眠れない夜のホットミルク
だんだん車の走る音が減って、ときおり運送用トラックであろう大型車が走る音しか聞こえなくなってきた。
見るともなしに流していたテレビも放送が終わってしまったから、孤独の音を消すこともできなくなってしまった。
観念して、くるまっていた布団からのっそり抜け出す。
ホットミルクを作ろうか。
学生だった頃に眠れない時期があった。
時期といっても、ほんの数日だったと思う。
悩んでいたわたしに席が近かった男の子が
「ホットミルクを飲んだらいいよ。はちみつか、ブランデーみたいなお酒を入れてもいいと思う。ブランデーは沸騰させてアルコールを飛ばしてね」
そう教えてくれた。
ホットミルクのことを教えてもらったその日の夜もやっぱり眠れなかった。
冷蔵庫を開けたら牛乳があった。
お菓子作りが趣味だったわたしは、はちみつも洋酒も持っていた。
「ホットミルクを飲んだらいいよ」と言ってくれた言葉がよみがえる。
眠れないまま過ごすより、いいかもしれない。
小さめな鍋に少しだけ洋酒を入れ、火にかける。
洋酒を沸騰させアルコールを飛ばしたら、コップ1杯分の牛乳を鍋に注ぎ、スプーン1杯程度のはちみつを垂らし入れる。
はちみつを入れたスプーンで鍋を混ぜながら、鍋のフチに牛乳がフツフツしてきたらホットミルクのできあがりだ。
牛乳を注いだ時のコップにホットミルクを流し入れた。
コップ越しにホットミルクの温かさが手にじんわり伝わってきた。
飲もうとしたホットミルクは思っていたよりも熱く、火傷しないようにゆっくり飲んでいくしかない。ふーっと息を吹きかけて少し冷ましてから口に含むと、口の中に温かさと甘みが広がって、飲み込むとホットミルクの熱が喉からお腹の中に伝わっていく。
飲み終わるころには、からだが温かくなっていた。
鍋とコップは水に浸け、歯磨きだけを何とか済ませて布団にもぐりこんだ。
からだの熱が布団に伝わり、温かくやわらかな、わたしだけの空間ができあがる。からだを丸め、お腹の中に残る温かさに頬をゆるめつつ、目を閉じた。
次に目を開けたときには朝を迎えていた。
牛乳をコップに注ぎ電子レンジで温める。
大人になったわたしは、お酒を沸騰させてアルコールを飛ばす必要もなくなったので、温まった牛乳に香りづけのお酒を適当に入れ、はちみつをすくったスプーンでそのままかき混ぜる。
ホットミルクのことを教えてくれた男の子の名前はもう思い出せない。
それでも、眠れず不安だったわたしの気持ちを和らげてくれたことは覚えている。
できあがったホットミルクを火傷に気をつけながら口に含む。
昔飲んだホットミルクよりもお酒の香りが強い。
分量なんて、あってないようなものだから毎回味が違う。
味は違っても、眠れない夜にホットミルクを作って飲んだあの日の記憶を思い出しながら少しずつ飲んでいく。
お腹を中心にからだ全体にぬくもりが広がってきた。
飲み終わったコップを水に浸け、洗うのは明日のわたしに任せるとして――
さあ、歯を磨いて布団に入ろうか。