黒岩町長の声明文と医師法17条違反の主張への突っ込み
上記記事で既に結論は出してますが、黒岩町長が昨年11月末に出していた声明文の内容に触れながら一つ一つ指摘したいと思います。
※私は指定管理者制度としての湯長制度廃止についてはフラットな立場です。政治的な・町の運営の必要性から湯長制度を廃止するにしても、その理屈・理由として医師法17条違反を持ち出すのは強引過ぎるし、仮にその判断があったからとして正しいものと扱われた場合、他への影響が甚大だからその主張を否定しているだけです。
「これが草津町名物の折り込みチラシに挟まっている怪文書…」
と思ったのですが。黒岩町長の名義による声明文です(正式なものではなさそう)
医師法17条違反に関する指摘について書いていきます。
医師法17条なのに20条の診療(問診)の話なのはなぜ?
当時は医行為の定義が行政(厚生労働省医政局長の通知)の出したものしかありませんでした。
医師法第17条、歯科医 師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について 医政発第0726005号 平成17年7月26日
医療行為とは、当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害 を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為を、反復継続する意思をもって行うことという
司法判断として医行為の定義と判断基準が最高裁で示されたことはなく、個々の裁判例で実質的に医行為と認定されていたにすぎませんでした。
なので、湯長の行っている湯治客の体調・症状に関する聞き取りという行為に最も近似しているであろう「問診」に該当するとして論じられてきました。
この「問診」は、医師を名宛人とする医師法20条の「診察」の中身の一つであって、医師ではない者に対する文脈ではありません。
医師ではない者への禁止は医師法17条の医業=医行為を業として行うことであるのに「問診」該当性が議論されていたのは、そういう事情があり、その点は特に口うるさく否定する必要は無いとは思います。
この話の後の最高裁決定令和2年9月16日 平成30(あ)1790において、入れ墨(タトゥー)師による施術が違法かどうかが争われた事案で、医行為の定義と判断方法が示されました。
その先の行為の目的で全てが決まる?
黒岩町長は入れ墨事案の大阪高裁の判決文が「入れ墨の目的がファッションであり治療を目的にしていない」から医行為該当性を否定したとして、湯長の体調確認等の行為はその先の入浴が治療目的であるから医行為であると言いたげな記述をしています。同じ理屈で「スポーツインストラクターの目的も治療じゃないから反論になっていない」と言っています。
しかし、これは最高裁判決が出る前から誤りと言えます。
大阪高裁の判決文でも「ファッション目的だから」というだけで構成要件該当性を排斥しているわけではなく、その他の事情を汲んでいるからです。
大阪高等裁判所判決 平成30年11月14日平成29年(う)第1117号
このように,入れ墨(タトゥー)は,皮膚の真皮に色素を注入するという身体に侵襲を伴うものであるが,その歴史や現代社会における位置づけに照らすと,装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義があり,また,社会的な風俗という実態があって,それが医療を目的とする行為ではないこと,そして,医療と何らかの関連を有する行為であるとはおよそ考えられてこなかったことは,いずれも明らかというべきである。彫り師やタトゥー施術業は,医師とは全く独立して存在してきたし,現在においても存在しており,また,社会通念に照らし,入れ墨(タトゥー)の施術が医師によって行われるものというのは,常識的にも考え難いことであるといわざるを得ない。
そして,そもそも,入れ墨(タトゥー)の施術については,その性格上,前記のとおり,感染症やアレルギー反応等,血液や体液の管理,衛生管理等に関する医学的知識や技能は,当然に一定程度必要となろうが,入れ墨(タトゥー)の施術において求められる本質的な内容は,その施術の技術や,美的センス,デザインの素養等の習得であり,医学的知識及び技能を基本とする医療従事者の担う業務とは根本的に異なっているというべきである。この点からも, 医師免許を取得した者が,入れ墨(タトゥー)の施術に内在する美的要素をも修養し,入れ墨(タトゥー)の施術を業として行うという事態は,現実的に想定し難いし,医師をしてこのような行為を独占的に行わせることが相当とも考えられない。
以上によれば,入れ墨(タトゥー)の施術は,医療及び保健指導に属する行為とは到底いえず,医療関連性は認められない。したがって,本件行為は,医師法17条が禁止している医業の内容である医行為には該当しない。
「社会における入れ墨師という職業の位置づけ」や、「求められる本質的な技量」、「医師に独占させる必要性」なども考慮していることが分かります。
で、湯長の行為は、湯治客が湯長に対して「持病の寛解・治癒のためにやってきました」などと申し出て、それに対して湯長が「わかりました、それを治しましょう」と言ってアドバイスするようなものではありません。
入浴の目的をいちいち湯長に対して述べる者なんてほとんど居ないでしょう。
黒岩町長は「時間湯のQ&Aに時間湯は体の治療、改善を目的にしていると書かれていた」と書いていますが…
たしかに時間湯はその効用として病気の治癒等を謳っていますが、そんなものはどこの温泉でも同じです。また、「お湯の実際の効能や治癒を証明するものではありません。」という注意書きも明確に書いてあります。
時間湯の利用者の中には、疲労回復・健康増進・アトラクション感覚で利用する者も混ざっており、それと持病の寛解・治癒を目的とする者とを殊更に分けて扱っているというようなことは、基本的に想定されていません。
仮に、湯治客が医師から言われたアドバイスを湯長に対して伝え、それに反するような助言などをしていれば別ですが、そういった実態があるということは露ほども明らかになっていません。
さらに、理学療法士、整体師、マッサージ師なども、「治療」のために患者・客に対して「質問」をすることがありますが、それが医師法に違反するなどと言われることはありません。そんな事を言っている人が居たら精神科行きをおススメされます。
こうした社会実態・湯長と湯治客の関係性について全く理解していない黒岩町長の記述には、正直、寒気がします。
保健衛生上の危険の不存在
「時間湯では長年事故を起こしていないと主張するが、起きていないと証明することはできない。また、起きたと証明することも難しい。」
この記述を見た瞬間に、非常にアンフェアな態度だなと思う人は多いでしょうし、この発言、実は草津町の医師・救急救命士・消防士を信頼していないということに気づいたでしょうか?
まず、48℃の高温浴(43℃以上を高温と呼ぶ温泉関係機関がある)が、医師が関与しないといけない危険(仮にこれが「危険」なら医師が関与しても危険)であるならば、それが危険であるということの立証責任は町長側にあります。
なぜなら、その程度の湯温の温泉は普通に存在しているからであり、このような温度のたった3分間の入浴が原因で発生したというような事故があるという知見は無いからです。(時間湯は準備運動も行うようにしてヒートショック環境にならないようにしている)
それなのに、真偽不明の責任を湯長側に求めているのは法的な判断の誤謬。
※指定管理者制度なので町長の裁量で湯長制度を変更することができる、と主張している点はほぼ問題視してません。あくまで理由付けとしての医師法17条違反の主張の妥当性を問題にしている。裁量の逸脱濫用になるかは検討しない。
加えて、この態度は
【事故の報告が無いのは事故が発生しても報告が隠蔽されているからだ。】
ということを言っているに等しい。
もしも48℃の入浴を原因とする体調不良・悪化が発生したなら、本人やその周辺の者から救急車を呼んだり、入浴後に近隣の病院・診療所に連絡・通院することが予想されるところ、そうした事件が無いのに「事故が起きていないと証明できない」と言うのは、要するに近隣の医療機関や救急隊員らを信用していない、ということを意味します。
黒岩町長は議会で偉そうに「草津町の医師複数人が危険を訴えているから現代科学として正しい」などと主張しているが、エビデンスレベルという概念を知らないのかと。
新型コロナ禍で、いい加減なことを口走る医師・医療研究者らが大量発生したことから、個々の医師の発言や単発の論文を鵜呑みにするのではなく、それよりも重視するべきものがあるという理解は広まったのではないでしょうか?
行政や司法はそのような考えで判断を下すべきであり、それが「科学的な知見」に基づいて行為するということでしょう。
以上