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【短編】『今夜はニート・イット/デーブの秘密』

会社をクビになり、暇を持て余して公園を掃除していた俺に、デーブという変な外国人が話しかけてきた。ただの変わり者だと思っていたこの男、実は意外すぎる秘密を隠していた!
デーブ!お前は一体、何者なんだ!
そして、あの伝説のスーパースターの魂が今、ここに蘇る!!…かも。
全米No1!この後すぐ!

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この話は、当時勤めていた会社から突然の戦力外通告を受けて、
もがいているニートだった俺の身に起こった、信じられない様な話だ。
あの人は本当に実在する人物だったのだろうか…

それは、まだ暑さが残る9月中旬のとある日の事だった。

その日の昼過ぎ、俺はジョーク好きなアメリカ人の知りあい、デーブと2ヶ月ぶりに再会して、一緒に亀戸にある俺のアパートに向かう為、新宿から電車に乗り、車内で談笑していた。
その途中、電車がJR市ヶ谷駅に到着した途端、待ってましたとばかりのタイミングで、デーブのクールジョークが炸裂した!
「…デモ、スベテのアメリカ人が同じ考えだとはイチガヤには言えないんダヨネ…ヨツヤならいいんだケドネ。クックックック」
右隣に立っていた若いOL風の女性の顔が、一瞬険しくなったのを、俺は目の端でとらえていた。
ふた月ぶりに会ったデーブのジョークは相変らずクールだった..

俺とデーブの出会いは3ヶ月前。
俺が理不尽な理由で会社をクビになり、まだ雇用保険で生活していた時の事だ。その時の俺は全てが嫌になってしまい、全部を洗い流してキレイにしたいという思いに駆られていて、自分の身の回りや部屋の掃除では飽き足らず、近所の公園もガムシャラに掃除してキレイにしていた。
とにかく無心になりたかった..
その公園で、清掃中の俺に声をかけて来たのがデーブだった。

「アノこの公園、イツモ掃除してますケド、後援会の方デスカ?」
という、ギャグだか何だか解からない問いかけに、俺は
「違いますよ」
と素っ気なく答えて掃除を再開したが、その中年の白人の顔が余りにも寂しそうだったので、ちょっと可哀想になり、こっちから
「どちらから、いらしたんですか」と問いかけると
「家からキマシタ」
と、まぁそりゃそうだろうという返事が返ってきた。
その日以来、なぜか知らないが、デーブは俺が掃除している公園に現れる様になった。
しょっちゅう現れるので、少しずつ打ち解けてきて、そのうち、ベンチに座りお互いの身の上話をする様になった。
デーブは、アメリカで仕事をクビになり、気分転換の為、少しの間だけ、日本の知り合いの所にやって来たという話をジョーク満載で語っていた。
俺は、お互いの似た境遇に少し親近感を覚えて、アドレスを交換して連絡し合う様になった..

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俺たちが乗っていた電車は、途中の両国駅に到着した。
平日の昼にも関わらず、やや込み合っていた為、デーブは降車する乗客に巻き込まれて、開いたドア付近まで押されていた。
「イヤー、山田サン、相変ラズ日本の電車は混んデルネ。モウ少しで押し出される所ダッタヨ、両国だけニネ。クックックック」
近くにいた、初老の女性が明らかに険しい顔になった。

俺の心に靄が立ち込めてきた..
本当に、この男はアメリカに住んでいるのだろうか?
日本語は、昔、日本人の彼女に習ったと言っていたが、話の端々に出てくる日本の小ネタは、とても外国人の感性とは思えなかった。
「シカシ、日本の街は相変らずキレイダネ。初めて日本に来た時を思い出すヨ…ソノ時は日本語がヨク解らなかっタカラ、間違えて、入口を(いろ)って、読んデ、ズットそこに居たんダヨネ。クックックック」
デーブの訳の分からない思い出話を聞かされて険しい顔になっている、左隣の女子高生を横目で見ていた俺の頭には、日々の生活の事で精一杯で、記憶の底に沈んでいた1ヶ月前の光景が、じわじわと浮かんできていた.…

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それは、法事で埼玉県蕨市の親戚の家に行った時の事だった。
親戚に頼まれて、近くのホームセンターに買い出しに行った俺は、意外な人物を目撃した。
       
【【【デーブ】】】                  

おかしいじゃないか!
その法事の前日に【1ヶ月後に又、来日する】と連絡がきたばかりだったのに!
目の前を走り去っていく、中年男性が運転するライトバンの助手席に座っていたのは、間違いなくデーブだった..

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電車が亀戸駅に着き、先に降りたデーブに続いて俺もホームに降りた。
そして俺は不意を突くように、背後からデーブに疑念をぶつけた!

「おい!デーブ!お前、本当は埼玉県に住んでるだろう!」

振り向いたデーブの顔に、俺の急襲に動じた様子は見えなかった。
俺はさらに強い口調で問いただした。

「お前、一体、何者なんだよ!」

しかし、それでも無言で悠然としているデーブに、俺はイラっとして、思わず胸ぐらを掴んだ!

次の瞬間、デーブの胸ぐらを掴んだ俺の手は、横からスッと出てきた細く長い手によって、簡単に捻られてしまった!

手の主は高級そうなスーツを着た、若く綺麗なモデルの様な女性だった。
女性は俺の手を捻ったまま、デーブに向かって語りかけた。

「会長、お怪我はございませんか?」

「か、会長?」
苦痛に耐えながら、俺はデーブの顔をマジマジと見た。
デーブは女性に向かって言った。
「吉川君、もういいデスヨ」
吉川と呼ばれたその女性は俺の手を放し、乱れた自分のスーツを直した。
そしてデーブは、突然、キリッとした表情になり、ズボンのポケットから名刺入れを取りだし、中から1枚引き抜いて、俺に差し出した。

(株)ダソキン
Chaiperson Of The Board
DAVID POLESTOMACH

そこには、俺でも知っている会社の名前が載っていた。
「えっ、ダソキンって、あの清掃用品の?」
デーブは頷いて俺に言った。
「ハイ。タイヘン勝手ながら、本日は予定を変更シテ、少しドライブしまショウ。宜しいでショウカ?」
俺は、突然すぎる展開についていけず「はぁ」と答えるしか無かった。

20分後、亀戸駅のロータリーに、どうみても場違いな巨大リムジンが止まった。
中から出てきた、身長2メートルはありそうな黒人の運転手がドアを開け、俺はデーブに促されるまま車内に入った。
外国のヒップホップのPVでよく見るシーンが、現実の物となって俺の目の前に現れた。
デーブの隣にさっきのモデルの様な女性が座り、俺はテーブルを挟み、デーブの対面に座った。
そのリムジンのシートは、考えられない位の心地よさだった。
高級そうなワインが並ぶ車内で、Tシャツに短パンの俺は明らかに浮いていたが、同じ様な格好のデーブに違和感は全く無かった。
そして車が走り出し、デーブは隣に座った若い女性を俺に紹介した。
「コチラは秘書兼ボディガードの吉川君デス」
吉川は俺に向かって
「先程は大変失礼致しました」
と軽く微笑んで頭を下げた。俺も頭を下げながら、デーブに訴えた。
「あの、いきなりすぎて、よく解んないんだけど、いや、解からないんですけども..」
「ハイ、山田サンを騙す様な形になってシマイ、大変申し訳アリマセン」
そう言って、デーブは俺に深々と頭を下げた。
「説明させて頂きマス。ワタクシ達の会社は、清掃を通シテ日本の社会に貢献スルという企業理念を持っておりマス。その為ニ、トップであるワタシハ、日本の皆サンの生活を知る必要がアリマス」
「えっ、じゃあ、外国のTV番組みたいに、会長自らが身分を隠して、覆面調査してたって訳?いや、事ですか?」
「イヤ、調査と言うワケデハ…私ナリニ勉強させてイタダイテいたと言いマスカ..」
余りに意外な告白に、俺は動揺していた..
じゃあ、あのバカさ、いや、ふざけたキャラは完全に作り物だったという事か…完璧な偽装だった。会長…しかも、こんな大きな会社の…
デーブが続ける。
「そのフィールドワークの途中で、山田サン、アナタに出会いマシタ…アナタの一心に掃除する姿に、ワタシは心打たれマシタ」

「えっ、あの時は単にヤケクソ…いや、そうですか、有難うございます。私も以前から、清掃を通して精神を清潔に保つ事を心掛けておりました」

俺のでまかせに、デーブは関心した様に頷いた。

そして何かを思い出して、懐かしむように

「…前にも、アナタの様な、清潔な心の持ち主にあった事がありマスヨ…」

と走るリムジンの外に目を向け、遠くを見る眼差しで続けた。

「山田サン。マイコー・ジャックスンはご存知デスヨネ?」

ん?聞き覚えの無い名前だった。誰だっけ?

「マイコー・ジャックスン?知らないなぁ..そんな人いるの?いや、いらっしゃるんですか?」

デーブは一瞬、意外そうな顔をしたが、ふと気づいた様子で答えた。

「失礼シマシタ。日本の発音デハ【マイケル・ジャクソン】デスネ」

俺は頷いた。
「もちろん、知ってるよ。いや、存じ上げてますよ」
デーブも頷いた。
「チョット、コレハ自慢話みたいになってシマッテ、申し訳ないのデスガ…実はワタシ、生前のマイコーと交流がありマシテネ」
「えっ、うそっ!いや、本当ですか?」
出会ってから、デーブの話を半分馬鹿にしながら聞いてきたが、これは流石に凄いと思った!
こんな大きな会社の会長なら、あり得なくもない話だが..
「【マイコーりょう】じゃないですよね?本物の方ですか?」
デーブは首を傾げながら隣の吉川を見たが、吉川は、同じく首を傾げて微笑むだけだった。
「チョット、何言ってるのかワカラナイんデスケド…トニカク、出会いの詳細は言えないのデスガ、ワタシは物理的に、マイコーは精神的に地球をキレイにシタイ、清潔にシタイと言う理念の元、お互いに通じ合っていたのデス。マイコーがツアーで日本に来るタビ、ワタシタチは夜な夜な、これからの地球にツイテ語り合いマシタヨ」
「へぇ…」
ちょっと前まで、単なる変わり者の外国人だと思っていた男の口から飛び出した、スケールがデカ過ぎる話に、返す言葉はそれくらいしか見つからなかった。

そして惚けている俺に、デーブは突然挑む様な眼差しになり、こう切り出した。

「トコロで山田サン!マイコーの曲の中で一番、清潔なメッセージが込められた曲って、ドノ曲か解りマスカ?」

意外な問いかけだった。
一番売れた曲ならまだしも【清潔なメッセージ】とは…
流石は清掃用品の会社の会長..着眼点が違う、深い質問だ。

俺は考えた..
しかし、そんなのは個人の主観でしか無い気がするのだが..
いや、こんな会社の会長までになる人物の言う事だ。何かあるのだろう、何かが..
さっきの話からすると、俺を試しているのかも知れない。俺を会社に迎えるべきか、否かとか..

も、もしかして、これって面接なの?

今の生活から抜け出すチャンスか?

考えて.…考えて.…考えて.…考えて.…

「.…お答えしましょう。【清潔なメッセージが込められた曲】ですね?答えは、世の中を変える為には、先ず自分を変えようと歌われているという、つまり精神の清潔さを歌った【マン・イン・ザ・ミラー】ですね!」

俺の答えを聞いたデーブは首を振った。
そして 、
「外れデス…答えハ」
と射貫くような眼つきになり、俺に向かって、突然、流暢な英語で叫んだ!!

  【【【【 BEAT IT 】】】】

その瞬間、俺の頭の中にマイケルが、この曲のタイトルをシャウトする、サビのフレーズが強烈に鳴り響いた!!
そして、デーブは声を抑えて続けた。

「日本語のタイトルは、確か【今夜はビート・イット】デスネ」

意外な答えだった。
「マイコーは、あの曲に、一番、清潔なメッセージを込めたんデスヨ」

「.…そうなんですか」

やはりトップに立つ人間は違う。凡人の俺には【清潔なメッセージ】という概念が、イマイチよく解らなかったが、あんなエッジの効いたハードな曲にも【清潔なメッセージ】を込められるマイケルの高い精神性に、俺は感動を覚えていた…
流石、選ばれた人間は違う。地球規模の、その崇高な魂に圧倒される想いだった。
俺は独り言を呟く様に、デーブに問いかけた。

「MJ..マイケル・ジャクソン…永遠のキング・オブ・ポップ。一体、彼はあの曲にどんな【清潔なメッセージ】を込めたんでしょうか?」

「ハイ。マイコーはこう歌ってマスヨ」

俺の問いかけに、デーブは突如、顔を緩め、 
公園で初めて俺に質問して来た時の顔になって答えた!




「『ビデー、びでー、ビデー、びでー』ってネ!
クックックックックックックックックックックックッ」





次の瞬間、リムジンの車内と俺の頭の中を、クールブリーズが吹き抜けていった…
まさに【クールの誕生】、いや、【クールジョークの誕生】だった..
車内に秋の気配が充満して、もう夏も終わってしまうんだなと、切なさがこみ上げてきた。
そして俺の頭には何故か、楽しかった少年時代の夏休みの記憶が、走馬灯のように駆け巡った。
両親に守られ、将来に何の不安もなく、ただただ毎日遊び回っていた楽しい想い出が..
そんな朧気な意識の中でも俺は、満足そうに頷いているデーブの隣の吉川の顔が、一瞬険しくなった事だけは見逃さなかった…

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結局の所、これが俺にとっての面接試験だったのか、ただ単にダジャレが言いたかっただけなのかは、よく解らなかったが、その後、俺はデーブ会長に請われて、それなりの条件でダソキンの社員となり、無事、どん底の状態から脱出する事ができた。
今考えても、信じられない幸運な話だ。
入社する為の唯一の条件は、今回の事を絶対口外しない事だった。
だから俺は会社の誰にも、この事を話していない。
勿論、それは拾ってくれたデーブ会長と俺との、男と男の約束でもある。
それとデーブ会長は【世の中に出てイル、ワタシの名前はスベテ偽物デス】と語っていた。
入社後、上司に聞いた話では、会社の人間でも会長の顔を知る者は少なく、会った事があるという社員も殆どいないそうだ。
社内の噂では、会長は変装の達人で、TVタレント等からヒントを得た、様々なキャラクターになりきり、かつ変化して、日本全国、津々浦々に潜伏して、自ら調査、研究、マーケティング活動をしているらしい。
漫画の様な話だが、俺にとっては単なる噂話ではなかった。      
ん?【様々なキャラクターになりきり、かつ変化】!?
俺は、何か引っ掛かっていた会長の名刺を改めて見返してみて、なるほど!と、いかにもなセンスに思わずニヤリとしてしまった。何度聞いても聞き取れないファミリーネームに、てっきり東欧系の人かと思っていたのだが..
 そして、この一件以来、俺の携帯に登録されていた【デーブ】の番号は使われておらず、以降、会長に会うことは無かった。

後で知った事だが【BEAT IT】というのは【逃げろ、抜け出せ】の俗語であるらしい。
そう考えてみると、会長があの時、俺に向けて放った【【【BEAT IT】】】は【 今の状況から抜け出せ! 】という、俺へのメッセージだったのか?それとも、単純に後に炸裂するダジャレへの伏線でしか無かったのか?
今となっては知る術はない。それでもデーブ、いや、会長が俺の窮地を救ってくれたのは、紛れもない事実である。

後々になって、この一連の出来事を思い出す時、考える事がある。
よく、自己啓発的な本で【掃除で運気を上げる】等、身の周りを綺麗にする事の重要性が語られているが、俺の場合はどうだったんだろうか?
俺はそんな記事を読むたび、こう思うようにしている。あの公園での俺は、自暴自棄だったとはいえ、無心で掃除をする事で、周りの澱んだ気を払拭して、良い気を周りに呼び込んだのではないだろうか?
そして、その良い気に誘われてデーブ、いや会長が俺の前に現れたんじゃないかと。
どうだろうか?

信じるか、信じないかは…まぁ、人それぞれと言う事で。

【マイコー了】


【今夜はニート・イット制作委員会】.2018


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