりは性的指向或いは"Gender Identity" 等に対する差別を全国的に通用力を有する法律のレベルで明文で禁止している」についても副次的に触れるというスタイル。
これであれば、「誰かを叩くこと」という要素は無いし、「噂の出所は?」という問題も生じません(「じゃあなんでそんな記事書いたんだ?」というきっかけ・動機の部分では疑問が生じるかもしれないが些事だろう)。
FIJのファクトチェック手法とズレがあるJFCのチェック
JFCの当該記事はファクトチェック機関として自身が定めたルールからも逸脱しています。
FIJのファクトチェック手法は、このようになっています。
JFCのLGBT記事はどうなってるでしょうか?
「LGBT差別禁止法があるのはG7でカナダだけ」「日本だけないというのは誤り」という文言を検証対象にしていますが、それぞれ独立した議員がツイートした発言だというのは前述の通り。
他方で、以下の記述が気になります。
そして、【判定】は以下の通りになっています
「G7の中でLGBT差別禁止法がないのは日本だけというのは活動家の嘘」という、誰が言い出したのかわからないが広まっている言説を対象に判定を下したというのであれば、FIJの「公開の場で不特定多数に向けて発せられた公益にかかわる言説からファクトチェックの対象とすべき言説・情報を選び出す」という方針から逸脱しています。
しかし、判定の項では「活動家の嘘」は含まれていない事から、片山議員のツイートと高鳥議員のツイートを合成した、ということになります。そもそも「活動家の嘘」という文言は、具体的な人物が指称されていない限り特定不可能なものなので、ファクトチェックの対象としては相応しくない。
これは片山議員のツイートの「日本だけないというのは誤り」の対象を「LGBT差別禁止法があるのはG7でカナダだけ」という事項についても語っているという、事実と異なる理解をベースにしてファクトチェック結果を判定したということになります。
FIJの方針から逸脱しているとも言えますが、それ以上に重大な事実誤認がファクトチェックの名で行われているのです。
さて、ここまでが「前半部分」の問題です。
本来、「ファクトチェック」に馴染むのはここまでの話題です。
再掲しますが、以下記事後半では実際に各国の法制度を調べており、JFCの当該記事はこの点でもミスリーディングな記述となっていることを改めて指摘します。
イギリスのgender reassignment=性別再指定・性別適合による差別禁止は性自認差別禁止とは別
元々争点となっているのは「性自認」についての規定があるのか?でした。
以下の衆院法制局の資料では、カナダ以外は「性自認」項目に〇がついていません。
JFCはどう書いていたか?
この記述の流れでは、イギリスのgender reassignmentがまるで「性自認」と同程度に扱われているとしか読めないでしょう。このような記述は非常にミスリーディングであると言えます。
実際にgender reassignmentの意味は上掲記事で調べているので要参照。
で、他の法律上の文言も、JFCは何らの留保もなくまるで機械翻訳した結果を張り付けたかのように「性自認」と書いています。なぜ「性同一性」ではないのか、或いはそれ以外の文言が適切なのかについて説明がありません。
そのため、片山議員の「性自認に特化した法律は日本だけない、は嘘」という言説に対する反証にはなっていません。
アメリカに関しては以下書かれています。
はてなブログの記事では触れなかったこの部分ですが、この判決文はSUPREME COURT OF THE UNITED STATES BOSTOCK v. CLAYTON COUNTY, GEORGIA No. 17–1618. Argued October 8, 2019—Decided June 15, 2020*です。
思い出してください、元々は「G7各国においてLGBT関係に特化して差別禁止を謳った法律」「G7各国において、性自認について差別禁止を定めた法律」はあるのか?という事項が問題となっていました。
その中で「他の一般的な法律の中でLGBT関係、つまりは性的指向或いは"Gender Identity" 等に対する差別を全国的に通用力を有する法律のレベルで明文で禁止している」という事実が示されました。
【明文規定があるのか?】が争点だったのに、なぜか「判決」が持ち出されています。これは比較対象が揃っていません。
百歩譲って「全国レベルで通用力を有する何らかの判例・不文法も含めた法規範」という意味だとしても、やはりここでも「性自認」に基づく差別を禁止したものと言えるのか?という疑問があります。
原文ではgender Identity ですし、JFC自身も「連邦最高裁が性的マイノリティであることを理由に」と書いているに留まっています。「性的マイノリティであることを理由にした差別」は、何も「性自認を理由にした差別」を指すとは限らない。
この判決は「タイトル7」と呼ばれる、Title VII of the Civil Rights Act of 1964の第七編に規定されている人種、肌の色、宗教、性別、出身国に基づく雇用差別を禁止する法律において、性的マイノリティにまつわる雇用差別もここで言う"sex"に基づく差別とされるのか?という解釈論が展開された事案であり、日本語でいう「性自認」について明確に限定した判断はされてません。
判決に関する報道をみても、そこは不明確です。当該判決で取り上げられた具体的な3つの労働事件の事案を見ても、単に「性自認」にとどまる話において差別的扱いが為されたと理解することには躊躇するものがあります。
よりミスリーディングな松岡宗嗣の言説
実は、片山議員が引用した高橋洋一氏のツイートのリプライに、高橋氏自身がこのようなツイートをしていました。
その中には松岡宗嗣氏によるこのような表が示されていました。
これは「LGBT差別禁止法」の中に「性的指向・性自認に関する…」とあり、日本以外の全てのG7国においては「そのような法律が存在する」という認識を読者に与えるものです。
既述の通り、「特化した法律が別途成立している」ということは無い上に、「性的指向」と「性自認」に関して両方を各国が規定していると混同している内容となっています。
両者の用語については以下などで書いています。
この二つの用語は、分けて考えるべきです。既に、「性自認」概念が乱用されたことで現実の犯罪行為が発生しています。
よりミスリーディングな言説なのは、どちらでしょうか?
このツイートは表示回数が10万件にも届いていないなど、相対的に片山議員などのツイートよりは拡散力が少ないですが、それでもyahooに記事が掲載されたことは、それ以上の拡散力を持ち得ます。Twitterで当該記事URLをシェアした人の数は、100を下りません。
Gender Identity =性自認で良いのか?
LGBT連合会は以下書いています。
厚生労働省もそのように理解しています。
が、そこから踏み込んで「性自認差別禁止」を謳うべきかという点は留保を付けている態度と言えるでしょう。
主観的な認識に過ぎないものに対して「差別禁止」という理念を唱え、規制或いは罰則を適用することは、常に悪用の危険が付きまといます。
さらに、「意味内容が広汎に過ぎる」という問題もあります。
「性自認に対する扱い」は性自認が外部化されていれば認識できるとは言え、【その性自認は果たして法的保護に値するのか?】という問いが発生することは不可避的でしょう。
既に訴訟では「〇〇という人格的利益」が事案毎に判定・認定され、憲法13条による保障を受けると認められるそのような利益が侵害されたのかどうかという分析が為されています。
そのような「法的保護に値する人格的利益」として性自認と呼ばれているものが該当するような具体的ケースは、もしかしたらあるのかもしれませんが、一律に「自己の性別についての認識」という字面にあてはまれば保護される、などとすることの危険性については認識されるべきです。
さらに言えば、本当の意味で「その者の性別認識に対して差別が行われた」といえるような事態は、極めて限定されるでしょう。
例えば男性が女性を自称したというだけで気持ち悪いと思われるに留まらず組織から疎外され不利益な取り扱いを受ける場合が想定されますが、服装規定違反とされるだとか女性が相応しい場所への配置換えをしないだとかいう扱いは、差別かどうか以前に「その者の性別認識」に対する扱いではないでしょう。
女湯や女性トイレを男性が利用できないのも、「性自認に対する」扱いではなく、「男女の生物学的特徴に基づく合理的な区別」です。
性自認ではない別のものに関する何らかの扱いが問題視されているのに、何でもかんでも「性自認に基づく差別だ」と言われる懸念があります。これは性自認概念を推進している者だけでなく、反対している者が意図せず行うこともあり得るでしょう。
原語や訳語の時点で意味内容が揺れ動いているものなので語る際には注意が必要ですが、「性自認」概念を法制度化することの議論には、こうした罠が張り巡らされているということは広く認識されなければなりません。
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