2024.3.20 『互換性の王子』雫井脩介
「成功(なりとし)」と「実行(さねゆき)」の異母兄弟を軸にして様々な対立が描かれるなか、緊張と弛緩の緩急が心地よくスルスルと読み進められる作品だった。人の幸せを願う者にには花が咲く、正義の勝利で括られたことも読了後の爽快感に繋がっていたし、登場人物の性格や特徴が細やかで、人物像がイメージしやすかったことも要因の一つと考える。
何よりも創業者である英雄の広く社会の動きを見渡す視野と、狭く会社の動きを見つめる視点、そして冷酷とも見えるが相手のことを想い、確実に物事を前に進めるための「判断力」には唸るしかできなかった。
多くの人間が関わる企業において、トップの判断によって船の向かう先は大きく変わる。目的地に最短で向かうことだけが正解ではなく、時には回り道をすることも必要となる。数多もの修羅場を潜り抜けてきた英雄だからこそ出来た判断でもあったと思うが、それらが功奏して最終的には一つの成果に導けたのだと思う。
また、「成功」と「実行」の単語を使わずに物語を纏めていたところも印象的だった。言葉にする事で自分の元から離れていくような気もする「成功」は、口にするかどうかは置いておいて「実行」なくては得られないもの。初めは創業者の息子である成功(なりとし)の甘さや軽さのようなものと実行(さねゆき)の愚直さや硬さが表出して描かれていたが、最終的には実行を貫いた成功(なりとし)と、成功の影を描き続けた実行(さねゆき)が入れ替わっていたことが、とても面白い部分でもあった。(いずれにしても英雄は当初からそれを見抜いていたのが末恐ろしくすら感じる)
ドラマティックな展開も含めて、対比がもたらす爽快感が味わえる作品だった。個人的には映像でも見てみたいと思った。