諧謔日記その60:編曲家の仕事を紹介します(2024年10月17日のきろく)
環境音楽作家で作編曲家でキーボーディストの白石なるです。
高倉陵と久保孝真によるお笑いコンビ三拍子の通算100回目の単独公演『これでもか!!!』が無事おわりました。白石はゲストバンドのオワリズム弁慶のキーボーディストとして演奏に参加したほか、編曲家(アレンジャー)およびバンドマスターとして三拍子とのコラボ枠の編曲とリハーサル現場指揮・演奏指導を担当しました。
今回はこの公演でぼくが具体的にどのような準備をしてきたのかを制作の時系列に沿ってじゃんじゃん紹介してみようとおもいます。公演を見てくださった方にも面白がってもらえる話にもなるとおもいます。よろしければお付き合いください。
編曲家の仕事は一般にはおろか演奏を担当するバンドの関係者にすらよく見えていないものだとおもいます。そりゃそうだ!一口に編曲と言ってもその内容は現場によってまちまちだし、人前でパフォーマンスをするのではなく部屋に籠もってちまちま地味に手を動かす仕事だからね。言ってしまえば裏方なのである。
裏方ってそういうもんだと言えばその通りなんだけど、ぼくは音楽で食っていくことを目指すひとに対して「こういう仕事もあるんだよ、けっこう楽しいよ」ということを発信していきたいと考えています。
なお、この記事を書くにあたり三拍子の高倉さんが文字のやりとりや曲のデモなどの制作に関わるあらゆる資料を開示することを許可してくださいました。本当にありがとうございます。ガンガン出していくぞ~。
(ついき:この記事自体も公開前に高倉さんに読んでいただきました。うれしいね。)
信じられないくらい字数の多い記事になってしまったので(なんと2万字超。論文か!)60回目の記事にして初めて目次を付けてみました。のんびり読んでくださいね。
・出会い
高倉さんが以前から伝えてくださっている通り、去年の6月29日に新宿LOFTで開催された『マンモスうれぴーパーティ』(プロレスと音楽のライブイベントです。)(←何言ってんの?)にオワリズム弁慶が出演した際、RYO TAKAKURA'こと三拍子高倉陵と対バンしたのが出会いのきっかけでした。
(これはぼくの個人的な思い出ですが)ぼくがその日仕事を終えてライブハウスに着いたとき、ちょうどRYO TAKAKURA'が「変態です、変態です変態で~す」ってやってて「おっやってるな~」と思いました。その後楽屋に入って着替えていたら、楽屋とステージを中継するカメラに向かって「楽屋のみなさ~ん!見てますか~!?」と叫ぶMCが見えて「うわっ芸人ってすげ~な」と思ったものでした。なんだそれ。
そのすこし後に我々オワリズム弁慶の出番があり、それを見て衝撃を受けたという高倉さんから「弁慶すごい。いっしょに何かやってみたい。まずは三拍子の漫才を見てほしい。」と直接連絡をいただいたところから交流がスタートしました。
それから何度か実際に劇場にお邪魔してお笑いのライブを鑑賞して、新宿のちいさな居酒屋で構成作家の小林知之さんを交えてブレストを行った。実現できるできぬはさておいて様々な「できたらいいな」を出し合いました。
・さいしょの仕事
「オワリズム弁慶にはこんなひとがいて、このひとが操る楽器はこんなことができて、そのひとはどんなやつで~」というのを所属メンバー全員分書いて高倉さんに提出ました。いっしょに何かやるためのネタ作りの助けになればとおもって。
実際に送った資料の一部がこちら↓
これは高倉さんにそこそこウケたようで、一瞬で構成作家の小林さんに転送されてしまい恐れ多かった。
これがどの程度制作の役に立ったかは謎だが、少なくともジブンでは「みんなのことをこんなにちゃんと紹介できるジブンはもしかしたらちょっとすごいのかも」という気付きになったし、みんなをひとに紹介するようにみんなの見せ場を作りたいと考えるきっかけになったとおもう。
・さいしょに決まったミッション
まぁまぁ、色々面白そうなことはありますが、ひとまず、来年やる予定の大舞台で出囃子としてオワリズム弁慶に『七転八万起』を生演奏してもらいたいと考えているよ、と高倉さん。実際、お笑いの舞台で編成の大きいロックバンドが出てきて1曲フルで演奏するってだけでもおおごとだ。とにかくそれを目標に備えることになった。
今回の会場が決定した報せを受けたのは今年の4月になってからでした。国際フォーラムホールCが取れたと聞いてたまげた。我々オワリズム弁慶がこれまで演奏したなかで最も広かった箱は台北のThe Wallでしょうか。そこの2.5倍くらいのキャパです。そりゃあびびっちまうし、逆に気合いも入りますわな。1500人の観客の前で我々オワリズム弁慶がバチッと1曲演奏して会場をハチャメチャに燃え上がらせてやりましょう、ということで正式に走り出す約束ができた。
・初会議
7月1日、初めて正式に三拍子とオワリズム弁慶の首脳陣でミーティングを行った。参加メンバーは三拍子の高倉さん、構成作家の小林さん、オワリズム弁慶代表の小澤ヒデキ、弁慶サウンドチーム班長の白石、弁慶ダンスチーム班長の渡部加奈、ダンスチーム副班長のミヤタユーヤ。
ここで改めて高倉さん小林さんからオワリズム弁慶にやってほしいことの説明を受ける。ついで「これはできたらいいな~くらいのアイデアなんだけど」と前置きをして、三拍子の『歌のお兄さん漫才』かRYO TAKAKURA'の『ファミリーレストラン』を弁慶の生伴奏でできないかという話が上がり、考える。
『ファミリーレストラン』は既にある曲を演奏するだけだからなんとかなるとして、『歌のお兄さん漫才』のほうは音を1から作るようなものであり、それを誰が作るのか、演奏する編成はどうするのか、譜面はどうする、稽古はどう見る、と一瞬で様々な問題が思い浮かぶ。それらをクリアにできるだけの技術と時間のある人材が弁慶メンバーにいるか?いや、ひとりいるじゃないか、おれだ!おれがきちんとメンバーの力をすこしずつ借りながら手を動かせば絶対に実現できる!そう考えた白石は、高倉さんの提案を全て引き受けた。これにより、バンマス白石は作編曲家白石なるとして今回の公演に関わっていくこととなった。
またこの会議以降、三拍子サイドとのやりとりは白石など一部の人間ではなくオワリズム弁慶メンバー全員に現状を周知することとし、白石が打ち合わせのまとめや制作の進捗をブログみてぇな文章でだらだら打ちまくる日々が始まった。こんなかんじで↓
何か動きがあるたびに記録を付けるのを本番前日まで続けました。やりかた(書き方かも)として効率が良かったとは言いづらいが、それでもいまジブンが抱えているもののことをメンバーに伝えられたのはバンドの運営面にしろジブンの精神面にしろ良い方向に持って行く手段になったとおもう。(こうやって後で振り返るのにもすごくいい資料になったね!)
・そもそも、オワリズム弁慶について
今回の公演がきっかけでオワリズム弁慶を知ったというひとにとってはこの集団が一体何なのかがサッパリわからないとおもう。わからないままでも面白いとおもうのですが、この記事の趣旨として(白石がどんな仕事をしたかということに多少なりとも関わってくることなので)かんたんに説明します。
オワリズム弁慶は見ての通りの大編成オルタナ御祭ロックバンドです。音楽を演奏することを主としているので大枠としてバンドなのですが、あまり一般的なバンドでは見られない楽器を演奏するひともいるし、ダンサーもいっぱいいるし、立ってるだけの弁慶様もいらっしゃいます。舞台には上がらないけれど、メンバーのヘアメイクをするひとや、写真を撮るひと、物販に立つひと、ライブ中にお客様に食事を振舞うひとなども正規メンバーとして所属しています。そしてそれらメンバーの大半が専門家ではないという大きな特徴があります。やりたい楽器がある、見せたい特技がある、なりたいジブンがある、そんな程度の欲求を抱えたひとたちが集まってみんなばらばらのままひとつの舞台を作る集団なのです。メンバー募集中。
・高倉さんの止まぬオモロ妄想
最初の会議から1週間が経ったころ高倉さんから連絡が来る。白石は『歌のお兄さん漫才』の伴奏付けのための資料を送るようにお願いしていたので、それが届いたのだとおもったのだが・・・!
_人人人人人人_
> 1曲増えた <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
こうして『家畜の価値(Full Ver.)』を追加で制作することが急遽決まったのだった。
◆『ファミリーレストラン』着手
RYO TAKAKURA'の『ファミリーレストラン』はバンドで再現するための準備にそこまで時間はかからないと見込んで後回しにする予定だったが、先に頼んでいた『歌のお兄さん漫才』と『家畜の価値の歌』の資料がなかなか送られてこなかったため、先に制作を進めることにした。(この頃から既に三拍子のスケジュールはものすごいことになっている様子だった。だが、予定通りに資料が送られてこないことを想定したスケジュールを当たり前のように設定できていたので、とくにストレスを感じることもなく三拍子に寄り添ったペースで制作ができたとおもう。これは過去の演劇や映像の劇伴の仕事の経験が大いに活かせて良かったとおもう。当初の予定通りにならなかったことでバンドメンバーの負担は短期間に集中してしまったとはおもうが・・・。)
この曲を演奏するにあたり急ぎ確認することがあった。それは「原曲のアレンジャーが曲に関する資料を持っているか」ということと「必要に応じた改変を許可してもらえるか」ということ。既に完成されている曲を他者である我々が演奏するなら、オリジナルに対して失礼があってはならない。オリジナルの意図と異なる音を鳴らすべきではないし、オリジナルとまるで違う編成で演奏することを認めてもらうべきだ。高倉さん経由で、アレンジを担当したTRIPLANEの江畑兵衛さんに連絡してもらうと、すぐに「譜面などの資料はないので耳コピをしてくれ」「楽器や音の足し引きは好きにやっちゃってOK」というお返事がもらえた。ありがてぇ!
ということでまずは曲を聞きこんで、小節とコードと重要なリズムを記した構成譜を書いた。こんなかんじ↓
今回は多少の改変を許可していただけていたので、細かいフレーズやボイシングを各演奏者に委ねる目的でこの程度の情報量の譜面にしています。「各自好きにやっていいけど最低限の決め事は守ってね」という頼み方をしている状態ですね。ギター、ベース、ドラム、キーボードあたりのひとはみんなこの譜面を見て演奏したよ。
これがもしなるべく原曲に寄せる演奏をする必要があった場合は、原曲の鳴っている音全てを耳コピしてパート毎に譜面を書く必要が出てくるので、とってもたいへんな作業になります。
続いてこれにホーン(トランペットなどの管楽器ズ)を加えていきます。原曲にホーンはいませんが、我々オワリズム弁慶にはホーンのひとたちがいっぱいいるので出番を用意しない手はありません。しかし加え所はよく考えないと、サウンドが豪華になっても高倉さんのボーカルと久保さんの合いの手(コール?)が埋もれてしまっては本末転倒。しっかり歌詞を聴かせる歌の伴奏をするときは、ボーカルを立たせることを第一に考えるのは当然のことです。
ホーンを書くのにもうひとつ考えるべきことがありました。それは「ちゃんと全員に役割を与えること」と「なるべく各楽器が豊かに鳴る譜面を書くこと」と「ひとりひとりの技術に合った譜面にすること」です。これは言うなれば縛りプレイのようなものなのですが、制約によってものづくりがスムーズになったり面白くなったりということは当たり前によくあることです。トランペット1番2番、ソプラノサックスとテナーサックス、トロンボーンとユーフォニアムにチューバなんてちょっと特殊な編成で今回のような三拍子ファーストの劇伴をやるのには、これくらいの縛りを設けるほうが作りやすく演奏しやすくなるだろうと踏んだわけです。
パッと見てもなんだかよくわからんと思いますが、先程の構成表の小節数やリハーサルマークを参照して各管楽器の吹くべき音が書いてあります。今回はホーンを加える箇所がそこまで多くない見込みだったので、こういう書き方をしました。
これをユーフォニアム担当のAbbeyに清書してもらうためにわかりやすく書き直しました↓
Abbeyが清書を担当してくれる約束だったので、きちんと分業してスピーディーに準備が進められました。
で清書された譜面がこんなかんじ↓
全体的に易しめで主要なモチーフや重要なリズムを補強するような役割を担ってもらいました。歌モノの曲でホーンやストリングスを追加するときの定石として「歌のフレーズの合いの手になるようなフレーズを足す」といった手段があるのですが、この曲では4小節ごとに挿入される久保さんの合いの手があるので採用しませんでした。代わりにひとつ見せ場を作ろうとおもって、久保さんの注文シーンに向けて緊張感を高めるベルトーンを置いてみたりもしました。(動画の2分21秒ごろから)
続いてボーカルについて。
先述の通り三拍子ファーストのパフォーマンスにするべきと考え、ボーカルもホントに必要最低限の役割に留めておくべきと判断しました。
とりあえず「サビは誰かひとりコーラスしよう」とボーカルチーム(7人もいます)に提案したところ、期待の新人misuokaがすぐにボーカル用の譜面を用意してくれました。
こんなかんじでホーンにはAbbeyが、ボーカルにはmisuokaがいてくれて、パートの役割を理解してまとめてくれたのはチームっぽくて良かったですね。彼らが力を貸してくれたこともジブンがきちんと頼ったことも良かった。ある程度の信頼関係が築けているということでもありますから。
『ファミリーレストラン』でアレンジャーの立ち位置でやったことはこれくらい。あとはスタジオで実際に音を出してみて調整、三拍子と合わせてみてまた調整をするくらい。これはどちらかというとバンマスとしての役割ですね。スタジオでのできごとは、またのちほど。
僕もピアノパートの演奏を担当するために一旦きちんと原曲で鳴ってるピアノを聴いて、絶対に拾うべきポイントを押さえた上で自由に演奏するようにしたのですが、注意して原曲を聴くと本当に無駄な音のない素晴らしいアレンジだということに気が付きました。サビ前の転調の鮮やかさ、サビ中に現れる部分的に転調を重ねる合いの手のフレーズ、久保さんコール箇所のさりげない転調の戻しなどの調性の流れの気持ちよさもすばらしいです。サビのsus4を維持するハモリなんかもイカスなぁとおもいます。江畑さんのこだわりが詰まっているように感じました。
◆『家畜の価値(Full Ver.)』着手
9月に入ってすこししたころ、『歌のお兄さん漫才』の資料よりも先にド新曲の『家畜の価値(Full Ver.)』の資料が届く。
この時点で本番まで2か月を切っていたので、正直けっこうヒヤヒヤしてました。本番から逆さに数えて道筋を立てる。三拍子とバンドで合わせる稽古をする前にバンドだけで練習をする前にバンドのみんながスタジオでパッと合わせられるように譜面を作る前に譜面が読めないひとや実際に歌う高倉さんのためにでも音源を作る前にとにかくはやくアレンジを仕上げなければならない!ぼくの遅れは全体の遅れになる。ここでの素早さとクオリティが公演の評価に直結する。ジブンにプレッシャーを与え自らを奮い立たせる。
でアレンジが書き上がったのがこれから3日後、そこから更に2日でデモの制作を終え高倉チェックをパスし、その2日後には譜面を書いてメンバーに共有した。スタジオでの練習まで10日も猶予ができて、またAbbeyとmisuokaが譜面を清書してくれたり、メンバー各々がしっかり予習をしてくれたりということができた。これをぼくは日々の仕事をしながらやり遂げたんだからスゴイ!!!!さすがに自画自賛しちゃう。
それでは音楽的にどんなことをしていったのかを具体的にだらだら紹介していきます。
まず高倉さんに送ってもらった「資料」についてだが、これはつまり「歌だけの録音」と「その歌詞の文字情報」のことだ。せっかく公開の許可をいただいのだから、すこしだけ聞いてみてほしい。
さぁ、あなたならどうする?!
ドラムベースにギター鍵盤管楽器がいるバンドでどんな伴奏を付ける?
この『家畜の価値(Full Ver.)』は『歌のお兄さん漫才』に登場する歌たちをひとまとめにしたような内容で、「漫才とのコラボ」ではなく「高倉がバンドといっしょにガツンと演奏する1曲」にしたいという高倉さんの狙いがあった。それならば、ここは高倉ファーストであることを考えすぎず、バンドらしさとジブンらしさをしっかり出したアレンジを全力で作ってみようと決心した。
もともとは本番では「歌のお兄さんの漫才の曲をひとまとめにしたような歌をオワリズム弁慶のみなさんといっしょに作りました聴いてください」みたいな前置きがあってから演奏する予定だったが、制作が進むにつれ漫才のあと暗転を挟んで説明なしに披露する流れになっていき、高倉さんが手応えを感じているんだなということが伝わってきて嬉しかったです。それくらいネタ満載の面白い曲にできたとおもう。
編曲の作業の手順としてはこんなかんじでした。
①歌をがんばって採譜する(耳コピして五線譜に書く作業です)
②ピアノで伴奏を付けてみる(歌に和音とリズムを付ける作業です)
③多重録音でバンド編成っぽい音にする(全てのパートをキーボード1台で実際に演奏して録音します)
そうして完成したデモ(実際に高倉さんにお返ししたもの)を聞いてみよう。
と、こんなかんじで演歌調のアレンジを施した。
このおわりの「神に供えし祭り酒」の部分は高倉さんから「田舎の村の儀式のような荘厳で不気味なかんじにしたい」という具体的なイメージを聞いていたので、五度で並行してハモるコーラスを当てた。この箇所はあとで再び登場するので、そちらをゴージャスにする目的でこっちは素朴にしている状態だ。
その前の「家畜の価値、家畜の価値」のところも後でまた登場するので、まずはワンコードで「うんたたうんた、うんたたうんた」というシンプルな伴奏をする程度にしている。
実際に2回目に登場する場面を聞いてみよう。
「家畜の価値、家畜の価値」のところはもともと1回目と同じ4小節だったが、高倉さんが「家畜の価値♪のところがサビの気持ちで作った」と言っていたので4倍に引き伸ばしてちょっとアーバンでジャジーなコードを付けた。このかんじは白石の得意分野だった。
続く2度目の「神に供えし祭り酒」はボーカルにちょっと高度なハモリを歌ってほしくて思い付いたアレンジだ。ホーンにも同じことをしてもらってついでにパイプオルガンをぶち込み、ここが盛り上がりのピークになるようにした。ここは作ってて笑いが止まらなかったけど、ほんとにこんなことやって大丈夫なのかよという不安もあった。実演するのもたいへんそうだしな。
この箇所はmisuokaがボーカル用に作ってくれた譜面を見てみてほしい。
どうですかこの「まつりざけ」のところの和声。
ここがこのまま採用されたのがこの曲の制作でいちばん嬉しかった箇所でした。「あっ弁慶こういうのも演奏できるんだ」という気付きを得た箇所でもありました。この曲でバンドのスキルがちょっと上がったかもしれない。
このあと更に面白いことが起こった。バンドのラップ担当の長月ユウタに思い付きで「2回目の家畜の価値♪のとこラップ入れたらオモロじゃね」と言ったら、その翌日にラップが入った音源が送られてきたのだ。
これだよこれ!こういう「ジブンじゃ絶対に思い付かないようなこと」が起こるのが面白いからひとと音楽をやっているのだ。すべてジブンの思い通りにしたいのならひとりきりでやっていればいいのだ。
この案はバンド内でうけ、高倉さんにも当然のように受け入れられ採用された。
「家畜の価値♪家畜の価値♪」とは別にもうひとつこの曲のコアになるようなパートがあった。これだ。
「酒飲んで叫べ愛してる、酔っ払って踊れ一心不乱に」
このパートが冒頭と中盤とおわりの計3回登場する。これも出てくる度に違う伴奏になるようにした。先ほどから執拗にやっている「同じモチーフを違う聞かせ方にする」のはぼくの作編曲のモットーです。一般的な歌モノのときも1番と2番で実は鳴ってる和音が変わってますよ~みたいなことを絶対にやるようにしています。今回はそれをどれだけ大げさにやるかが面白さに影響するとおもってほんとうに好き勝手やりました。実際にその変化を聞いてみましょう。
↑1回目
元ネタがわかるようにイントロがあって、それとは関係ないテンポで入ってくる歌が面白いっすね~。(なおこのイントロは本番までに引用ではなくパロディになるように改変しました。)
↑2回目
ジャズブルース調にしました。
↑3回目
ダークでパンクなかんじ。何度も繰り返しながら加速してなだれ込むように終わります。
終わったとみせかけて・・・
「こぶたのヘリコプター」でおしまいです。
ここは高倉さんより「祭りのあとのようなさみしさ」というイメージのもと「アカペラだけでいいかも」と言われていた箇所でしたが、「ジブンならこうする」というのを作ってみたところこちらもすんなり採用となりました。「こんな椎名林檎みてぇなことして大丈夫なのかよ~」とか言ってゲラゲラ笑いながら作ったエンディング。お気に入りです。
・音の裏方の仕事
とまぁ、こんな具合で編曲を完成させたのだが、これでなんとなくでも「編曲」として作ったものの多さや重要性がお分かりいただけたのではないでしょうか。もしかしたら「もう殆ど作曲なのでは?」と感じたひともいるかもしれませんが、これは紛れもなく編曲であるとぼく自身は考えています。
歌以外の全てを作るのも編曲。ギター弾き語りにドラムやベースを足してバンド編成の曲にするのも編曲。ギターの弾き語りをピアノの弾き語りに替えるのも編曲。「編曲」が示すものは広いです。既にあるものを足し算したり作り替えたりするのは全部編曲と言えそうです。
逆に「作曲」も広いことが分かってもらえるかとおもいます。オーケストラのような大きな編成の曲を作っても、鼻歌で口遊んだメロディを記録しても、どちらも「作曲」と言えます。0を1にできれば全部作曲ですね。
作曲と編曲の割合というか、どっちがどれくらい作ったのかみたいのがパッと見ただけではわからないのが難しくも面白いところだとおもいます。どの程度編曲家の力が働いているのかを想像して曲を聴くのって楽しいですよ。仕事の量が多かれ少なかれ、編曲家の手元を通ることでみなさまの耳に届けられるものに仕上がっているというのはあるはずです。
(それを言うならパッケージではレコーディングエンジニア、ライブではPAも同じくらい大切な役割を担っていると言えますし、ぼくは彼らにもある音楽の制作やライブパフォーマンスの現場においてどのようなことをしたのかを細かく紹介してほしいとおもっています。)
すこし脱線します。
テレビの歌番組でアーティストの曲が披露される際に曲名のテロップが出てきますよね?あそこに大抵の場合作詞者作曲者の名前も出てきます。最近ではどっかのタイミングで演奏家の名前も最後に出てくるようになってきていますね。ところが、編曲家の名前ってまだ出てこないんですよ。
ぼくは仕事柄毎年大晦日に放送されるNHK紅白歌合戦をなるべく見るようにしています。いつになったらアレンジャーの名前がきちんと出てくるようになるのか楽しみにしていますし、そういう時代になるくらいまではジブンできちんと発信していかねばとおもうのです。
正直、いまのところ、アレンジャーのやることは現場で理解が得られていなかったり、なんなら無関係のように思われいたり舐められているのを感じることがあります。こんなんじゃ若手が育たないとおもうのだ。
・ぼくの編曲家との出会い
せっかくなのでもっと脱線しちゃおっと!
ぼくが初めて編曲家というものの存在を認知したのは高校生のおわりのころでした。
敬愛する音楽家である椎名林檎が『平成風俗』というアルバムを出しました。
このアルバムがなんと「椎名林檎」ではなく「椎名林檎×斎藤ネコ」という連名でリリースされてるんですよね。
斎藤ネコは作編曲家だ。ヴァイオリニストでもあるけど、このアルバムでは数曲でヴァイオリンのソロを披露している以外では純粋なアレンジャーとしてのみ参加している。にも関わらず、椎名林檎と同じ位置で名を掲げているのである。これはものすごいことだとおもう。
(ちなみにこのアルバムジャケット、バスタブに詰められた様々な楽器のなかに椎名林檎を表すリンゴと、斎藤ネコを表すネコちゃんがいる。更に、レコーディングエンジニア兼プロデュースを担当した井上雨迩を表すウニも隠れている。なんとも裏方アーティスト愛のあふれるデザインだ。)
収録曲の大半がセルフカバーなので、ファンとしては作詞作曲編曲歌唱椎名林檎の原曲を斎藤ネコがどうリアレンジしたのかがよくわかってめちゃくちゃ興奮したものでした。(このあたりの感想など具体的な話はファンゆえ長~くなってしまうため割愛。)
ブックレットを読んで演奏に参加したミュージシャンを確認するのが当たり前になったのもこのアルバムがきっかけになっていたとおもう。いま最も尊敬するピアニストのひとりである林正樹の名を見たのもこのアルバムが初めてだったなぁ。
余談。その後、小さなころから聴いていた任天堂のファミコンのゲーム『MOTHER』のサントラにまたハマった。
これのブックレットを見ると、なんと斎藤ネコがヴァイオリンで参加しているじゃないか。椎名林檎で知る前から彼の音を聞いていたんだ!と衝撃が走る。後に好きになる渡辺等なんかもここで名前を知る。そして何より驚いたのが一部編曲をマイケル・ナイマンが担当しているということ。(このへんも割愛。)
とまぁ、こんな具合で(ややマニアックなかんじで)自然と演奏家や編曲家に関心が向くようになっていったのである。
以降は演奏家や編曲家のつながりで新たに知る音楽が増えていく。たとえば、斎藤ネコが長年関わっていた谷山浩子のこととか、シガーロスのヨンシーのソロアルバムで管弦アレンジを担当したニコ・ミューリーのつながりでサム・アミドンを知るとか、グレッチェン・パーラトやマイク・モレノのバックでピアノを弾いていたアーロン・パークスがプロデュースしたエマ・フランクにハマるとか。
編曲家の存在がグッと身近になる出来事があった。
ぼくは20歳になる直前から7年半ほど、地元横浜で長く活動する社会人ビッグバンド”横濱J&Bオーケストラ”にピアニストとして所属していた。加入した時点で20年の歴史があったJ&Bには篠崎秀樹という専属のプロの編曲家がいた。彼は作編曲家兼サックス奏者として活動する傍らで、15年以上アマチュアのビッグバンドの指導をしながら毎年の定期コンサートのために楽譜を書き下ろしていた。(バンドの30周年を迎えるいまでもその活動を続けている。)ここで彼の書いた総譜を参照しながら合奏に参加した経験が後の活動に大きな影響を与えることになる。
もちろん楽器の扱いを学ぶ教材として非常に有用だったのだが、それ以上に音楽との向き合い方を学んだとおもう。彼は毎年書き下ろした譜面の内容を説明するときに言う、「ひとりひとりの顔を思い浮かべながら音符を書いています」と。これはイメージの話ではない。ほんとうにそうやって書かれているのだ。毎年毎年、バンドに在籍しているひとの数と全く同じ編成で、ひとりひとりに合った譜面の難易度で書かれている。総譜を見返せば、そのときバンドに誰がいたのかが思い出せるくらいだ。この話をするだけで、いかにぼくが影響を受けているかが窺い知れるとおもう。
ぼくがこのバンドを退団する1年前、ぼくが作った『Between Transparency and Sedicim』という曲が篠崎秀樹によってビッグバンド編成にアレンジされてその年の定期演奏会で初演された。この出来事は決定的に衝撃的だった。もともとピアノトリオ用に作った曲に、面白い音の積みのイントロが足されていたり、美しい対旋律にかっちょいいバッキングに、クールなリハーモナイズドも施されており、それら全てがジブンでは決して思い付かないと感じるものだった。「これはもう作曲では?」とおもったほどで、曲を褒めてくれる周りのひとに「私がやりました」とはとても言えなかった。これは悔しさを生むのではなく、篠崎秀樹への尊敬の念を強める出来事だった。ただただ嬉しく、ありがたくおもった。
この「ジブンじゃ思い付かない」というものに出会えるのは、ひとと音楽をやっていてこそだとおもう。ひとりきりでやっていては、ジブンの思い付く以上のことは生まれない。原作者の想像を超える喜びを齎すことができる編曲家、めちゃくちゃすごくないですか?
ぼくが初めて編曲というものを仕事として受けられるようになったのはこの翌年になってからだった。
◆『歌のお兄さん漫才』着手
ようやく話が戻りまして三拍子です。
『家畜の価値(Full Ver.)』のデモを作ってるころに、高倉さんから「家畜の価値♪家畜の価値♪にわとりさんに、なってみよう!コケコケコケコケにわとり♪(ポン)」みたいな、例の漫才の高倉パートだけの音声が送られてきました。めっちゃシュール。
こんなかんじの6分ちょっとの音声です。(めちゃくちゃ貴重なデータです!!!!)
これを真っ先に提出するようお願いしたのには深いわけがあります。それは各曲のキーを決定するためです。漫才で久保高倉ふたりきりでやるならば高倉さんの好きなキーで好きなテンポで歌えば済みますが、伴奏を付けるとなると調性を固定して作る必要があります。そのことを説明した上で資料として漫才全編を録音するように頼んでおいたのでした。
で、『家畜の価値(Full Ver.)』と同じ要領で伴奏を付けていきます。
まず先に挙げた「家畜の価値♪」の部分だが、これは『家畜の価値(Full Ver.)』にも登場するモチーフだった。『家畜の価値(Full Ver.)』のほうでは演歌調にしたりジャズ風にしたりしたが、こちらでは「歌のお兄さん」の元ネタであろうNHK Eテレの「おかあさんといっしょ」のような雰囲気を目指し差別化を図った。
元のメロディがどうしても短調を感じさせてしまう音列なので、暗さを濁す和音を付けている。ちょっと浮遊感がありつつも「ブンチャ、ブンチャ」という重みのあるリズムにすることで牧歌的というか平坦なかんじになっている。(デモではピアノとホーンが鳴っているが、実際にはアコーディオン一台で伴奏してもらうことにした。PAの都合で漫才ファーストであることを優先すると、なるべく小さい編成で伴奏できるようにするべきと判断したためだ。)
先程申し上げました通り、三拍子ふたりでこの漫才をやるときと比べて、伴奏が付くことで高倉さんがある種不自由になってしまうところが全体的にあったとおもう。その三拍子の自由を犠牲にしてまで音を付けるのだから、シンプルでありながら味のある、しっかり遊び心と作家性を忍ばせたものを作ろうと決めていた。ここは本来とてもナイーブな課題になるはずだったが、『家畜の価値(Full Ver.)』のときと同様、ぼくが作るものを高倉さんがめちゃくちゃ面白がってくれたことから、伴奏付けの作業は非常にスムーズに気持ちよく行うことができた。
だが、「間」の管理は重要な課題になった。できたデモを流しながらジブンで高倉さんの台詞を喋ってみると「ここはもう少し伸ばしてほしいよな」とか「ここはわかりやすいイントロを足すべきだよな」とか「ここはガイドメロディを足すほうが締まるよな」とか、見えることは多かった。この点は実際にバンドと三拍子で合わせる稽古を行う日まで確実に決められることは少なかったので、稽古日に現場で譜面を直せるように身構えるのだった。
せっかくデモの公開を認められているので、特に解説したい箇所や気に入ってる箇所を紹介します。
まずは「にわとりさん」、序盤にして最大の悩みどころでした。主にメロの解釈が。
とりあえず採譜してみる。
ここに和音をつける。
5小節目にAメジャーを当ててるのがポイントですね。メロディを11度のテンションとして扱うことで浮遊感を出しています。そこから無理矢理「親子~丼~」に着地させます。
で、なんとなくアコーディオンに伴奏してもらいます。こんなかんじになりました。
けっこう和声的にぐちゃっとしてるんですが、それできちんと「家畜の価値♪」に戻るのがシュールで面白かったので通してもらいました。
続く「うしさんのゲップ」はお気に入りです。
これははじめてこの漫才に伴奏を付けることを考えたときに絶対にやりたいとおもっていたことが実現できたかんじ。
せっかくバンドにトロンボーンとユーフォとチューバがいるので、ここで使わない手はないとおもった。とくにトロンボーンをトロンボーンらしい使い方ができたのは嬉しかったし、これは自身が高校時代にトロンボーンを吹いていた経験がバッチリ活きたとおもう。このデモはシンセの多重録音で作ってはいるが、きちんと楽器の特性を意識した内容が弾けているし、バンドのトロンボーン担当やまむかいもこれをバッチリ再現してくれた。このパートがスタジオでの音出しでもメンバーにめちゃくちゃウケていたので、これは成功したなという手応えがありました。
続く「こぶたのヘリコプター」は、『家畜の価値(Full Ver.)』のオチを担当していました。ここではもっとさらっと、チャンチャン♪みたいなかんじで作って久保さんにはやくツッコミもらうといいとおもって作りました。
ここも地味ながら『家畜の価値(Full Ver.)』に登場するときとは違う和音を付けています。最後のドミナントが裏コードにいくとこなんかはジブンの好みが出ていて良いとおもいます。歌入りの前後でギターの音色が違うのは、あとからイントロを足したからだとおもいます。
続く「カニのカーニバル」は高倉さんがせっかく「ピーピーピピッピーピーピピッピ」という嘘サンバのリズムを歌ってくれていたので、それに寄せる形でサンバ風の何か(ほんとはぜんぜんサンバじゃないヤツ)を付けることにしました。
そして登場したマツケンサンバⅡのフレーズ。これはマツケンサンバ自体がぜんぜんサンバではないことから引用しました。
これは本番になってこの漫才の導入で「高倉です、誰にも気付かれないけど毎月散髪してます」「久保です、誰にも気付かれないけどマツケンサンバⅡしてます」という前振りが用意されていて感動しました。制作を踏まえてものづくりしてくれている、つまりいっしょにものづくりができたという喜びになりましたね。
続く「マンボウの歌」ではご存知ペレス・プラードのマンボNo.5のイントロがアドリブで反復されるボケがあるので、ここにホーンを付けようとはじめは考えたのですが、いくらなんでも過剰にぐちゃぐちゃになってしまうことが予想されたことと(それはそれで面白そうだったけど)それよりもPAの都合で高倉ファーストで音が作れるようにホーンの役割をMPC(サンプラー)にお任せしました。MPC側ではサンプリングしたマンボNo.5のイントロの2つの和音を2つのボタンに割り振って、高倉さんのアドリブの歌に合わせてボタンを押してもらいました。セッションみてぇな時間。ここは何度やっても笑いが絶えないパートでした。本番では久保さんが「お前か!お前がボタン押してるんだな!」と近付いてきてMPC担当の三宅に代わってボタンを押すパフォーマンスが披露されました。あれは台本でしょうかアドリブでしょうか。
このパートの締めの箇所だけは実際にホーンを付けてメリハリを出しています。
ちょっと飛ばして「キメラのうた」は、そんなに変わったことはしてないのですが、教科書みたいにきれいな伴奏が書けたとおもってとても気に入っているところです。
続く「食物連鎖のうた」はみんなで手拍子をする盛り上がりパートになりました。
「キメラのうた」「食物連鎖のうた」のオチでMPC担当の三宅が謎のバケモノの鳴き声を作って鳴らしてくれて、これがまた久保さんのツッコミに関わることになって集団創造の面白さがよく出ていました。
最後にもうひとつ、「ピン芸人のうた」は今回最もジブンにとってチャレンジングでした。聞いてください。
こんなことして大丈夫なのかよ~とゲラゲラ笑いながら制作しました。思い付いちゃったんだからしょうがないと開き直って提出するも大ウケ。これが通ったのはとくに嬉しかったポイントでした。
こんなかんじで全編きっちり伴奏を付けたよ。始まり方やオチなどは実際に三拍子と合わせる稽古の現場で決まりそうだったので、デモや譜面には入れなかった。そういうのもとくに不安なくできたのはこれまでの制作できちんと信頼関係が築けていたからだとおもう。もちろん三拍子おふたりの人柄のよさもある。ほんとうに作っていてお互いへのリスペクトがあって気持ちのいい現場だったと何度振り返ってもおもう。
・会場下見
時系列順として正しくは『家畜の価値(Full Ver.)』の完成後の『歌のお兄さん漫才』を作り始めたころのイベントでした。本番の会場である東京国際フォーラムホールCに行って実際に舞台まわりを見る会が開催されました。ぼくはあくまで三拍子の劇伴を担当するバンドの一員という自覚があったので冷静を装っていましたが、内心では「矢野顕子やKANや上原ひろみやデヴィット・ワイズが出た舞台・・・ッ!」とドキドキしてました。白石はちゃんとミーハーだ。
参加者は三拍子高倉さんに構成作家小林さん、制作K-PROの皆様、オワリズム弁慶から音まわりの制作担当の白石とボーカルチーム統括兼白石の補佐misuokaと制作サイドと弁慶のパイプ役になってくれたダンスチーム副代表のミヤタユーヤ、そして弁慶が日頃お世話になっているPAチームの皆様、舞台監督の松村宗さん。各チームが其々の目線から様々なことをチェックして本番当日のプランを組んでいきます。いろんな専門家が集まってひとつの舞台を作るの、カッケーよな~。
我々弁慶チームは舞台監督と相談しながら舞台上の配置を考えたり、PA班と「この感じならやっぱり漫才の劇伴は最小限の編成で付けたほうが良さそうッスね」などと確認をしたり、適切な出捌け(ではけ、舞台に出たり舞台から去ったりするときのこと)を確認したり、捌けた先で楽屋に戻る導線を確認したり、地味ながらたいせつなことを可能な限りチェックして当日の不安要素を減らしていきます。実際に音を出しての確認は本番当日までできないので音響面での不安はありましたが、まぁ、(これは個人の意見ですが)会場がでかくなればなるほどお客様に届ける音のことはPAに任せるしかなくなるので、ジブンたちが演奏しやすい環境を作ることに集中すればよいのです。(逆に小さい会場だとPAありきで音を出さずにジブンたちが鳴らしている音だけで完結できるようなサウンド作りを目指します。)ということで、我々にとっては「会場の大きさや雰囲気を体感する」というなんか抽象的っぽいことが最も重要だったとおもいます。これは三拍子にとっても同じだったんじゃないかな。「ここでパフォーマンスをするんだ」とイメージをすることは、その後の制作や稽古に多大な影響を与えます。
この日とくに印象的だったことが2つありました。ひとつは舞台監督の松村さんと相談していて、どんなことでも「当日変更できるから」と付け加えてくれたこと。舞台監督ってライブの進行を司る裏方のトップだからね、未確定要素なんて潰しておくほうが絶対にいいはずなんだけど、すごく前向きに「やってみたらもっといい方法が見付かるかもしれない」ということを常に考えてくれていて、その余裕がものすごく心強かったです。もうひとつは、高倉さん。ここまで制作した音まわりのあれこれについて、ぼくが作って出したものはすぐにリアクションをくれていたのですが、ここで会ったときに改めて感想と礼をくれたこと。高倉さんはほんとうにぼくたちに限らず制作に関わるひとたちにきちんとお願いをして礼を言って頭を下げるんだ。三拍子の舞台なんだから、もっとbossyでいてもいいはずなのに、決してそうはしない。関わるひとに対する敬意がずっとあってそれをきちんと伝えるのは人格だとおもう。愛だとおもう。「やらいでか!!!」という気持ちが一層高まるワンシーンだった。
・いよいよバンド内で音出しチェック
スタジオにバンドメンバーみんなで集まって書き下ろしたものたちを形にしていきます。ぼくは作るだけでもたいへんでしたが、ここから更にバンドの音をまとめあげて、更に後日三拍子のおふたりを招いて稽古を見るという役割を担っていました。本番までにみんなで集まれるのは2回きり。うち1回はオワリズム弁慶だけで、もう1回は三拍子と共に。時間は限られている!
が、みんなしっかり予習してきてくれたのか進みは順調。ドラムとベースがプロフェッショナルというだけで進行はスムーズになるものですが、みんなそれに負けじと努力してくれたんだなぁ。おかげで多少の譜面の直しや音の足し引きを調整するくらいで済みました。何回も曲を通して慣れたらあとは三拍子と合わせるだけ!
合奏の出来に満足できたのは良かったが、それ以上にメンバーができたものを面白がってくれたりSNSで「絶対面白くなることを確信したよ~来てね~」などと発信してくれているのがほんとうに嬉しかったしありがたかった。ひとに演奏してもらう作編曲って、最終的にお客様に届けるものなんだけど、その前に演奏するひとに面白がってもらえないと届かないものだとおもう。高倉さんやバンドメンバーはぼくにとってハードルでもあったのだが、これを飛び越えるなりくぐるなりができたらもうみんなを信頼してやってもらうだけなのである。
・三拍子、来る
本番5日前、三拍子とオワリズム弁慶の合同稽古が行われた。1年以上前から準備をしてきてようやく「はじめまして」の共演だ。
ここでは『歌のお兄さん漫才』を重点的に確認する。予想していた通り各曲のイントロや繋ぎは譜面の変更や加筆が多くなったが、ビビらずトライアルアンドエラーができたのはジブンの演奏の現場での経験の賜でありメンバーの協力のおかげでもあった。こういう現場でどれだけ選択肢を提示できるかは、バンマスという立場に限らず一演奏家に求められる技術だとおもう。作編曲とはまた違う目線で行われることだとおもうので、ぼくの「作編曲家兼演奏家」という中途半端にも見える仕事はなんだかんだ現場で活かされているのだとおもった。
この稽古でとくに面白かったのは久保さんのムードメーカーっぷりだ。久保さんは合わせる度に異なるツッコミを試したり、更にはメンバーに絡んだりしていた。それどころかネタの合わせとは何も関係ないところでも、誰かしらに絡んでツッコミを入れていて、現場が常に笑いに包まれていた。これは誇張じゃないよ!メンバー誰に聞いても同じことを言うとおもう。
『ファミリーレストラン』など他は三拍子もバンドも「あとはやるだけ」と言えるくらい整っていたので、本番が楽しみだね!という気持ちで無事稽古を終えることができた。5日後、よろしくお願いしま~すと言って解散。
・本番前夜のアクシデント
高倉さんより本番前夜に「オープニング映像ができた」と連絡が来る。オープニング映像とは本編のオープニングで我々オワリズム弁慶が演奏する『七転八万起』の背景で流れる映像のことだ。以前からこの映像の制作に関して「バンドはクリック(メトロノーム)を使わずに演奏するので、その誤差を許容できる映像にしましょう」という相談をしていたのだが、届いた映像が完全に音と同期したものだった。しかしこれがメチャクチャかっこいい!「多少ズレても大丈夫だと思いますが」と言われつつも、いいや、これはズレてたらカッコ悪い、できる限りのことをすべきだと判断。すぐにメンバーのドラムとベースの担当に連絡しつつ、高倉さんにはきちんと「本来は映像と同期したドンカマ(クリックのこと)を用意して練習をする必要があることです」と現状を伝えたうえで「対策の方針を考えるので」と前置きをして、「映像は再生ボタンを押して流し切るだけか、それともVJのような都度同期を図る技術者がいるか」を確認。流し切りとの返事だったので、ドラム担当にクリックを用意してもらう。練習で全くやってこなかったクリックを使った演奏はドラマーの慣れや技量が顕著に出るのでなるべく避けたい手段だったが、ドラム担当の吉田”もんきち”英生はさも当然のように難なく対応。本来ならメンバー全員に「もんきち先生がクリック使って叩いてくれるようになったよ~」と報告すべき重要な変更だが、白石の経験上「演奏経験の浅いひとほどクリックの存在に意識を持っていかれて演奏が固くなりやすい」という教訓があったため、態々知らせないことにした。何も知らずにいつも通りドラムとベースに乗っかってのびのび演奏してほしかった。これが正解だったかはみんなに聞いてみないとわからない。抑々バレバレだったかもしれないし。
・愈々、本番当日!
そんなこんなで当日を迎えました。朝一番で高倉さんから「無茶振りばかりでごめんね、舞台ではいっしょに楽しませてもらうね、よろしくお願いします」という内容の連絡が来る。(実際はとてもていねいな文章です。)こちらも「まだまだ無茶振り歓迎だよ、力になれることはなんでも言ってね」と返事をする。(実際はとてもていねいな文章です。)気合いが入る。
弁慶メンバーのセッティングやサウンドチェックは午後からの予定でしたが、PA班の機材搬入を手伝う目的で朝イチで会場入りする裏方の皆様の30分後の集合。ところが既に機材の搬入は終わっており、ただただ楽屋や避難経路の確認をするだけの集団になってしまったのだった。
オワリズム弁慶はこの日は裏方含め30人以上の大所帯。どこにいたって邪魔だしうるせぇ奴等だ。どうか周りをよく見て人様の迷惑とならぬようご協力をお願い申し上げます、などとミーティングで呼びかける。
でもこの大人数が生きる場面もあってね、例えば舞台袖から楽屋までの廊下で花道が作れちゃうんですよね!舞台上の様子を舞台袖のモニターで見つつ、出演者が捌けてくるのをみんなで拍手で出迎える様は景気がよかったね。あんなの見たことない。
そんなことをしつつ、各自役割を確認したりお弁当をいただいたりお化粧をしたりして過ごしてもらいました。白石は出演者と裏方スタッフなるべくひとりひとりに挨拶をするようにしつつ、なるべく多くのメンバーに声を掛けて問題や不安がないか聞くようにした。確認した限りではみなのびのびやるだけ、という心持ちでいてくれた。まぁそりゃあ、これだけ準備してきたし、当日だってこんなに各部署のひとたちが動き回ってくれていて、ぼくたちはほんとうに与えられた最高の環境で全力で演奏するだけだったとおもう。
・サウンドチェック
オワリズム弁慶史上最高の大舞台でひとりひとり順番に音を出してレベルを取っていく。みんなどういう気持ちだったんだろう。ぼくはこの時点ではまだ確認できていないことがいくつかあったりしたのもあって、冷静でフラットな状態だったとジブンではおもっている。
全員の音出しを終えると、今度はバンド全体で曲を演奏して音を作っていく。客席側と舞台袖にPAが着き、両方で調整をする。客席側では当然お客様に届ける音を、袖では我々が演奏しやすい環境を作ってくれている。普段のライブと比べると至れり尽くせりな環境だった。まさにやるだけ。
・ランスルー(通し稽古)
三拍子おふたりも加わり、本番の流れに沿って全体の動きを確認する。前夜に問題となったオープニングの確認は時間を要することを見越して一旦後回しにして、漫才のはじめとおわり、VTRの再生、バンドのスタンバイするタイミングなどを一通り確認していく。
このあたりの進行を執り行うのは舞台監督のチョー大事な役割のひとつだ。関係各所と連携を取り相談をしながら問題をひとつひとつクリアにしていく。大所帯の我々も、彼の指示に従うだけで本番の流れがきっちり理解できた。
ここで2度目となる『歌のお兄さん漫才』の確認をしたが、先日の稽古のときと比べて明らかに面白くなっている!数日の間にブラッシュアップしたのが目に見えてわかった。久保さんのキレキレのツッコミに舞台上が笑いに包まれる。『家畜の価値(Full Ver.)』も稽古のときより高倉さんがずっと余裕綽々にたっぷりと歌ってくれていた。またひとつ本番が楽しみになった。
・誰も諦めず、問題解決
通し稽古を終え、前夜に問題となったオープニング映像と演奏の同期のチェックを行う。
バンド側はクリックを導入して難なく問題をクリアにできた。これはひとえにもんきち先生のおかげだった。演奏家はすげ~な~。
だが映像出しのほうで問題が残っていた。まずは動画を再生するボタンを押してから実際に映像が動き出すまでに発生するラグがコントロールできなかったこと。これではバンドの演奏に合わせて映像を出すことができない。これを解消するために、まず動画は予め再生して頭で一時停止をしておくことにした。すると今度は一時停止した時点で既に冒頭の映像が静止画となってスクリーンに投影されてしまっていたため、急遽動画冒頭に黒画面を挿入することで解決した。(プロジェクターの前に厚紙を置く解決策も挙がったが、置き場がちょ〜っと手の届かない高さにあってスマートな動きができないため断念した。)肝心のバンドの演奏のタイミングを合わせることは、何度も実際に演奏して確認した。最初のドラムの4カウントの4つ目で再生ボタンを押すとちょっと遅い、3カウントでもまだ遅い、2カウントだと早い、2.5でもちょ〜っと早い、2.8くらいでバッチリ合った!ほんとに?何回かやってみよう!2.8です!2.8で合います!ヤッタ〜〜〜!!!という具合で無事映像と演奏の同期が実現した。誰も諦めずにみんなで知恵を絞って叶ったオープニングだった。開場前のすっからかんの大会場で大きな拍手が鳴った。ぼくにとってはここでようやく全ての不安が解消されたこととなる。ぼくにとっても愈々ほんとうにやるだけとなった。
この話は高倉さんがこの公演の3日後にRaditalkでたっぷり語っていた。三拍子以外のひとたちがやることだから、三拍子は「ちゃんとやってくれ〜」と言って見ていればいいはずのことなのに、当日乗り越えたハプニングとして嬉しそうに話してくれた。やはり裏方へのリスペクトと感謝が当たり前にあるひとなのだなぁとおもった。
・いざ、本番
これはもうほんとうに、ただやるだけだった。出番は全力でパフォーマンスをし、合間の休み時間にはみんなで楽屋で舞台の様子を見て観客のように笑って過ごしていた。しあわせな時間だったとおもう。
ぼく個人としては、きちんと狙ったところで笑いが起きたことに確かな手応えを感じていた。ぼくのやってきたことは間違ってなかったんだ、ちゃんと届くものをみんなといっしょに作れたんだという大きな成功体験だ。とくに『家畜の家畜(Full Ver.)』のさいごの「こぶたのヘリコプター」が終わって暗転したところで、はじめに笑い声が、続いて拍手が聞こえてきたところでは目頭が熱くなった。舞台から捌けて楽屋に戻ったメンバーみんなの前で感謝を伝えた。みんなができる限りの協力をしてくれたから実現できた。ありがとう。
エンディングトークで三度出番。そこからアンコールを煽り『ファミリーレストラン』を全員で演奏する。何度映像を見て振り返ってもあふれる多幸感にグッとくる。三拍子ふたりとふたりを囲むダンサーや弁慶様、その向こうには席いっぱいのお客様。忘れられない光景だ。
終演後は各所に挨拶をしたらあとはもう何の役にも立たない大群なので楽屋をきれいにしてみんなで帰ります!関係者入口の外で小さく集まり一本締めをして解散!おつかれさまでした。
・おしまい
以上です。ご清聴ありがとうございました。ジブンのしたことはだいたいざっくり書き残せたかな・・・。
前回の日記でも書きましたが、ほんとうに、みんながみんなに対して敬意を払って作る舞台というかんじがして、ほんとうにほんとうに、関わったことを心から誇りにおもうような、そんな舞台になったとおもう。ぼくはひとつ大きく確実に、やさしく、つよく、おもしろくなれたとおもう。
関わってくれたすべてのひとに感謝したいです。ほんとうにありがとう。でもやっぱりいちばん感謝したいのは高倉さんだ。あなたの作るものも、みんなをしあわせにするものづくりのやりかたも大好きだ。ありがとう。
今回はここまで!
☆せんでんのコーナー
今回解説した三拍子単独ライブ『これでもか!!!』の配信アーカイブがこちらで販売中です。10月一杯何度でもご鑑賞いただけます。お笑いコンビさんぽの前説からアンコールまで、2時間ぜ~んぶ収録されています。
生の舞台じゃないと見られないところは当然ありますが、逆に配信じゃないと見えないところ気が付かないところもたくさんあって面白いですよ。よろしければ是非!
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