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入籍記念日

入籍前夜、静かに抱き合いながらいくつかの約束をした。

・呼び方は「夫婦」になるけれど、恋人であり親友であり戦友であり、子供の親であり、いくつもの素敵な関係をふたりで築いていこう
・何があっても一生守るから、何も心配しないで
・どんな時も、ずっとそばにいる
・心から愛してる

ありふれた言葉かも知れないが、それらを真剣に発し合うこの瞬間は、わたしの人生の中でもう二度と訪れない特別な瞬間だ。
「本当に出会えて良かったね」と言い合い、涙が溢れた。

婚姻届けを提出しに行く明日は朝も早いので、感動を胸にそのまま眠りにつくと思いきや、わたしが約束に加えた最後の一項目、「これからもずっと気持ち良いセックスができるようにもがんばるね」の言葉で恋人に火がついてしまったらしく、瞬く間にスタート。これまでの中でも一層激しく行われた。

息を切らして事が終わり、手を繋いで死んだように眠った。
そんな一日の最後が、なんだかんだでわたしたちらしいと思えて可笑しく、幸せに満たされた。

− 笑顔で溢れる人生を共に歩んでいける喜びを噛み締めながら
優しさとユーモアに満ちた家庭を築けるように
未来に向かって全力で努めます
一番近く、ずっと隣で宜しくお願いします 〈恋人より〉

2018年7月2日〈入籍記念日〉

妻というものになり数日を過ごしているけれど、何も変わらない。
恋人のことを人に言う時の呼び方が「彼」から「旦那さん」になったくらいの変化しか感じない。
苗字が変わった実感に至っては、ゼロだ。
少しずつ少しずつ馴染んでゆくものなのだろうか。

女には誰しも、本能的に「庇護されたい」という欲求がある(八十代まで第一線で活躍したあのCOCO・CHANELにさえ、庇護欲求があったという)。
けれど欲張りなわたしには、自立欲求やそれに対する承認欲求もある。
恋人はデートの時はご馳走してくれて、思い切り贅沢に甘やかしてくれるが、生活面のお財布は別々派だ。
互いの月給や年収も知らない(知ろうとも思わない)が、労わり合い、尊敬し合いながら生活している。

共に生きる上で、庇護と自立のバランス感覚が合うことは、とても重要だと思う。厄介なことに、そのバランスがどちらかに偏ると満足できないのが女というものだ。

(あと因みにこれは持論だが、「ご馳走様でした」を言わない女は、ダメである。心を込めて、本来の地声より可愛い声で、声高に、言おう。)

◆       ◆       ◆

考えてみれば、夫婦になったものの、まだ指輪も無くて式も挙げてなくて一緒に住んでもいない。おまけにその三項目に関して、二人ともまったく焦っていない。
さすが、心底マイペースなB型同士だ。

その一方で律儀に計画しているのは、恋人曰く「胎動記念デート」という風変わりなもので、明日、新宿三丁目にあるスペイン料理店ガルロチへ行く予定。
そう、今日の夕方、初めて胎動らしきものを感じたことをLINEで報告したら、とても喜んでデートに誘ってくれました。
ランチの後には、ジュエリーのブティックへ結婚指輪を見に行くことになっている。

2018年7月9日

愛を形として表すことに対して、焦ったり拘ったりしない二人ではあるけれど、わたしたちの日々に指輪という一つの印を迎えることに、素直に喜びを感じる。
試着をしたらとても気に入り、このときめきを一晩熟成させて明日も気持ちが変わっていなければ、購入することになった。
もちろん、わたしの愛して止まないCHANELのものだ。

恋人はCHANELになどなんの愛着もないけれど、わたしの好みに合わせてくれて、指輪をとても気に入ってくれた。
何を決めるにも、とにかくこの人とは揉めた試しがない。いちいちとても楽しくスムーズで、それはわたしにとって本当に安らかなことだ。

◆       ◆       ◆

寝ても寝てもわたしの睡眠を胎児がもぐもぐ食べてしまうのか、眠くて仕方がないのは相変わらずなので、恋人がベッドに入る前に先に休むことも多い。
口を開けて寝ていて、目覚めたら恋人がわたしをじっと見つめていた(恥ずかしい)。
彼は大真面目に、「最近の●●さん(わたし)は、美しさに母性が加わり、ますます深みが増しているね…」と言った。

大油断した寝顔にグルメレポートのような分析をする少々変わったこの人が、わたしの愛する恋人であり、夫である。

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