永遠なる聖河ガンガー(インド旅⑦)
デリーを発った寝台列車は約2時間遅れてバラナシ駅に朝7時に到着.車内放送は全くなかったが,車内で仲良くなったインド人たちがもうすぐだと教えてくれたので,寝過ごすようなことはなかった.
まだ吐く息の白いバラナシ駅に降り立ち,長いホームを改札まで歩く.駅を出ればリキシャ乗り達の客取り合戦の幕が上がることになるのだ.外国人ツーリストの私とステファン(カナダ)とニック(アメリカ)の3人は特に目立ってしまう状況になる.私は二人に言った.
「駅を出ればリキシャの勧誘があるけど,絶対ツーリストプライスだから気をつけよう」
ステファン「あぁ,知ってるよ.彼らは無視して大通りの向こうで客待ちしているリキシャに乗ろう」
朝であるし,人数のことを考えればどのリキシャに乗っても大差はないのだが,ここバラナシのリキシャ乗りはゲストハウス(宿)を紹介する(その場合,リキシャ乗りはコミッションを手にする)といってなかなか目的地へ行ってくれない.運悪くそんなリキシャ当たってしまうと,行きたくもないゲストハウスに連れて行かれ,断れば運賃が上がるという嫌な思いをすることになる.3人はリキシャ乗りの勧誘を次々とかわし,駅前通りの向こうで客待ちをしているリキシャと交渉し,60ルピーでガンジス河(以下、ガンガー)沿いのガート(沐浴場のこと)まで行ってもらうことにした.バラナシではガート付近が安宿街になっている.
ステファンとニック・・・,彼らとは寝台の席が両隣であったこともあり,トイレに行く際の荷物の見張りからインドの話,身の上話など,ずいぶんと仲良くなっていた.ニックはすぐに寝てしまったのであまり話していないが,2つ年上のステファン・リーバックとは旅のこと,お互いのことを良く話した.彼は28歳のカナダ人で商業コンサルタントの会社を辞めて癒しの旅に出てきたらしい.インドには2ヶ月ほどいるとのことで,北部のリシケーシュは全てが美しいと目を輝かせていた.とにかく好奇心があり人懐っこいため,座席周りのインド人達ともすぐに打ち解けるタイプの青年であり,私ともウマがあった.
デリーではあまり見なかったが,ここバラナシのリキシャはオートリキシャとサイクルリキシャに分かれる.サイクルリキシャは文字通り自転車で客車を引くのであり,運転手の殆どが痩せこけた白髪の老人達である.3人が乗った客車をひく老人の姿は少し痛々しいが,それもこの世界で生きていくための彼らの生業なのであった.
ガンガー周辺の安宿はリキシャの入り込めない細い路地の周辺に位置する.そのことを知らなかった私達は寒さしのぎのため,とにかく落ち着ける"仮宿"が必要であった.結局,私達の乗るオートリキシャは運転手が紹介するという"chanda guesthouse"に向かうことになった.ニックは,どうしても行きたい宿があるといい,私とステファンをchandaゲストハウスで下ろし,朝霧の中へ消えてしまった.
このchandaゲストハウスはガンガーを一望できない,旅行者にはやや不人気な場所にあるものの,部屋は150ルピーであり,インドの安宿では珍しくホットシャワーを浴びることができた.
寒い夜を列車ですごし,見知らぬ地をリキシャで駆け抜けたこの体に,温かいシャワーは快感であった.
周辺のゲストハウスと同様,ここも屋上は質素なレストランになっており,食事をすることができる.もっとも,レストランとはいえ,テーブルにメニューがあるだけで,料理が屋上に運ばれてくるだけのことだが・・・.それでも,温まった体で朝日の中で食べるトマト・オムレツとエッグトースト,ラッシーは疲れを癒すのに十分であり,私とステファンには爽やかな笑顔が戻っていた.
聖なる河,ガンガーは朝霧に包まれて雄大に私達の前に広がっていた.ガンガーはバラナシの町の東を南から北にゆっくりと流れる.ガートは河の西岸に点在しており,メインのダシャシュワメートガートを中心に,北側の,火葬場で有名なマニカルニカーガートから南側に至るまで約500m(外国人ツーリストの多くはこの範囲で行動する)ほどの広がりをみせていた.
ダシャーシュワメートガートは最も大きな沐浴場で,今朝も多くのインド人が沐浴(現地ではガンガーアスナン,ホーリーディップという)に訪れていた.沐浴をする彼らを見ていると,彼らの中には服を着たまま沐浴をする者,少し脱いで身軽になって河に入る者がいる.男性の多くはパンツ代わりにルンギーと呼ばれる布を巻く,これに対し,女性はサリーなどのドレスを着たまま沐浴していたのだった.
沐浴の仕方にもいろいろあった.頭を何度も水に浸すような,何か儀式的な動きをする者もあれば,海水浴と同じように泳いでしまう者もいて,眺めているとなかなか面白い.
3月のバラナシは早朝こそ長袖が必要なくらいに冷え込むものの,太陽が昇ればガート沿いの路地で冷たいフルーツジュースをオーダーしたくなるほど陽気に包まれる.私とステファンはいつの間にか火葬場に近づき,遠巻きからその様子を眺めていた.
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