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星系シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日 #同じテーマで小説を書こう

 星系シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムは楽園として全宇宙に有名であった。

 とある銀河系ではその星を巡っての星間戦争が数百年にも渡って繰り広げられただとか、とある星はその星へ宇宙生物を送り込んで侵略しようとしただとか、どれが真実か嘘か、伝説か逸話か区別がないほどにその星は魅惑的であった。
 このまま略奪や争奪を繰り広げては、シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムそのものだけでなく、戦争により銀河系や星雲系にまで重大な損害を被ることになる。その星の文明レベルも向上していくに従って、宇宙知的生命体の間では一つの暗黙的な約定が設けられた。

『この星への来訪において、決して自身の正体を明かしてはならない』

 そのたった一つの決まりごとが、シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムを守るだめの唯一のルールだ。

     ◆

 シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムへの観光は非常に不便だ。『現星人』だけでなく他所からの宇宙人にも正体を明かしてはならないのだから、空港を設けるのはもってのほかで、現星人ですら寄り付かないような過酷な前人未踏の地を選ばなければならない。
 荒れ狂うような猛吹雪が吹き荒れる山麓の頂上に光が差し込む。光性転移システムから二人が降り立つ。一人は男でもう一人は女だ。

「ここがシュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムなのか? 船から見た美しさとはまるで違うな!」
「すみません……この星はこのような形でしか降りられませんので」
「君が謝罪する合理的事由なぞどこにもないぞ! 慣れない姿でこんな辺鄙な場所に来なければならない不条理に私は嘆いているのだ! ルールという奴は守るのも面倒だが、守らねばもっと面倒だ!」

 遺伝子操作で姿格好も現星人に似せたその人は、暗黒の中で暴風で吹き荒らされる吹雪をギラついた目で興味津々に眺めている。

「けど、楽しい! 連れてきてくれて嬉しいぞ!」
「喜んで頂けたなら何よりです。それよりも急ぎましょう。この姿での極寒は活動時間に支障が出ます」
「もっと見たかったがそりゃ残念だ。案内を頼む!」
「擬態スーツを着て駆け下ります。目的地までは時間を必要としないでしょう」
「ジョウント効果を使えないのはやっぱり手間だな」
「文句は言わない約束です」

 二人は擬態スーツを纏うと、軽やかな足取りで雪山から駆け下りていく。その姿は闇と吹雪に覆われて見えなくなっていく。

     ◆

 それからの旅路は二人にとって有意義なものになった。
 異星の民の歴史のある遺跡、今も広がりつつあるという砂漠の砂塵、不思議な信仰を持つ現星人たち、あらゆるものが多種多様に存在していた。他の星系でも稀に見る空と海の色の美しさは特に言葉にできないほどに美しく、これを求めて星々のいくつかが無残に滅んだ理由が心なしか理解できるようでもあった。

 石と白亜で構成されたその街には水路が張り巡らされていて、ベルベル人の血のような色の川が流れている。水路にいくつもの舟が渡る様は宇宙でも特に珍しく、この星の水の豊富さが見て取れる。溶岩が流れたり硫酸が雨として降り注ぐ星が存在する中であまりにも特異で貴重な光景だ。

 水路に面した広場にあるテーブルに頬杖をついて、男は不機嫌そうに言う。

「まったく嘆かわしい。これだけ恵まれた環境に住みながら恩恵を無自覚に貪り、ましてや無益な争いや諍いでリソースを浪費しては台無しにしようとする。滅びる前に支配するほうがいいぞ。いや是非そうしよう。な?」
「お言葉ですが、もしそうなさった場合、シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの文明文化は木端微塵になり、全宇宙が守ってきたこの楽園は消え去ります」
「しかし楽園の滅びをこのまま見過ごすというのもだな」
「まずこちらを召し上がってから、お考えください」

 言葉を遮るように、女は手にしていた『それ』の片方を男に差し出す。

 二人の旅路には観光だけでなく、確たる一つの目的があった。シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムに来るならば絶対に『それ』を食べなければならない。宇宙の誰しもが同じ言葉を発する真理がそこにある。
 二人は同時に、眼の前の『それ』を口に含む。

 言葉はいらなかった。

 長い沈黙と、ようやく出てきた嘆息の後に、男は言葉を発する。

「やめるわ……侵略」
「聡明な判断です。『陛下』」
「しかしこれ……頭にキーンって響くな……」
「氷菓子、とのことですから」
「楽園のジェラート、聞きしに勝る絶品であるな!」

 男の笑い声が、青い空に響き渡る。

 シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム。
 別名『地球』のイタリア・ヴェネツィアに訪れた二人の『宇宙人』の休日の一幕だった。

 【終わり】

 

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ナタ
私は金の力で動く。