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【ショートショート】『 目撃!現代社会に生きる忍者の実態 』
「貴方、忍者になりませんか?」
土曜の昼に、当てもなく錦糸町の駅前を歩いていた俺は、突然後ろから男性の声でそう声をかけられた。
忍者??
一瞬、思考が停止した後、俺は振り返った。
しかしそこには誰もいなかった。
立ち止まって、あたりを見回してみたが、声を掛けてきたとみられる人物は見当たらない。
何だかよく解からないまま再び歩き出すと又、後ろから
「興味は無いですか?」
と同じ声がした。
振り向くと、又、誰もいなかった。
少し怖くなった俺は小走りで駅ビルへと向かい、建物の中に入った。そして周囲を確認してみたが、怪しげな人物は見当たらなかった。
何だったんだ、今のは..
少し落ち着こうと深呼吸した、その瞬間!
再び後ろから、同じ男の声が聞こえた!
「もし興味があるなら、明日の午後1時、この場所まで来てください」
ジーンズのポケットに、何か小さい物が入れられたのが判った。
俺は恐怖心で振り向く事が出来ず、直立不動のまま、暫くその場から動くことが出来なかった..
10数分が経って、ようやく落ち着きを取り戻した俺は、今の出来事を振り返ってみた。
忍者??..何、それ?..
えっ、スカウトされた?
25歳で親のスネをかじっている俺が?
忍者ってスカウト制なの?
いや、その前に、現代社会に忍者が存在するの?
ジーンズのポケットに手を入れると、中には小さく折りたたまれた紙が入っていた。
紙を広げてみると、そこには秋葉原にあるビルの住所と部屋番号が記されている。
明日の午後1時..
ここに行ったら、一体何があると言うのだ?
仕事もお金も無く、何の刺激も無い日常を送っていた俺の心に、恐怖心を押しのけて、ムクムクと好奇心が湧き上がってくるのが判った。
.............
.............
翌日、午後1時、好奇心を抑えきれなかった俺は、指定された部屋の前に立っていた。
このドアの向こうに忍者がいるというのか..
俺の頭の中には、テレビや映画のニ枚目俳優が演じるクールな忍者の姿が映し出されている。
俺は緊張しながらも、覚悟を決めた!
よし、忍者といざ対面だ!
インターホンを鳴らすと、昨日の男の声が返ってきた。
『どうぞ、お入り下さい!』
俺はドアを開けてゆっくりと部屋の中に入っていった。
そこで俺の目に映ったのは
普通のサラリーマン風の中年のオジサンだった..
本当に、普通のサラリーマン風のオジサンとしか形容出来ない、中肉中背の冴えないスーツ姿の男が、テーブルと椅子が2つだけの殺風景な部屋の中にポツンと立っている。
緊張していた俺の身体から、力が抜けていくのが判った..
男は俺に無言で頭を下げた。
俺も脱力しながら頭を下げる。
男が空いてる椅子を指して、俺に言った。
「お座りください」
俺が言われた通り椅子に座ると、男も、もうひとつの椅子に座って俺に語りかけた。
「よくいらして下さった。わたくし、鈴木太郎と申します。貴方のお名前を教えてもらえますでしょうか?」
「..あっ、あの、俺、服部って言います」
「服部..ほう、なるほど..やはり..」
鈴木と名乗った男は、妙に納得した顔で頷いている。
聞きたい事があり過ぎた俺は、一気に質問を鈴木にぶつけた。
「あの、すみません、鈴木さん!一体、なんなんですか、忍者って?現代にも忍者って存在しているんですか?なんで、俺に声をかけたんですか?俺みたいな運動神経の無い奴でも忍者になれるんですか?後、給料って、どの位もらえるんですか?」
一気に捲し立てる俺を、落ち着いた表情で見ていた鈴木は、ゆっくりと口を開いた。
「はい、おそらく貴方が想像している姿とは違いますが、現代社会にも忍者は存在しています。そして貴方には素質があります。長い間、この世界にいる私の目から見て、貴方は、一流の忍者になれる逸材です」
そして鈴木は、何故か給料のことには触れず俺に問いかけてきた。
「服部さん、忍者に一番大切な資質とは何だと思いますか?」
「えっ、それは..強靭な肉体とか..冷静な判断力とか..ですかね」
俺の返答を聞いた『忍者』鈴木は、力の入った表情で答えた!
「いえ、違います!我々、忍者に一番大切な資質は【いかに目立たず、己の存在を消せるか】なのです!いかに世間にアピールするかが、生き残る為の鍵となる現代社会に置いて、その対極を生きているのが、我々、忍者なのです!」
この時、俺は鈴木が声を掛けてきた理由を、何となく理解した。
そして高校時代、同級生の吉田や加藤によく言われていた言葉が脳裏に蘇ってきた..
【服部、お前、ホント存在感無いなぁ。いつも居るか居ないか判んないもんなあ..】
『忍者』鈴木は俺の目をじっと見ながら続けた。
「服部さん!私には分かります!貴方程、忍者としての資質を兼ね備えてる方は、他におりません!是非とも、我々の仲間になって頂けないでしょうか!」
鈴木の言葉を聞きながら、俺は苛立ちを感じていた。
何なんだそれは!まるで俺がダメ人間だと言われてるみたいじゃないか!
いや、確かに俺はダメ人間だけど、この一見褒められてそうで、ものすごく遠回しに馬鹿にされている様な感じが頭にくるのだ!
「どうでしょうか?服部さん!」
こみ上げてきた苛立ちを抑えきれなくなった俺は、思わず、不貞腐れた態度で『忍者』鈴木に答えてしまった。
「そんな事言われてもねぇ...いや~、鈴木さんねぇ、こっちも忍者やってる程、暇じゃないっすよ!そんな小学2年生じゃあるまいし」
俺の言葉に、鈴木は顔をしかめた。
「そ、そんな..もう一度、よく考えて頂けないでしょうか?貴方ほどの..」
一度、表に噴出した怒りが止まらなくなってしまった俺は、鈴木の言葉を遮り、椅子から立ち上がった。
そして鈴木に向かって
「鈴木さんねぇ、アナタもいい歳なんだから、そんな忍者ごっこやってないで、ちゃんと働いた方がいいっすよ」
と自分のことは棚に上げた捨て台詞を残して、部屋を飛び出した。
『忍者』鈴木は、明らかに落胆した表情だった..
................................
それから1週間後。
相変らず仕事もせずに、自宅の部屋でゴロゴロしていた俺は、『忍者』鈴木の事を思い出していた。
あの時は思わずカチンときてしまい、礼儀正しい年上の方に、あんなひどい態度を取ってしまって...忍者云々はさておき、鈴木さんに謝りに行こう..
俺は服を着替え、部屋を出て秋葉原へと向かった。
だが、到着した秋葉原のその部屋はもぬけの殻だった..
そうか...忍者がいつまでも同じ場所にいるわけないか..
俺はガックリ肩を落とし、居たたまれない気持ちで家路へと向かった。
そして部屋に戻った俺は、やりきれない気持ちでテレビを付け、画面に目を向けた..
その俺の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった!
それは来日して、会見しているスランプ大統領の通訳の隣に、何の違和感もなく座っている『忍者』鈴木の姿だった!
会場にいる記者たちも、通訳の人も、スランプ大統領さえも、まるで忍者鈴木の存在に気付いていないようだった。
す、凄い!こ、これが現代に生きる、一流の忍者か...
こんな凄い方に声を掛けてもらえたなんて..
俺は心の中に、今までの人生で一度も感じたことの無かった【自信】と言うものが湧き上がって来るのを感じた!
【完】
監督.脚本/ミックジャギー/出演、服部新一役. 清田章益、忍者鈴木役. 佐村河内せめる、スランプ大統領役. ダイブ・スベッター
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