【ショートショート】『近未来スーパーアクションコメディ/未来警察《昭和の事件》』
西暦2098年のある日の出来事
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その白髪のアメリカ人男性は、目の前のチェス盤を見つめながら暫くの間、頭を抱えていた。
そして、信じられないという表情で首を振った後、納得した様に頷いて小さく呟いた。
「Excellent...Excellent...」
男性は静かに笑いだした。
「フフフ、フッフッフッフ」
そして男性は、チェス盤を挟んで対面に座っている少年に手を差し伸べた。
少年は立ち上がって姿勢を正し、深々と頭を下げて、その手を両手で握った..
それは、国際交流の為のエキシビジョンとは言え、14歳の少年が、20年間負け知らずのチェスマスターを破った歴史的な瞬間だった..
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20年後
西暦2118年
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..アイツ、伊達先輩の捜査戦術をここまでかいくぐるとは..
だが、これで終わりだ!
ここは、NEO東京CITYの一角にある、30階建てのビルの屋上。
「助けて~~」
強盗犯に抱えられた、人質の若い女性が俺に向かって叫んだ!
俺の後ろから、20人の警察スクワッドがISP銃で犯人を狙っている。
俺は、そのモヒカン頭の犯人に小型コンピューターがはじき出した数字を、3Dヴィジョンで見せて叫んだ!
『おい!この数字を見ろ!これが、お前が逃走に成功する確率だ!』
【【【 6・57% 】】】
これで、チェックメイトだぜ!
だが、鉄鋲の付いた革ジャンを着た大男は、女性を腕に抱えたまま、手に持ったダイナマイトに、骨董品のライターで火を付けるマネをして叫び返してきた!
「うるせえ!とことん逃げてやるぜ!おい、この女がどうなってもいいのか!30分以内に、ここにバイドローンをよこせ!」
「キャ~~!助けてえ!」
えっ..こ、この数字を見せられて、まだ逃げようとする奴がいるのか..
統計上では、逃走成功率が【18%】を切った犯人は例外なく投降するはずなのだが..どういう事なんだ...
俺は最新の小型拡声器【ハーモニックジェネレーター】で15m先の犯人に答えた!
『いや、お前、それは無理だろう!ちょっと考えれば解るだろうが!ちゃんと計算したのか?数字と相談してみろ!少しは頭使えよ、お前!』
刑事になって6年、こんな犯人は初めてだった。
何故、アイツはこんな簡単な事が解らないのだろう?
とても事前にコンピューターでシミュレートしたとは思えない、余りにずさんな犯行..
まさか、現代の犯罪計画にコンピューターを使わない輩がいるというのか?
しかもダイナマイトとは...
まだ、そんな原始的な代物が世の中に存在しているのか..
そして、遥か昔の2Dアクションムービーに出てくる様な、奴のスタイル..
一体、いつの時代の人間なんだ、アイツは ?
俺は隣で険しい顔をしている、IQ228を誇る天才、伊達先輩に問いかけた。
「先輩、アイツ、この数字を見せられて何故、諦めないんですか?普通に考えたら逃げ切れる訳ないじゃないですか!子供でも解かるでしょう!」
伊達先輩は、小型ハイパーコンピューター【NAZ】をいじり、しきりと首を傾げながら、ノイ眼鏡のフレームに手をやって答えた。
「...解らん....完璧にチェックしてるはずなんだが..何故、投降しないんだ...奴の思考パターンが全く読めん...ありとあらゆる状況をシミュレートしてみたが....これはデータベースにも無いな...初めてのケースだ....」
日本警視庁始まって以来の天才、伊達巻男が動揺する姿を俺に見せたのは、5年前にコンビを組んで以来、これが初めての事だった。
わずか14歳でチェスのグランドマスターを破り、自らも、そのグランドマスターに登り詰めた伊達先輩は、その後、国家からの再三の要請を受け、国の経済状態にも影響を与える程増加していた、弱者を食い物にする高学歴知能犯達による犯罪と闘う為、刑事に転身した。
そして転身以来、伊達先輩は数々の強敵達をことごとくチェックメイトしてきた。
その伊達先輩の頭脳をもってしても予測不能な思考回路とは...
あの犯人、一体..何者なんだ..
伊達先輩はコンピューターの画面を見つめたまま首を振り、手の甲で額の汗を拭った。
そして、諦める様にポツリとこぼした。
「もしかして..これは、いわゆる【昭和の事件】と呼ばれる、特殊ケースかもしれん..」
「えっ、なんですか?その【昭和の事件】って」
「残念だが、俺達の手には負えないようだな」
伊達先輩は、そう言って俺の質問には答えず、腕に着けた3DICフォンにタッチして話かけた。
「ご無沙汰しております、船越刑事...」
えっ、船越刑事って、あの『警察スクワッド最後の砦』と関係者の間で都市伝説の様に語られている?
実在の人物だったのか...
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20分後、その人は100年前のクラシックなスーツを身にまとい、オールバックにした頭で、颯爽とバイドローンに乗って登場した!
現場に降り立ったその人は、クラシックムービーの伝説的サムライスター『三船敏郎』の様な圧倒的なオーラを放っていた。
この方が船越刑事か...
船越刑事は敬礼で迎える伊達先輩に声を掛けた。
「ご苦労さん、アイツが犯人か...」
伊達先輩は、心底悔しそうな表情で答えた。
「すみません...私の持っている知識とデータでは対処できなくて..」
船越刑事は頷き、犯人に視線を移した。
「仕方ないだろう、データにも限界はあるぜ...アイツは恐らく..
【昭和】のタイプ50、いや、40か....一瞬の勝負だな」
そして、俺に向かって言った。
「早速、仕事だぜ!拡声器を貸してくれ!」
俺は緊張しながら拡声器を渡した。
「ど、どうぞ!」
現場にいる全員が注目する中、厳しい表情で拡声器を受け取った船越刑事は、何故かそれを、前後逆に持ち、犯人に向かって話しかけた!
【【 おい! 】】
そして、逆さまに持っていた事に気付き、大袈裟にのけぞり、おどけた様に言った!
【【 違うか! 】】
それを聞いた犯人は、一瞬、足を滑らせた様に身体を後ろに反らした!
続いて船越刑事は拡声器を正しく持ち変えて、それを、おでこに当てて叫んだ!
【【 おい! 】】
そして、再び、おどけた様子で自嘲気味に言った!
【【 違うか! 】】
それを聞いた犯人は、つんのめるようにバランスを崩した!
その犯人のリアクションを見た船越刑事の目が光った!
こ、これは一体...
どういう事なんだ...
何が起こっているんだ..
も、もしかして、すでに犯人は船越刑事のペースに巻き込まれてるのか..
俺の隣にいる伊達先輩も、高度なチェスの対局を観戦する様に固唾をのんで戦況を見つめている..
「勝負だぜ...」
船越刑事はそう呟き、拡声器で犯人に叫んだ!
【 どうも、ペギー葉山です!違うか!】
それを聞いた犯人は、強烈なパンチを喰らった様に膝をガクッと折り曲げた!
崩れたバランスを立て直そうとしている犯人を見て、船越刑事は間髪入れずに叫んだ!
【【 こんにちわ!山城新伍です!チョメチョメ!! 】】
【【【 ズコッ! 】】】
船越刑事の意味不明な自己紹介を聞いた犯人は、同じく意味不明な言葉を吐いて、何故かその場にコケる様に倒れ込んだ!
倒れた反動で、人質の女性が犯人の腕から離れている!
俺はハイパーブーツのギアをトップに入れ、瞬時に人質の傍に移動し、彼女を救出した!
犯人は、立ち上がろうとしている所を、大勢の警察スクワッドによって取り押さえられている!
船越刑事の活躍によって、事件は一瞬にして解決した!
連行される犯人を厳しい表情で見ていた船越刑事は、納得した様に頷き、伊達先輩と俺に向かって、突き出した拳の親指を立てるという、意味不明なポーズを決め、バイドローンで飛び去って行った...
伊達先輩と俺は、その姿を最上級の敬礼で見送った。
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「【昭和】か...先輩、今回の件は解らない事だらけですよ...」
「ああ、そうだな...」
我々の行きつけのソニックバーのカウンターで、伊達先輩はリ・スコッチを片手に頷いた。
全く不可解な事ばかりだった..
船越刑事は何故、本名を名乗らず、【ペギーハヤマです】【ヤマシロシンゴです】と2度も偽名を名乗ったのか?
【ペギーハヤマ】【ヤマシロシンゴ】とは一体、誰なのか?
そして、犯人が吐いた言葉【ズコッ】とは何なのか?
何故、犯人はいきなりコケる様に倒れたのか?
考えれば考える程、謎が深まるばかりだった...
これまで、数々の超一級知能犯達と死闘を繰り広げて勝利してきた伊達先輩も、今回ばかりはお手上げの様子で俺に言った。
「今の時点で言えるのは、船越刑事があの時、犯人が無意識に反応してしまう言葉を的確に選んで発したという事だろうな...いや、明らかに、その【ペギーハヤマ】【ヤマシロシンゴ】では無い人物が、【ペギーハヤマ】【ヤマシロシンゴ】を名乗ったという意外性が、犯人との間に何らかの化学反応を起こして、あの犯人のリアクションに繋がったのかも知れん..解らんな...もう少しデータを解析してみる必要があるな」
そして、今でもチェスをこよなく愛する伊達先輩は、考え込む表情で続けた。
「今回、船越刑事が犯人に放った言葉は、20世紀のチェスマスター『ボビー・フィッシャー』が1972年に『ボリス・スパスキー』との第3局で見せた、いわゆる『神の一手』に一脈通じるものがあるかもしれん...
研究してみる価値はありそうだな」
そして、伊達先輩はポツリと呟いた。
「【チョメチョメ】【ズコッ】か...一体、どういう意味なんだろうか...」
【完】
監督、脚本/ミックジャギー/出演.俺.清田明益、伊達牧男役.鷺沼カイト、犯人役.カラーキーン、船越刑事役.佐村河内せめる