かみさまがいるがっこう

「はい、それでは遠山さん、自己紹介をお願いします。」

担任の先生にそう言われて、私は改めて緊張してしまった。
4年5組のクラスメイト15人の視線が一斉に集まる。窓の外で大合唱している蝉の声が小さく聴こえる。私は教室の後ろの壁を見つめながら言った。
「遠山柚葉です。はじめまして。まだ引っ越したばかりなので、この辺りのこととか、わからないことを、教えてもらえると、嬉しいです。」
よかった。練習した通りに言えた。
私は「よろしくお願いします」と言ってお辞儀をした。

クラスメイトの拍手が落ち着くと、先生は窓際の一番後ろの席を指して、
「あの席に座ってください。もし机と椅子の高さが合わなかったら、お昼休みに調整しますので、少しだけ我慢してもらえますか。」
と言った。私は「はい」と答えて席に向かった。

私が席に着くと、先生は黒いタブレット端末を顔の横に掲げながら、
「はい、それでは出席を取ります。腕時計はちゃんと動いてますか?」
と言った。みんなが「はーい」と返事しながら左手を挙げたのを見て、私も左手を挙げる。その手首には、教室に来る前に校長先生から貰った、変わった腕時計を着けていた。小さくしたスマホを、ベルトで手首に固定しているような感じ。その画面をトン、と触ると今の時刻が表示される。この学校に通う生徒は、全員これを身に着けることになっているらしい。

先生はタブレットをじっと見て、
「はい、それでは全員出席ですね。体調も問題ないですね。はい、それでは手を下ろして大丈夫です。」
と言った。その後、連絡事項を読み上げてから、タブレットを教壇の上に置き、生徒の方をゆっくり見渡しながら言った。
「はい、それでは何か困ったことがあったらかみさまに伝えてくださいね。もちろん、近くの先生に言ってもらっても大丈夫です。はい、それでは朝の会を終わります。」

担任の先生が教室から出ていくと、隣の女の子が話しかけてきた。
「わたし、蓮池香織っていうの。カオリって呼んでね。わからないことあったら何でも訊いて。あと、ゆずちゃんって呼んで良い?」
私は「うん」と頷いて、さっそく気になっていたことを訊いてみた。
「あの…さっき先生が言ってた、かみさまって…?」
「これのことだよ。」
とカオリは言って、腕時計を見せた。
「これが……かみさま?」
「うん、そう。ここを3回触ると、こういうキャラが出てくるでしょ?」
カオリの腕時計の中で白いウサギがぴょんぴょんと跳ねていた。
「え、ホントだ。かわいい。」
「この子に、困った事とか、悩み事とかを相談すると、良いことがあるんだって。わたしは普通のお喋りしかしたことないけどね。」
わかったような、わからないような気持になりながら、カオリの真似をして自分の腕時計をトントントンと触ってみると、白いキツネのキャラがひょこっと出てきた。
「あれ?私のはウサギじゃないみたい。」
「うん、キャラは結構みんなバラバラ。一緒の子もたまに居るけど。あそこに居るケンタのは、おサルさんだったし。ヘビとかカラスの子も居るよ。」
「そうなんだ…」と呟いて、キツネが丸くなって眠りだす様子を眺めていると、カオリが「他に訊きたいこと、ある?」と覗いてきた。私は少し考えて、
「担任の先生の『はい、それでは』って…」
「口癖!やっぱり気になるよね!」
そう言って二人で笑った。

新しい席の机と椅子の高さはたまたま私にぴったりで、調整してもらう必要が無かったので、お昼休みの時間はカオリに学校を案内してもらうことになった。

ここが理科室、ここが音楽室、ここが図工室…と、一通り案内してもらってから、最後に体育館に連れてきてもらった。
「ここが体育館で、こっちが更衣室。更衣室の奥がプールだよ。屋内プールだから、いつでも入れるの。すごくない?休みの日に遊びに来たりとか。もちろん、水泳クラブの子が優先なんだけどね。」
と、楽しそうに話すカオリ。運動が苦手な私は「す、すごいね…」と相槌を打ってから、
「この学校、全体的に新しくてきれいだね。」
と話題を変えることにした。
「うん。2年前くらいに校舎を全部建て直したの。特にトイレ、洋式になったし、明るくてキレイになったからすごく嬉しい。」
「うん。教室はクーラー付いてて涼しいし。」
「そうそう。体育館にも付いてるよ!行ってみる?」
しまった、と思っていると、急に腕時計がブルブルと震えた。
「残念、お昼休み終わっちゃうね。教室もどろっか。」
私は内心ホッとしながら頷いた。

午後の授業が終わると、担任の先生が教室に入ってきた。朝と同じようにタブレットを見ながら連絡事項を読み上げた後、
「はい、それでは帰りの会を終わります。みなさん、また明日。」
と言った。号令に合わせて「さようなら」とあいさつをして、帰り支度をしていると、隣でカオリが椅子をひっくり返して机の上に置いていた。
「帰るとき、椅子、上げるの?」
「うん、その子の邪魔になっちゃうから。」
カオリが指さした先には、ロボット掃除機が置いてあった。

ゆるやかな坂になっている廊下を歩いて昇降口に向かいながら、私はカオリに質問した。
「担任の先生って、音楽の先生?」
「ううん、違うよ。なんで?」
「今日どの授業の時も居なかったから…。」
「担任の先生は授業しないよ。たまに、授業する先生がお休みの時とか、代わりに来るけど。」
だって担任の先生だもん、と言われて、そっか、と答えた。その後は、社会の先生の年齢を予想したり、国語の先生が着ていたワンピースが可愛かったことを話したりした。

昇降口の手前にある【下駄箱】と書かれた小さな扉に腕時計をかざすと、しばらくして『チーン』と音が鳴る。自分の靴が届いた合図だ。扉を開け、下段の靴を取り出し、上段に上履きを仕舞うと、勝手に扉が閉じて『カチャ』と鍵が掛かる音がした。
靴を履いて昇降口から外に出ると、地面をキョロキョロしながら辺りをウロウロしている女子が居た。
「ショウコ?どうしたの?」
とカオリが尋ねると、ショウコは
「大事なハンカチが無くて…探してるの…。」
と答えて、鼻をすすった。カオリがハンカチの特徴を訪ねると、
「ピンクで、周りにヒラヒラが付いてるの。お姉ちゃんとお揃いで買ってもらったやつで…。」
と、今にも泣きだしそう。カオリは軽くため息をつき、私の方を向いて、
「一緒に探してあげよっか。」
と言い、私は「そうだね」と頷いた。

ショウコに心当たりのある場所をきいて、手分けして探してみたものの、ハンカチは見つからなかった。
事務の先生に落とし物の検索もしてもらったけど、まだ届いていないらしかった。

私達は花壇の端っこに腰掛けながら、ぼんやりと野球クラブの練習を眺めていた。
「どうしようか…?」と私。
「うーん…じゃあ、かみさまに言ってみたら?」とカオリ。
「あれって迷信じゃないの?」とショウコ。
「えー。だって先生が言ってたし。ダメ元で言ってみよう。ほらほら。」
カオリに促されたショウコは、腕時計を人差し指でトントントン、と触ってかみさまを呼び出した。白いトラのキャラが画面に現れた。
「かみさま、私のハンカチはどこにありますか。」
とショウコが尋ねると、しばらくしてから
『ケンタが持っている』
という答えが返ってきた。私達は口を揃えて
「「「……なんで?」」」
と言った。


「ケンタなら野球クラブに居ると思う」
と、カオリが言ったので、私達はグラウンドの隅で練習が終わるのを待つことにした。
しばらくして『ありがとうございました!』という挨拶が聞こえた後、ぞろぞろと歩いている男子たちの中から、カオリはひとりを掴まえて、
「ケンタ、ピンクのハンカチ持ってるでしょ!」
と迫った。ケンタは、
「なんだ、あれカオリのかよ。」
と言って、「ほらよ」とズボンのお尻のポケットからピンクのフリフリなハンカチを取り出して渡した。
「違う、これはショウコの!はい。」
「あ、ありがとう…。」
ショウコは受け取ったハンカチをランドセルのポケットにそっと仕舞った。私が
「かみさまの言うとおりだったね。」
と言うと、カオリは信じられないという顔で
「どうしてわかったんだろ。」
と言って腕を組んだ。

ケンタは、野球クラブの練習に向かう途中でハンカチを拾ったものの、忘れ物ボックスに届ける時間がなかったので、持ったまま練習していたらしい。
「でも拾ったことは誰にも言ってないぜ。」
と言っていた。何故かみさまは見つけられたのか、という謎は深まるばかりだった。

校門のセキュリティゲートを通過して、私達はそれぞれの帰路についた。

その日の夜、私がそろそろ寝ようと思いベッドに入ると、腕時計がブルブルと震えた。見てみると、白いトラがちょこんと座っている姿が映っていた。

白いトラが咥えていた手紙には、
『今日は一緒に探してくれてありがとう。また明日からもよろしくね。』
と書かれていた。

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