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名文today_86/『職業、コピーライター』


ほんらい香水という商品にロジックなど通用しない。販売戦術も効果が薄い。なにしろ容器のデザイン以外、見せられるものがない。香水の広告はイメージ勝負である。コピーライターは、目の前にある美しい写真から香りを感じ取り、それを言葉に換えるしかない。自分のセンスに独善的に賭けるだけなのである。

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そのページで「コピーライターに必要な資質は何でしょうか」という質問に対して、次のように開高さんは答えていた。「びしょびしょと雨が降っている蒸暑い夏の朝、クーラーの故障したラッシュアワーの山手線に、キミが乗っていたとする。その時にキミは、よく晴れた初夏の高原のハイウェイを、冷房がほどよく効いた運転手つき高級車の後部座席で、ほほえんでいる男の心を想像できるか。逆に、冷房がほどよく効いた高級車の後部座席でドライブを楽しんでいるキミは、クーラーの故障した蒸暑い雨のラッシュアワー時に、山手線に乗っている男の心を想像できるか。コピーライターに欠くべからざる資質は、人の心を想像する力です」
 確か、大筋はこのようなことだったと記憶している。この解答を読んだ時に、これは小説家にも欠かせない資質なのではないか、と思った。この世で、どうにも抜き差しならぬものは人間の心である。そのことを考えずに人を説得することも、誘惑することも不可能なのだ。開高さんはウィスキー・トリスのコピーに、小説を書くことと同等の誠意と情熱を費やしていたのだと、私は思った。

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真面目と誠実さが表現の主題になれば、それは退屈な広告と表裏一体になってしまう。



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