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工業用石鹼 ピンク

眠れない。
正式には、0時20分に目が覚めた。
それから、1時間程、ベッドに横になった。
眠れない。
トイレにいき、用を済ませ、手を洗う。
最近は、石鹸で手を洗うのが癖になってしまった。
2年前にこういった『必ず、手を洗う』を行動をしていたかと聞かれると
完璧ではなかった。と、記憶する。瞬時に蛇口を捻り、手をつけて
タオルで拭いていた記憶がある。
コロナ感染拡大抑止の手洗い指導が入る様になった現在、
石鹸を使用して指の間まで、爪の中まで、ゴシゴシ・・・といった
義務化された行動は、あまりしていなかった。

その行為が日常化している現在。
たまに、石鹸で手を洗っているとザリザリした感触が欲しくなる。
洗顔で使用しているスクラブ石鹸以上のザリザリ感が欲しくなる。
工場で使用していた工業用石鹸だ。

その工業用石鹸との出会いは、工業高校時代の旋盤の実習時間の終えた後だった。
油まみれになった、手、爪の中にピンク色の石鹸の色と粒子が入り込み、
汚れを一気に落とす。その落ち方と感触に感動と快感を覚えた。

しかし、その最強の工業用石鹸ピンクにも弱点があった。
真冬には、使用できない。いや、こう書くと語弊になるが
その当時、蛇口の並んだ手洗い場からは、真水しか出ないため
かじかんだ手に氷を持つといった行動をとるというのは、左脳の許可が出なかった。
では、どうすればいい
と右脳に問いかけた。
ふと、洗い場の下に置かれた工業用石鹸ピンクの箱の中を覗いた。
中心部が水で湿っており、赤くなっていた。その部分を取り出し
掌で擦り合わせると・・・。
ザラザラ感が掌に広がり、熱が出てくるような錯覚を覚え、
それに伴い、油が心地よく混合しだし、水で一気にっ!流すっ。

『待てっ! 蛇口に石鹸がつくぞっ! そこに蛇口を洗う容器はあるのかっ! 洗った手で、上から蛇口に水をかけて落とすなら、冷たい水と数回付き合う事になる。できるのか?
お前に。その前に、タオルは用意しているのかっ!』
流そうと思ったが、左脳が働いた。

その時だった。
銀色の蛇口の錆びた口元から、ポンポン・・・と水滴の落ちる音と動作を確認した。
拍手を誘っているかのようだった。
『その手についている工業用石鹸、どう落とされるんですか?』と嘲笑しているようだ。

『下を向くなっ!』
と右脳が急に叫んだっ!
『いいか、これからいう事をよく聞けっ! 右手の掌を見ろっ。 汚れてない部分があるだろっ。その部分で蛇口の頭を押さえながら左に回す』
水が出る。
『洗えっ』
「冷たっ!」痛いっ。冷たいっ!。痛い。

キュ~ルッ!と蛇口の音が聞こえた。「よくやった」と聞こえた。
肩のタオルで掌を拭いた。
目の前の鏡で、自分の顔を見つめた。安堵感が漂っていた。
掌を再び、見つめた。
(あれ? とれてない)
傍らより、湯気が顔の前に現れた。咄嗟に、その湯気を見つめた。
洗面器を置き、顔や手を洗っている同級生がいた。
「冷たいやろ? 苦労しとんな」
「どうしたんや? それっ!」
「先生がな。洗面器とストーブの上にある薬缶のお湯、使え言うたから・・・洗面器はな、流し台の端の下に、なぁ・・・いっぱい重なってるやろう・・・シルバーの洗面器。家に帰って、お風呂でしかとれんかった油汚れもこれで一発でとれるわっ! よしっ、これから商業の文化祭やっ。俺のいとこがなぁ・・・お前にホの字らしいで」
負けた。
負けた。
負けた。
負けた。
その場に崩れ去るよう・・・座り込んだ。
その様子を見ていた同級生が、後日、私に伝えてきた。
ドーハの悲劇のゴン中山のようだった・・・と。

それからは、物事を始める前に周りを見つめる事。準備をする事。そして、
目的・目標は何か?と決めて、実行する。
そして、感じる。不具合等があれば改善する。
そういった事を考えるようになった。

ブ―ンっ。ダダダダダダダ。
中年新聞配達員が隣のポストに新聞を投函していた。
午前4時2分。
この配達員の配達時間は正確だった。

新しい朝の始まりだ。
今日も一日が始まる。

なぜか、眠たくなった。
すこし寝よう。


(注釈)
・ホの字とは「惚れている」「惚れた」の頭文字からきています。現在は、死語であり若い人は使用しません。
・ドーハの悲劇とは、1993年10月28日、カタールのドーハで行われた日本代表とイラク代表のサッカーの試合(1994年アメリカワールドカップアジア地区最終予選の日本代表最終戦)において、試合終了間際のロスタイムにイラク代表チームの同点ゴールが入り、日本の予選敗退が決まった。 この出来事を指す日本での通称が「ドーハの悲劇」である。(Google検索topより引用)

#あの会話をきっかけに

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