人間 ケインズ
イギリス人であったジョン・メイナード・ケインズはマクロ経済学の創設者として有名だが、若い頃には「蓋然性(通称、確率)論」の難しい哲学研究をしていたり、晩年にはIMF創設のためにアメリカとのやりとりを続けたり、多面的な活動をした人物である。かれは『蓋然性論』出版の1921年以降は、実業界や時事論で多く活躍することになるが、時にはアメリカのルーズベルト大統領に対して「ニュー・ディール」に関する公開書簡を提示したりして、「世論(opinion)」に働きかけることが多くなった。机上の論理の哲学ではなくて現実の問題解決に身を乗り出すようになった訳である。
彼を時事論家として有名にした『平和の経済的帰結』(1919)は世界的なベストセラーとなった名文であるが、他方で、「自由放任の終焉」という論文は非常に面白い。ここではアダム・スミスについて述べられている箇所があるが「アダム・スミスは自由放任論者ではない」というくだりがある。確かにスミスは、司法・防衛・公共政策や教育を国家が責任をもって行うべきとの考えを持っていて、「手放しの自由放任論者」ではない。ところが、いまだに高校の政治経済のテキストや一般的な(知識人の中での)理解でも、アダム・スミス以降の自由放任主義とケインズとを対比させる向きがあり。この誤解はなかなかなくならない。ケインズ自身が「自由放任の終焉」で述べている通り、スミスの著作には「自由放任」というキーワードは一度も出てこないのだが、おそらく彼のこの論文以降、彼以降の経済学とそれ以前の経済学とを区別するような一般的理解になったのだろう。
ただスミスは個人が利益を追求すると個人の意図しない結果として全体の利益がもたらされるというのだが(有名な「見えざる手」の一節である)、ケインズは「市場は天上からはコントロールされていない」として、人為的なマーケットの管理を提示する。両者の政治経済学理解は、その時代背景を踏まえた研究がされてもいいと思う。
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