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平行じゃない

 ここらへんでそろそろ一区切りつけようと思い立ち、これまでの詠草を大まとめしました。手は加えていますが、大半の歌はこのnoteをはじめ、うたの日などウェブ上のどこかに掲載したものです。
 ※作中の〔〕内は直前の単語のルビを示しています。

【Ⅰ】

“ 将来はJリーグの選手になりたいです。
だめだったら一級建築士になりたいです ”


  1993

出力を弱から強へあげてゆき、扇風機乗りが離陸する夏

うつくしい眉を上げ下げすることで母が気怠く取り仕切る午後

カタカナで呼ぶとき町は水になる僕らはそれで満ちる容れ物

じいちゃんの翡翠の骨を職員は抗がん剤のせいだと云った

なんでだめなのか知らされないままに白線を落ちないよう歩く

兄を待つ療育センター中庭で蕾を強く抓ってしまう

長過ぎる彼の蹴伸びを初夏の文脈として認める家路

溜め池に山本リンダは現れて「スイヘイセンガキレイ」と云った

消えかけの平家蛍を充電する夏を延命する措置として

こどもらのルールが施行されたので、この公園はそらになります

受信したSOSを転送し、釣りを続けるオフのヒーロー

陸橋のやさしい背中へ駈け上がる父性も母性もあるような町

スーパーの買い物かごのしなやかさ悲哀はすべて似たり寄ったり

兄によるにこにこぷんの書割の模型はきれい虹をかまえて

姉の背に推進力をおくりこむ絶交明けにするふたり乗り

灯台をこんなにおいしそうに描く兄は自閉のまっしろな小屋

わかる? ほら、少しかわいく見えるのが十二号棟わたしのところ

僕だけの世界がほしいそう言った君のイヤホンから漏れる音

察すれば遥かな広野 制約が多い身体の置き場に困る

「スクーターの鳴き真似します」「アヒャヒャヒャヒャ、アヒャヒャヒャヒャ」とてかなしい

答えとは対岸の花 鏡台に母の秘密の、見てはならない

いつかまた集まることを約束に降る雨粒のように僕らは

まだ浸かれそうな海にも海月たち夏を渡してゆかなくてはね


  夏休み、ペッパーと喧嘩したい

放課後も同級生に遭うなんていやな僕らに進研ゼミを

玄関の国旗をかける金物にジャイアントコーンかかげて夏へ

ペッパーもだよな僕もだ 犬になり、ところ構わずうんこがしたい

コピー機を叩き壊してストレスを発散してる人らの動画

海まではあとどのくらい君だけを壊すことない海になるまで

ペッパーもアトムみたいに飛びたいか宙を眺めて独り言ちては

ジャイアントコーンの涙/深緑はすべて吸い込みすぎていないか

(バッテラ17号掲載作品)


  ピンポン

「ピンポンが壊れてるからクラッカーぱんぱん鳴らしながら入って」

教科書の端にうまれた怪獣が死んじゃった人、そうじゃない人

〈ヤンキー〉の標準的な家族です 博物館のキャプションが説く

あの樹では交信できない今はもう接続端子がかわってしまい

ぼくたちはおおきな軒の下にある鉢植えのよう雨に触れず

目を閉じて 何かのせいにする事は悪だと云った人は挙手して

ようかいがうわさを食べてふえました てぜまになって海にでました

『美しい世界の猫』という図鑑片手に野良を分類する人

種無しのぶどうが孕むやわらかく未熟なたねを、ごめんね噛んだ

なんでぼくだけみかんを貰えなかったのか考えながら帰る

憎しみの分だけ外に並んでるペットボトルがとてもあたたか

大晦日 すべての人が〈おおみそか、おおみそか〉って息をしている


【Ⅱ】

最近、自分の輪郭が定まりません。
トイレに籠って項垂れると始まるのです。
ぐわんぐわんと体中が膨らんだり萎んだり、
とても楽しいですよ。


  矯正少女

治具は希望群れのなかへとふみ出して、矯正少女笑え笑え笑え笑え


  宇宙ポップス

詩情を所持した疑いで、中央区・無職の男が連行された。

檸檬の黄 紡錘形も完璧でかん違いでは済みそうにない

外壁にとまった蝉が寝たことで木であることをやめられた家

バカになるお薬出しておきますね バカになれたらよく寝れますよ

人類がなまこを食べたその日には宇宙ポップス鳴り響いてた

サバンナの指歯みがきで触れたもの 昨夜の星をいくつか消した

「ふるさとが封入されたふうせん」と与論生まれの犬が差し出す

あの高い位置に描かれた落書きはこのビルがまだ小さいころに

なんとなく攪拌したの空の底すこしは息がしやすくなった?

当直の警備員から放たれてビジネス街を冷ましてく風

友だちの友だちの友だちの友だちの友だちの友だちがビル・ゲイツ

往年の踊り子だったばあちゃんの当時の姿を映すホログラム

完璧な記憶違いで二回目の入力時にもちゃんと間違う

八百年生きるからには二百歳すぎても親の脛を齧って

なんでもいい いつかミイラで見つけたらニックネームで呼んでください

いつまでも背が高いまま残された色鉛筆もちびてゆく夢

善いほうのワンボックスに載せられて夢の類いは運ばれている

淡月に浸してひらく鍋底に落ちてたいつかの督促状を

八百年生きるからには思い出は溢れるばかりで倉庫を建てる

人類のすべてをこの眼で見送って俺のバスだけ全然来ない

それはダサい停滞でした 町はもう船に変わると決めたのでした

午後からは休校ですと告げられて不穏な空へ放たれた魚

金色の折り紙にまず手をつけた子供のなれの果てでも見ます?

抜け目なく世界は用意されていて騙して角を曲がっても町

暮らそうよ 屋上巨大広告の裏の骨組み別荘にして

空の写真タイムラインに溢れてて神の自撮りに気付けないのだ

人の足音だとわかるまで数秒、たしかに秋は居たんですがね

誘蛾灯つきっ放しの秋の野でなにをかぞえる老兵なのか

旅人の郵便受けに詰め込まれ四季を味わう行政だより

iPhoneを、それから両眼を閉じました オレガノの降る神社の角で

友達が火星に住めば遺された人らの首は進化を遂げる

雨音にトスンと屋根を鳴らすのは、秋かもしれぬ 魔女かもしれぬ

スプーンの凸に膨れる世界 ああ、だめだこれでは滅んでしまう

希望だけ歌っていたい外壁のタイルを雨が洗うみたいに

わたしたちみんなものがたりを孕みそれをだいじにはこんでいるの

昨夜未明、星飲み込んだ犬がする脱糞をいま見守っている

かつて人が暮らした島に居残って鉢底を割り根付く音楽

脱毛をする人間は野生からこんな遠くに芦田愛菜だよ

湖上には遮るものがないゆえに呼ばれたらもう行くしかないね


  動物の巣

家という家みな窓を開けていてすべてのおとうと入れ替えている

はじめから手にしていないものなのになくしてしまいました 冬野へ

掃除夫が遺していった上空の湖でみな交尾していた

背中から季節へ落ちる潜水士〔ダイバー〕を引き揚げている逆再生は

向日葵の葉っぱを好む犬を連れ言語の庭は、ほらモンスーン

午後五時に歌降らす街 儀式とは轍に靴を当て嵌めること

機微の畑わけ入ることの難しさ わたしはここで眺めていたい

聴覚が最後に残ることを知りきれいな声のきみと遂げたい

かろりぃ、と口にするとき億万の水鳥音をたてて飛び立つ

がらんどうそれが僕らの欠点で動物の巣を真似しなくては

エメラルドウェーブの野趣を欠点のように店主は告げる日没

飛んでいた羽根の軽さを手にとればここに不安は満ち満ちてくる

欄干に腰掛けるきみ水面は呼べば震えるようなむらさき


  好きだったマンホールのことなど

きみが死ぬ決意をした日に世界的セレブも偶然死ぬかも いいの?

マンホール好きだったなあマンホール丸くしたひと天才だなあ

見えました。前世、あなたはハンガーを発明したプロイセンの主婦

きみそりゃあ、センチメンタル銀座でしょう。気をつけなさいとだからあれほど

ばいざえぃばいざえぃとか言い合ってふざけていればまた見た季節

食パンに表と裏があるというきみの新説ちょうどよい朝

少しだけ奇抜な体位でいくときもルツェルン湖の絵葉書褪せず

舞う雪も風を微かに押しやっているというのに気づいて欲しい

中出しの果てに生まれた僕たちと思えばすべて楽しくなるね

金正恩ひとつ歳下思い出のりぃさるうえぽんりぃさるうえぽん

美女が笑うところがみたいそれだけでザッピングするえんえんとする

ローラのこと思い詰めれば夢にくらいローラが出てもいいんじゃないの

レトルトを食べるマツコの一連の所作うつくしい灯油の値上げ

夕な夕なゆれる後れ毛うなじから冷えていくんだ人も樹海も

僕たちは輪廻どころか再履修くらいまくって抜け出せないなァ

働けば自由になれる◎謹製のスタンプやたらめったら押して

歩き方思い出せないまま席に戻るコピー機から宇宙のにおい

ブーメラン ドローン 猟犬 カッシーニ 吾が子 戻って来るものが好き

死ぬときにむっちゃいいこと言うために今から鍛えておくかちゅじぇつ

納税をした人だけが見ることを許されているエロい夢だよ

近寄れば民家の屋根に沈みゆく月を追うため展く町内

またひとつ鳴らせる骨が増えたから レイカ、たまには聴きにおいでよ

Put yourself in her shoes. 魚民で他人の靴を履いたついでに

蟷螂を手に乗せるとき子供らのルールブックの余白をおもう

春雷は魔法じみてて何か産むチリンチリンのなかにも少し

前世では木乃伊を作るとき脳を掻き出す棒を作ってました。

空を飛ぶ夢のなかでも現実の航空法に触れない高さ


【Ⅲ】

バスと犬の散歩を通して
街を把握しています。


  街路

心臓が青になります 天啓の響く横断歩道の子供ら

通勤のひだりの腕に朝顔を触れさせたのは文学でした

昔からあるあいさつのようにしてすれ違うひと傘を挙げあう

排ガスにつよい品種が選ばれて国道沿いに立たされている

郷愁の正しさとして通学路そこを抜けてく万羽の自転車

柔らかな口調のままに右の手で警笛を撃つバス運転士

金柑を好んで食べたという記憶だけで知らない庭と繋がる

しないのとできないのとをたゆたってバスは睡眠外来を過ぎ

越冬の渡りの鳥に選ばれた湖のそれなりの冷たさ

樋井川を飽きずに歩くもう何もかも取り尽くしたとはいえども

坂道をまっすぐ下る見えにくいものも信じてみようとおもう


  神様のアルバイト

弱視だと告げて覗けばランドルト環は珊瑚でできた島々

ビニールが指にくい込む 街頭の時計のひとつ狂いっぱなし

十回に五回は負ける背比べのなんでこんなに人が多いの

橋脚が受け止めつづけた重圧を毎夜解いてゆく海の熱

暗闇に手を差し延ばすそこにあるはずの灯りの紐の、頼りな

神様の仕事みたいだ朝靄へスワンボートを迎えに行けば

カーテンがいらない部屋で思い出すかつて抓った蕾の堅さ

老い犬の白髪を撫でる人類の深いため息とり出しながら

飲み干したカップの底に擦過創/遠くでゴール決まったみたい

扇風機最後の仕事は秋風の真似をすることだったのでしょう

春夏のモデルの脚の鳥肌をとうといものとして風信子〔ヒュアキントス〕

眼に落ちた睫毛が痛いニッポンに誰のものでもない土地はない

続ければやがては辿り着くことの手応えとして福岡タワー

遠くまで行くのだ人は吊り革を掴む手すべて輝いている


  小さな製塩所

夜の凪ぐ海は大きな一頭のクジラでしたね呑まれましたね

待つうちに夜中になってしまいました時刻ではなく夜そのものに

あゝおまえ、髭もきれいに剃れなくて褪色していく夏のアパート

いつも傘かばんに入れていたことがわたしを身軽にしていたんだと

ただ据えられている墓石でもわたしより倒れにくくて綺麗にならぶ

蚤の市でポンデケージョを購えばパナマ運河の閘門ひらく

思い込むちからはなくて、この夏の誰かの恋の終わり知りたい

微睡みに犬のぬくもり淋しさはあらゆるときに励起するもの

ほらみてよ今年も向日葵うなだれて弔うことに慣れてしまうね

ひとはみな小さな製塩所であって、だから天日を求めたりする

海岸線ぜんぶ埋め立てようとして本当にやってしまうのだひとは

うつくしい荒野にそっと貼り足してひかり輝くファミリーマート

ぽつねんとかわいく至る没年へ読点ばかり零しつづけて

日没はスーパースロー再生の、いいえ、ピアノがちゃんと聴こえる

春風を代入していく日めくりのふくらみがあり、それだけでした


  それは孤島

みうみうと海猫が鳴く 無個性を語ってしまう友達といる

その船を進めるための祝詞なら、誰が編み出さなくても在るよ

流水に指先くんとひいらぐも降る立春に飛び込むばかり

マフラーに埋もれていると思ったら どうやらそれは孤島、さみしい

たましいをきれいにみがききったのでひきこもるしかなくなったひと

ずれているあなたの意見を聴きたくて相談をしている節がある

ハンカチの蝶がひらりと留まるからあなたは花として枯れてゆく

何もかも僕とは違い過ぎるからあなたはすぐにいなくなる人

喉飴のひと粒選ぶいとおしさ満水までは遠い貯水湖

言霊が宿ってしまわないようにGood luck!と簡潔に言う

どこへでも車で出掛けて馬鹿みたいに車列をつくって笑ってた日々

明日葉はよい名前だな。明日また会いたい人がいるということ

「女」っていうとき少し緊張感 朝になったら犬の爪切り

話さない横顔に向け見えていない星のことなど言ってしまった

チョコレイトクロワッサンのチョコレイト最後に食べるあなたの少女

僕たちは神様みたいに第三者ピッツァを素手で持っているから

不意に手を繋いだことを思い出す そこにも不意が降れよあざみ野

何度でもボートを寄せて掴むべき出しっ放しの桟橋である


  たくさんの紙切れ

屋上へ追いたてられた灰皿にこの街最後の夕日があたる

しろたえのこれまで棄てた紙だけで福岡ドームは溢れかえるね

電車には乗らない人も多くいて、駅はCITYと呼ばれはじめる

ボラードの頂部に触れて思い出す甥の頭の大きさ熱さ

辞令にはホモ・モーベンス〔旅をする人〕たちの名が連なっていて見送るばかり

バス賃を早く用意し過ぎていて、ずっと握りしめている小銭

国道のいかれたアスファルトだっていつのまにかに均されるのだ

少しだけまわり道にはなるけれど賑やかなほうを選んで帰った

信じられる世界の音だ雨あがり酒場は露地に放たれていて

法律に守られていてどの部屋もひかりを溜めるひと時がある

ぼろぼろのソファの置かれた街角が誰かの部屋である可能性

陽だまりの多くなってく道でまた朝と名付けた猫に会いたい


【Ⅳ】

人間が二人以上集まると社会が
生じてしまうという必然をようやく
受け入れられるようになりました。


  ちょうどよい星

水道はあっさり止まる隣人は傘泥棒で必ず帰る

木の器削り出すとき捨てられた部分も買っているのだこれは

職安に西日を入れて蓋をする傷物野菜を買って帰る

アンチョビの家族が入った缶開くめらめら海で群れてたんだね

性欲は保持したままで新しくなったぶらんこ試しましょうよ

ボトルからワインが減ればボトルには今日の空気が満たされていく

僕ひとり住むのにちょうどよい星にむりやり割り込んできたあなた

朝鳴きのポストが告げるいつだって世界は先に成り立っている

その角の紫陽花の青憶えてて答え合わせをまたしたいから

初夏のリポビタンD飲みながらなんちゃらブランは主食とわらう

思春期に叫ばなかったこととかが暴力的な昼寝をさせる

高め合うなんて出来っこない午後に分け合うための乾電池買う

夏柳ガラスに揺れる解散のニュースで知った良いバンドたち

目に見える透明だろう僕たちは重なるほどに曇りゆくから

僕たちは不合理だから元を取るために海への計画を練る

潮風を浴びても身体錆びなくて下らないことずっと出来そう

かたわらに犬を眠らせ本を読む秋の港のベンチの夢の

明日は雨外れぬ予報受け入れてポトフを作るための遠征

月(までの余白のこともそうでした。そういう愛)が綺麗でしたね

明けるまで輪郭だけを眺めてる作意を削げばビルもあなたも


  春の北枕

甲と乙(僕は乙だな)こと切れた電球握りコンビニまでを

数停で降りるバスだが博多区を越えて東区まで行けるバス

空を飛ぶタイプだったらうまく飛ぶことができずに腐ってたろう

席を譲る一瞬胸にやって来て飛び立っていく感情の群れ

スローなる上昇をせよ雀の子金麦冷やして待っていてやる

ソフトケース握り潰したとき気付く悔やみだ煙草一本分の

爪があることで為されてきたことの全てに向けて敬意と嫌悪を

抱え込む十二ロールのシングルの強い香りも慰めとして

ちんちんのほねをならせばちんちんにほねがあるならなるおとがする

だが僕もあなたの生理周期へと取り込まれては廻る衛星

内海〔みずうみ〕に大きな船を閉じ籠めてリージョンコードの異なる僕ら

幸福があなたの傍にあるときの光り輝くきんぴら牛蒡

ブロッコリー小房にしてく森閑の森の部分にわけ入るように


  N’Djamena

北窓が均したひかりのなか君が統べる生活という系〔システム〕

冬ざれてゆけば車列の退屈な色味のことを殊更に云う

海みたいあるいは木管楽器みたい君が泣いたらできる空洞

服を着る枕で眠るヒトとして脆さを維持し続けなければ

春の陽の滞りない進駐も冷めた湯たんぽそのままにして

浜までを往って還って午睡する犬の躰に海のひろがり

僕がほしいひかりの君だ隣にいてこれが雲雀の声と教えて

この他に持てる命は決まってて、僕と君には犬が一匹

空気にも齢はあって排気塔越しに見上げる雨間の街

カナヘビの交尾を見ても僕たちは鍋をつついてたやすく眠る

うれしいと自然と動く尾を人は消したからには笑いましょう今

ンジャメナと咄嗟に継なぐ君とまだ続けていたい生活がある


  地図と世界

年に二度くらい想像してしまう人称代名詞のない世界

何事も楽しまなくちゃ損と云うあなたのガラムのクローブの香

遠くから悼む人らは空を見るそうすることがマナーのように

河口ごと静かな海を見下ろして取るに足らない感情のこと

飛んでいるように見えても落ちているだけただ長い時間をかけて

居酒屋のテーブルごとに世界があり出会いの外に出会いはないこと

霖々と世界は水を受け容れて御し難きことのあまりの多さ

明くる日も地図と世界は一致してゲニウス・ロキは老父の姿

自販機が受け付け拒否をした硬貨だけをあつめて買ったPerrier

酔客の大きな声は肉体という牢獄を脱しておるね

目薬で溺れることもあるだろう塩湖のようなシーツの上で

道に手向けられてる花を見て煙草燻らす弔い方を

青葉時雨あなたに降らす力学で言葉は不意を装い届く

黄身に傷一筋入れた 滲み出す黄色は希望の色との合意


【Ⅴ】

生活はもうしばらく続きそうです。


  貰い煙草

シンプルに生きたいのだといっぱいの郵便受けを触らずにいる

恥ずかしいきもちを括りつけたまま貰い煙草で生きていきたい

小説を読み進めれば置き去りの右ゆびのはらさんかんしおん

道ばたに打ち捨てられた法具のようプレミアムモルツの缶は祈りの

まだ葉物高いまんまだ/僕のもつ青春性は売りにならない

感情をさぼり続けた軒下に小さなままの蜂の巣がある

詩だろうと生き様だろうとよくわからないものばかりを有り難がった

(自転車が風雨に耐えて立っている)(名前を変えればリセットですか)

春嵐の点字ブロック吊り橋に、行けるところ? そんなの数多

いち早く見つけた君の名で呼ぼう佳作みたいな虹ではあるが

同棲の一日〔ひとひ〕を俯瞰してみれば事実のわりに鮮やかだった

原初。って納得をして死んでいくとこにはだいぶ遠いな 待って

生き方の軌道を正すような恋になるだろうか次にする恋

鈍足の僕を世界へ連れて行く書物のわずかとてもとうとい

寝ぼけてはどこまで続くかわからずに海重ね合い笑いましたね

行動が果実を結ぶことの いや、そうじゃないのだこのアボカドは

また罰当たりしましょうねってちくし野に流れる川の一本、二本


  一昨日鳴らした骨

飲みかけのコーヒー缶が死にました指にたしかな冷たさつたえ

まっしろと言ってしまっていいのかも吐息は俺の中身だったろ

生きづらさ誤魔化すための毛染めならそれも自傷のひとつと思う

低地へと水はあつまる必然に旅立たなければならないのだな

嘘みたいに息が白くて何回も何回も吐いて自分に見せる

働いて、感情をして、それ、持ち寄って、京極街でまた飲みましょう

人の見る世界をそのまま見たいから色の名前は忘れさせてよ

食べ尽くす貰いものとか思想とか潜水艦の発展史とか

一生に一度だけ鳴る骨だったみたいだ一昨日鳴らした骨は

花を買うなにかは変わるそのことのためにこそある営みかもね


  川縁

この冬はたくさん見れたピカピカのmakitaの色のかわいいシューズ

超高層建設ラッシュ僕たちが買うべき階までまだ届いていない

となり町は火曜が燃えるごみの日と覚えやすくて覚えてしまう

オリーヴの若木を植えるこの鉢もたったひとつの地球ですから

「うちは足りてますのでぜひどうぞ」アベノマスクを西田さんちへ

離水した鴨にまつわる美しい数式がまだそこここにある

蜃気楼見ないまんまに弱ってくずっと前から1未満の眼

犬の眼に映っていればいいことのひとつに虹を挙げておきます

傘を差す人がいるかで推し量る雨量のようにあなたを見たい

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本木さんは西田さんちが嫌いです。毎日ドタドタうるさいからです。

ルーターの明滅まるで二十日鼠の拍動に似て、死なないで

乗らないバス、食虫植物、睡蓮のない堀 こちらと距離を保って

個性ですか 他より少しだけ長い診察券の端がぐちゃぐちゃ

独りではどうにもならんこともあるバンドの曲の休符のくだり

擦ったら色を失うインクみたい確かに揉めていたはずだけど

飛行機雲ゆっくり生じる補助線は理解を助けるためだけに引く

飛び出した広告を消す×ボタン探す脳トレみたいな時間

ペットボトル車窓に置けばくるくると回る景色の緑がつよい

プラごみを減らせなくてごめんなさい人工芝に換わる校庭

無料版の秋が途切れてまた夏の体調不良の水鳥たちよ


  生きなくてはね

ベランダの手摺りと遠い工場の屋根を重ねる 平行じゃない

港とは行き止まりだと思うから負けてるような気になる暮らし

肉体の防水性能うらめしい濡らしてしまいたいことばかり

もうずっと家から出ない蜘蛛がいてぽりんぽりんと夢だけ食べる

もう僕は犬になりたい犬みたく他者〔ひと〕を愛したままで死にたい

薬缶から逃れていった水蒸気じぶんのために生きてごらんよ

白シャツの胸ポケットに透けていたゴミ屑どもをそのまま連れて

割りきれないおもいを整理するためにたまにひとりのうるう日をもつ

死ぬまでの所要時間を試算するサイゼリヤには季節のメニュー

晴れ晴れとした表情のお手本のような顔して辞めていく人

わたしには「蕎麦・大豆・エビ・ねこ・正義・おじさん・虚無」が含まれています。

中央区納税課にて「死にたい」と言いたい人の列に加わる

そうめんに入れた氷が吐き出した数日前の僕のため息

致死量に達するはるか手前にて満腹になるロールケーキは

治らない捻挫のようだふと君を想ってしまう体勢がある

いつだって身体のなかには夜がある 臓器のなかでは肺が好きです

上空で助走をつけた雨粒があなたの肌で熱を冷ました

ただ一度狂っただけでもう二度と時計としては生きていけない

ほっとけば勝手に閉まるドアでしょう忘れませんか互いのことは

とびらから扉へ到るあいだじゅう言い訳ばかり考えていた

セットした目覚まし時計が鳴るまでを敬虔な蜘蛛みたいな身体

あの人は玄関のない家でした僕は庭木の一本でした

うわ澄みを啜って生きる足もとの澱を乱さぬようにしながら

し飽きずに続けた人があんなにも遠くのほうでたのしそうだよ

今日はまだ傷ついていない 煙草の火、窒息させるやり方で消す

狂気だろう僕らはすごいスピードだ他人にブレーキ託したままで

夢想する浜田に移り最低限収入を得てたまに行く海

この胸の動物の不在嘆きつつ、YouTuberの仕事眺める

洗濯機まわし終えての静寂にとなり町まで僕ひとりきり

寒天のような世界だ飛行機雲そのまま西へ滑っていった

鮮烈な罵倒を浴びて長月へアジアン・カンフー・ジェネレーションと

眠らずにシンクは水を去なすのみ産まない身体はそれでも重い

専門を逸れた転職決めた日の帰りの角のなんだだりいな

大勢の宴は苦手帰路でする舌下投与のような影踏み

マシーンにやれる作業を繰り返すこれを祈りと呼べば、長雨

うちの棚(蔦屋のもだな)あした来る地震できっと倒れるだろう

つむじ風突っ切っていく隊列の、童心じゃないことを悔やんだ

ささめゆき、積もらなかった感情をなんと呼んだらいいのでしょうか

繰り返し脳裏に響くひたすらにポップなリズムのローンCM

語彙があるから苦しくて言語野をまっしろにする ユキ スキ タベル

ポラロイドフィルムの期限が切れていて撮るものすべて夕焼けになる

路地裏に点滅灯を走らせて人間というテーマパークは

新しいことができないいつまでも靴に入った小石蒐めて

人がみな色とりどりの風船に見えてしまって心許ない

上空を横切るときに煌めいた甍の波を忘れないのだ

ちゃんとして高台までを走り切るそうして僕ら生きなくてはね


  あの枝に海が触れたら帰るから

詩にならない人などいない海岸を通り雨いま横切っている

どうでもいいことほど遺る記憶には打ち棄てられたスペースシャトル

思い出す後ろ姿が君じゃなくバスのそれとは笑えもしない

アスファルト這うビニールの立てる音おおきくなっていくんだ不安

渚にもかつて巨竜が暮らしてて/やだな、失意は君だけのもの

窓台とベッドの高さがおなじこと人は規則を愛するけもの

生きていてあと十回はこの季節 落下速度は綿も小犬も

届かないものを哀しむエイプリルフールは寝ているうちに終わった

離れれば抽象してく誰もかも僕も忘れるほどの遠泳


  (了)


【あとがき】

 2015年12月から2020年7月までに詠んだ1465首から358首を選び、一部の歌や連作は改変・再構成して掲載しています。これで一応の区切りがつけられました。これからどうしようかと考えたとき、短歌でやりたくないことが漠然といくつか。漠然としている、つまり整理がついていないので、ここには書けそうにありません。今くっきりと思い浮かんでいることはひとつ、息をするように詠んでいけたらいい、ということだけです。

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那須ジョン
「蝉時雨」みたいな言葉を発明するまで続けるよ。