諧謔日記その66:2024年12月7日のきろく

作編曲家で演奏家の白石なるです。
シンガーソングライター詩央里のワンマンライブ『幻想模型ー虚実の影を落としてー』が終演しました。この公演で白石はピアノとバンマスと編曲を担当しました。例によって作編曲家または演奏家の視点で演奏した曲をセットリストの順番に沿って解説していきます。

1.The sky above 作編曲:白石なる
公演の幕開けを飾ったインストナンバー。
セットリストが固まってきた11月中旬頃に、詩央里から「1曲目にインストをやってほしい」と相談を受けて演奏することが決まった曲でした。アンビエントでもなく、しっとりしたかんじでもなく、ピアノ・アコーディオン・コントラバス・ドラムが全員活躍するドカッとした曲を作ってくれという話でしたが、作曲して譜面を書いてデモを作って練習してもらって4人で合わせることを1ヶ月弱でやることは現実的じゃなさすぎるので、白石が過去に作った曲から公演に合いそうだとおもった曲を引っ張り出して聴いてもらって即採用となりました。
原曲は2019年にテノールとピアノのヴォカリーズとして作曲されました。2021年にチェロとピアノの室内楽版も作られましたが、どちらの編成でも人前で演奏されることはありませんでした。温めていたというより、演奏するのが妙に難しいからお蔵になっていたという具合です。採用が決まってすぐにアコーディオンとピアノとベースとドラムのカルテットのためにリアレンジしました。タイトルは「トマトっぽい」という理由で『デルモンテ』という仮のものが付いていましたが、今回詩央里によって『The sky above』と改題されました。公演のテーマでも詩央里の印象でもあったそうだ。
調性と拍子が定まらないようなピアノのリフにコントラバスとアコーディオンのメロディが乗り、スペイン風の3拍子の流れるようなフレーズを経て、冒頭のピアノのリフにそれまでと全く異なる複雑なメロディが乗るコーダ。白石のトリッキーなスタイルがよく現れた一曲。この編成で再演する機会なんてあるのかな~。

2.優しい噓つき 作詞:詩央里 作曲:白石なる
『The sky above』がバシッと終わるが、ピアノだけ和音が残ってこの曲に繋がりました。こういった曲繋ぎの演出は全て詩央里の要望のもと行っています。毎度「簡単に言ってくれるな~」とおもいます。なぜなら、『The sky above』のエンディングのCメジャーから『優しい噓つき』のイントロのEメジャーにスムーズに繋げるだけでもたいへんなのに、その繋ぎの間に行われるメンバーの出捌け(白石以外の楽器担当が全員退場して詩央里が客席後方から舞台に歩いてくる)の様子を伺いながら、つまり時間を調整しながら演奏しているから。本番環境で稽古ができればまだ対応しやすくなるものの、なかなかそういうわけにもいきまけん。
ともあれイントロに入りさえすればこっちのもの。あとは詩央里といっしょに呼吸をしているだけです。今回はドラム小林真也がバンダ(舞台の袖から演奏すること)でシンセパッドを鳴らしてくれましたが、彼の弾く音の内容についてはぼくはほぼ指示せずお任せしています。彼は曲ごとのサウンドの方向性を察する能力が高いので、好きにやってもらうほうが面白いとぼくはおもっています。

3.これが運命に似た感情ならば 作曲:詩央里 編曲:白石なる
ここもシームレスに真也パッドが繋いでいます。なるべく寄り道せず繋げという詩央里からの注文でしたが、DリディアンからGメジャーを繋ぐのは突拍子ないので、繋ぐ和音を何パターンか提案して彼女の理想に近付けるようにしました。真也くんはこういうところの理解も早いので任せやすくてとても助かる。
この曲もデュオで演奏する機会が多く慣れてきましたが、相変わらずやるたび違った演奏になってスリリングです。内容の変化は公演のコンセプトはもちろん、ピアノのコンディションや音響の具合を見て考えるようにしています。
そういえばこの曲の演奏中だったかな、どこかで客席から携帯電話の通知音が鳴りましたが、曲のキーと合っていたのですぐにピアノで追っかけて鳴らしたシーンがあったとおもいます。あれ個人的にファインプレイでした。この曲じゃなかったらごめん。

4.雨ノチ明日芽吹ク 作詞:詩央里 作曲:白石なる
久々の演奏。詩央里の3rdアルバム『雨ノチ明日芽吹ク』のレコ発ライブぶりでしょうか。
アルバムに収録されたそのままの演奏と見せかけて、途中に音と言葉が追加されて、また戻ってくる形になりました。このシーンの追加が決まったのも本番5日前のことでした。詩央里は本番直前まで舞台を更新することを止めないのだ。
初めは追加分を新たに作曲するよう指示を受けましたが、言葉の内容が今回の公演の核心に触れることだったので、今回のセットリストの最後の曲になる新曲のサビのメロディを弾くことで伏線を張るよう提案しました。「やりたいことはカンペキに分かったのでリハで合わせてみよう、絶対大丈夫」と詩央里に言って後日実際に合わせたときの彼女の喜び様ったら「さすがおれ」とおもわずにはいられませんでしたね。自画自賛です。
詩央里とのものづくりって、基本的に、詩央里の妄想をなんでもかんでも現実にしてやることだけ考えていればうまくいくものだとぼくはおもっています。それだけ明確なビジョンを持っているひとだから、言っていることがよくわからなくてもとりあえず乗っかってみる。ぼくがピアノを弾いたり譜面を書いたりして詩央里が喜んでいれば、それが正解なんです。

5.東京 作詞:詩央里 作編曲:白石なる
『雨ノチ明日芽吹ク』から『東京』の繋ぎはアルバムでもきれいに繋がるように作曲していたので、今回は繋がった先で主役をアコーディオンとコントラバスにバトンタッチするアレンジにしました。アコーディオンの坦々綽々とした伴奏に乗せてコントラバスが弓弾きで主旋律を奏でます。今回の演奏メンバー全員が初めて揃う場面だったので、ふたりの音を印象付けるべく気合いを入れて書いた箇所でした。
いつもならピアノがソロを取る間奏も今回はアコーディオンにお任せ。せっかく伴奏もリードも弾ける楽器がジブン以外にいるなら使わない手はありません。ぼく自身も詩央里と同じく「いつもと違うこと」を楽しんでいるし、予想できない音が出てくることを期待しています。

6.花時雨 作詞:詩央里 作曲:詩央里 / 白石なる 編曲:白石なる
歌とピアノのデュオで何度か披露したワルツです。実はふたりで演奏していた頃から「アコーディオンにブンチャッチャ~ブンチャッチャ~って伴奏してもらったら雰囲気出るだろうな~」とおもっていた曲なので実現して嬉しかったですね。中間からはベースもドラムも加わってジャズワルツ風のアレンジにしましたが、このあたりの楽器の足し引きはその時々で変わるくらいが面白いという目論見のもとリードシートを共有してソリストだけ決めておくくらいの作り方をしています。

7.PEAKOUT 詞曲:詩央里 編曲:白石なる
詩央里が最近気に入ってるっぽいナンバー。初演はピアノとドラベーにギターのいる編成(詩央里brothers)のためのアレンジでぼくもお気に入りでした。後にほぼ同じアレンジのままピアノベースドラムのトリオ編成(NARUTRIO)で演奏したとき、やっぱり楽器が足りてないと感じていたので、今回は「これこれ」という気持ちで演奏できました。アコーディオンは鍵盤打楽器的でも弦楽器的でもあって良い所取りな楽器だな~と感じさせてくれますね。この曲もリードシートを元に奏者各々が考えながら演奏できるようにしています。

8.モノクローム 作詞:詩央里 作曲:小林真也 編曲:白石なる
今回初演の新曲です。なんと小林真也の作曲で、ずいぶん前から制作の経過を見させてもらっていましたが、最初から詩央里の歌ありきで作れていて、かつ今回のバンドの編成をなんとなく意識できている様子でした。構成もまとまっていたし、コーラス毎のリハーモナイズドも試されていて、正直ぼくが手を加えなくても十分形になるレベルのものができている印象だったのですが、真也くん自身が「あと一歩何か足りない」と感じつつ煮詰まっていたので、「この曲はワシが引き取っちゃる」と言って頼まれてもないのに自ら志願して編曲を担当しました。
曲の向いてる方向がすごくよくわかったのでアレンジの方向性に悩むことは殆どありませんでしたし、詩央里としてはもちろんぼくとしても普段やらないネタ満載の全力アレンジが書けて楽しかったです。とくに「ピアノじゃなくてアコーディオンが伴奏の核」「コントラバスのこっそりポリリズムリフ」「サビ裏のピアノの細けぇパッセージ」「落ちない落ちサビのオーケストラみてぇなコントラバスとピアノの伴奏と、歌と1対1になるアコーディオンの対旋律」「アウトロのピアノとアコーディオンのユニゾン芸」なんかは面白いものが書けたなぁとおもって気に入っているポイントです。リハモも普段やらないようなものができたのですが、これは真也くんの元々の案を踏まえて施したことなので、寧ろ原曲に導かれたアレンジと言えます。
真也くんは出来上がったアレンジを聴いて「自分の曲とはおもえないくらい良い」というようなことを言っていました。ぼくも初めてジブンのピアノトリオの曲が篠崎秀樹先生(ベテランのアレンジャーです)の手によってビッグバンドの曲に生まれ変わったのを聴いたときに「すごすぎてジブンじゃ絶対書けないしとてもジブンが作った曲だとは言えないよ」とおもったものだったし、その曲の初演のドラムを担当したのが真也くんだったこともあり、「ドヤ!」とおもうのと同時に「ちゃんとあなたの原曲あってのアレンジですよ」ともおもった。そして気付く、ひょっとして先生もそういう気持ちだったのだろうかと。ぼくは今回このアレンジを書いて確実に一歩成長できたようにおもえた。

9.あの日願ったのは 作詞:詩央里 作曲:詩央里 / 國分勇 編曲:白石なる
せっかくビッグバンドでの競演歴のある瀬戸くんと真也くんを使うのだから、どこかでジャズめいたものはやりたい(なんなら作るか?)とおもっていたところでセトリに入ってきた曲だったので、かわいいワルツに見せかけて終盤でググッとスウィングしてそのままアウトロまで駆け抜けるアレンジにしました。こういうのがちょっと入るとメリハリが付いていいね。
もともと和声が充実したカラフルな曲なので構成を見直して楽器の足し引きを調整する程度のことしかしてないです。國分先生もアレンジ込みの作曲を当たり前にするひとですからね。

10.冬空 作詞:詩央里 作曲:詩央里 / 國分勇 編曲:白石なる
今回の舞台に参加するミュージシャンが決まって最初に全員集まったスタジオで合わせて詩央里が一番手応えを感じていたらしい曲。この曲ももともととてもカラフルなのであまりいじってないです。
今回はこの曲の終わりに詩央里のお色直しがあったので、アウトロの尺をめちゃくちゃ長くして場を繋いでいます。着替えにかかる時間が本番やってみないとわからない一発勝負のスタイルで、詩央里が楽屋からぼくの携帯に「あと4分」の合図を送る決まりにしていました。ところがこの連絡が本番でぜんぜん来なくてヒヤヒヤ。本来は合図を受けてぼくがバンドにキューを出してエンディング、そのまま次の曲へ移る予定でしたが、さすがに間が持たないと判断して連絡を待たずに曲を終え、次の曲への繋ぎとして予定にないピアノのイントロをアドリブで付けることにしました。その最中に連絡が来たのを確認、ようやく次の曲を弾き始めます。詩央里の現場では毎度こういうトラブルシューターとしての腕が試されています。

11.音のない涙と空 作編曲:白石なる
歌とピアノのデュオのために作った曲でしたが、今回はインストでお送りしました。編成を活かしたキューバ風のアレンジでしたが、実はこっちのほうが作曲したときの元々のイメージに近い内容でした。
ボレロのリズムにはじまりダンソンを経過して間奏でハバネラになります。間奏部分は今回のために書き足した箇所で、5曲目に演奏した『東京』の間奏と同じコード進行にして舞台の統一感を作っています。間奏後は再びダンソンを経過してボレロに帰結する流れにしました。
実は今回の舞台ではスペイン風だったりフランス風だったりアメリカ風だったりキューバ風だったりブラジル風だったりということを意識的にアレンジに組み込んでいました。バンドの編成を活かすためではあるのですが、それよりも「飛行機」や「空」といった今回の舞台のテーマを受けて世界旅行のような趣を表現しようとおもってのことでした。

12.移ろい 詞曲:詩央里
13.帳 詞曲:詩央里
14.命ある証拠 詞曲:詩央里
ここは詩央里と誰かのデュオのコーナー。ピアノとのデュオは冒頭で2曲やっているので残る3人と1曲ずつ演奏した形です。
このあたりの音は詩央里の弾き語りにトッピングが足される程度でいいとおもっていたし、演者自身がどう考えて詩央里の表現を拡張させるのかが重要だとおもっていたので、白石は一切関わっていません。ほんとに見てただけ。なんなら楽屋で白湯とか飲んでリラックスしてた。瀬戸くんとのデュオがぶっちぎりでいちばん良かったと白石はおもう。

15.私もその一人 詞曲:詩央里
ここにきて詩央里のソロです。ここ数年の詩央里のバンド編成のワンマンって中盤で弾き語りのコーナーが3曲くらいはあった気がするので、それと比べると今回はほんとうにバンドを見せる舞台にしたかったんだろうなぁということが伺えますね。まぁ1か月前に大阪でひとりでワンマンライブやってるのもあったでしょうけど。
詩央里の弾き語りってバンドで歌うパフォーマンスとは別物にできてるので良いですね。ちゃんと違う武器を使っているとおもう。

16.このゆびとまれ 詞曲:詩央里 編曲:白石なる
ライブ定番曲。2コーラス目からバンドメンバーが戻ってくる流れも定番になってきています。「集まれば大きな輪になる」という歌詞ともリンクしていて素敵な演出だとおもいます。

17.いまの夢 詞曲:詩央里 編曲:白石なる
こちらもド定番曲。代表曲というほうが適切かな。こう畳みかけられると終盤の気配が漂ってきますよね。
詩央里の初期のバラードらしく作りがシンプルなのでバンドを添えやすいです。こちらもリードシートを共有する程度でそのときの雰囲気を見てみんなで伴奏しています。冷静に考えるとそういう演奏を当たり前にできるやつらが集まってるのってすごいっすよね。ある程度の相互理解がないとやれることではないですからね。
この日は白石はコーラスもやらせてもらいました。白石は歌うことは好きだけど人前で歌っていいレベルにないとおもっているので普段おとなしくしているのですが、詩央里はたまに歌う機会と成功体験をくれてすごくありがたいです。いつか堂々と声出せるようになったりするのかな~。努力しないと無理だとおもうし、努力する気なんてぼくには全くないのですが。

18.sky parade 詞曲:詩央里 編曲:白石なる
満を持して登場、詩央里のできたての新曲でおしまいです。
この公演のために新曲を作ると意気込んでいた詩央里でしたがいまいち進みが悪く、本番10日ほど前に作り途中のものを聞かせてもらってそのまま白石が引き取って歌以外を完成させた形です。先にカラオケだけ作っちゃったみたいなイメージですね。歌詞が上がったのはほんとうに本番の2日前とかなんじゃないかな。
アレンジは情熱的なジャズサンバ風のサウンドを目指しました。1番のおわりや間奏に不思議なコード進行のキメが挿入されていますが、これは詩央里の原案にあったものをリハーモナイズしてできたものでした。白石が最近ハマっている分数コードのようなアッパーストラクチャーな和音を実践できてよかったです。アウトロには詩央里史上最もテクい5拍フレーズのユニゾン芸を用意して、もともと詩央里が書いていたBメロのキメのリズムと掛け合わせる作り方をしました。素材を再利用して伏線回収する作り方もさいきん意識してやるようにしていることですね。

以上です。
ほんとはもっと色々こだわってやったところとかその結果よかったこと。そしてよくなかったことについても思うことはたくさんあるのだけれど、まぁ今回はここまで。また機会がいただけたら頑張りたいです。

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