『愛されて―魂の癒えるまで―香織の物語』
香織…1995年(平成7年)1月15日生まれ。現在2010年秋。高校1年、15歳。母は神戸の震災で産まれた数日後に亡くす。母は神戸の地震1995年1月17日火曜5時46分でなくなった。学校でも孤独を抱えているが、他の人の様子を観察するのが好き。髪が長い。
ヒロミ(一六三)…宇宙人。ある計画に沿って動いている。
双葉…ヒロミのパートナー。
お父さん…ちょっと笑いを取るのが好きな香織のお父さん。料理が得意。
おばあちゃん…岡山の父のお母さん。畑で野菜をたくさん育てていた。
慶子さん…父の再婚相手。香織が中学2年の時にやってきた。低血圧で朝が弱い。
柏 聖人(まさと)…香織の高校の1年先輩。2年生。美術も音楽もできるみんなの人気者。
あらすじ
香織は1995年1月15日生まれ。神戸の震災の2日前に生まれた。現在高校1年生。
母は17日の震災で亡くなったため、母の愛を知らない。父の実家の岡山のおばあちゃんの家で大きくなった。おばあちゃんが12歳の時死んでからの数年は父と二人暮らし。その後父は再婚するが、継母の慶子さんと香織との折り合いは悪い。慶子さんが朝が弱いので朝食とお弁当父と二人分を作るのが日課。
香織が15歳の秋、宇宙人のヒロミ(一六三)がやってくる。ヒロミは学校でも孤独感を感じる香織を宇宙船に案内する。といっても夢を通したものがほとんどで、香織には本当のことだったのか確証がなかなか得られない。ヒロミには香織に目をかける理由がある。
宇宙人の最初の来訪
最近、朝方になると目が覚める。外でなにか機械音がするのだ。それは、小さなプロペラが回転するような音、ごく小さな音だ。毎朝4時くらい。今朝も音の主は外の空中に滞空しているようである。ファンファンファン…。しばらくしてそれはヒョイッと方向を変えて飛び去った。
しばらく〈間〉。今度はさっきより小さい音。ジンジンジンというような低めの音。香織は寝ながら意識だけはある状態で、それらの音を追いかけていた。なにやらそれは細い管のようなもので、香織の寝ている部屋の様子をうかがっているようだった。(香織の部屋は2階にある)
ある日、我慢できなくなって、起きて急いで雨戸を開けてみる。音はスーッと上に抜けていき、最後に部品が星のように輝いたのが見えた気がした。
今は2010年秋。香織は15歳。近所の高校の1年生だ。中学、高校と地元の高校に通っている。それなりに、見知った顔はいる。だが本当の友達はひとりもいない。
香織はひとりで過ごすのが好きだ。みんなといても、芸能人の話題にはついていけないし、そんなのどうでもいいと思ってしまう。クラスメートの好きな子の話題は少し気になるけれど。それより、本を読んだり、絵をかいたりしていたほうがいい。
高校に入って美術部に入った。絵をかくだけでなく、部室には先輩たちの立体作品や彫刻も飾ってあって、香織は入部を決めた。香織の入った高校は芸術に力を入れていて、美術や音楽がさかんだ。音楽の特待生で入学した子もいたりして、すごいなぁと思う。音楽室にはバイオリンやチェロもあり、高校附属のオーケストラまである。音楽が好きな香織にはうれしいことだった。
香織の母は香織が産まれてすぐ亡くなってしまった。その当時、家族は神戸に住んでいた。香織が産まれて数日後、神戸を大地震が襲った。香織の母は入院先の病院で病棟の下敷きになって亡くなった。新生児室にいた香織は無事だった。だから香織は、お母さんに抱きついたり、ねえねえ聞いて、と首にかじりついて甘えたり、悲しいことがあった時にお母さんのエプロンに顔をうずめてなぐさめてもらったことがない。それは仕方なかったことだと思う。
香織の父は冗談を言ったりするのが好きで、おもしろい。父は今いて、愛情をそそいでくれるけど、父の愛と母の愛、両方を受け取りたかったと思うのは贅沢なのなのだろうか?
香織は父と祖母の家に移り、そこで大きくなった。祖母は香織をかわいがったが、香織が大きくなる前に亡くなった。
祖母は畑で野菜を作っていて、幼かった香織に
「ばあちゃんがつくったんだよ。たんとおあがり。」
と夏には枝豆やトマト、秋にはさつまいも、冬にはかぼちゃなんかをせっせと料理して食べさせた。香織はその味を忘れなかった。畑から採ったばかりの新鮮なトマトのへたは、土のいい匂いがした。香織はその香りをかぐのが好きだった。おばあちゃんは言っていた。「野菜を大事にして話しかけてあげるとおいしくなるんだよ、」と。
おばあちゃんは朝起きて雨戸を開けるとすぐ畑の方を見に行く。香織が起きていくと「キュウリもトマトもたんとなっているよ。きょうは枝豆をしようね」と嬉しそうに収穫物を見せてくれるのだった。おばあちゃんの野菜はどれも優しくて甘い味がした。スーパーで売っているのとはちょっと違う野菜だった。
そしてキュウリやトマトは朝ご飯に並ぶのだった。
祖母が亡くなって数年してから、香織の父は一大決心をした。後妻さんをもらうことにしたのだ。もちろん、一人娘の事を思ってのことである。後妻さんは慶子さんと言って、香織が中学2年生の時にやってきた。慶子さんは最初は気を使ってはっきりと言いたいことも言わなかったが、香織とは小さなことでもやり方が違うらしく、香織はお茶碗ひとつ片づけるのもお小言をもらうようになっていた。
香織は家で孤立するようになっていった。そんな時だった。あの人がやってきたのは―。今あの人という言葉を使った。彼でも彼女でもなく“あの人”。その理由はおいおい分かることになる。今は話を続けよう。
最初は―声だった。鏡を見て身支度を整え、さあ、これでよし。行こうと思うと、
“きれいねー”。
と声がするのだ。最初は気のせいかと思った。思わず振り返ると鏡の中にはやっぱり私しかいない。でもその声が鈴を振るようにとってもかわいらしいものだから、悪いものとはとても思えなくて、
“精霊さんが私に挨拶してる?”
と思った。以前から空想するのが大好きで、自分の頭の中の想像上の人物たちとお話ししたり、お話を書いたりしていた香織は、驚きはしたものの割とすんなり声の存在を自分の心の中の登場人物として受け入れた。声は数日間聞こえなくなったりまた気の向いた時に声をかけてきたりと気ままだったが、段々と香織といろいろな話をするようになった。これは香織が声を受け入れてしまったことが大きい。“声”は受け入れられると見るや香織を質問攻めにした。ある日の会話。
慶子さんは朝が弱いので起きてこない。香織が朝起きてきてラジオをつけ、朝食の準備をしていると、
“今日は何を食べるの?”
と聞いてくる。香織は黙って準備を続けながら、今朝の朝食の完成イメージ図を心の中に広げる。
“へぇ~、目玉焼きにミルクにトースト、トマトサラダ。悪くないメニューね”。
“声”はなんだかくだけた口調だ。香織はちょこっとはにかむとまた作業に戻った。そのうち父親が起きてくる。ちょっとのぞいて、
「お、目玉焼きか。うまそう。」などと言って去っていく。父と揃って朝食を頂く。慶子さんは二人が出かける頃起きてくるのが常だった。
“声”は全てを見ているようで、
“あなた、ヨーグルトを忘れているわよ”。と助言までしてくれるのだった。こんなこともあった。香織がいつものように出かけようとすると、
“カギ”。
香織はハッとしてかばんの中を見てみるとカギがない。部屋に取りに戻るとカギが机の上に置いてあった。さっき部屋を出るときは気づかなかったのにどうしてだろう?不思議に思ったが時間がないのでそのまま部屋を出た。部屋から出る時、
“気をつけてね”。と声がした。
このように“声”の存在は香織の事を見護っていて、守りたいようだった。香織は聞いてみた。その頃には声に出さなくても思えば“声”に意思を届けられる事を知っていた。
“どうして助けてくれるの?”
声は答えなかった。しばらくして微笑んだかのように、
“―あなたが大事なの”。とそれはキュートな声で答えてくれた。
香織は顔に血がのぼったようになって、
「私が、大事!?」と驚いた。
見ず知らずの正体不明の存在に大事と言われても、それ以前になんでそんなにCuteにそんな大切な事が言えるんだろう。香織はその時その言葉に愛を感じた。と言うよりその存在の愛情をだ。愛。香織には縁遠いものだったものだ。香織は赤面した。
“恥ずかしがらなくてもいいわ。あなたは素敵。それは本当のことだもの”。
またCuteな声で“声”は言い、
“時間に遅れるわ。しっかりね。今夜、迎えに行くわね。”
と謎めいた声は気になるセリフを香織に残して去っていった。
First contact
授業を終え、部活動の美術部を終えて帰ってくる香織。友達があまりいない。
誰かにいじめられているわけではないが、香織には友達が少ない。一人目は石井さんだが、彼女はほかにも仲がいい人が何人かいて、休み時間はその人たちとしゃべっていることが多い。結局香織と一番の友達、というわけではないのだ。しかし彼女はクラス一といってもいいくらい頭のいい子だ。あまり目立たない感じだが、優秀なので誰からも先生でさえも一目置いている。仲良くなりたい子が多いのも分かるというものである。しゃべるのがそれほど得意でない香織は、楽しそうな彼女たちが談笑するのを遠目にみる。別にうらやましいわけではないが、少しさびしい。そんな思いを抱えながら、休み時間は本を読んだり、絵をかいたりして過ごすことが多い。弁当の時間は時々、彼女たちと食べるが、一人の時もある。
もう一人友達がいる。彼女は同じ美術部で本を読むのが大好きで、そこは香織と共通なのだが、分厚い眼鏡をかけていて、運動が嫌い。しかも自分の意見をしっかり持っていて、なにか誘っても「あ、私、それは嫌い。」とはっきり言われてしまう。せっかく誘っているのに、心が折れるというものである。
「ただいま。」
「おかえりなさい。遅かったわね。」慶子さんが夕食のしたくをしながら、声をかけてくる。18時をまわったところだ。「今日は美術部だったから」と返しておく。最近日暮れが早いが、そこまで遅いわけではないと思う。
先にお風呂に入ってしまうとすっきりした。夕食の配膳を手伝い、ご飯を食べ終わると、
「じゃあ、皿洗いお願いね。そのへんを水浸しにしないでね。」
と言われたので、ささっとやるに限る、と思い、手早くお皿を洗ってしまうとすぐ2階へひきあげた。
自分の部屋で明日の授業の教科書を詰め込んでから、ベッドに座って、音楽を聴いた。クラッシックの曲だ。交響曲メンチャイのCD。近所の図書館で借りてきた。メンデルスゾーンとチャイコフスキーの美しい交響曲を二つ合わせてそう呼ぶらしい。
今日美術部の先輩がこの話をしていて、わたしはこっちが好きだなと思ったが言えず。その前からメンデルスゾーンの曲は知っていて、すてきな曲だと思っていた。柏先輩。みんなの人気者で、とってもセンスがよくてかっこいい。家がわりあい近くなので、中学の頃から知っている、2年生の先輩だ。いつもグループの中にいる。制服の着方もなにがどう違うのか言葉では言えないが、先輩が着るとかっこよくなる。こないだ話しているのをちらっと聞いたら、ストールの巻き方を研究中だそうだ。柏先輩は美術部だが、音楽もできて、学校のオーケストラでバイオリンを弾いている。
みんなの憧れの先輩だが、香織にとっても、憧れの先輩だった。
「そういえば、声がきこえないな。」
香織がなにかに集中しているときは声が聞こえないようだ。
「“迎えにいく”って言ってたけど、どうやってくるんだろう?」
声は肝心なことを言い忘れている。
声も聞こえないし、音楽も終わり、やることもないので、パジャマで横になることにする。やっぱり、電気も消すことにする。こんな時はなかなか眠れない。もう10時はまわっている。なにか、音でもしないかと思ったが、まだ、おもてで自動車の走る音がするだけだった。
いつのまにか眠ってしまったらしい。夢の中でなぜか自分の身体が外に浮かんでいる。周りは「ファンファンファン…」という飛行物体がホバリングしている音が響き渡っている。自分の身体は緑色の光に包まれている。そしてそのまま、金色の金属でできた、円形の形の浮遊物体に吸い込まれていく…。ちょっと恐怖を感じて目をつぶってぎゅっと躰をこわばらす。
中には銀白の着物のお姫様がいて、わたしのほうにかがみこんでる。
髪はハッとするほどのきれいな銀髪で滝を打ったようにうしろに流れている。
なにかしているようだけれど、ぼやけてよく見えない。だんだんと焦点が合ってくる。
「あら、気がついた?」
ベッド脇に座る、銀白の着物のような服を着た、長い銀髪の和風のお姫様。背は香織よりいくぶん高くて、目は大きくてアーモンド形でそろっている。口も大きくて肉厚な唇をしている。年は少しいっているようだけれど、かなりの美人だ。
「あなたはだれ?」
「最近あなたに声をかけている者だよ。名をヒロミという。」
優しく香織に声をかける。
「じゃあ、あの謎の声の?どうして私に声をかけてくれるの?」
「あなたが寂しそうだったからだ。お母さんを亡くしてから大変だったね。」
香織はヒロミの心の暖かさを感じた。
「学校生活も、なかなか大変なようだし…。」
「だから来てあげた。仲間もいるし、少しは役に立てるだろう。紹介しよう、私のパートナーの双葉だよ。」
きれいな緋色の袴姿の女性が部屋へ入ってきた。髪はやっぱりとっても長い。ひざくらいまであるだろうか。シンプルに一つにまとめられている。ベッド脇に座っているヒロミのかたわらに寄りそうに立った。
「双葉は女性でね。よく気がつく人なんだ。ああ、なんだか不思議そうな顔してるね。そう、私の星では産まれる者はほとんど雌雄同体でね。双葉は別だけれど、私も女性と男性の機能を両方生まれ持っている。」私の故郷では人口子宮で育つのが一般的なんだ。人工子宮で育ったものには順番に番号が割り振られるんだよ。私の名前ヒロミなら、一六三という具合にね。」
「えっ、雌雄同体って?人間ではないの?」
「いいえ、人間よ。でも、その質問はこの地球に住んでいる人間か、という意味かしら?それならそうじゃないわ。私たちはさっきも言ったようにほかの星からやってきたわ。あなたを見守るためにね。」
「あなたは宇宙人なの…?」
「まあ。じゃああなたは宇宙人?」
「あっ!ええ、そうね、そうとも言えるわね。」
香織ちょっと驚いてしどろもどろになりながら口ごもる。
「そんな事考えた事なかったものだから…。」
「そうね。あなたが私達の事を人間?宇宙人?と不思議に思うのも分かるわ。あなた達から見れば私達は宇宙人。地球人に何をするか分かったものではないものね。でも大丈夫。私達は決してあなた達を傷つけにやってきたわけじゃないから…。」
香織の髪の毛に手をやり、ふんわり撫ぜる。驚いて身を強ばらす香織。
「ほうら、大丈夫。」
母親のような言い方で香織の両の手を取るとShipの中を少し案内してくれた。
「ここが操縦室。操縦する人以外は入れないわ」隣の部屋を示しながらヒロミさんが言う。
「今は自動操縦中。双葉は操縦上手なのよ。機械と自分をつなぐって感じかな?体の一部みたいに動かせるわ。」
そこへ双葉さんが飲み物を持ってきてくれた。といっても中身は後から変えられるのだ。
「ハイ、どうぞ。」
渡されるとその瞬間に中身が変化してゼリー状のイチゴジュレになった。
「あら、おいしそう。」
双葉さんは言うと、空中から何事もなかったかのように柄の長いスプーンを出して香織に渡してくれた。
香織はびっくりしたが、自分が食べたかったものがここにあるので、一口食べてみた。味はシャンパン風味で果実の味が濃かった。非常にジューシーなジュレだった。いつのまにか着替えてきたヒロミさんが、(白地に金銀の糸 男織りといってね)
「どうかしら、おいしい?」
そして、
「気づいたかもしれないけれど、そのジュレはあなたの思考に反応してそのジュレになったのよ。」
確かに香織も気づいていた。双葉さんが持ってきてくれた時、タンブラーの中には透明な水のようなものが少し入っているだけだったのだ。
「すごいね。どうしてこんな事ができるの?」
「あら、あなただってすごいのよ。イチゴジュレを創ったのは、この空間の中であなただってこと、あなただってわかっていると思うけど。」
そう言いながらヒロミさんは近づいてきて、
「本当よ。全ては思考から始まるの。確かにあのコップの中には思考に反応しやすい物質が入っていたという事もできるわ。でも、それがなくったってね。ちょっと見ておいで。」
隣の部屋へ行き、なにかを取ってくる。
「いいものがある。これを見て。」
見るとヒロミさんの前に小さい地球が浮かんでいる。胸元の真ん中に球があるイメージだ。
「さあ、これを…。」
腕をのばすと、地球が移動して香織の目の前に来たのと同時に大きさが人の大きさほどになった。
「これは脳波でコントロールする世界よ。香織にバトンタッチするから見たい都市を思い浮かべてごらん。」
そういうと地球は回転を始めた。しばらくすると回転がゆっくりになってきて、日本のところで止まった。
「東京ね。」
映像は拡大されて東京の都市が映し出された。またたくネオンが光っている。
「これでしばらく遊ぶといいわ。」
ヒロミさんは言うと香織を見守った。幸せそうに微笑みをたたえながら。
夢はそこまでだった。
朝目覚めると自分のパジャマを着てベッドに横になっていた。そういえば、Shipで操縦室の隣の部屋へ誘われたあと、
「これを着る?」となにか薄い衣を手渡されたような気がする。衣は虹色に光って透けている。なんだかそれを着たような覚えがある。確か“天女の羽衣”って言ってた気がする…。着るのをためらっていたら、
「あら、そんなこと気にしないわ。私たちしかいないのに。」
とかなんとかいってたっけ。何が問題だったんだっけ?
しばらくじっときのうのことを思いだしてみる。なぜか恥ずかしくて、顔が熱くなる。
そこまで考えてから、
「大変、もうこんな時間。」
慌てて制服に着替えて、下に降りていく。今日はもう目玉焼きができていた。
父が作ってくれたのだ。父は料理がうまい。おばあちゃんが亡くなって、慶子さんが来るまでのあいだは毎日料理を作ってくれた。
「おはよう。」父が新聞から目を上げて、声をかけてくる。きのうの夢のドキドキ感をしまいこみ、平静をよそおって、香織も言葉を返す。
「おはよう。」
「さ、早くしないと。遅れるよ。目玉焼きは作っておいたから。」
おかげで、ちゃんと学校に間に合うことができた。
ヒロミさんの出身惑星
しばらくして〈声〉の来訪があって、ヒロミさんと夢で出会ったあと。
夜中2時頃、部屋で寝ていると家の前にシュンッという音とともに、ヒロミさんが小型のShipを笑顔で運転させているイメージとともに、頭に入ってきた。わあ、と思って飛び起きる。眠気が吹き飛んだ。扉を開けようとするが、
「そこで待っておいでよ。」
とヒロミさんの声が聞こえたので、ベッドに座りなおして待つ。ヒロミさんカッコイイ。
興奮冷めやらぬ中、
「少しは寝ていた?今日は私が直接来ちゃったわ。ベッドに横になっていて。」
言われたとおり、横になる。
「部屋のドアは閉めてあるわね?見られると少しまずいからね。OK。今行きます。」
Shipの音はしなかったが、上に回ったらしい。建物がバリバリと鳴った。目を閉じるとファンファンファンの音がして、その音が緑色の筒状に私の身体の周りを覆っている。
驚いて目を開けようとすると、
「そのまま、そのまま。」
と言われ、ヒロミさんを信じてそのままいると、なにか浮遊感。緑の光を感じながら、目を開けてみたらShipの中に寝ていた。
『パジャマは着ていないで、天女が着ていたと思しき薄衣を着ている。
「これ、宇宙服?」
衣の感触を確かめながら香織が聞くと、
「そう、天女の羽衣だよ。ほら、透けててキレイでしょ。人間が欲しがったのも、さもありなん。まあ、宇宙服というより、私たちが星で着てるものよ。」
「でもこれはリラックスできる一番のウェアよ。」
ああこれだ、この前夢で見たの。空調がきいているから薄くても寒くない。今は秋だけれど、ずいぶん冷える日もある。肌にサラッとして優しい感じがして気持ちが良い。
「うん、いいね。」
立ちあがって両手を合わせ、袖の中に手を隠しながら香織が言う。
「私たちの服も色々種類があってね。こないだ私が着ていた、もっと地のしっかりした服もあるわ。白地に金銀の糸のね。あれは男織りと言ってね。まだ私たちにも男の人が産まれていた時代からあると伝え聞くわ。」
「へぇ、昔は男の人も産まれてたんだ?」
「ええ、そうよ。でもだんだん数が少なくなってね。雌雄同体へと移行したわ。私は人工子宮で産まれたけれど、双葉はね、人工子宮じゃないの。」ヒロミさんが言っていた。
人工子宮には産まれた順に数字がつけられヒロミさんなら一六三、例えば古代に実在したと言われる女王卑弥呼では一三五となる。
「ヒミコは私のお姉さんよ。随分上だけれどね。」と笑いながらヒロミさんが言う。
「ヒミコは宇宙人だったの?」私が驚いて聞くと、
「そうよ。移植されたのよ。」とヒロミさんが澄まして答える。
「宇宙人の血を引いているからあれだけの力を授かったのよ。産まれて赤ちゃんのうちに人に預けられたから本人に自覚はなかったのかもしれないわ。私たちも能力を持つ者がいたほうがやりやすいの。」
「今度はあなたがそうなるのよ。」私の髪の毛を優しくなでながらヒロミさんは言うのだった。
「この宇宙船は古代日本でヒヒイロカネと呼ばれていた金属の進化版でできているわ。永遠にさびない、3000度の温度にも耐えられる。昔は地球人とも交流があったんだけどね。今は人の心が閉じてしまっているから。
ヒヒイロカネはその昔スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治したときに体内からでてきた、草薙の剣にも使われてるわ。体内から出てきたというのはあやしいわ。きっと神格化したかったのね。
ジパングの話を聞いたことがあるかしら。大昔、東のはてに黄金の都がある。この伝説をもとに大航海時代の侵略者たちは東に向かったんだったわよね。これはまだ大陸の形が今と違う頃、日本の近くに大きな大陸があったの。そしてそこに住んでいる人たちは争いを好まない平和な人達だった。家々の屋根は黄金色のヒヒイロカネで葺かれていた。これがジパング伝説のもとになったわ。
私たちはあなた達が昔、六連(むつ)ら星とよんだ星からきたの。故郷の星は大小30あまりの星からなる連邦共和国でね。いろいろな星にいろいろな種類の人たちがすんでいるの。その中の一つが私たちの故郷星よ。
昔の日本人は知っていたの。昔、そこから来たという事を。だから、特別な思いで、六連ら星を数えては眺めていたの。そう、わたしとあなたの祖先は一緒なのよ」
「香織は知っているかしら?六つら星の今のあなた達の呼び名を?」
「うーん、なんだろう。オリオンは6個くらいほしがあるよね?」
「残念ながらオリオンじゃないわ。昴(プレアデス星団)のことよ。星が集まっているから、いくつ星が見えるかで、目のよさが分かると言われているわね。あなたもいくつ見えるかみてみるといいわ。さっそく明日の夜見てみましょ。」
ヒロミとすばるを見る
というわけで次に日の夜。夜11時くらい。みんなはまだ階下にいる。
香織はパジャマに着かえてから、あったかい靴下、外用のコートを着こんだ。
「準備はオッケー?」
ヒロミさんが頭の中で聞いてくる。
香織は「うん。」とうなずくと2階のベランダに出てみる。出てみて、忘れ物をしたことに気づく。
「寒い!」
頭と手がこれじゃ寒い。
ちゃんと準備したつもりだったのに帽子と手袋をするの忘れてた。
頭はとりあえずコートのフードをおろし、あわてて部屋のなかに戻る。手袋を探していると足音が階段をのぼってくる音がする。
とりあえずカーテンのかげに隠れる。コートで着ぶくれしているので、確認できないけど、ふくらんでいるのは間違いない。
「あら起きているの?」
部屋の電気はついているのに香織がいないことに、慶子さんは気づいたようだ。
「トイレにでも行ったのかしら?」
ぶつぶついいながら慶子さんは香織の部屋の扉をしめてくれた。ああ、よかった。
「部屋の電気を消した方がいいわね。」ヒロミさんが言う。
「そうだね、ちょっとまって。」香織がごそごそ棚を探す。
「あ、あった。」ちょうどよいサイズの懐中電灯を見つける。
「あら、いいのあるじゃない。」ヒロミさんが頭の中で言う。
「手袋はあったの?ていうかあなた、コートの中に・・・」
コートの中にてをつっこんでみるとあったかいミトンの手袋が入っていた。
手袋をはめて懐中電灯を持って、電気を消す。懐中電灯の明かりをたよりにガラスドアから音もなく外に出る。
「六つら星ってどうやってみつければいいの?」
「そうね、まずはオリオンを見つけてみて。」
オリオンはすぐ頭上にある。「見つけたら真ん中の3つ星の右の方をずーっとみてみて。」
「あーあれ?」星が大小5、6個見えているところがある。目が暗いのになれるとだいぶ見えてきた。
「そうそれよ」
「きれいね」ヒロミさんは香織の目線から楽しんでいるらしい。
「宇宙って美しいわ。そう思わない?」いつもの調子でルンルン調子にのってる様子が目に浮かぶ。
「ちょっと寒いけれどそこで待っておいで。いいものを見せてあげるから。」
宇宙船が鳴動する様子を見せてくれる。さながら天体ショーだった。
「みててごらん」ちょっと間があってから突然楕円形のオレンジの光があらわれた。
光は乱舞しながら赤や緑に色を変える。そして、一気に4、5機の光があらわれたのには驚いた。くるくる回りながら一つの意思を持った生物のように発光色を変えながらスーッと消えていく。そんな様子を見せられて香織も言葉も出ない。
「わたしたちには仲間もいるのでね」
「さあ、今日のところはお休み♡」
時間にしたら全部で3分も見ていなかったと思うが、ずいぶん長く感じた。興奮冷めやらぬ香織はコートやなんかを脱いでベッドに入った後もなかなか寝付けなかった。
ベッドの中で何度も寝返りを打つうちに明け方になった。外で鳥が朝を告げている。ふと明け方を空からみて見たい、と香織は思った。もしヒロミさんのShipから外を見せてもらったら、地球の明け方が見えるんじゃないかしら?香織はワクワクした。
イリュージョン
毎日のように夢に落ちてヒロミさんや双葉さんとShipに乗るのは普段のことになっていた。連日連夜で嬉しい反面疲れてきたのも事実だった。
「今日はShipの奥へ案内してあげる。」ヒロミさんが言う。
Shipの奥には丸いドーム状の部屋があり、室内はうすぼんやりと白っぽい。少し紫がかっている。丸い椅子がいくつかあり、ソファらしいものもいくつか壁際にある。
「ここは瞑想室。リラックスできる場所よ。」
ふわっとした、丸い、透明なゼリーが中に入っているようなソファがある。リクライニングソファ。身体が包み込まれるようだ。それに横になり目を瞑(つむ)る。落ち着くサウンドが聞こえ、壁の色が音に合わせて変わる。鳴動する。目は瞑っていているわけだけど、明るさは分かる。
ずいぶん照明を落としている。
「この部屋は中にいる人の脳波に合わせて環境を調整してくれるの。あなたは相当お疲れモードね。もし休むんだったら自分の部屋に帰るか、もうちょっとちゃんと休める場所に行った方がいいわ。ここは瞑想の小部屋と言ってね、眠るための部屋ではないからね。」
香織 眠くて声が小さい「…私、ヒロミさんと一緒にいたい…。」
「なあに?もうちょっと大きな声でいってみて?」
香織、もごもごと何か言う。相当眠たいらしい。
「しょうがないわね。じゃあ、私の部屋へ来る?Shipにも種類があるんだけど、今日は大きいのできたの。」
二人は部屋を出て、透明カプセルに乗り上の方の階へ。透明だから各階が見える。働いている人たちがいる。
ゲストの宿泊施設に行かずヒロミの部屋へ。
「まあ、ここまで来たのは地球人ではあなたが初めてよ。いい?こちらで寝るのは2時間だけよ。そうでないと帰るのが遅くなって自分の家で眠れる時間が少なくなるわ。あなたの家は今、夜の10時。12時過ぎにはあなたを眠ったままおうちに届けてあげるから。心配しないで眠っていいわよ。」
なんとなく目が覚めてきた香織。広めのベッドの上で座ってヒロミとしゃべり始める。隣に座るヒロミ。着物のようなものを着ている。色は白地に金銀糸で織ったような風合い。すごく素敵だ。
ヒロミさん「横になった方がいいわ。」
ヒロミはソファらしい所に座る。「いてあげるから。」
「なにか好きな香りはある?」
と聞くので、
「ラベンダーの香りが好き。心が落ち着くから。」
というと、
「好きな花は?」
「ゆりかな?桜も素敵。」
と香織が答える。
「目を閉じて。」
ヒロミが静かに言う。
目を閉じると、目の前に白いゆりと紫のラベンダーが満開のお花畑があらわれた。ラベンダーのほのかな香りがする。後ろのほうには桜の太い木も何本かあって満開だ。風が吹くと、桜の花吹雪が香織の顔にかかってきた。
「う、ん。なにこれ?」
「ちょっとしたイリュージョンよ。寝るなら楽しいほうがいいでしょ。」
桜吹雪はやんで、桜の木につったハンモックで横になっている自分が見える。
ふわり、ふわり、桜の花びらが散っていく。ここは春の午後の陽射しに包まれ、あたたかで幸せだ。
しばらくすると寝息が聞こえ始めた。ソファを立って側に来る。じっと香織を見つめていたが、着物を着た手で香織の顔の輪郭を撫ぜる。
「かわいいこと。疲れちゃったのね。」
朝目覚めると自分のパジャマを着てベッドに横になっていた。着がえたつもりもなかったのに。昨日のあれはまさか夢?にしてはリアルすぎる。ヒロミさんの顔、ちょっとザラっとした服の感覚。でも何だか知らないけれど6時半に気持ちよく目覚められた。はぁー、いい気分。思いきりのびをする。なんだか最近幸せ感がでてきた。短時間睡眠なのにおかしいな。さあ、朝食とお弁当を作らなくっちゃ。いそいそと起きてくる。ラジオをつけるとこの時間はバロック音楽をやっている。心がチューニングされるような音楽だ。先に淹れたミルクティーを飲みながら卵料理を2種類作る。目玉焼きと卵焼きだ。目玉焼きは朝ご飯用で卵焼きはお弁当用。いつもの決まった日課だ。
きのう何を話したかよく覚えていない。でもヒロミさんといられて幸せだった。何となく暖かい感じがするから、お母さんってこんな感じなのかな?ふと思った。
香織 モノローグ
ヒロミさんをこんなに好きになるなんて思いもしなかった。ヒロミさんは雌雄同体だけれど。女の人を見て“きれい”、“私もこうなりたい”って思うことはあっても“好き”って思ったことはなかったの。でも女の人のふとした仕草。長い髪の毛をはらりっとかき揚げたり、手首を返して時計を見ている人を見ると、うっとりしちゃってる自分に気づいたり。許されるものならずっと見ていたいと思ったりして。そういう素敵な人に近づくために自分も髪を長くしたりしてみたの。
ただ、女性らしさに憧れていたのかもしれない。
そんな時にヒロミさんは来てくれたの。そして教えてくれた。魅力的な人を前にすると、そしていつでもいつまでもいいのよ。と言ってやさしく受け入れてくれる腕があるととても抗えないものだということを…。
私はヒロミさんに溺れた_溺れそうだった。でもそうさせなかったのもヒロミさんだった。ヒロミさんの男性性だ。魅力的で女性的な大和なでしこの外見から似つかわしくないくらいヒロミさんの頭の中は理性的に動いた。例えば学校から帰るとヒロミさんの“声”が聞こえる。「―時に迎えに行くからそれまでに今日やる事を済ましちゃっておいてちょうだいね。」当たり口はソフトなのだがこれはお願いとかではなく命令口調と言ってもよいものだった。
宇宙船で楽しく話をしている時も帰る時間が近づくと、「そろそろお時間よ。」と私をハグして連れて行こうとする。もうやめてって言ってるのに(怒笑)私が「イヤーッ!ずっとヒロミさんと一緒にいる。」というとヒロミさんは
「あら、そっ?」と言って微笑を浮かべて両腕を広げて近づいてくる。そしてそのまま_?すっぽり私を腕の中に包み込みたっぷりした和服のような服の袖で私の顔まで覆うのだった。布は乾いて暖かく柔らかだった。そして「だ~れだっ!?」とか言ってふざけながらさりげなく私を帰り道へと誘うのだった。
最初に行った頃何が飲みたい?というから桃ジュースと言ったら、桃のジュースに炭酸の入ったようなので歓待してくれた。一緒に寝る時も花園のイメージと花の香りを贈ってくれた。
こんな素敵なの初めて♡百合の花園にブーゲンビリアの香りを贈ってくれたこともあった。現実なら不可能でもイリュージョンの世界ではなんでも可能だと教えてくれた。姿は見えないけれどいつもかたわらに存在を感じている宇宙人、ヒロミさん (一六三さん)。ありがたいなあと思いながら他の人間には決して理解されないであろうこともわかっている。
ヒロミさんは香織に自分(つまり宇宙人)との子どもを産ませたいという。それは何故かというと、香織のDNAはらせんが通常の人より多いのだという。それは香織の母親と関係があるらしい。それでぜひとも子孫を残してほしいということのようだ。
本来人間は12本のDNAを持っていた。能力、今でいう超能力のようなものも使えたし、ヒロミたちのような宇宙人とも交信することができたという。しかしよくない宇宙存在による改変により人間は今の2本のDNAしか持たなくなってしまっている。香織のようなDNAの数が通常よりも多い存在が増えていけば地球の状況も変わっていくだろう、というのがヒロミたち宇宙人の見方なのだ。
ヒロミさんは子どもをつくるのを成人まで待つと言ってくれている。なのになぜその前に来たかというと見守るため、という。
今の地球はある存在にエネルギーを捧げる工場のようなものだ、とヒロミさんは言う。食べ物のようにエネルギー、それも人間の恐怖の感情を食べ物としている存在がいるという。それは別名“赤い悪魔”と呼ばれ知る人ぞ知る存在、隠された存在だという。楽しい感情や祈りの感情を食べる存在もいるんだよ。と優しく教えてくれた。彼らは教会や寺院に集まる。楽しい感情、ワクワクした気持ちは君を包み、護ってくれる神様のプレゼントなんだよ。“赤い悪魔”が怖かった私にそっと教え、ハグしてくれた。
試験管ベビーと創造神
「あなたとの子どもを作る計画なんだけど、」ヒロミさんが言う。
「試験管の中で子どもを作ることも出来るから安心してね。人工子宮は母体の子宮の中の条件が整っているから、そこで受精卵を赤ちゃんになるまで育てられるしね。何も心配いらないわ。」
「双葉さんは?」
「ああ、私のパートナーだから?」
フフッとヒロミさんは笑い、
「いいのよ、正直におっしゃい、双葉に悪いと思うのね、この子は…。」
「…。」
「私たちの関係はオープンなの。地球人たちの思うような関係じゃないのよ、パートナーって本来。お互いを縛るためのものじゃないでしょう?生涯を協力し合って生きていくということ、何かあったら助け合う関係の事。私達の故郷では一緒に暮らしていないパートナー同士も多いわ。地球でいうところの‘バディ’みたいなものかしら。悩みを相談したり、困ったことを一緒に片付けたりするわ。そして何かあったら、駆け付ける。そういう苦労はいとわない。もちろん相性はいいわ。でもお互いのやりたい事には尊敬を持って見守るの。それも愛だと思うの。」
「それに、私たちはこの世界、宇宙にあるもの全てを愛してる。最初にこの世界を創られた創造神にならってね。そして特に相性のいい者同士がパートナーになるのよ。」
「あなたはまだ若いわ。これからの時を精一杯あなたらしく過ごしなさい。この話はそれからしましょう。」そして、これだけは覚えておいてほしいと言って付け足した。
「もしこの先私があなたの前からいなくなったとしても、あなたになにかあったら、私は必ず駆けつけるわ。そのことは覚えていて頂戴。」
「それにこの話はもっと上層部の意向が絡んでいるのよ。」
「上層部?」
「そうよ、あなた神様がいるのは知ってるわよね?」
「えっ、神様?知ってるというか日本には八百万(やおよろず)の神様がいるという話だけれど。」
「まぁー、そうなんだけどね。八百万の神を統べる、もっと正確にこの世の全てである大いなるものというのがこの宇宙をその昔創ったのよ。大昔だけれどね。で、その神は自らを創造神と呼ぶのだけれどね。」言葉を切って微笑んで香織を見るヒロミ。
「あなたにちょっとした秘密を教えようか?」香織の耳に口を近づけてささやく。
「…あなたも創造神なのだよ。」
「えっ…???」
ヒロミはハハッ笑って、
「聖書を読んだことある?“神は自らに似せて人間を創った”という一節を聞いたことはない?」(いつものヒロミさんに戻ってる)
一瞬とても深い海のような、男性性を感じる香織。ドキッとする。
「人間は神の精神、意識を受け継ぎ、そして自らも小さな創造神として立派に人生を歩けるようにと‘創造神’の親心がいっぱいつまった力作なんだよ。」
「人間がぁ?」
「こんな事学校で習わないでしょ?」
「それで…?」
「ああ、ごめんなさい。創造神は私達ひとりひとりなの。あなたにもう一つ教えてあげるわ。これは合言葉なんだけどね。」と言って、
「あなたは私。私はあなた。これは創造神と私達人間。そして、人間同士にもあてはまるわ。もし、うまくいかないことがあったら、心の中で創造神に言ってみて。あなたは私。私はあなた。なにかいいやり方が見つかるはずよ。」
「あなたもその気になれば‘創造神’の声が聞こえるようになるわ。」
「どうやるの?」
「周りを静かにしてね、できれば自分の部屋がいいわね。心の中も静かにする。そうするとフッと湧いてくるものがある。人によってイメージだったり、声だったりするけどね。それがメッセージなの。変な声が聞こえないからといってがっかりしないでね。神は‘すべて’なの。あなたを包んでいるこの世界、あなたの見るもの、聞くもの、触れるものすべてが神。もし何かアイデアが浮かんだらそれをやってみる事をお勧めするわ。それが創造神からのプレゼント、メッセージなのよ。」
大災害
「そうよ、あなた、」ヒロミさんは香織の頭を抱き寄せると、
「あなたは特異点よ。あなたのおかげでこの世界が助かるかもしれない。最近あなたの世界が劣化していると思わない?それは気のせいではないの。人の感情、思考が単純になっている。身勝手、人の事を思いやらない、自分さえよければという思考ね。それから刺激に反応するだけ人生を送っている人も多いわ。今は刺激(インターネット、ゲーム、TV)が多いからそれらに反応するだけで人生終わっている人も多いの。簡単にキレてしまう人も多いわ。人の事を思いやれないし、ガマンできないのね。あなた、TVや映画、映像はなんでもそうだけれど、これらは人の心を映し出すものなの。ある意味インターネットもそうね。皆自分の考えをつづっているでしょ。あなた最近TV楽しくないなぁってつぶやいてなかった?そうあなたはねぇ、今の地球人達と同調できてないの。出してる波動がちょこっと皆と違うのねぇ。だから見つけられたんだけどね。」と言って香織の頭をなでると手を離した。
だからその時々のTVや映画、インターネットを見れば皆が何を考えているのか、何に興味があるのかわかってしまうというわけ。
「でもどうして私のおかげで世界が助かるの?」
香織が聞くとヒロミさんはいつものようにフフッと含み笑いをすると
「そのうちに分かるわよ。」
「そうよ、香織、私は創造神の意向を受けたの。そう、私の意向だけではなしにね。香織を守ってやってくれ、希望の光だからと。これから地球はひどい事になる。暑くなったり、寒くなったりを繰り返して、異常気象が激しくなるだろう。人の心も荒んでくる。それでも君は生きてかなきゃならない。未曽有の事態が次々とやってくるはずだ。」
「待って、はずだって。決まってるの?」
「残念ながら大体はね。詳しくは言えないけど。…低い土地は危ないわね。」
香織の脳裏に海、波が浮かんだ。高くなった波、津波。津波が街を飲み込む…。大変だ。皆に伝えなくちゃ。
「待ちなさい。今行ってどうするの?それに今すぐという話ではないのよ。そういう可能性もあるという話なのよ。香織、約束して。地震が来たら近くの高台にすぐに逃げなさい。必要ならあなたの友人たちにこの事を伝えてね。それから備蓄も必要よ。もし大地震が起こったら輸送網が混乱するかもしれないから、一週間分の米と味噌、醤油を準備してね。」
「味噌、醤油?」
「そうよ。こんな時和食は強いわ。具材は何でもいいわけだから。それから畑で何か作るといいわ。大根でも小松菜でも。お肉はしばらく食べなくても死なないから大丈夫。備えあれば憂いなしよ。明日ちゃんと買ってね。ついていくわ。」
買出し
次の日、日曜日。リュックを背負って、近くのスーパーに買い物に行く。
ヒロミの姿は見えないが、声だけは聞こえている状態。
“まずは味噌ね”。
「どれがいいんだろう?」
“ちょっと手に持ってみてくれる?私が選んであげる”。
香織いくつか味噌を持ってみる。
“そうねぇ、この色の黒っぽいのがいいと思うわ。味噌はね、寝かすと色がだんだん濃くなってくるの”。
選んだのは八丁味噌だった。
“じゃあ、それを2つね。醤油も発酵食品だから持つわよ。あとはお米ね”。
お米を3kg入り2袋買わされる。福沢諭吉が飛んでいく。
精算を終えて、リュックにお米を2袋入れてあとは手提げに入れていると柏先輩のお母さんが近くにやってきた。柏先輩の家はそこまで香織の家に近くないが、この近くだ。たまにスーパーでお母さんに会うことがあるが、あまり声をかけたことはない。
香織はためらったが、勇気を出して、「こんにちは。」自分から声をかけた。
「いつもお世話になっています。」
「あら、香織さんね。こんにちは。聖人(まさと)がお世話になっています。」
“あなたの想い人ね。あの事は伝えなくていいの?”
「地震が起こって輸送網が混乱した時のために1週間分の食糧の備蓄を専門家(・・・)の人が勧めていて。備えあれば憂いなしだって。今日は買い出しにきたんです。柏さんも備蓄されたらいいと思います。」
「ああ、うちはやってるわ。ちょっと多めに食糧を買ったりしてね。でもえらいわね。自分で調べたの?」
「ええ、まあ…。」まさか宇宙人が教えてくれたなどと言えるわけがないので、黙っていると、
「わざわざ教えてくれてありがとう。お義母さまによろしくね。」
ちょっとした嘘がばれなかった事にホッとしながらヒロミと会話しつつ帰る香織。
「お花がキレイだね。」犬が散歩してる。面白い家がある。ヒロミと一緒だといつもの見慣れた光景が新鮮だ。“地球”を身近に感じてもらいたくて、自分の目線が宇宙人になったかのようだ。
空間旅行と時間旅行
「空間旅行と時間旅行どちらに行きたい?」ヒロミさんに問われて、
「お母さんが生きてた頃に行ってみたい。」と香織。
自分が産まれる日にタイムスリップ。亡霊みたいにその場を見ることはできるけど、いる人にその事は伝わらない。
お母さんは美人の黒髪だった。たおやかな笑顔を浮かべ、大きなおなかを抱え、街灯の灯りに照らされて、夜自動車に乗り込むところだった。これから病院へ行くのだ。その日はほぼ満月だった。お父さんが運転している。
「この後、あなたのお母さんはあなたを産んだ後、地震で亡くなってしまうの。まだ見ていたい?」
香織 凍りついた様に動きが悪くなる。
「うん、ううん。」
「どっち?」
「…ううん。」
“そうよね”。というように低くため息をついて、ヒロミさんは映像を消した。
「映像?」
周りは白っぽい壁に囲まれた部屋に戻っている。
「私たちはこの場を一歩も動いていないわ。」先にヒロミが言う。
「あれは過去の録画テープのようなものよ。タイムトリップして過去を書き換えられるというお話があるようだけれど、そんなの私達からしたらナンセンスね。過去は過去。起こってしまったことは起こってしまったこと。過去は変えられないわ。変えられるのは未来だけ。さあ、今日は何をする?」
香織。滂沱(ぼうだ)の涙を流す。訳も分からずに。
ヒロミ、思わず香織を力強く抱きしめる。
「そうよ、あれがあなたのお母さんよ。あなた似で美しくまだ若かったわ。(26歳だったはずよ。」もう少し見てみる?」
香織はまだ泣いている。うん、とは言っていないけど、赤ちゃんの映像に切り替わる。足をバタつかせて思い切り泣いている真っ赤な赤ちゃん。
「あれがあなたよ。」
ヒロミがささやく。
「この頃には分からなかったの、あなたがここにいるということが。私たちの血を受け継ぐ者がね。私たちのシステムにも穴はあるわ。あなたのお母さんはあれよ、人間と恋に落ちて私達と縁を切ってしまっていたの。‘つながり’ってとても大切なものなのよ。映像切り替わる。少しずつ大きくなっていく香織。
「もちろん機械は記録し続けたわ。これは全宇宙観測システムよ。ただ私達のところに‘重要’として情報は上がってこなかった…。あとは知っての通りよ。今住んでいるおばあちゃんの家が映し出される。母が亡くなって神戸の自宅も半壊したので、香織の父親は岡山の実家に戻ったのだ。その頃はまだ祖母も生きていて赤ちゃんの香織も含めて3人で暮らしていた。庭先のたらいで2人集って赤ん坊の香織を沐浴させている。2人の微笑み。香織は胸がいっぱいになった。
「もういい。」
香織はそういうと腰をおろした。映像が消えて元の部屋に戻っている。
「そうよ。あなたは生き残り。天女の血を引いた地球人よ。でも母親のようにならないで。私達と縁を切ったりしないでね。」
「あなたが‘いる’ということが分かったのは10歳を過ぎた頃よ。あなた、パワーが強かったのよ。機械が計測した値を見て私も驚いたわ。だってどうかすると私達と同じくらいの能力があったのよ。でもあなたの場合、強かったり弱かったりするんだけれど。
12歳の時おばあちゃんが亡くなったでしょう?その時の悲しみのパワーがすごかった。すべてをなぎたおすかとうくらいの悲しみで。計測計はこれはただ事じゃないとすぐに私達に届けてくれたわ。私達のところでは機械も生き物として創られてるわ。感情もあるし、自ら考えることもできる。自立した知能ね。」
「感情が強いということは、思いの力が強いという事。あなたが何かを考えたり、感じた事ってじつは宇宙中に発信されてるの。思いの力が強ければそれだけ遠くに考えてることが伝わるわ。さらにいうと、思いの力が強いということは、何かをしようと思った時の実現力が強いわ。意思が強いということにつながるからね。」
「でも、私、そんなに意思強くないと思うな。」
「ああ、それは自分で気づいていないだけかもね。でもいざとなった時、あなたはきっと力を発揮することができるわ。」
次の作品はこちら
『深海の秘密基地ー香織の物語』
https://editor.note.com/notes/n326a83154557/edit/
#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門 #1
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