わたしは百姓です

今までの人生で、男の人をカッコいいと思った瞬間を言え!
そう言われたら、すぐに思い付く場面がある。

それは、私の結納の日のことだ。

24才の冬、田舎の結婚式場の一室で結納を交わした。

両家の親、私の母方の祖父、仲人さんご夫妻、私の叔父と叔母が揃うと、進行役の式場の人が、男性陣は自己紹介しましょう!と言い出した。
初対面の人もいるから、自己紹介は必要だろう。
親です、とか、祖父です、とか、
それぞれ関係性を言うんだろうと思った。

進行役の人が一番最初に、では自己紹介をどうぞ!と振ったのは、仲人さんだった。仲人さんは、夫の親友のご両親。
この日のために東京の代々木から、私の実家のある福島まで来てくれていた。
仲人さんが、訛りのない都会の人というだけで、うちの親はとても緊張していた。
田舎の人は、垢抜けた東京の人を前にすると緊張してしまうのだ。
わかるよ、私もそうだから。

仲人さんが標準語で自己紹介を始めた。

◯◯君(私の旦那になる人)の同級生の親です、と話しだした。
それで終わるかと思ったら、仕事の話をし始めた。
◯◯会社の◯◯で、◯◯をやっています。どーたらこーたら…以下略。

日本人なら誰もが知ってる、すごく大きな会社にお勤めだったから、社名や役職を言いたかったのかもしれない。
なんだか、いやな予感がしてきた。
父の方をみると、なんて話すか考えながら、あきらかに緊張していた。

次に叔父。
当時、仙台の郵政局に勤めていた叔父は、仲人さんの自己紹介と同じように、役職や仕事内容に触れながら、長めの自己紹介した。
やはりこういう流れか…。

3番目は、私の父。
父は、当時ホームセンターのような、農業専門のお店に勤務していた。
父がどんな自己紹介をするのか、私まで緊張してきた。

私は、農家の人のためのお店◯◯に勤めています。◯◯◯が初めて作った、農家専門のお店で、私は◯◯や◯◯を担当してます。これから店舗を増やしていく予定です、云々…。

恥ずかしくなってきた。そして、馬鹿馬鹿しくなってきた。
父の勤務先が大会社でもなく、たいそうな役職にもついてないから恥ずかしかったのではない。
三人とも、自分をより大きく見せるための自己紹介をしたことが恥ずかしくなってきたのだ。
仕事も役職も仕事内容も、嘘ではなく事実なんだけど、三人とも虚勢を張りたい心が透けてみえて、男のバカさにものすごく冷ややかな気持ちになってしまったのだ。

そして、最後に自己紹介する祖父のことが心配になった。
爺ちゃんは、この空気の中で、一体なんて言うんだろう。。

進行役が、祖父に自己紹介するように振った。
祖父は、椅子から立ち上がって、一番大きな声で笑顔でこう言った。

「わたしは、百姓です。もんも(桃)作ってます。米も、ちっとばっかし作ってます。」

とっても短い自己紹介をすると、すぐにまた着席した。
みんな笑ってしまった。
一気に全員の緊張がほどけた。

私も笑ってしまったんだけど、笑いながらも爺ちゃんがものすごくかっこよく見えて、胸がじーんとした。
余計なことは何も言わず、福島訛りを隠そうともしないで、堂々と百姓です!と言った姿に感動した。

数年前、母と二人で天に召される爺ちゃんを病室で見送ったとき、この時のことを思い出して、あの時の爺ちゃんは本当にかっこよかったよね、と話したけど、母は全く覚えていなかった。

大会社に勤務していた仲人さんは、糖尿病を患い、数年間の入院ののち50代で亡くなり、夫の親友だった仲人さんの息子さんも二年前に49歳という若さで癌で亡くなった。
百姓をしながら毎晩晩酌をして、長生きした爺ちゃんも数年前に亡くなった。

みんな平等に、いつかは死んでいくことは間違いない。
ならば、出来るだけ自分らしく、ありのままでかっこよく生きたい、
爺ちゃんのように。
まだまだだけど。


追伸 爺ちゃんへ

婆ちゃんは、脚が悪くて一人暮らしが難しくなり、施設に入ってしまったけど、今でも爺ちゃんにベタ惚れだよ。












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