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【短編】『電車の中に倒れていたひと』

先週の土曜日の話。 
私は5年ぶりに高校時代の友人に会うため、自宅の最寄り駅のホームで始発電車を待っていた。 
4歳の男の子の母親となっている彼女が住む、その街に行くのは初めての事で、仕事に追われる私にとっては久しぶりの遠出だった。 
ホームに電車が到着して、一人で待つ私の前のドアが開いた。 
車内に足を踏み入れた私は、驚いて、一瞬立ち止まった。

目の前に若い男のひとがうつ伏せで倒れている。

高そうなスーツを着たそのひとは、目をつむり、こっちを向いている。 
酔っ払いか..
私はそのひとを避けて、回り込む様にして、少し離れた席に座った。 
近くに座っている数名の乗客は、それが無い物の様に、各々、音楽を聴いたり、スマホを見たりしている。 
【酔っ払いに関わる気は無い】のだろう..
少し気になった私は、倒れている男性をじっくりと見た。 
ここからは顔が見えないが、身体が微動だにしない。

このひと、本当に酔っ払いなんだろうか?

今まで見てきた、その類のひとたちとは、何かが違う気がする。 
もしかして、急病で倒れたひと、とか..

考えているうちに電車が次の駅に着き、その男性の近くに座っていた乗客達が一斉に降りた。 
そして誰も乗ってこなかった為、そのひとの近くにいるのは私だけになってしまった。 
少し不安を感じていた私は、周りを見回してから、そのひとに近づいた。 
顔の見える席に座り、よく観察してみる。 
日本人ではないのかも..
何か、外国のモデルの様に整った顔立ちだった。 
いや..

これは...ひとなのだろうか?

もしかして、マネキン?
いや、なんでこんな所にマネキンが..
全く息をしていない様に見える。 
私の中に、訳の解らない不安が沸き上がってきた。

しかし急病で倒れたひとの可能性も..

起こしてみた方がいいだろうか? 
だが、何故か近寄ってはいけない気がしている。

頭の中で延々とグルグル考えを巡らせているうちに、又、次の駅に到着してしまった。 
そして、その男性の最寄りのドアが開き、ホームから腰の曲がった老婆が杖を突きながら、一人だけ中に入ってきた。 
老婆は男性の傍に立ち止まり、その姿をじっと見つめている。

それは突然の事だった!

老婆は杖を振り上げて、勢いよく男性の身体に振り下ろした!

【ドン!】

えっ..

鈍い音と共に男性が凄い勢いで、瞬時に立ち上がった! 
杖で打たれた衝撃の反動の様なそれは、まるで重力に逆らう様な身体の動きだった!

えっ...な、なに?

そして男性は目を開け、無表情のまま、足にバネでも付いている様な躍動感で、ドアから外に飛び出し駆け出して行った!

...なに...今の...

私は老婆の顔を見た。 
すると彼女は、嘆かわしいとでも言いたそうに首を振り、近くの席に座り目を閉じてしまった。

周りを見回してみたが、今の出来事を見ていたひとはいない様だった。

*****
*****

「親友と5年ぶりに感動の再会のはずが、いきなり【酔っ払いをお婆ちゃんが叩いた話】を熱く語られるとは..」 
駅まで迎えに来てくれた彼女は、軽自動車の中で苦笑しながら私に言った。 
子供は旦那と家で留守番しているらしい。 
彼女の言葉に、それまで真剣に語っていた私は思わず吹き出した。 
「ぷっ、あっははは、ごめん!でも、そのひと本当にCGみたいな動きだったんだよ!」 
彼女はニヤケ顔で答える。 
「じゃあ、そんなのひとじゃないでしょ?お婆ちゃんは化け物退治が出来るひとなの?..大丈夫?仕事し過ぎなんじゃないの?」 
私は、その顔につられて笑いながら答えた。 
「酷いなあ..あの動きを見てないからそう言えるんだよ、本当に!」 
彼女も笑いながら言った。 
「そんな事言われてもさぁ、アナタの説明じゃ、【酔っ払いをお婆ちゃんが叩いた話】以外の何でも無いんだよ。で、イケメンの酔っ払いが凄い勢いで飛び起きた。っていうさ」

「そう言われちゃうと..」

現時点の私の語彙力では、あの出来事を【酔っ払いをお婆ちゃんが叩いた話】以上の物にするのは、どうにも無理そうだ。

私は諦めて、彼女に子供の事を聞いた..

【了】

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ミックジャギー(そよかぜフィリップ)
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