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若林さんの大きな背中と、ぴーまんの小さな拳
こんにちは。ぴーまんです。
ようちゃんがようやく投稿をしてくれたので、とても久しぶりに記事を書いています。
焦らずのんびり続けていけたらいいですね。
ようちゃんは、『LIGHTHOUSE 』という星野源さんとオードリー若林さんの番組について、印象的だった内容やようちゃん自身が抱いた感想を教えてくれました。
3つ取り上げられていた引用の中で自分がいちばん印象的だったのは、2つ目の
人を蹴落としたり価値下げしないお笑いをやりたいけれど、それをやるにはマチズモ(男らしさ=関西ヤンキー芸人)にも勝たないといけないというジレンマがある
というものでした。
私は、マチズモという言葉をこの文章で初めて目にしました。カッコ書きを付してくれていたので意味は伝わりましたが、一応ことばの定義を調べてみると以下の通りでした。
マチスモ・・・「マチズモ」とも。男っぽさ。誇示された力。男性優位主義。
この意味を見た時,私は以前から知っていたホモソーシャルという言葉を想起しました。
ですが、ホモソーシャルについても曖昧にしか意味を理解していないので、マチスモと同様に調べてみました。
ホモソーシャル・・・同性同士の社会的なつながり。[補説]近年では、マチスモ(男性優位主義)を前提とした男性同士の連帯感について、否定的に言及されるときに使われることが多い。
また、私が以前ホモソーシャルという単語を目にしたのは、社会学的な議論の中だったと記憶しているので、社会学事典にもあたってみると、以下の説明がありました。
ホモソーシャリティ・・・同性間の同質社会。ホモフォビア(同性愛嫌悪)とミソジニー(女性嫌悪)を内包した、基本的には異性愛である男性の連帯。
つまり、ホモソーシャルとは同性同士の社会的連帯を示す言葉ではあるが、ジェンダー論等を論じる際などには、マチスモ(男性優位主義)を前提とした男性同士の連帯、という意味で用いられているみたいです。
曖昧に知っていた語の意味を改めて理解する、良い機会となりました。ようちゃん、ありがとう。
少し前提が長くなってしまいましたが、冒頭に触れた若林さんの発言は、お笑い界という男性優位で男性間の連帯の強い社会において、その価値観から脱却した形で“お笑い”を提供したいが、そのためには、従来のマチスモなお笑いに勝つ必要があると思っている。しかし、勝つということ自体がそもそも競争よって価値を見出す非常に男性的な行為であり、自分はあくまでマチスモの土俵で闘っているに過ぎないのでは、という葛藤がある、という主旨であると理解しました。
私個人としては、若林さんの目指す「人を蹴落としたり価値下げしないお笑い」=「誰も傷つけないお笑い」が好みなので、そうした葛藤を抱えた若林さんご自身が、現在既にお笑い界で一定の立場を確立しているということ自体が、お笑い界のマチスモさを多少なりとも薄めているのではないかと嬉しく感じています。
誰も傷つけずに人を笑わせられるってとてもハッピーなことだと思います。
私は以前から、所謂ホモソーシャル(ここでは、ホモフォビアとミソジニーを内包した、男性間の連帯という意)に対して苦手意識を持っていました。
それは、小学校、中学校、高校、大学と社会集団に属してきた中で、常に極身近にあるものでした。
互いにイジり、イジられ、異性を一方的にランク付けし、悪い行いを開示し合うことで絆を確かめ合うような様子に、幼い頃から言語化はできないモヤモヤを抱えていました。
そういう点から、自分は女に生まれて良かったと思うこともよくありました。
女子間の連帯にも良し悪しがありますが、ある程度の良識や節度のあるコミュニケーションが取れる可能性は、男性間より高いのではないかと個人的には感じています。(あくまで個人の感想です)
少人数で話すときはとても落ちついて楽しく会話ができる方が、大人数の場になった瞬間に男性同士でひどく差別的な発言をしている姿を目にする、といったことも幾度かありました。
こうした男性間に特有なコミュニケーションへの苦手意識を、幼少期から継続して現在も抱えています。
私は現在社会人ですが、ビジネスの領域というのは、体育会系部活動やお笑い界と同程度にマチスモな社会だと思っています。歴史的に長らく男性の男性による場だったことも関係しているのでしょう。お笑い界と同様に、土台からどっぷりマチスモな領域ですが、小さな小さな抵抗の拳を握りながら、慎ましく勤労し、納税の務めを果たしていこうと思います。
若林さんの大きな背中は、ようちゃんとは少し違った形かもしれませんが、ぴーまんにとっても勇気がもらえるものだな、と思いました。
最後に、全体的に男性に対して否定的な論調になってしまったかもしれません。この記事を読んで気分を害してしまった方がいれば、申し訳ありません。
ようちゃんにバトンタッチします。